7.客人
「ー…つまり。君は実家に帰っている途中で賊に襲われて、気を失って、気がついたらあの森にいた、と?」
「はい」
「もう一度聞くが、あの森の近くまでは馬車で移動していたんだな?」
「…おそらく」
「……はぁ…」
リアムは苛立たしげに溜め息をついた。
マーガレットは事の経緯を嘘偽りなく説明した。
けれど唯一、第二王子の婚約者として過ごしていたことと第二王子との婚約解消については伏せた。
どうせマーガレットがアルベルトの婚約者であることは周知の事実だ。調べればすぐに分かることだし、今回のこととは無関係だと判断したからだ。
説明は簡潔なほうがいい。
「荒唐無稽すぎる。嘘をつくならもう少しマシな嘘をついてくれないか」
「嘘なんてついていません!」
「君の話が正しければ、我がネーヴィアス領の近くに君の領地があるという話になる。だが、生まれてこのかたモラリス公爵家なんて聞いたこともなければ、出会ったこともない。隣に住んでいるというのに、だ」
「それは私にも言えることですわ。我が領地の近くに他の公爵領があるなんて私も聞いたことがありません。それに、恐れながら『ネーヴィアス公爵』という御名も今日初めてお聞きしました」
「はぁ…埒が明かないな」
リアムはカップを持つと中身を一気に煽った。
マーガレットは彼のもつカップを見つめると、次に自分の手のなかにあるカップに目を落とした。
そしてもう一度、リアムの持つカップに目をやる。
本当に同じ大きさのカップなのだろか。
彼の持つカップはマーガレットのもつカップよりもかなり小さくみえる。まるで人形用みたいだ。
彼にとってあのカップで紅茶を飲むことは水を一滴飲むのと同じことだろう。
「…賊が気絶している私をここまで連れてきた、ということは考えられませんか?男性一人では難しいかもしれないけれど、彼らは三人いたもの。三人でなら私を運ぶのも簡単だったはずです」
「なんのために?君をここにつれてきて、一体そいつらになんの得がある?誘拐や身代金目的ならアジトに連れ帰るだろうし、殺すことが目的ならこんな手間をかける必要なんてない。私ならその場で殺す。ただ単に貴女を捨てるにしても、阿呆でももっと場所を選ぶだろうな」
「あなたを恨んでいる人があなたに誘拐の容疑を掛けるためにあえて、とかは考えられませんか?」
「否定はできないがその可能性は限りなく低いだろう。回りくどすぎるし、何より誰だって自分の命は惜しい」
私としては、とリアムがマーガレットを睨んだ。
いや、もしかすると彼は普通にマーガレットを見ただけかもしれない。贅肉に埋もれた細い目は常に睨んでいるような印象を相手に与える。
「君の自作自演を一番に疑っているんだけどね。家出か?それとも裏で君を操っている黒幕でもいるのか?モラリス公爵なんていう存在しない家名を騙ってまで何がしたいのか分からないが早めに白状したほうが身のためだぞ」
「まさか!誓って私の言葉に嘘や偽りはありません」
「どうだかな。調べればすぐに分かることだ」
マーガレットはシーツを緩く掴んだ。
興奮して熱が上がったのか、頭がくらくらする。吐き出す呼吸が熱い。
落ち着いて…。今ここで身の潔白を証明しなければ、彼らの調査とやらが終わるまでこの邸から出ることは叶わなくなる。
(一刻も早く帰って諸々の後処理をしなくては…。私がいないことでお父様に不利益があってはいけないわ…!)
今回のアルベルトとマーガレットの婚約解消において王家に過失があることは周知の事実だ。
王家はモラリス家に対して金品や土地、爵位など何かしらの補償をする義務があるのだが、モラリス家が由緒正しい公爵家で政治的にも大きな権力を持っていることと、マーガレットが新しい婚約者を探すには年を取りすぎているということから、王家はそれなりの補償をしなければならない。
王家からすれば痛い出費だろう。少しでも補償を軽くしたいと考えるのが普通だ。
そんなときにマーガレットが不在となればこれ幸いにと事実を捏造してモラリス公爵家への補償を不当に軽くしようとする可能性は大いにある。
マーガレットの様子を観察していたリアムは重たそうに椅子から立ち上がった。
マーガレットが慌てて呼び止めようとするのを手で制する。
「ジュジュ」
「はい」
ジュジュ、と呼ばれたメイドはマーガレットに近づくと優しく、けれど有無を言わせぬ力で、マーガレットをゆっくりと寝かしつけた。
されるがままベッドに横になったマーガレットの額に冷たいタオルをのせる。
「顔色が悪い」
公爵は冷めた表情でそう言うとマーガレットを上から見下ろした。
「安心したまえ。真実がわかるまでは客人として饗そう。ようこそ、我がネーヴィアス公爵家へ。モラリス公爵令嬢」
「…有り難うございます」
歓迎なんてちっともしていないくせに。
感情のこもらない声にマーガレットは内心毒つく。
「貴重な時間をどうも有難う。あぁ…そうだ。近いうちに客間を用意させる。生憎、医務室はこの部屋しかないからな。長い間占領されては都合が悪い。体調がよくなったらそっちに移ってくれ。要望がなければそこのメイドを君につける。ジュジュだ。困ったことがあれば頼るように」
「寛大な対応に感謝致します」
「こちらの調査が終わればまた話をする機会を設けよう。それまでに君の体調が万全になっていることを願うよ」
リアムは扉に向かうとして、ふと何かを思い出したようにマーガレットを振り返った。
「それと分かっているだろうが。変な行動を起こした場合は即刻森に『帰して』やるから、そのつもりで」
「…心得ています」
彼が歩くたびにベッドから振動が伝わる。
扉が開かれる音とともに彼が部屋から出たのを感じた。




