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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信69回目 夜の川原に、一人ぶん多い

 楽しかった写真に、知らない白いものが一つだけ混ざっていた。

 そういう時は、だいたい気のせいじゃない。

 今回は、川原で人数が合わなくなります。


 写真に写った白いものを、最初に「気のせい」で流そうとしたのは透羽とわだった。


「いや、火の粉とか水しぶきじゃない? 夏の写真ってこういうの盛れがちじゃん」


 言いながら笑っていたけど、声の軽さは、少しだけ浮ついていた。


 るなはスマホをのぞきこんで、「えぇ〜、でもたしかに白いねぇ〜」と首をかしげる。幽々《ゆゆ》は何も言わない。ただ、画面から目を離さない。何を考えているのだろう。


 私も笑って流せればよかった。


 でも、あの白さを知っている。


 昨日の夢の川辺。水際に伏せていた、白い背中みたいなもの。浅瀬のはずなのに、あっさり足元を消してきた冷たい手。


「……もう、帰ろっか」


 自分でも少し早いと思うタイミングで、私は言った。


「えぇ〜? もうちょいだらだらしよぉ〜」

「暗くなると足元見えづらいし」

 幽々が静かに重ねる。

「......片づけたほうがいい」


 るなは口を鳥のように尖らせたけど、幽々が言えばだいたい従う。透羽も「じゃあラストで飲み切って、片づけよ」と空のペットボトルを振った。


 日が落ちかけていた。


 昼間はあんなに明るかった川辺が、夕方になるだけで急に他人行儀になる。

 水面みなもの反射は鈍くなり、草むらの影は濃くなって、遠くの笑い声も少し遠ざかる。子どもの声も、風も、虫の音も、全部あるのに、さっきまでより一段だけ世界が静かだった。


 ぬいが、私の足元で妙に黙っていた。


 こいつが何も言わない時は、だいたいろくでもない。――いうときもだが。


 片づけを始めてすぐ、幽々の手が止まった。


「……ねえ」


 その声で、全員が振り向く。


「人数、数えた?」


 るなが、紙コップを持ったまま目を丸くする。

「えぇ〜? 四人とぉ、ぬい〜」


「五人+一匹じゃん」

 透羽が笑った。

「なに、まだ写真気にしてるやつ?」


「そうじゃなくて」


 幽々は足元を見たまま言う。


 シートの端。紙皿。割り箸。飲みかけのラムネ。片づけたはずのゴミ袋。そして、白い紙コップが一つだけ、多い。


「……これ、誰の」


 誰も答えなかった。


 透羽が「予備でしょ」と言いかける。けど、その前にるなが小さく言った。


「さっきまでいた子、どこ行ったのぉ?」


 空気が止まった。


「……は?」

 自分の声が、嫌なくらい平らだった。


「白いの持ってた子ぉ……。るなたちの後ろにいたよねぇ?」


 るなは、本当に見たままを言っている顔だった。


 そこに悪気も、盛りも、怖がらせようとする気配もない。だからこそ一番まずい。


 透羽がいつもより少しだけ早口になる。

「るな、それ見間違い。てか人いたなら普通に私も気づくし」


「見間違いなら、コップは増えない」

 幽々が即座に返した。


 その一言で、笑っていた透羽の口元が止まった。


 私は財布の上から、内ポケットの札を触る。


 残り一枚。

 薄い紙なのに、指先だけが冷える。


 その時だった。


 川の向こう側。少し離れた岸の、ちょうど木の影が濃く落ちているあたりに、何かが見えた。


 椅子だ。


 折りたたみの簡易チェアみたいな、小さな席。そこだけ、妙にきちんと一人ぶんの場所がある。紙コップみたいな白いものも見える。誰も座っていないのに、座る前提で置かれたみたいな、不自然に整った空席。


「……あれ」


「影森?」

 幽々が私を見る。


 ぬいが、やっと口を開いた。

「見るでない」


「何あれ」

「埋めたがる席じゃ」


 背筋が冷える。


「空いとるから、誰かを座らせたがる」


「最悪の説明を一番短く言うな」


 なのに、目が離せない。


 誰も座っていない。

 でも、そこだけ“誰かがいた形”が残りすぎていた。来なかった人の席じゃない。戻れなかった人の席だ、と、見た瞬間に分かってしまう嫌さがある。


 白いものが動いた気がした。


 布じゃない。光でもない。背中だ。


「ゆらちゃん」

 るなが不安そうに呼ぶ。


 一歩、踏み出した。


「ちょ、影森!」

 透羽の声が飛ぶ。


 分かってる。近づくべきじゃない。昨日の夢だって、こうだった。水辺に白いものがあって、そこへ足を向けた瞬間に――


 足首に、冷たいものが絡んだ。


「っ」


 次の瞬間、背中に硬い感触があった。


 座面だ。


 立っているのに、膝の裏だけが急に折れる。見えない椅子に無理やり座らされたみたいに、腰が落ちる。首の後ろを誰かに押された。


「いや――!」


 そのまま、浅瀬のはずの川へ引きずりこまれる。


 水が一気に胸元まで来た。

 おかしい。さっきまで子どもが遊んでいた深さじゃない。私の周りだけ、底が抜けたみたいに暗い。


「ゆらちゃん!!」

 るなの悲鳴が聞こえた。


 透羽が走る音。幽々が「そこ、深さちがう!」と叫ぶ。ぬいが唸る。


 でも、遅い。


 見えない何かが、背中を押したまま離さない。座れ、と言われている。足りなかった一人に数えられるみたいに、私の身体だけがその席にぴたりと合っていく。


「やだ、やだ……っ」


 水が口に入る。

 息ができない。

 喉の奥が焼ける。


 川の底に、白いものが見えた。


 背中。紙コップ。空いた席。誰かの帰れなかった形。


 あ、これ――ほんとに死ぬ。


 肺が縮む。視界が暗くなる。遠くでるなが泣きそうな声を出していて、透羽が何か悪態をついていて、幽々が私の名前を呼んでいるのに、どれも遠い。


 音が切れた。


 身体の感覚も切れた。


 水の冷たさだけが最後まで残って、それすら薄くなる。


     ―――――


「息してない!」


 透羽の声が、どこか遠くから落ちてきた。


「ゆらちゃん、やだ、やだぁ……!」

「離れて、るな! 今――」


 自分の身体を見下ろしている、と思った。


 川辺に倒れている。濡れた髪。青い顔。動かない胸。透羽が唇を噛んで、幽々が震える手で私の肩を支えて、るなが半泣きで名前を呼んでいる。


 死んだ。


 それだけは、はっきり分かった。


 その瞬間、財布のあたりで乾いた音がした。


 ぱき、と何かが裂ける。


 白い線が一瞬だけ胸元から走って、私の身体と、どこか上のほうを無理やり繋いだ。引っ張られる。落ちるんじゃなく、戻される。


 次に来たのは、すさまじい痛みだった。


「っ、げほ……ッ!!」


 気づいた私は、思いっきり水を吐いた。

 肺がひっくり返る。喉が裂けそうに痛い。目の前でるなが「うわぁぁん!」と泣きながら抱きつこうとして、幽々が「るな、まだだめ」と止めている。透羽は膝をついたまま、息だけ荒かった。


「……やば」

 透羽が低く言う。

「今の、まじでやばい」


 私は咳き込みながら、震える手で財布を探った。


 札は、なくなっていた。


 代わりに、黒く焼けた紙片みたいなものが指先に触れて、ぼろ、と崩れた。


「……最後の、やつ」


「何?」

 幽々が聞く。


「保険……終わった」


 それだけ言うのが精一杯だった。


 その時、不意に、誰かが笑った。


 川原の端。

 薄暗くなった土手の上に、男が一人立っていた。


 見覚えがある。

 あの、最悪の先輩。帰還者。夜刀やと――。


 夏の終わりみたいな、軽い顔でこっちを見下ろしている。


「やっぱ埋めにきたな」


 るなが息を呑む。

「……だれぇ?」


 透羽の顔から、さっきまでの軽さが消えていた。幽々は私の前へ半歩出る。


 男は、濡れた私を見て、少しだけ目を細めた。


「その席、お前に合ってたろ」


 のどが、さっきとは別の意味で冷えた。

 (朔夜――......)


 つづく


挿絵(By みてみん)



 ここまで読んでくださってありがとうございます。


 今回は、68話の楽しい川辺回をちゃんとひっくり返すための後半でした。

 写真の白いもの、増えた紙コップ、るなの無邪気な一言、そして“空いた席”。日常側のまま怪異が数を合わせにくる、というのをやりたかった回です。


 そして今回は、ゆらを確実に一度落として、最後の保険札も使い切りました。

 これで次からは、軽い保険なしの状態になります。夏イベントの空気はまだ続きますが、だいぶ笑って済ませにくくなってきます。


 最後に出てきた帰還者も含めて、次回からまた空気が一段変わります。


■今回の登場人物


影森かげもりゆら

 “空いた席”に数を合わせられ、川へ引かれて確実に一度死んだ主人公。戻ってはきたが、最後の保険も失った。


夜宵やよいるな

 悪気なく「さっきまでいた子どこ行ったのぉ?」と言ってしまい、場の空気を一番最悪な角度でひっくり返した親友。こういうときほど、るなの無邪気さは怖い。


夏目なつめ透羽とわ

 最初は軽く流そうとしたが、紙コップが増えた時点でさすがに笑えなくなった。明るく誤魔化す癖があるぶん、崩れた時の顔が早い。


白澤しらさわ幽々《ゆゆ》

 数のズレに最初に理屈で気づいた子。今回は「見間違いなら、コップは増えない」がかなり強い。


・ぬい

 珍しく早い段階から嫌な気配を察知していた半寄生霊獣。「埋めたがる席」と短く言ったが、短いぶん嫌な説明だった。


・帰還者

 最後に現れた“最悪の先輩”。夏の終わりみたいな顔で出てきて、だいぶ空気を壊していった。


■今回の帳尻


・金銭帳尻

 緊急用護符、二枚目まで消費。これで事務所支給の保険札は打ち止め。請求は重い。ゆら「まじ勘弁なんだけど」


・死の帳尻

 川辺で確定死亡一回。溺死寄り。数を合わせる怪異に“席へ座らされる”形で落とされた。


・境界記録局四課・帳面書き

 対象:影森かげもりゆら

 今回処理:死亡一回/緊急仮留め経由で帰還

 備考:水辺接触、席型怪異との適合あり。要注意度上昇。


・構造帳尻

 「一人ぶん多い」は、ただの見間違いではなく、空いた数に生きている側を当てはめる怪異だった。遊びの延長ではなく、最初から“埋めるための一席”があった可能性が高い。


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