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5.厄介な客人


「旦那様」


執事長がにこりと笑う。


「お客様がお目覚めになられました」

「っ、おい! 噂をすればなんとやら、だぞ!」


アーロンは目を輝かせると、リアムの机をバシバシと叩いて喚き散らした。


「何もたもたしてんだ! 行くぞリアム! すぐに……あ、いや、お前はまずそのパツパツの服から着替えた方がいいな。腹のボタンが今にも玉蜀黍トウモロコシの粒みたいに弾け飛びそうだ」

「……うるさい。誰が今すぐ行くと言った」


リアムは太い眉を不快そうにひそめると、持っていたペンを静かにインクスタンドに戻した。

肉づきの良い顔は不機嫌そのものだったが、その目は領主としての冷静な光を宿している。


「ジェームズ、容態は?」

「はい。意識ははっきりとしておられますが、自分がどこにいるのか分からず少々混乱されているご様子とのことです。ただ、お仕えさせているメイドの話では、取り乱して叫ぶようなことはなく、非常に落ち着いていて礼節ある態度でいらっしゃるようです。メイドの扱いにも慣れていそうだとか」

「…はぁ。高位な貴族の娘で間違いなさそうだな…」


リアムはこめかみを指先で揉みほぐした。

面倒だ。すこぶる、本当に、心の底から面倒だ。

素性の知れない(しかも確実に育ちの良い)行き倒れの令嬢など、政治的なトラブルの匂いしかしない。


「…ジェームズ、彼女に今のところ敵意や不審な動きは?」

「ございません。むしろ、助けていただいたことへ感謝の言葉を口にされていたそうです」

「そうか。ならば、こちらも最低限の礼儀は尽くさねば」


リアムは口の端を歪めて笑うと重い腰を上げた。特注の椅子が、彼の巨体から解放されて「ギィ」と小さな悲鳴のような音を立てる。

リアムは無意識に自分のせり出した腹を隠すように上着の裾を引っぱったー…が、悲しいかな。限界まで張り詰めた生地はいくら引っ張ったところで何も変わりはしなかった。


「よし、俺も行く!」


元気よく宣言して、当然のように扉に向かおうとするアーロンの胸ぐらをリアムは丸々とした、しかし熊のように力強い手で掴み取った。


「お前は居残りだ。軽薄なお前を連れていけばネーヴィアス家の品格を疑われる」

「はぁ!? これでも俺は侍従だぞ!? 第一、お前ひとりで令嬢と話なんかできるのかよ。いいや、できないね! お前が結婚できるかもしれない絶好の機会チャンスなんだぞ。絶対に俺もついて行ったほうがいいに決まってる! それに今日会わなくたってどうせいつか会うことになるんだ。お前が俺をここに監禁するってんなら話は別だけどな!」

「よし。ジェームズ、こいつを牢屋に入れておけ」

「っ何でだよ!!」


子どものようにギャーギャーと騒ぎ立てるアーロンに、リアムは「お前、本当に私より年上か?」と呆れた。


「リリーはコイツのどこを好きになったんだ?」

「え?俺とリリーの馴れ初めの話?」

「違う」


げんなりとため息をついたリアムは、そのままアーロンをジェームズに押しつけるようにして手を離した。


「ジェームズ、この騒々しい男を絶対に部屋から出すな。もし私の後をついてくるようなら、今月の給与から修繕費という名目で迷惑料を天引きして構わん」

「かしこまりました、旦那様。アーロン様、お静かに。これ以上おいたわしいお姿を晒すのは、ネーヴィアス家の侍従見習いとしていかがなものかと思いますよ」

「見習いってなんだよ! てか三十前の男を捕まえて子ども扱いすんなって!」


背後でまだ何やら喚いている従兄弟の声を完全にシャットアウトし、リアムは執務室の重厚な扉を開けて廊下へと出た。

長い廊下を歩きながら、リアムは先ほどジェームズから聞いた報告を頭の中で反芻する。

ーー取り乱さず、落ち着いていて礼節がある。メイドの扱いにも慣れている。


(厄介極まりないな……)


普通の行き倒れであれば、命を救われたことに涙を流して感謝し、身元を明かして家に帰る手筈を整えれば済む話だ。しかし、それがもし「訳あり」の高位貴族の令嬢となれば話は別である。

政争に巻き込まれて逃げ出してきたのか、それとも、このネーヴィアス領に何か目的があって意図的に行き倒れたのか。


「……ふぅ」


自然とため息が漏れる。

歩くたびに、注文した時にはジャストサイズだったはずの特注の上着が、腹の肉に圧迫されて悲鳴を上げていた。

アーロンの言う通り、せめてワンサイズ大きな服に着替えてから向かうべきだっただろうか。

ー…いや、服を変えたところで巨躯なことにはかわりない。気に入られたいわけではないんだ。着替えるだけ無駄だろう。


客室の前へ辿り着くと、扉の両脇に控えていた衛兵が居住まいを正して一礼する。

リアムは一度、深く息を吸い込んで自身の表情を「領主の顔」へと切り替えた。

不機嫌そうな眉の皺はそのままに、しかし一切の隙を与えない冷徹な威圧感を身にまとう。

コン、コン、と二度、低く静かな音で扉を叩いた。


「ー…失礼する」


声をかけ、リアムは静かに扉を押し開けた。




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