一分間の死闘
……………
とぐろを巻く龍の下へ、山口コウは空に見えざる足場を作り出して突撃する。彼の背に居る子供には最低限の魔力防護を纏わせているが、その行動はとても賢明な態度と言えたものではない。
龍はその突撃を寸前まで目を向けることすらしなかった。そして彼の拳が鱗に直撃する直前、龍はその身を素早く『敵』の下へと突進させる。山口の放った挨拶代わりの一撃は龍の精巧かつ攻撃箇所を事前に把握していたことで完全に防がれる。そして当の龍はそれを気にも留めず『敵』である天出仁への攻撃に全力を注いでいたのだ。
山口は怒髪天を衝くほどに歯噛みし、だが、彼我の実力差を推し量る。
――魔力量、魔力操作技術、予知能力、感知能力、全てにおいて俺の勝る点は無ぇ……!
だが彼は戦う事を諦めてはいない。もう彼には背負う少年の不安な悲鳴や言葉は届いてはいなかった。そして彼は呪文を詠唱する。
『割れた拳でお前を切り裂く、吹き出た血でお前を怯ませ、折られた歯でお前を殺す、拳が無いなら蹴り殺す、脚が無いなら噛み殺す、頭が無いなら呪い殺す』
――『|おれの拳はレボリューション!!《フルスロットル》』、発動だ……!
怒りの笑みを浮かべ、彼が発動した魔術結合は彼の拳に巻きつく。彼はその拳を以て龍へと飛び掛かっていく。
一方、龍は山口の詠唱中に天出仁との間合いを詰める。地上に立つ天出の下へジェット機の如く急降下するその姿は明らかに全力を以てして『敵』を潰すことを急いでいる。
天出仁はしかし、全く臆する様子もなくにやけた顔のまま右手と左手に『色彩を彫刻された頭蓋骨』を持っていた。
空を切り風を纏う巨大な砲弾の如き龍の下へ二体の霊の影が行く手を阻む。
「愛しき我が君に……」
「私の先輩に……」
『触れさせるかぁああああああああああああああッ!!』
騎士と白衣の美少女は天出仁の指令通り彼を守るように龍の攻撃を受け止める。だが、二体の霊の力では到底、伝説的な神霊たる龍の攻撃を受けるのには足りない。
だが、天出仁は二つの頭蓋骨に冷酷な事実を突きつけるべく念じる。
――『君たちの術者・稗田宗十郎は死んだ。彼が君たちの末裔最後の生き残り。君たちの手で殺された。君たちの内輪揉めに巻き込まれて死んだ。術者が死んだ君たちは、都合の悪いことを全部忘れて、魔力を注いで呪物を動かす相手を皆、元の術者と思い込む。何とも哀れな話だね』
刹那、二体の霊は思い出す。
自身の手で『守るべきもの』を殺したことを。
その『守るべきもの』の思い出は血と肉と臓腑だけとなった形すらもあやふやな、ただの物体としての姿だけ。自らを規定する根幹『守るべきものを愛し、守る』それがとうの昔に失われたことを《《再び》》自覚した二体はその姿を失い、黒い影となる。
だが、その影の魔力は姿を持っていたその時よりも強力であった。
『ガガガガガガッ……』
二体の霊であった影は龍の突撃を黒い壁として受け止めその魔力を大きく削られる。
しかし、龍の突撃による衝撃は完全に殺された。
停止した龍の目と鼻の先には天出仁が立っている。彼は両手にある頭蓋骨が力を失いつつあることから、『彩り骸骨』を解除し黒い影を消失させる。
そして彼は、ポケットに手を突っ込み『待ち』の姿勢をとる。龍は突然の天出の行動にすかさず牙を彼に向けたが、即座にその行動を中断し振り返る。龍は魔術を纏った山口コウへ視線を向け、その攻撃を避けようと身を動かしたのだった。
だが、その動きは天出仁によって阻害される。彼は特に魔力も込めずに龍の身体に触れ、『岡鯉沫惚心中草子《岡惚れ誣告の指切り遊び》』を発動。
彼の背後に現れた花魁の霊が龍の動きを一瞬、止めた。
山口コウは咆哮と共に拳を振るう。
「ようやっとこっちを見たなァッ! ハハッ!」
彼の拳には魔術結合が巻きついており、拳がぶつかることで龍にその魔術結合が纏わりつく。
瞬間。龍の霊体には存在しない筈の激痛が走り、龍は声を漏らす。
「グルルアアアアアアアアッ!」
その声は、人間のような響きを持ち獣のそれとは異なっていた。そしてその攻撃の主は攻撃の手を緩めず、腕を振り続ける。その山口の顔は恍惚に塗られていた。
――『痛み』が本来存在しない神霊、霊体。そんな奴らがいざ『痛み』を受けると笑っちまうくらいのたうち回る。
魔力操作も雑になって動揺してんのはマル解り……!
面白くて仕方がねえ……!
その連撃は明らかに背負う少年のことを考えてはいなかったが、少年はなんとか山口の背にしがみついていた。
だが、龍もそのままやられるわけではなかった。痛みによじれる身体は、突如鋭い爪を持つ腕が振られ、山口に向けられる。
しかし、彼は防御をしない。山口の腕に鋭い切り傷が刻まれる。
鋼のような硬度を誇る肉体に入る霊体の爪は並み居る魔術師など一撃で屠るだろう。
「くっははははははは!」
山口コウは歓喜の声を上げる。
痛みを忘れるためのやせ我慢でもある、だが、それ以上に彼は自身の魔術がより強力なものとなり、自身の力はより『自由』なものとなる事を歓喜していた。
山口の攻撃の手は緩むことなく、むしろ加速していく。拳によるラッシュは傷口から血が噴き出す事を全く考慮せず、より傷口を広げるきらいさえもあった。彼の拳は彼の血が噴き出し、傷が広がるほどに、強力な魔力を帯び、更にその魔力の性質がざらりとしたやすりのようなものへと変化していく。
龍の爪や長い胴体による強力な打撃による抵抗は確実に山口の肋骨や腕の骨をへし折る。バキバキと音をたてながら、山口は骨の露出しかけた拳によるラッシュを止めない。
そして、その骨が折れる音、骨が折れる攻撃ごとに龍の身体の山口が骨を折ったのとほぼ同じ個所に『爆発』が発生する。
『バキィッ! ドガァアアアアアン!』
『ベキィッ! ズガァアアアアアン!』
骨の折れる軽い音と爆発音が交互に交差するデスマッチの様相を呈する戦場は山口の最初の一撃から数分も経過してはいなかったが、既に血みどろの死闘が結末へと差し掛かりつつあった。
龍の魔力は削り取られ、だが未だ底は見えない。
一方、山口の肉体には限界が近づいていた。出血量、粉砕骨折、複雑骨折、一部の内蔵の傷。彼の意識は既に朦朧とし始めており、目の前の巨大な鱗を持つ胴体へ連打を隙無く続けることだけに集中していた。
だが、龍は激しい痛みに慣れはじめ、攻撃の手を強め始めていた。
山口のラッシュの緩みからもその場を離脱する瞬間は刻一刻と近づく。
六十数秒の凝縮された時間の中、激しい死闘が演じられるこの場所であったが、そこへするりと、割り込む者が一人。
天出仁。
彼の背後には闇に沈む街とは全く対照的なギラギラとうるさい光とネオンサインに彩られた大きなスロットが絵柄を示していた。
その絵柄は袈裟を着たミイラ、『偽即身仏』を示している。
「ヘイ、辛そうだね。へへへ」
ニヤニヤと天出仁は山口にそう言う。
その背後にいる即身仏は呪いの邪気を発し、地面にある無数の瓦礫の中から、比較的小さいものを選び浮かび上がらせる。それは天出仁による指示だった。
彼を中心に、龍の逃げる間もなく瓦礫による嵐が始まり、呪いと魔力によって守られた微細な瓦礫はみるみるうちに傷ついた龍の魔力を削っていく。そしてその嵐は、山口と背中の子供を絶妙な操作によって避けて、龍だけを削り取っていく。
嵐の最中、天出仁は特にそれを気にすることなく龍の方に近づきながら山口の方を見て話かける。
「ちったぁ背中の子を気にしなさいよ……。私が遠隔で守らなかったらマジ死んでたよ? 背負うと決めたらしっかり守りきったほうがいいぜ、その方が気分良いからね」
山口は膝をつく。彼はすでに限界に近かった。
だが彼の残った魔力はしっかりと彼の傷を癒していく。彼の異常な身体能力も自然治癒力を恐ろしいスピードに強化し既に内部の傷はふさがり始めていた。外傷もまた小さいものからふさがっていく。
彼の背に居た少年は山口を心配そうに見つめて聞く。
「おじさん、だ、だいじょうぶ……?」
「大したことはねえ……。少し休めばどうにかなるが……。それより敵はまだ……」
重い首をもたげて、山口は前を向く。目の前にいる龍は石の嵐を何とか耐え続けている。いくら精巧な魔力操作能力であっても微細な石を全て防ぐことはできないが、その底なしの魔力によって神霊の霊体は保たれている。
その必死の防御を続ける龍に、天出仁は手をペタペタと触れさせる。
石の嵐はあとわずか数秒で効果が切れるというところであるが天出仁は何かを探るようにその霊体をべたべた触りつつ、手を透過して入れ込めたりしている。
そして、そのまま石の嵐は止まり、龍は即座に魔術の詠唱を開始した。
『いわれなき罪の呪詛をここに落とさん。我が斬首の呪いよ、天を動かせ』
龍の頭上に雷雲が現れる。ひとたび落雷が落ちれば山口、天出はともかく、居合わせた少年は助かることはない。




