好き
暁生は無意識に電話をかけていた。
『はい』
春臣はすぐに電話に出た。
「僕だけど」
『どうだった? 大丈夫?』
心配そうな声がする。暁生は泣きそうな気持ちになった。
「今すぐ会いたいって言ったらどうする?」
一瞬、間があいて、さらに不安そうな声になる。
『何かあった?』
「違う、君にただ会いたいって思っただけ」
『俺、今、暁生さんのアパートにいるけど、迎えに行った方がいい?』
春臣の声は何だか切羽詰まって聞こえた。
自分の事を心配してくれている人がいるって、すごくうれしい事だと思った。
「ううん、すぐに帰るから待ってて」
『急がなくていいよ。ずっといるから』
「うん」
暁生は電話を切った。
歩き始めると、何だかむしょうに声を上げて泣きたい気持ちになる。
自分は一人じゃない。
待っていてくれている人がいるんだ。
走るつもりはなかったのに、気がつけば走るように駅の改札を抜けていた。
電車が入ってくる。乗り込んで空席はあったが、座らずにドアのそばに立った。
気持ちが焦る。
早く、春臣の顔が見たい。
電車がいくつかの駅を通り越し、いつも利用する駅に到着すると、暁生はすぐに電車を降りた。それから走った。
アパートの前で立ち止まり、見上げると明りがついていた。
一気に階段を駆け上がり、ドアの前で、はあ、はあと息を吐いた。
こんなに走ったのは久しぶりだ。
額に汗がにじんでいて、それをぬぐって深呼吸した。
「ただいま、春臣?」
ドアを開けて中に呼びかけると、春臣がすぐに出てきた。
暁生は思わず抱きついていた。
「わっ、ど、どうしたの?」
驚いた声が頭上で聞こえたが、彼は優しく抱き返してくれた。
「君が好きだ」
「えっ?」
春臣がさらに驚いて、暁生の顔を見た。
「え、何々? なんかあった?」
逆に不安そうな顔をしている。
暁生は首を振った。
「言いたかったから」
暁生の目が潤むと、春臣はぎゅっと強く肩をつかんだ。
「嫌な事があったんだろ」
「違う、その逆。君の事がすごく好きだって確信したんだ」
「ん?」
春臣は、不思議そうな声を出したがすぐに、
「それ、めちゃくちゃうれしいんだけど」
と、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「ねえ、キスしてもいい?」
春臣の言葉に、暁生はドキッとして体をこわばらせた。
小さく頷くと春臣が顔を寄せて優しく唇に触れた。
「なんだか照れるな」
すぐに離して頭をかく。
暁生とは、初めてのキスだった。
心臓がすごくドキドキしている。
黙っていると、
「どうしたの? 大丈夫?」
と、顔をのぞきこまれた。ますます恥ずかしい。
暁生は思い切って尋ねた。
「……嫌じゃなかった?」
「は?」
「僕とその……」
「キスしたの?」
春臣が平気な顔で聞いてくる。
「まさか!」
春臣はそう言うと、耳元で囁いた。
――本当はもっとしたかったんだけど、暁生さんが恥ずかしそうにするから、それがうつった。
暁生が呆気にとられる。
にいっと春臣が笑って、暁生の腕を引いた。
「部屋に入ろうよ、俺、夕食作って待ってたんだよ。今日はカレーにした」
確かにカレーのいい匂いがする。
「俺、カレー大好きなんだ」
春臣が言って、暁生を見た。
「比べちゃダメだけど、暁生さんはもっと好きだよ」
何だか上機嫌な春臣を見て、ぷっと吹き出す。
狭い部屋なのに、背中に腕をまわして二人で歩いた。
くっついた体温をいつまでも感じていたい。
春臣もそうだったのだろうか。背中に回る腕がさらに強くなった。
「ねえ、暁生さん」
「ん?」
もう一度、春臣が顔を寄せてきた。暁生は目を閉じて、もう一度キスをする。さっきよりは少し長かった。
「今度からは、いちいち言わないからね」
「分かった…」
暁生は小さく頷いて、二人で笑った。




