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平穏をもたらす者

     ……………


 「罪の呪詛……。怨霊。呪い。龍……」


 天出仁はブツブツと独り言を言いつつ、龍の霊体を構成する魔術結合をかき分け、拘束で情報を確認していく。龍は詠唱のため身体の動きが数秒制限されており、彼はそのわずかな時間を極限まで効率的に利用している。


――霊体型神霊、初期万葉仮名との類似性ある魔術結合文字と漢語の混交、使用魔術である雷撃から天神信仰の権能を持つと予想され、ほとんど希薄となっているが魔術詠唱時に人間の自我の残滓が見られる……。呪文の文句から怨霊である可能性。龍神信仰の要素からも、中核として利用されている《《モデル》》は『大津皇子』でほぼ確定。


「くくくく……」


 天出仁はからからと笑う。だが、その瞬間に龍の魔術による雷光が全員を包む。膝をついたままの山口コウへ、少年はしがみつくように怯え、当の山口も己の死を覚る。

 

『ズガァアアアアアアアアアン!』


 雷鳴。電撃の数秒後に遅れてやってくるそれは山口や少年の耳に届く。二人は身構えて全身を包むであろう衝撃に少しでも抗う様子だったが、すぐに違和感に気づく。

 周りを見る。何も変わっていない。いや、二人から数メートル離れた場所の地面が焼け焦げ、えぐれている。雷鳴の狙いは完全に外れていた。訳が分からない様子の山口へ天出仁が答える。


「私が何の策も無く、瓦礫で殴りつけるだけであの龍神にホイホイ近づくと思ったのかい? くくくっ……。まあ、あれだ、私は慎重な性質(タチ)でね。他者が居る時はギャンブルしないんだ。一人だと命懸けを楽しむんだが……。まあ、今回は《《こういう事》》」

 

 彼がパチリと黒革の手袋の上から指を鳴らすと彼の背後に立ち尽くす龍の周囲に『結界』が現れる。そして、山口の右手側、2メートルほど離れた場所に奇妙な石製の像のようなものが現れる。


 山口はそれに焦りを覚える。

 その像と結界、結界内部を満たす魔術結合の全てが天出仁の魔術技量、魔力操作技巧によって巧妙に隠されていたのだ。そもそも『呪物』を改造し、自身の魔術に組み込むことは並大抵の魔術知識と技量では不可能な領域であり、ともすれば呪物の暴走、術者の突然の死、使用中の突然の事故の危険がある、それを更に即席で姿かたちを隠すとなると第一級魔術師においてもできる者はほとんどいない。

 つまりは、天出仁はこの日本国でも指折りの『知識と技量』を持つ魔術師である事をこの現象は示していた。


 満足気な笑顔を見せる彼の背後では龍の霊体は『オカグレサマ』の結界によって動きを止め、混乱している。だがその次の瞬間、みるみるうちにその霊体はしぼんで小さくなっていった。そして、吸い込まれるように天出仁のコートの内ポケットへと入っていく。

 山口はその様子を見て更なる『脅威』を確認する。


――霊魂操作術の使い手か。だが、とんでもねえ奴……。霊魂操作は霊が持つ魔力を利用するため魔術の中でも特に消費が少ないことで有名。

 だが、そんな中でも最もネックなのが『霊魂の捕獲/契約』。霊魂はボコって魔力削って弱らせて捕獲なり主従契約結ばせるか、『魔術結合を把握して封印・解呪』して捕獲するかの二択……!

 どちらも霊が強ければ強いほど困難……!


 彼は目の前にて膝をつく自身を見下ろす天出仁をより強大なモノの様に見ていた。

 山口が身体を張ってある程度弱らせたとは言え、あの紛れもなく第一級、ともすれば日本国に数十しか存在しない特別指定級の強度を誇る霊魂を数秒の内に解呪してしまったのだ。

 日本語で構成される魔術のほとんどは彼にとって数秒で簡単に解呪できる代物である可能性が高い。それは、山口の魔術が効かないことを意味し、純粋な魔力操作技量でも圧倒的なこの天出は、まさに山口の『格上』なのだった。


 だが、山口はそんな天出仁に対して、逆に闘志を燃やし、次なる相手として見定めていた。膝をつきながらも何度も起き上がろうとして天出仁を見上げるその目は炎が揺らめくように熱く、情熱に燃えている。

 そんな山口を、天出仁は突然、ひょいと身体を担ぎ上げる。山口は全く予期していないこの行動に驚きながら暴れる。


「な、何しやがるコラッ、放せッ!」

 

 しかし、そんな彼のあがきを全く無視して、天出仁は困惑している少年に、膝をつき、同じ目線で話かける。


「君、お願いがあるんだけどさ。このおじさんの傷が治るのを、そこの家で見守っててくれる?」


「え……。で、でも」


 少年は担がれて暴れる山口を心配そうに見る。天出はその様子を見て答える。


「はは、おじさんが勝手に動くか心配かい? 大丈夫、この石像、『オカグレサマ』って言うんだけど、これがあればこのおじさんは出られないよ。おじさんが回復する、そうだな……」


 天出仁は少年をジッと見ながら一瞬考えこむ。

 

「今から一時間半ちょっとあとくらい、23時40分ごろまでここに居てもらう。それぐらい経つとおじさんも元気になるし、このオカグレサマも消えて、君も《《大丈夫になる》》と思うよ」


 そう言うと天出仁は、立ち上がり、『オカグレサマ』に呪文を詠唱して移動できるように休眠させる。結界は消え、石像は彼の隣にふわりと浮かび彼に追従する。そして、彼は再び少年の方を向くと空いている手で、へたり込んでいる少年に手を差し伸べた。


「さあ、立って。ここはまだちょいと危ない。中に早く入ろう」


 優しい笑顔を見せる天出仁に少年はやや不思議そうな顔をしながら、おずおずと手を取る。天出仁は子供の手を優しく握り、そのまま手を握って誰のものとも知れない人のいない民家へと案内をした。


 その様子に山口は既に抵抗を止め、しかし不可解な行動にやや不信感を抱いていた。


――わからねえ野郎だ。何故、俺を助ける? 何故そのガキに振る舞いを変える? というかなんだそのガキに対する妙な態度は? 


 山口は自身に対して友好的で攻撃の意思の全くない、少しの毒気すらない天出仁の動きを理解できずにいた。そして、『子供に対する大人の態度』という人生で一度も見た事のない出来事に奇妙さを覚えていた。

 暴力以外を知らない山口にとって天出仁は完全なる異邦人であり、不信感以上の異質さを覚え、彼はその異質さを理解すべく思考を続けているのだった。


     ―――――

 

 民家の中へと入り、リビングのソファに山口を降ろした天出仁は、手を繋いで連れてきた少年に、再び膝をつき同じ目線で話す。


「なるべく外は見ないようにね。それと、もしもの時もこのおじさんが守ってくれるさ。地震や地響きや大きな音がしても大丈夫。ここでは殴られることも、怒鳴られることもないよ」


 その言葉をうまく受け取れていない様子の少年だったが、天出仁の顔を見て、少し信用したのか、小さく頷く。天出仁はそれを見て満足気な笑みを浮かべ、優しく子供の頭を撫でたあと、ソファの方へ振り返り山口の方にも同じ目線で話す。


「んじゃあ、山口君だったか。君は最後までしっかり責任を以て彼を見守るように。回復したら別に出てってもいいから」


「チッ……」


 山口は舌打ちこそすれど現在の状況を受け入れるほかなかった。

 彼とて少年を見棄てることに自覚は少ないながらもやや思う事があったようであり、また、自身の傷を安全に癒せる事は戦いに身を置くものとして好都合でしかなかった。もちろん天出仁を信用したわけではないが、それ以外の選択肢を無理に取ることは難しいのが現状である。


 そんな様子の山口に、天出は忠告するように言葉を添える。


「敵でもない他人はいきなり殴ったり怒鳴ったりしちゃ、ダメだぜ? とくに友達にそれをするのはちゃんと体格とか、能力とか、言い分とか、対等な時だけだぞ」


「……」


 山口はその言葉の意味をよく理解していなかった。

 彼にとって敵と敵でないものの区別ははっきりしていた、だが、味方という存在や友、関係の無い他人というものはあやふやで、自覚なく考えないようにしていた。

 そもそもそんな忠告を聞いたのは人生でも数回。そしてそのどれもが、自分の事を見ていない人間が言った言葉だった。山口は人生で初めて、心からの説教を受けていた。

 だが、彼はそれをハッキリと自覚することはなかった。


「んじゃ、この子のこと、よろしくね。頼んだよ」


 天出仁はそう言って山口を真っ直ぐ見て、その肩をポンと叩くと立ち上がり、『オカグレサマ』に触れて呪文を詠唱し、そのままそそくさと家を出ていく。天出が出て行った数分後、オカグレサマの結界が家の周囲を覆った。家の一階部分はすっぽりと安全な地帯となり、山口と少年には平穏な安全が保障されたのだった。

 山口にとってそれは初めての『他者の存在する平穏』であった。



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