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音楽が聞こえる  作者: 春野 セイ
第2章 それから
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好き



 暁生は無意識に電話をかけていた。


『はい』


 春臣はすぐに電話に出た。


「僕だけど」

『どうだった? 大丈夫?』


 心配そうな声がする。暁生は泣きそうな気持ちになった。


「今すぐ会いたいって言ったらどうする?」


 一瞬、間があいて、さらに不安そうな声になる。


『何かあった?』

「違う、君にただ会いたいって思っただけ」

『俺、今、暁生さんのアパートにいるけど、迎えに行った方がいい?』


 春臣の声は何だか切羽詰まって聞こえた。

 自分の事を心配してくれている人がいるって、すごくうれしい事だと思った。


「ううん、すぐに帰るから待ってて」

『急がなくていいよ。ずっといるから』

「うん」


 暁生は電話を切った。

 歩き始めると、何だかむしょうに声を上げて泣きたい気持ちになる。


 自分は一人じゃない。

 待っていてくれている人がいるんだ。


 走るつもりはなかったのに、気がつけば走るように駅の改札を抜けていた。

 電車が入ってくる。乗り込んで空席はあったが、座らずにドアのそばに立った。


 気持ちが焦る。


 早く、春臣の顔が見たい。


 電車がいくつかの駅を通り越し、いつも利用する駅に到着すると、暁生はすぐに電車を降りた。それから走った。


 アパートの前で立ち止まり、見上げると明りがついていた。

 一気に階段を駆け上がり、ドアの前で、はあ、はあと息を吐いた。

 

 こんなに走ったのは久しぶりだ。

 額に汗がにじんでいて、それをぬぐって深呼吸した。


「ただいま、春臣?」


 ドアを開けて中に呼びかけると、春臣がすぐに出てきた。

 暁生は思わず抱きついていた。


「わっ、ど、どうしたの?」


 驚いた声が頭上で聞こえたが、彼は優しく抱き返してくれた。


「君が好きだ」

「えっ?」


 春臣がさらに驚いて、暁生の顔を見た。


「え、何々? なんかあった?」


 逆に不安そうな顔をしている。

 暁生は首を振った。


「言いたかったから」


 暁生の目が潤むと、春臣はぎゅっと強く肩をつかんだ。


「嫌な事があったんだろ」

「違う、その逆。君の事がすごく好きだって確信したんだ」

「ん?」


 春臣は、不思議そうな声を出したがすぐに、


「それ、めちゃくちゃうれしいんだけど」


 と、顔をくしゃくしゃにして笑った。


「ねえ、キスしてもいい?」


 春臣の言葉に、暁生はドキッとして体をこわばらせた。

 小さく頷くと春臣が顔を寄せて優しく唇に触れた。


「なんだか照れるな」


 すぐに離して頭をかく。

 暁生とは、初めてのキスだった。


 心臓がすごくドキドキしている。


 黙っていると、


「どうしたの? 大丈夫?」


 と、顔をのぞきこまれた。ますます恥ずかしい。

 暁生は思い切って尋ねた。


「……嫌じゃなかった?」

「は?」

「僕とその……」

「キスしたの?」


 春臣が平気な顔で聞いてくる。


「まさか!」


 春臣はそう言うと、耳元で囁いた。


 ――本当はもっとしたかったんだけど、暁生さんが恥ずかしそうにするから、それがうつった。


 暁生が呆気にとられる。

 にいっと春臣が笑って、暁生の腕を引いた。


「部屋に入ろうよ、俺、夕食作って待ってたんだよ。今日はカレーにした」


 確かにカレーのいい匂いがする。


「俺、カレー大好きなんだ」


 春臣が言って、暁生を見た。


「比べちゃダメだけど、暁生さんはもっと好きだよ」


 何だか上機嫌な春臣を見て、ぷっと吹き出す。

 狭い部屋なのに、背中に腕をまわして二人で歩いた。

 くっついた体温をいつまでも感じていたい。

 春臣もそうだったのだろうか。背中に回る腕がさらに強くなった。


「ねえ、暁生さん」

「ん?」


 もう一度、春臣が顔を寄せてきた。暁生は目を閉じて、もう一度キスをする。さっきよりは少し長かった。


「今度からは、いちいち言わないからね」

「分かった…」


 暁生は小さく頷いて、二人で笑った。



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