配信42回目 最悪の先輩が来た【後編】――このままじゃダメだって、分かってるでしょ
翌日、夜刀がまた来た。来るなと言ったのに。
差し入れのコンビニ袋に、余計なものが付いてきた。
朔夜が、初めて本気で怒った。
翌日、夜刀は本当に来た。
「来るなって言ったぞ」
「来ないとは言ってないよ」
朔夜が舌打ちした。私は「ほんとに来た……」と引いた。ぬいは無言で冷蔵庫の上に避難した。
夜刀はコンビニの袋を机に置いた。中身はプリンが三つだった。
「仲直りの印」
「お前と仲違いした覚えがない」
「今、してるじゃん」
朔夜は受け取らなかった。でもプリンを捨てもしなかった。
ぬいが袋の方をじっと見ている。
「……ゆら」
「なに」
「その袋に触るな」
「は? なんで」
「なんかついとる」
夜刀が「あー」と間延びした声を出した。
「そういえば来る途中、変な路地通ったんだよね。何か踏んだかも」
「何か踏んだかも、じゃない!」
朔夜が袋を確認しようとした、その瞬間だった。
袋の底から、白い靄みたいなものが床に滲んだ。私が気づいた時にはもう、足首に巻きついていた。
「っ、え」
引かれる。下に。床の下に。
「影森!」
朔夜の声が聞こえた。
次の瞬間、視界が暗くなった。
足首の感触が消えて、床が消えて、それで終わった。
また、死んだ。
―――
起き上がった時、床が冷たかった。
朔夜が私の首元に二本指を当てていた。脈を確認する。一拍置いて、短く息を吐く。
「戻った」
「戻った、じゃない……っ」
「蘇生費は後で引く」
「えっ今それ言う!?大丈夫かとか言えないのアンタ!」
夜刀が「ごめんごめん」と言いながら頭をかいていた。申し訳なさそうではあったが、笑顔は崩れていなかった。
「まじで踏んだだけだって。こっちも予想外」
「お前が来るたびに厄介事が増える」と朔夜が言った。「昨日と今日で二倍だ」
「でも戻ってきたじゃん」
「それはそうだが」
「……俺のところには、戻ってこれなかったから」
その一言だけが、空気から浮いた。
夜刀は笑ったままだったが、声だけが違った。
朔夜が何も言わなかった。
―――
昼前、朔夜に槙野から電話が来た。別件の確認らしく、朔夜は「少し待て」と言って廊下へ出た。
事務所に、私と夜刀が残った。
ぬいが「行くでない」と小声で言ったが、さっきの一言がまだ頭に残っていて、私はソファから動けなかった。
夜刀が机のプリンを一つ、私の前に押した。
「食べていいよ。俺のせいで死んだし」
「死なせといて、なんでプリンで解決しようとしてるの」
「それしか解決手段がない」
「最悪すぎ……」
でも手は伸びた。蓋を開けた。食べた。うまかった。まぁうまいよね。プリンだもの。甘いし。こういう時、自分ってなんて単純な女なんだろう――って思っちゃう。
それから、 夜刀がテーブルの上をぼんやり見ながら言った。
「ゆらちゃんさ、死後側に入るたびに、少しずつ向こうに馴染んでいってるの、分かってる?」
「……馴染む、って」
「向こう側が、ゆらちゃんのことを覚えていってる。毎回入るたびに。最初は他人の顔だったのに、だんだん知り合いの顔になっていく。向こうの引力が、少しずつ強くなる」
「それって、まずいの」
「まずいかどうかは朔夜くんが一番知ってる。でも朔夜くんは、たぶんゆらちゃんには言わない」
「……なんで」
「言ったら、ゆらちゃんが怖がって離れるかもしれないから。それが嫌なのか、別の理由なのかは、俺には分からないけど」
黙った。夜刀が続けた。
「俺はさ、一回、同じことをやったんだよね」
「……同じこと」
「大事な子が向こうに馴染んでいくのを、見てたんだ。止められると思ってた。最後まで」
その声だけが、笑っていなかった。
プリンのスプーンを置いた。
―――
朔夜が戻ってきた瞬間、空気で分かったと思う。
夜刀とゆらの間に流れていた温度が、まだ残っていたから。
「何を話した」
「世間話」と夜刀が言った。
「嘘をつくな」
夜刀が立ち上がった。笑顔のまま、でも今日一番まっすぐ朔夜を見た。
「ゆらちゃんに言ってないんだね。向こう側に馴染んでいってること」
「お前には関係ない」
「関係あるよ。俺、同じことやったから」
「だから関係ない。お前の失敗と、俺のやり方は違う」
「本当に?」
沈黙が落ちた。
朔夜が動いた。夜刀の胸倉を掴んだ。片手で、そのまま壁に押しつけてしまいそうな勢いがあった。術式でも護符でもない、ただの怒りで人に触れる朔夜を、私は初めて見た。
「二度と同じことを言うな」
低い声だった。温度がなかった。
夜刀は抵抗しなかった。掴まれたまま、朔夜を見ていた。
「……ごめん。それは言いすぎた」
笑顔じゃなかった。初めて笑っていない夜刀の顔だった。
朔夜が手を離した。
少し間があって、夜刀がジャケットの襟を直した。そのまま、静かに続けた。
「でもさ、朔夜くん。このままじゃダメでしょ」
「……」
「上も見てるし、蒐集も動いてる。ゆらちゃんが向こうに馴染みきる前に、ちゃんと決めないと。俺みたいになってからじゃ遅いよ」
朔夜が振り返らなかった。
「決める必要があるとすれば、俺が決める。お前じゃない」
「そうだね」と夜刀は言った。「そうであってほしいとは、思ってる」
その一言だけは、本当のことに聞こえた。
―――
夜刀が扉に向かった。今度こそ帰るらしい。
扉を開ける直前、私の方を向いた。
「ゆらちゃん、一個だけ」
「なに」
「向こう側で、誰かに会ったことない? 静かな子に。足音のない」
頭に、顔が浮かんだ。色素の薄い髪。白に近い肌。「また死んだの?」と言う、諦めと親切が同居した声。
「……会ったことある、かも」
「そっか」
夜刀は何も聞かなかった。それだけ言って、扉を閉めた。
足音が廊下を遠ざかっていく。
事務所が静かになった。
私は朔夜を見た。朔夜は扉を見ていた。夜刀が出ていった扉を、ずっと見ていた。
「……朔夜」
「なに」
「向こう側で会う、静かな子って」
「忘れろ」
「忘れられないよ」
朔夜は答えなかった。
ぬいが冷蔵庫の上から、小さな声で言った。
「……ゆら」
「うん」
「あの子に、また会ったら」
「うん」
「礼を言うといい。お前のために、動いてくれとる子じゃから」
朔夜がぬいを見た。ぬいは目を逸らした。
机の上のプリンを見た。三つあったのが、私が食べた一つ分だけ減っている。
夜刀が信用できるかどうか、まだ分からない。でも嘘をついていないのも、たぶん本当だ。
それが一番、扱いに困る。
残ったプリンを朔夜の前に一つ押した。
「これ、食べる?」
「……蘇生費は引く」
「知ってた」
やっぱりクズだ。でも受け取ったので、まあいい。あと、ちょっぴり今回、蘇生代が安かった。本人は認めないけど。
■ 登場キャラクター
影森ゆら
今回は夜刀が来る途中で踏んだ怪異の余波で死んだ。死因が「先輩の経由地」という終わった理由。蘇生後にプリンを食べた。向こう側の話を聞いて、笑えなくなった。
夜見朔夜
今回、術式でも護符でもなく、ただの怒りで夜刀の胸倉を掴んだ。それだけのことを言われた。手を離した後、「決めるのは俺だ」とだけ言った。プリンは受け取った。
黒瀬夜刀
胸倉を掴まれた時だけ笑顔が消えた。謝った。「このままじゃダメでしょ」という言葉だけは、脅しでも催促でもなく本当のことに聞こえた。去り際に玻璃を匂わせた。朔夜と同等かそれ以上のルックスだが、クズかどうかはまだ不明。
ぬい
「礼を言うといい。お前のために動いてくれとる子じゃから」と言った。玻璃とゆらの繋がりを知っている。それ以上は言わなかった。
玻璃(気配のみ)
名前は出ていないが、ゆらの頭の中に浮かんだ。足音のない、静かな子。
■ 今回の話について
帰還者・黒瀬夜刀の初登場後編です。冒頭に夜刀の経由地怪異でゆらが死ぬ場面を入れ、「俺には戻らなかったから」という夜刀の一言で玻璃の存在を遠く匂わせています。その後、花嫁因子の言及と朔夜が本気で怒る場面を軸に動かしました。夜刀が「このままじゃダメでしょ」と言った裏に何があるかは、今後明かされる予定です。
「少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!」




