配信17回目 カウンセラーの手帳は白い ――プリンは無事です
学校に来ているスクールカウンセラーが、あの人だった。
偶然じゃない気がするけど、証拠もない。
穏やかで、丁寧で、怖いくらい優しい。困る。
朝の教室って、平和だ。
窓の外は薄曇り。校庭のラインが白く光っている。始業前のざわざわ。机の脚が鳴る音。誰かの笑い声。スマホの通知音。
私の席に、いつものふたりがたまっている。
夜宵るなと、白澤幽々《ゆゆ》。
るなは机の端に頬杖をついて、購買のパンのカタログ(スマホ)を真剣に見ている。142センチの小さな体に、大きなたれ目。ふわふわした空気をまとった、うちのクラスのマスコットみたいな存在。見た目だけなら。中身はブラックホール。胃の。
「ゆらちゃん、今日カウンセラーの先生来る日だよぉ」
「そうなんだ」
月に二回、外部からスクールカウンセラーが来る。保健室の隣にある相談室で、希望者が予約して話を聞いてもらえる制度。
私は利用したことがない。私の悩みはカウンセリングの範囲に収まらない。借金。死亡。蘇生。怪異。時給三百円。どれを話しても通報案件だ。
幽々が少しだけ声を低くした。
「私、今日予約入れてある」
ゆらとるなは知っている。幽々がカウンセリングを受けていることを。詳しくは聞かない。聞かないのが三人の間のルールだ。幽々が話したくなったら話す。それまでは、隣にいるだけでいい。
るなが聞く。
「ゆゆちゃんのカウンセラーの先生、いい人なのぉ?」
幽々は少し考えてから答えた。
「……不思議な人。でも、話しやすい」
「どんな感じぃ?」
「すごく静かで、こっちが黙っても急かさない。でも、必要なことはちゃんと聞いてくる。他の先生と、なんか違う」
「どう違うの?」
「……聞き方がうますぎる。何十年もやってる人みたいに」
色素の薄い髪の奥で、灰色寄りの目がわずかに伏せられた。幽々は制服をきちんと着ている。いつも通り。でも「きちんと」の中に、手首を隠す長さの袖が自然に含まれている。
私はそれに気づいている。気づいていて、何も言わない。
カウンセラーが良い人なら、それでいい。幽々が話せる場所があるなら、それが大事だ。
この時点では、そう思っていた。
――――――
昼休み。
三人で弁当を広げる。教室の窓際。日当たりがいい。
私の前には母の弁当。るなの前には、弁当と、購買のパンが三つと、おにぎりが二つ。
「るな、弁当あるのに追加五品は何」
「だってぇ、四時間目おなか空いたんだもん」
「二時間目にもおにぎり食べてたよね」
「あれは朝ごはんの延長ぉ~」
「延長しすぎだろ」
るなはメロンパンを半分に割って、片方を私に差し出した。
「はい、ゆらちゃんの分ぅ」
「……ありがと」
「もう半分はぁ?」
「おなかぁ」
「聞いた私が悪かった」
幽々が少しだけ笑う。この子が笑うのは、三人でいる時だけだ。教室の他の場所では、幽々はいつも静かで、空気が一段冷たい。「何を考えているか分からない」と言う子もいる。でもここでは笑う。メロンパンを分け合う距離で、ちゃんと笑う。
るなが焼きそばパンに手を伸ばしながら言う。
「ゆゆちゃん、カウンセリング何時からぁ?」
「昼休みの後半。もうすぐ行く」
「行ってらっしゃぁい」
「うん」
幽々が席を立つ。お弁当を片付けて、小さく手を振って、教室を出ていく。背中が細い。制服が少しだけ大きく見える。
その背中を見ながら、私はるなのメロンパンの残りをかじる。
幽々が話せる場所がある。それを受け止める専門の人がいる。私やるなには言えないことも、たぶんある。それでいい。
そう思っていた。まだ。
――――――
放課後。
忘れ物を取りに、保健室の隣の廊下を通りかかった。
相談室のドアが少しだけ開いている。中から声は聞こえない。カウンセリングの時間はもう終わっているはず。中にいるのは、カウンセラー本人だけだろう。
通り過ぎようとした。
制服の内側で、ぬいがもぞっと動いた。
「おぬし」
声がいつもより小さい。
「なんで——」
「この匂い。前に嗅いだぞ」
足が止まる。
前に嗅いだ。
夜道で。コンビニの手前で。白い手帳を持った存在の隣で。
心臓が跳ねた。
相談室の扉の隙間から、中が見える。
白い手帳。パスポートサイズ。白い革の表紙。机の上に置かれている。
その向こうに座っている人は、白っぽい髪を肩のあたりで揃えていて、薄いカーディガンを羽織っていた。服装は前と少し違う。学校に溶け込むように、カジュアルに寄せている。でも顔は同じだ。整いすぎていて、男とも女とも判断がつかない、穏やかな顔。薄い琥珀みたいな瞳。透けそうなくらい白い肌。
鬼灯なゆ。
「あ」
声が出た。
なゆがこちらを見る。微笑む。前と同じ笑顔。穏やかで、丁寧で、どこまでも事務的。
「影森さん。カウンセリングのご予約ですか?」
――――――
逃げるべきだった。朔夜に「逃げろ」と言われた。
でも、ここは学校の中だ。日が差している。廊下に生徒の声が聞こえる。この状況で、相談室から全力で逃走する女子高生。そっちのほうが通報案件だ。
私は相談室に入ってしまった。
なゆは机を挟んで正面に座っている。白い手帳は机の上にあるが、閉じたまま。カーディガンの下は白いシャツ。学校のカウンセラーとして、自然な服装。でも近くで見ると、やっぱり時代感がほんの少しだけズレている。清潔すぎる。皺ひとつない。人間が普通に着ている服には、もう少し生活の跡がある。
「なんでここにいるんですか」
「お仕事ですよ。こちらも」
「こちらも、って。あの帳面の仕事とは別ってこと?」
「別ではありません。ただ、現世で長く活動するには、それに見合う社会的な立場が必要ですから」
「つまり偽装」
「偽装というと聞こえが悪いですね。兼務、です」
笑顔が崩れない。声のトーンも変わらない。怒らない。焦らない。朔夜とは全然違う。朔夜は理屈より先に態度が悪い。この人は態度が完璧すぎて、逆に怖い。
「幽々——白澤のカウンセリング、あなたがやってるの?」
「はい。月に二回、お話を伺っています」
「あの子のこと、どこまで知ってるの」
なゆは微笑んだまま、ほんの少しだけ間を置いた。
「カウンセリングの内容は守秘義務がありますので」
「それは人間の守秘義務でしょ。あなた人間じゃないでしょ」
「守秘義務に種族制限はありませんよ」
言い返せない。この人は論理で返してくる。しかも穏やかに。朔夜の「うるさい」「高い」「死ぬな」みたいな雑さが、今は少し恋しい。少しだけ。
「……幽々は、元気になってる?」
「私から評価を申し上げることはできませんが」
「カウンセラーとしての言い方はいいから。あの子、あなたに話してて、楽になってる?」
なゆがまた間を置いた。さっきとは違う間合い。カウンセラーの間合いではない。もう少し、個人的な距離。
「……白澤さんは、良くなってきていると思います。少なくとも、以前より呼吸が楽そうです」
なゆの顔を見た。微笑んでいる。前と同じ表情。でも今、ほんの一瞬だけ、笑顔の裏に何かが透けた気がした。仕事の顔ではない何か。
「鬼灯さんは、幽々のことが心配なの?」
「心配、ですか」
「死の帳簿の人が、生きてる人の心配をするの?」
なゆは手帳に指を置いたまま、少し考えた。
「……死に近い方のそばにいるのが仕事ですから。心配というよりは、観測です」
「それ、答えになってない」
「そうですね」
否定しなかった。
私は立ち上がる。これ以上ここにいると、この人のことを嫌いになれなくなる。
「ひとつだけ聞いていい?」
「どうぞ」
「幽々も——あなたの帳面に、書かれてるの?」
なゆは笑顔のまま、答えなかった。
答えなかったことが、答えだった。
――――――
放課後。三人で帰る。
るなが「今日の購買のメロンパン、いつもよりふわふわだったよぉ。明日も買うぅ」と言っている。幽々は、いつもよりほんの少しだけ穏やかだ。カウンセリングの後はいつもこうだ、とるなが前に言っていた。
「ゆゆちゃん、先生と話した後はちょっとふわふわするよねぇ」
「ふわふわ……はしてない」
否定しているが、声のトーンがわずかに明るい。足取りが軽い。
なゆが幽々を助けている。それは事実だ。死の帳簿を持つ存在が、生きている少女の心を支えている。善意なのか業務なのかわからない。でも幽々が呼吸しやすくなっているのは本当のことで、それを否定する気にはなれない。
でも、幽々もなゆの帳面に書かれているなら。
幽々が「死に近い場所にいる」から、なゆが担当しているなら——。
「——ゆらちゃん?」
「ん」
「ぼーっとしてたよぉ」
「ちょっと考え事」
「えらぁい。ゆらちゃんが考え事するの珍しいよねぇ」
「失礼すぎる」
幽々が小さく笑った。
この笑顔を守りたい。でも帳簿の余白は、私の分だけじゃなく——。
考えるのをやめた。今は、この帰り道が平和なことだけを大事にしたい。
――――――
夜。事務所。
「カウンセラーとして学校に入ってた」
朔夜の手が止まった。
「……あの鬼灯が?」
「月二回、スクールカウンセラーで来てる。幽々の担当」
朔夜が椅子に深く座り直す。眉間に皺が寄る。
「白澤の担当か」
「知ってるの、幽々のこと」
「あの子が死に近い側の人間だってことは、前に会った時に分かってる」
「じゃあ、鬼灯さんが幽々の近くにいるのは——」
「観測だろうな。死にそうな人間の近くに張りつくのが、あいつらの仕事だ」
「でも、幽々はなゆ——鬼灯さんのカウンセリングで楽になってるんだよ。実際に」
朔夜が黙る。
「それは否定しない。だが、善意で助けてるのか、帳簿の管理精度を上げるために近くにいるのか、そんなのは本人にも区別がついてない」
「……朔夜だって同じじゃん」
「何が」
「私を蘇生してくれるの、善意なの? それとも便利だから?」
長い沈黙。
「……両方だ」
「正直すぎるだろアンタ」
「嘘ついてもお前にはバレる」
ため息をつく。朔夜のこういうところだけは、信用できると思ってしまう。嘘はつけるくせに、私にだけは下手な嘘をつかない。
「鬼灯さんに手を出せるの?」
「出せない。あいつは業務範囲内で動いてる。学校での身分も正規のルートで取ってるはずだ。俺が介入する理由がない」
「じゃあ放っておくの?」
「放っておくんじゃない。手が出せないだけだ」
朔夜がスマホを弄りながら、ぽつりと言った。
「お前、あいつのことどう思ってる」
「え?」
「カウンセラーとして。人として」
「……怖いけど、嫌いにはなれない。幽々のこと、ちゃんと見てる気がする。朔夜みたいに雑じゃないし」
「俺が雑だと」
「雑でしょ。蘇生の第一声が"赤字だ"の”請求”だの」
朔夜が不機嫌になった。目に見えて。
「あいつの話をする時だけお前は丁寧語になる。それが気に食わない」
「丁寧語?」
「鬼灯|"さん"《・・》」
気づいていなかった。朔夜を呼び捨てにして、なゆには「さん」をつけている。無意識だった。指摘されると否定できない。
「……それ、嫉妬?」
「業務上の懸念だ」
「嫉妬じゃん」
「違う」
「顔が怒ってるよ」
「元からこういう顔だ」
嘘だ。こういう顔は、なゆの話をした時だけだ。
ぬいがソファの隅から呟いた。
「おぬしら、ほんまに面倒じゃのう」
――――――
帰り道。
スマホにるなからレインが来ている。
「ゆらちゃぁん、明日の購買でチョコクロワッサン出るらしいよぉ。二個買ってぇ」
幽々からも一件。
「今日、ありがとう。帰り道楽しかった」
短い。でも幽々にしてはすごく多い。
私は二人に返信しながら歩く。
鬼灯なゆ。笑顔で帳面を開く人。幽々のカウンセラー。朔夜が名前を聞くだけで顔色が変わる相手。
あの人は幽々を助けている。私の借金を数えている。穏やかで、丁寧で、怖いくらい優しい。
朔夜は「俺より優しかったから逃げろ」と言った。
でも逃げられない。だってあの人は、幽々のそばにいる。
私が逃げたら、幽々のそばにいる人が——帳面を持った死神だってことを、誰が気にしてあげるんだ。
帳簿の余白は、減っている。
私のも。たぶん、幽々のも。
——と、格好つけたことを考えていたのは、この日の夜九時頃までの話だ。
――――――
事務所に戻ったら、朔夜が待っていた。
「サムネ用の素材が足りない。裏口の階段で"雰囲気のある写真"を撮ってこい」
「なんで私が」
「お前のスマホのほうが画質がいい」
「それ褒めてるの?」
「カメラを褒めてる」
言い返す気力もなく、私はスマホを持って事務所の裏口に出た。
古い雑居ビルの非常階段。錆びた手すり。半分切れた蛍光灯。確かに雰囲気はある。心霊配信のサムネにはちょうどいい。自分の職場にはしたくないが。
三階から見下ろすアングルで何枚か撮った。暗い。手ブレする。朔夜に「センスがない」と言われる未来が見える。
もう少し良い角度を探して、一段下がった。
足が、滑った。
正確に言うと、踏んだ段の感触がおかしかった。境界の薄い段。見た目は普通のコンクリートなのに、足裏の感覚だけが二センチほど下にズレる。
体が傾く。手すりを掴み損ねる。
「あ」
三階分、落ちた。
怪異じゃない。呪いでもない。ただの落下。物理。重力。ニュートン。
意識が飛ぶ直前、思ったのは「サムネの画角、悪くなかったな」だった。
――蘇生。
「がっ……!」
「応急蘇生。通常料金」
「通常料金って何……」
「境界由来の事故なので割増はない。ただし現場が事務所敷地内なので出張費もない。蘇生費のみ加算」
「事務の処理が早い……」
体中が痛い。三階分の落下の衝撃が、蘇生後の体にそのまま残っている。打撲というより、全身を一回ぐしゃっと潰してから戻した感じ。骨は折れていないらしい。蘇生の精度だけは認めたくないが認めざるを得ない。
私はソファに倒れ込んだ。今日はもう何もしたくない。何も起きないでほしい。あとはコンビニで買ったプリンを食べて寝る。それだけでいい。
冷蔵庫からプリンを取り出した。
カラメルの色が照明を拾って光る。今日一日のご褒美。カフェでラテ一杯しか飲めなかった昨日の分まで、このプリンに賭けている。百七十円の希望。
スプーンを手に取った瞬間、肩に重みが落ちた。
「甘いもの」
ぬいだ。灰白色のふわふわした体が、肩からプリンに向かって身を乗り出している。琥珀色の目がプリンだけを見ている。
「だめ」
「ひとくちだけ」
「だめ」
「カラメルだけ」
「カラメルがいちばん美味しいとこだろ。だめ」
「けち!」
「けちじゃない。これは私のプリン。経費じゃない。自腹。私が自分の金で買った唯一の楽しみ」
「おぬしの楽しみより、わしの食欲のほうが——」
「上じゃないから!」
ぬいが飛びかかった。私はプリンを高く掲げた。
小さな体が腕にしがみつく。私は片手でぬいを引き剥がしながら、もう片手でプリンを死守する。ソファの上で揉み合いになる。
「離せ!」
「甘いもの!」
「離せって!」
「供物! 供物として寄越せ!」
「供物じゃない! 百七十円のプリンだ!」
もつれた足が、床を踏み越えた。
事務所の床には、朔夜が引いた怪異よけの結界線がある。普段は何も起きない。触っても跨いでも平気。ただし、二点以上を同時に踏み抜くと、一瞬だけ解除される。
ぬいを抱えた私の右足と左足が、ちょうど結界線の両端を同時に踏んだ。
ぶつん、と空気が切り替わる音がした。
窓が開いていた。夜風が入っていた。
その夜風に乗って、何かが事務所の中に滑り込んだ。
首に冷たいものが巻きついた。
「——え」
雑霊だ。窓の外をうろついていた、格も何もない、ただの雑霊。朔夜の結界があるから普段は入れない。でも今、一瞬だけ結界が切れた。その一瞬で入ってきた。
首が締まる。
「ぬ、い——」
ぬいは私の腕の中でプリンのカップを抱えていた。
「…………」
「助け、て……」
「…………プリンは貰ってよいか」
「人が死にかけてる時にっ——!」 ちーん。
視界が暗くなる。また死ぬ。今日二回目。しかも原因がプリン争い。死因として終わっている。人としても終わっている。
朔夜が奥の部屋から出てきた。雑霊を一瞥して、呆れた顔で指を鳴らす。雑霊が消えた。でも遅い。私はもう意識が飛んでいた。
二度目の蘇生。
「がっ……!」
「応急蘇生。こちらは結界損壊に起因する事故なので、別料金」
「別料金!?」
「結界修復費込みで加算する」
「さっきの通常料金と合わせていくら!」
「合算は明日の請求書で」
「二件!? 一日に二回死んで二回請求されるの!?」
「死んだのがお前で、壊したのもお前だ」
「二件目はぬいのせい!」
「ぬいは従業員じゃないから労災の対象外だ」
「私も労災の対象外じゃん!」
ぬいはソファの隅で、プリンを食べていた。
カラメルからいっている。
「…………おぬし、美味いのう、これ」
「返せ」
「もうない」
「全部食べた!?」
「うまかった」
私は怒る気力も失せて、ソファに突っ伏した。
体中が痛い。二回死んだ分の蘇生費が明日の請求書に乗る。プリンはない。帳簿の余白は減っている。借金は増えた。
最悪の一日だ。
いや。
カフェでるなが笑っていたこと。幽々が「ありがとう」と言ってくれたこと。
それだけは、良い一日だった。
——プリンの恨みは別として。
続く。
*****
■今回の登場人物
・影森ゆら
カウンセラー室で死神と再会した女子高生。怖いけど嫌いになれない相手が増えるのは、たぶん良いことではない。なお、この後サムネ撮影で階段から落ちて一回死に、プリン争いで結界を踏み抜いて二回死んだ。蘇生費は二件加算。プリンは戻ってこない。
・夜宵るな
大食いの親友。弁当+購買のパン三つ+おにぎり二つを昼休みに完食。メロンパンの半分をくれたが、残り半分の行方はおなか。明日はチョコクロワッサンを狙っている。
・白澤幽々《ゆゆ》
スクールカウンセラーの鬼灯を「不思議だけど話しやすい人」と評する。カウンセリングの後は少しだけ呼吸が楽になっている。帰り道の「ありがとう」は、この子にしてはとても多い言葉。
・鬼灯なゆ
スクールカウンセラーとして学校に来ていた。白い手帳を机に置いて、生きている少女の話を静かに聞く。善意なのか業務なのか、本人にも区別がついていない。それがいちばん厄介なこと。
・夜見朔夜
鬼灯の話をされた時だけ不機嫌になる男。ゆらが鬼灯に「さん」をつけていることに気づいてしまった。「業務上の懸念」と言い張っている。蘇生費の請求処理だけは異様に早い。
・ぬい
「この匂い、前に嗅いだぞ」で始まり、プリンを全部食べて終わった。観察力は一流。食い意地も一流。反省はしていない。
■今回の話の解説
怪異案件なしの日常回です。ただし「日常の中に死神がいる」という不穏さを、学校という安全地帯に持ち込みました。
鬼灯なゆが幽々のカウンセラーであるという接続は、「死に近い人間のそばにいる仕事」と「苦しんでいる人の話を聞く仕事」が重なることで成り立っています。善意と業務の境界が曖昧なのは、なゆ自身がいちばん困っていることかもしれません。
朔夜がゆらの「さん付け」に気づいた場面は、朔夜が鬼灯なゆを「能力的な脅威」だけでなく「ゆらの態度を変える存在」として警戒し始めた瞬間です。
なお、本編後にゆらは二回死んでいます。
一回目の死因は、サムネ撮影中の階段落下。三階分。物理。蘇生費は通常料金。
二回目の死因は、プリン争奪戦中の結界踏み抜きによる雑霊侵入。蘇生費は別料金(結界修復費込み)。
プリンは無事でした。ゆらの財布は無事ではありません。――それに帳簿も削られます。
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