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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第一章 死んでからが勤務時間――蘇生費は給料から引かれます(初春)

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配信9回目 花見席は四人のはずだった【後編】

 前編で、ゆらは花見の空席に“受けられ”ました。

 今回は、朔夜が来ます。

 そして春の桜は、やっぱりろくでもありません。


 最初に聞こえたのは、拍手だった。


 ぱち、ぱち、ぱち、と。

 祝福みたいに軽いくせに、妙に湿っていて、耳の奥にへばりつく音だった。


 目を開ける。


 夜だった。


 ついさっきまで昼の河川敷だったはずなのに、空はすっかり群青に沈んでいて、頭上の桜だけが異様に明るい。提灯の灯りみたいな、古い宴の火みたいな、やわらかいくせに逃げ場のない光が、花びらを内側から透かしていた。


 私は座っていた。


 赤い毛氈を敷いた席。

 木の低い膳。

 紙皿。紙コップ。いや、違う。紙じゃない。もっと古い、薄い漆みたいな質感の盃が、私の前にきちんと置かれている。


「……は?」


 喉が痛い。

 さっき花びらを吐いた感触がまだ残っている。胸の奥も重い。息はできる。でも、吸った空気がちゃんと自分のものになってない感じがする。


 桜の根元には、同じような席がいくつも並んでいた。


 そのどれにも、人影がある。


 顔ははっきり見えない。

 でも、笑っている。

 男も女も、老人も若者も、みんな花びらをまとったみたいに輪郭が曖昧で、なのに私だけを見ているのが分かる。


 いや、違う。


 私だけじゃない。


 席の正面。

 いちばん奥。

 そこに、白っぽい着物を着た女がひとり、静かに座っていた。


 顔は、花びらで見えない。


 でも、その体勢だけで分かる。

 ずっと待っていたやつの座り方だ。


 拍手が、また鳴る。


 ぱち、ぱち、ぱち。


「やっと、席が埋まった」


 声は女のものだった。

 若いようにも聞こえるし、古いようにも聞こえる。嬉しそうで、さみしそうで、でもそのどっちよりも先に、()()()()()


「……最悪」


 絞り出すみたいに言ったら、喉の奥で花びらがひとひら引っかかった。


「花見で死ぬとか、聞いてないんだけど……」


 女は、くすりと笑った。


「死んだのではありません」

「じゃあ何」

「待つ側へ移っただけです」


 その言い方が、いちばん嫌だった。


―――


「影森さん!」


 現世側では、幽々が叫んでいた。


 普段の幽々からは考えられないくらい大きな声だった。声だけじゃない。呼吸も、手も、目も、ぜんぶ小さく震えている。


 地面に崩れたゆらの口元には、まだ桜の花びらが散っていた。


 頬にも。髪にも。制服の胸元にも。

 まるで、花見の途中でそのまま寝てしまったみたいな、妙に穏やかな見た目のくせに、脈がない。


「ゆらちゃん……ゆらちゃん、やだ、起きてよぉ……!」


 るなが泣きながら揺さぶろうとして、幽々が止める。


「動かさないで!」

「でも、でも……!」

「だめ。今、ずれてる」


 自分で言いながら、その言葉の意味を説明できるわけじゃない。

 でも、幽々には分かっていた。


 ゆらは死んでいる。

 なのに、全部が終わった感じがしない。


 脈も呼吸もないのに、ここに落ちてる体だけが“抜け殻”っぽく見えすぎている。

 まだ向こうに何か残っている。席に、取られている。


 スマホの通話口から、低い声がした。


『そこから動くな』


 夜見(よみ)朔夜(さくや)だった。


「早く」

『分かってる』

「影森さんが、」

『分かってると言った』


 それだけ言って、通話が切れる。


 るなが涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、幽々を見た。


「ゆゆちゃん、ゆらちゃん、死んじゃったの……?」

「……うん」


 幽々は、そこで嘘をつかなかった。


「いまは、たぶん、ちゃんと死んでる」

「やだ……」

「でも、まだ取られてる途中」

「どっちなのぉ……」

「……最悪なほう」


 るなは、しゃくりあげながらゆらの手を握った。

 冷たい。

 でも、完全に冷たくなりきっていない。そこが余計に怖い。


 風が吹く。


 四つ目の席は、まだ桜の根元にある。

 紙皿も、紙コップも、いちご飴も、そのままだ。

 周囲の花見客たちは変わらず笑っていて、この一角だけが薄い膜の向こうに押しやられているみたいだった。


 その時、靴音がした。


 速い。

 でも、走って焦っている音じゃない。最短距離だけを切ってくる音。


 朔夜が来た。


 黒い上着を適当に羽織っただけみたいな格好で、いつも通り気だるそうな顔をしているくせに、目だけがまったく笑っていない。


 ゆらの体を見た瞬間、足が止まる。


「……何を座らせた」


挿絵(By みてみん)


 低い。


 怒鳴りもしない。

 でも、るなはその一言でびくっと肩を震わせた。


「わ、わたしが……呼ばれて……」

「お前じゃない」


 朔夜の視線が四つ目の席へ向く。

 それから桜の根元、花びらの溜まり方、風の流れ、増えた食器、幽々のスマホ画面へと走る。


「そういうことか」


 淡々と言って、しゃがみこむ。

 ゆらの首筋に指を当て、脈を確認する。確認して、何も言わない。代わりに舌打ちだけが落ちた。


「夜見さん……ゆらちゃん……!」

「泣くな。うるさい」

「うるさいって、ひど……」

「泣いて戻るなら最初から泣かせてる」


 るなは口をつぐんだ。

 ひどい。ひどいけど、ここで言い返せる空気じゃない。


 幽々がスマホを差し出す。


「これ。旧記録と、さっき勝手に入った写真」

「見せろ」


 朔夜は数秒で目を通した。

 画面に残っているのは、春の河川敷、四人目の席、戻る紙コップ、勝手に保存された今の写真。


「霊だけじゃない」

「……やっぱり?」

「土地に古いのがいる。その上に、待っていた女の念が噛んでる」

「どういう意味」

「桜の下で引き裂かれたか、婚礼を潰されたか、その手の未練(みれん)だ。だが本体はそっちじゃない」


 朔夜は桜を見上げた。


「待たされ続けた念を、毎年の花見で育ててる。“空席を見つけると埋めるもの”だ」

「……埋める」

「春の宴に空いた席があると、そこへ誰かを収めたがる。待つ側が一人なら、埋める側も一人いるべきだって理屈だ」

「意味わかんない……」

「怪異に筋の通った理屈を期待するな」


 言いながら、朔夜はゆらの額に薄い札を貼った。


「これは何」

「仮止めだ。完全には戻らない」

「戻るのぉ?」

「戻す」

「ほんとに?」

「質問が多い」


 でも否定はしなかった。


 それだけで、るなは少しだけ息を吸えた。


―――


 向こう側の宴は、静かに続いていた。


 誰も大声を出さない。

 誰も立ち上がらない。

 でも視線だけがずっと私に集まっている。


 正面の女が、静かに盃を押してくる。


「お受けください」

「いらない」

「お受けください」

「だからいらないって言ってんだろ」


 自分でも声が少し震っているのが分かる。

 でも、ここで素直に受け取ったら終わりなのは、本能で分かった。


 女は怒らない。

 ただ、花びらの向こうで首をかしげる。


「あなたは、やさしいですね」

「は?」

「先に呼ばれた子ではなく、自分が入りました」

「……別に、やさしくねぇよ」

「やさしいから死んだのです」


 その言葉に、胃の底が冷えた。


 この手のやつは嫌いだ。

 人の行動を勝手に物語にするやつ。

 犠牲とか、純愛とか、運命とか、そういう綺麗なラベルを後から貼ってくるやつ。


「勝手に決めんな」

「では、なんですか」

「理不尽だよ」


 言い返した瞬間、喉の奥がまた詰まる。


 咳き込む。

 花びらが落ちる。

 女は、それを見てうっとりしたみたいに目を細めた。


「よく似合う」

「最悪……」


 女の背後、桜の幹には、薄く名前みたいな痕がいくつも刻まれていた。

 古い墨。古い傷。爪で削ったような線。


 誰かを待って。

 待って。

 待って。

 そのまま年を越せなかった名前たち。


 その中に、まだ新しい傷がひとつ増えかけている。


 ――()()()()


「ふざけんな」


 私は立ち上がろうとした。


 動かない。

 膝の下が、席そのものに縫い付けられたみたいに重い。


 その時、遠くで、かすかに声がした。


『……影森』


 朔夜の声だ。


 女が、ぴたりと止まる。


「……境の向こうから呼ぶな」

『呼ぶ。そいつはまだこっちの名義だ』

「受けました」

『膝だけだ』


 その瞬間、宴の空気が少しだけ揺れた。


 女の花びらの顔が、初めて不機嫌そうに歪む。


 私は息を呑んだ。


 朔夜の声が、今度は少し近くなる。


『影森、聞こえるなら返事しろ』

「……聞こえてる」

『ならまだいける』

「いける感じに思えないんだけど」

『黙れ。今お前に喋る余裕があるなら、まだ切れてない』


 相変わらず言い方が終わってる。

 でも、その終わってる声が、今は異様に安心した。


―――


 現世側では、朔夜が桜の根元へ細い釘みたいな札を打ち込んでいた。


「《境界固定ボーダー・アンカー》」


 短い声。

 花びらが一瞬だけ逆流する。


「るな」

「は、はいぃ!」

「泣くのを止めろ」

「む、無茶言うぅ……!」

「止めろ。お前の感情は向こうに引かれる」

「……っ、う、うん……!」


 るなは鼻をすすって、必死に口元を押さえた。

 泣くのを止めようとすればするほど、肩が震える。


「幽々」

「なに」

「旧記録、いちばん古い画撮りを出せ」

「ある」

「最初の投稿の文面は」

「……“待ってる席に座ったら帰れない”」

「続きは」

「“でも、帰ってこなかったのは待ってたほうじゃない”」

「十分だ」


 朔夜はゆらの胸元へ、二枚目の札を滑り込ませた。

 それから四つ目の席を見て、低く言う。


「待ってるんじゃない。連れてく側だ」

「……やっぱり」

「去年も、一昨年も、たぶん同じことをやってる。花見の喧騒に紛れて、一人分ずつ空席を埋めてる」

「じゃあ、どうすれば……」

「待つ側の理屈を壊す」


 るなが涙を拭った顔で見上げた。


「りくつ……?」

「こいつは“ひとりでは完成しない席”を作ってる。なら、完成条件を壊せばいい」


 朔夜は、るながさっきまで持っていたいちご飴を拾い上げた。

 もう怪異の席に供えられていた、あの一本だ。


「これが呼び水か」

「るなのだよぉ……」

「だから効いてる」


 朔夜は、いちご飴を四つ目の席の上へ投げた。

 花びらがざわっと揺れる。


逆探封鎖バックトレース

媒体遮断メディア・ブレイク


 見えない線が何本も切れる音がした。


 幽々のスマホ画面が、一瞬真っ黒になる。

 河川敷のざわめきが、少しだけ戻る。

 でも、まだ席は消えない。


 朔夜が舌打ちした。


「足りない」

「何がぁ……?」

「“待ち人”の片割れがまだ自分を悲恋だと思ってる」


 幽々が、画面を見ながら小さく言う。


「……昔の新聞まとめ、ある」

「出せ」

「古い河川敷工事前の記事。花見の席で起きた揉め事。婚約話が潰れて、女の側が川へ落ちたって」

「事故扱いか」

「うん。でも、周囲の証言が変。待ち合わせてた男の名前だけ、全部抜けてる」

「逃げたか、消されたか」


 るなが唇を噛む。


「その人、ずっと待ってたのかなぁ……」

「違う」


 朔夜は冷たく言った。


「待ってたんじゃない。待たされた自分を固定しただけだ」


 その言葉が、幽々には少しだけ痛そうに聞こえた。

 たぶん、るなにはよく分かっていない。

 でも、分かりすぎる人間には刺さる言葉だ。


「るな」

「な、なにぃ」

「お前、食え」

「……へ?」

「食えって言ってる」


 るなはきょとんとした。


 朔夜は本気で言っていた。


「そいつは“空席に供えられたもの”を婚礼の皿だと思ってる。だったら先に食い尽くせ」

「ええぇ!?」

「いちばん食えるだろ、お前が」

「そ、そうだけどぉ!?」

「るなちゃん……!」

「幽々は黙って記録しろ。るな、お前は食え」


 るなは泣きそうな顔のまま、でも一回だけ頷いた。


「……食べる」

「全部だ。ひとりぶん残すな」

「ひとりぶん、残さない……!」


 るなは震える手で、四つ目の席の紙皿をひったくった。

 そこに乗っていたのは、いつの間にか増えていた団子、焼きそば、いちご飴の欠片、誰も買っていないはずの白い饅頭。


「やだぁ、気持ち悪いよぉ……」

「泣きながら食うな。食え」

「むり、でも食べるぅ……!」


 るなは半泣きのまま、団子を口に押し込んだ。


 その瞬間。


 桜の根元の席が、びしっと音を立ててひび割れた。


―――


 向こう側の宴が揺らいだ。


 女が初めて、明確に怒った。


「やめて」

「は?」

「それは、こちらの席です」

「知らねぇよ」

「せっかく整えたのに」


 女の声が低くなる。

 拍手が止まり、宴の人影たちがいっせいにこちらを向いた。


 私は喉の奥の苦しさに耐えながら、女を睨み返す。


「お前……待ってたんじゃないんだな」

「待ちました」

「でも、来なかったから、誰でもよくなった」

「違う」

「違わない」


 名前の傷を見ながら、私は言った。


「お前、自分だけが不幸なまま止まってるのが嫌で、毎年ひとりずつ“同じに”してるだけだろ」


 女の輪郭が揺らぐ。

 花びらの顔の奥で、何かがひび割れる気配がした。


「同じじゃないと、分からない」

「分かりたくねぇよ」


 その時、朔夜の声が、すぐ背後で聞こえた気がした。


『影森、席を蹴れ』


「無茶言うな、動かねぇって」

『蹴れ。膝じゃなく、盃だ』


 見ると、女が私の前へ押していた盃がまだある。

 薄い桜色の液体が揺れている。


 私は足をずらし、残った力で盃を蹴った。


 ぱりん、と乾いた音がする。


 その瞬間、宴が崩れた。


 拍手が悲鳴に変わる。

 人影が花びらになって散る。

 女の輪郭がほどける。


「やめて」

「やだね」


 私は咳き込みながら笑った。最悪な笑い方だったと思う。


「花見で死んだ上に、祝われてたまるかよ」


 女が、こちらへ手を伸ばす。


 でも、その手より早く、黒い線が空間を横切った。


拡散停止スプレッド・ロック


 朔夜の声。


 女の体が、花びらごと縫い止められる。


再帰封止ループ・ロック

記録焼却ログ・イレイズ


 最後の術式が落ちた瞬間、桜の幹に刻まれかけていた私の名前が、ばちっと焼けた。


 世界が裏返る。


―――


 気づいた時、私は地面に叩き戻されていた。


「――っ、ごほっ!」


 咳き込む。

 花びら。

 いや、今度は少ない。

 喉の奥が焼けるみたいに痛いけど、ちゃんと空気が入ってくる。


「ゆらちゃん!」

「影森さん!」


 視界に飛び込んできたのは、泣きはらしたるなの顔と、珍しく完全に顔色の悪い幽々だった。


 河川敷。

 昼じゃない。夕方をとうに過ぎて、夜の手前。

 風は冷たい。

 でも、さっきの夜桜(よざくら)の宴より、ぜんぶまともだ。


「……最悪」

「しゃべったぁ……!」

「死んだかと思った……」

「死んでた」

「言い方!」


 朔夜が、いつもの最悪な顔で立っていた。


「一回止まった。戻しただけだ」

「その“だけ”を軽く言うなよ……」

「軽くしてない。重いから請求する」

「お前ほんとブレねぇな!」


 そこまで言って、私は自分の声がちゃんと出ていることに気づく。

 喉は痛い。胸も痛い。全身だるい。でも、生きてる。


 るなが泣きながら抱きついてきた。


「やだよぉ、ほんとにやだよぉ……!」

「重い、苦しい、近い」

「生きてるぅ……」

「お前が食いながら泣くから感動がぶれる」


 見ると、るなの手にはまだ団子の串が残っていた。

 こいつ、ほんとに食べきったのか。


「……お前、あれ全部食ったの?」

「た、食べたよぉ……! 気持ち悪かったけどぉ……!」

「だからその胸なのかと……」

「え?」

「いやなんでもない」

「今見たぁ?」

「見えてくるんだよ!」


 幽々が、そこで小さく息を吐いた。

 ようやく、本当に少しだけ肩の力が抜けたみたいだった。


 朔夜は桜の根元を一瞥する。


 四つ目の席はもうない。

 紙コップも、紙皿も、いちご飴も消えている。

 あるのは、花びらの吹き溜まりと、少しだけ湿った地面だけだった。


「終わったのぉ……?」

 るなが聞く。


 朔夜は少しだけ黙ってから言った。


「今年の席は潰した」

「今年の、ってことは?」

「来年も出る可能性はある」

「うわ最悪」

「土地に根を張った怪異はそう簡単に消えない。だが、少なくとも“待ち人ぶった女”の層は剥がした」


 幽々がスマホ画面を見る。


「……旧記録、少し消えてる」

「焼いたからな」

「今の写真も?」

「残したいか」

「いらない」


 その返答だけは早かった。


 るなが、ゆらの袖をきゅっと掴む。


「もう花見こわいよぉ……」

「私は前からそんな好きじゃない」

「でも、焼きそばはおいしかったぁ……」

「そこは変わんねぇのかよ」

「るなだから」

「知ってるわ」


 風が吹く。

 今度の花びらは、ちゃんとただの花びらだった。


 頬をかすめて、肩へ落ちて、それだけ。

 喉の奥に入り込んでくる感じもしない。

 拍手も聞こえない。

 ただ、夜の川沿いが少し寒いだけだ。


 私はゆっくり息を吐いた。


「……帰ろ」

「うん……」

「ゆらちゃん歩ける?」

「だるいけど歩ける」

「無理なら背負わない」

「誰もお前に頼んでない」

「請求は後日送る」

「そこだけ絶対元気なんだよな!」


 るなが半泣きのまま笑って、幽々がようやく小さく口元を緩める。


 その時、幽々のスマホが一度だけ震えた。


 全員、止まる。


 幽々が画面を見る。


 レイン通知。

 送り主不明。

 本文は一行だけ。


 『今年は埋まらなかったね』


「…………」

「消せ」

 朔夜が即答した。

「今すぐ」

「うん」


 幽々は無言で削除した。

 削除して、電源まで落とした。


 私はその画面を見ながら、ゆっくり言う。


「……終わってねぇじゃん」

「だから言ったでしょぉ……春の空席、ろくでもないってぇ……」


 誰も笑ってないのに、少しだけ笑ったみたいな空気が流れた。


 でも、その軽さは前編の最初とは違う。

 一回ちゃんと死んで、一回ちゃんと戻ってきた後の、薄くて危うい軽さだった。


 春の夜風が、最後にもう一度だけ、桜を揺らした。


 続く。

■今回の登場人物


影森かげもりゆら

 今回もしっかり一回死んで、しっかり理不尽に戻された主人公。空席に“受けられ”て、向こう側の宴まで行った。


夜宵やよいるな

 見た目に反してめちゃくちゃ大食いの親友。今回は“供えられたひとりぶん”を泣きながら食い切ることで、席の理屈を壊した。


白澤しらさわ幽々《ゆゆ》

 静かな情報ハブ。非公認学園怪異SNS会長。今回は旧記録と消えた投稿の断片を拾い、怪異の輪郭をつないだ。


夜見よみ朔夜さくや

 顔はいいが性格は最悪な怪異相談屋。今回はちゃんと現場に来て、ちゃんと助けたが、やっぱり言い方は最悪。


■今回の話の解説


 前編でゆらは、るなを庇って“花見の四人目の席”に受けられました。

 後編では、その席の向こう側にある“待つ側の宴”と、現世側で朔夜たちが行う救出が並行して進みます。

 今回の怪異は、単なる悲恋の亡霊ではなく、土地に根づいた“空席を埋めたがるもの”に、引き裂かれた女の未練が重なった存在でした。

 だからこそ、ただ慰めるのではなく、“供えられたひとりぶんを残さない”“受けた席を壊す”ことで理屈ごと崩す必要がありました。

 そして最後に届いた不明通知が示す通り、今年の席は潰せても、春の空席そのものはまだ終わっていません。

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異世界最強の節約勇者
異世界ゲームバー転生おじさん(42)
異世界Any%
― 新着の感想 ―
咲夜がカッコイイですね…!この「配信9回目 花見席は四人のはずだった」が一番好きです!
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