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戦略的撤退、戦略的存在

     ……………


 時はヨシノリ達が『夜叉母』と出会った場面へと移る。

 樹木の如き怨霊が無数の肢体を広げそこから果実のように下級怨霊たちを産み落とし、怨霊たちが殺到する。大小さまざまな女性を象る怨霊は負傷した心念やヨシノリ達へ容赦なく押し寄せてきた。

 折口と諜報員が負傷した二人の前に立ちはだかり、その突撃の圧力から彼らを守ろうと動く。


 だが、その怨霊たちはすぐに彼らを包囲し、全方位から攻撃を仕掛ける。その勢いは折口の鋭い刀による斬撃の応酬や諜報員と彼女の操作する霊魂による連打を徐々に圧してゆくほどである。


 夜叉母から産み落とされる怨霊は増え続け、彼女ら二人によって消し飛ばされる怨霊の数をたちどころに補充し、超えていく。先程の『ミスラ』との戦い同様、彼女らの力がどれだけ下級怨霊に勝っていようと数の前には無力に近しいのだ。

 しかし、その怨霊による包囲攻撃が二人を押し切る直前、上空より一発の火球が放たれ、下級怨霊たちの隙間ない圧力の中で爆裂する。

 無数の怨霊が一度の爆裂で一気に消滅し、ヨシノリ達は一瞬包囲から解放される。忍如の仏像による魔術である。


『縛れ!』


 上空からのその声と共に四つの魔術結合がヨシノリたち全員に触れ、グイっとそのまま四人を天へと引き上げる。その術者は周智衆。彼はすぐ隣で浮遊する忍如へと飛び移り、香室雅へ姿を入れ替えることで、魔術結合四つをその剛腕で引き揚げたのだ。


 その時、対抗するかのように夜叉母の肢体より新たな下級怨霊が産み落とされる。それは翼を持つウブメのような姿を持つ怨霊であり、誕生してから地面に落ちる前に飛行して引き上げられる四人の魔術師へ突撃する。


 それを遠方より目視で確認し、弓を引く者が呟く。

 

「爆破させるほどでもない……。『魔をつがえ撃つ。天神よ畏み畏み願い申す、この矢呪わしき人を必ず穿つことを』」


 その無数のウブメはミサキによって放たれた一本の矢によって次々と貫かれてゆく。その速度は保たれ、闇を縫うように軽々と進み、空を我が物顔で舞う猛禽の如きウブメをするりと貫き射殺す。

 たった一本の矢が数十もの怨霊たちを消滅させ、ヨシノリたちは安全に夜叉母から距離を取る。


 忍如は香室を背負いながら叫ぶ。


 「このまま撤退する!」


 彼はそのまま五人の人間を背負いながら軽々と空中を飛び、道路を覆うほどの怨霊たちによる追跡をまく。その動きを感知しているシュウメイもミサキと共に自身の魔力を感知より隠す隠密行動で合流地点へと急ぐ。



 そして数十分後、ようやく魔術師たちは住宅街の端、とある民家において一堂に会することができた。

 秘匿課のシュウメイが率先して全員の治療を行ったこと、そしてそれぞれの場所で立場を超えた協力を行っていたこともあり、諜報員以外の違法魔術師たちは全面的な結託を行う姿勢であった。

 諜報員以外の全員が消耗した魔力を回復させつつ誰も居なかった民家のリビングにおいて卓を囲み、今後を話し合っていた。


 忍如が会合の主役の一人として話す。


「この場所での潜伏もあの『夜叉母』の眷属を産み落とす速度を考えるとあと半時間以内に危険となるだろう。あの怨霊の脅威は早急に排除する必要がある。準備が整い次第全員でかかるべきだ」


 シュウメイが反論を直ぐに述べる。


「いや、むしろ長引かせるべきではないだろうか。今もあの量を産み落としているわけではないものの、確かに多数の怨霊は生産され、この場所は30分ほどで見つかる可能性が出てくるのは頷くところではあるが、その場合はまた場所を移せばいい。いくらあの実体型怨霊を吸収したとはいえ魔力量の回復は追いつくものではない。消耗を待つべきだ。時々我々で下級怨霊を掃討するなど手はある」


 忍如は首を振る。


「まだほかにも強力な霊はいる。龍だ。あれとあの夜叉母がやり合って、夜叉母がそれを吸収すれば我々の勝ち目は今よりも薄くなること必定。それに外から怨霊が入らないとは限らない。また第一級相当の怨霊が出れば、龍と同じくあの夜叉母に吸収される可能性を考えなければならない」


 香室も頷く。


「私も同意見ですわ。あのように成長する敵は叩けるうちに叩いた方がいいでしょう。既に全員でかからなければ勝てるかわからないレベルですしね。相手の消耗を待つのは情報が出そろっている場面や援軍の無い場面だけですことよ」


 魔力を回復しようと瞑想していたミサキが目を開き、口を開く。


「夜叉母を早急に倒さなければ、それ以上に厄介な男の介入を招く」


 彼女の右だけの瞳は復讐の炎に鈍く燃えるようにわずかな部屋の光を反射していた。折口は彼女を諫めるように言う。


「今のところ天出仁の動きはないし、明確な敵対行動はまだ見られていな……」


「今のこの状況、これこそが奴の思惑なんだ。我々が外と隔絶されているのは奴の結界のせい、怨霊がすんなりと外から入って来れるのも奴の結界のせい、そしてこの結界内の住人が影響を受ける呪いも奴の思惑に違いない。話が上手く行き過ぎている」

 

 香室はやや呆れたように言う。


「最後の一つは断定する言い方で予想を述べていらっしゃいますわよ。私は自分の目で見てそこまでの悪意ある人間とは思いませんでしたわ」


「狡猾な奴だ。いくらでも装うことはできる。私は自分の目で見て奴の悪意を知っている」


 香室は不服そうな表情を見せつつも諦めた顔で手を広げて黙る。シュウメイが話を引き戻す。


「短期決戦派の方が多いということでいいのか?」


 折口とヨシノリ以外が頷く。シュウメイはそれを見て顎に手を当てながら語る。


「そうか……。まあ、そちら側の言い分に分があるというのは私も納得する。では回復次第全員であの怨霊にかかるという方向で行こうか。となると、しっかりとした連携は難しいにしても、多少の役割分担なりをした方がいいだろう」


 折口はそれを聞き、軽く手を挙げながら伺う。


「それって、ヨシノリ君とかあの諜報員の役割も割り振るの?」


 ヨシノリはすぐに答える。


「おれはやりますよ。一人でも戦力は必要でしょう? 諜報員の人は……」


 忍如が首を振り答える。


「秘匿課との協力は歴史的に言って隠者の薔薇構成員には難しいだろう。ましてや組織への忠誠が極めて高いあの『カニス』。中立状態になるだけでもありがたいと思うべきだろう」


 諜報員は他の者が集まる場所から外れ、一人で自分の傷を瞑想によって回復させつつ、魔力回復も促す集中状態に入っていた。

 彼女は未だ秘匿課との協力に難色を示しており、交流を避けているのだった。


 彼女の耳には当然会話が聞こえているであろうが、当の彼女は無反応である。

 一同は彼女の置かれる立場やそれぞれの立場を鑑みつつ、各々が示せる情報を出し合って戦いでの役割を決めていく。主にそれぞれが得意とする距離や封印魔術の扱い、感知能力、予知能力の適性などを基にそれらは決定された。


     ―――――


 ヨシノリは、話し合いの中、薄暗いリビング内の時計が丁度22時を過ぎていたことに気が付いた。時計の針は22時10分。

 彼がそれを確認したのとほぼ同時、シュウメイが何かを感知し、突然感知能力へと彼は集中を始めた。


 シュウメイの感知能力は遥か遠方、300メートルほど離れた地点を捉えていた。その場所では丁度『龍』が10分ほど前に目覚めた男によって突如消滅していたのだった。


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