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一つの肉体、二人の肉体

     ……………


 微動だにしない香室と対照的に忍如は急ぎ感知を頼って追跡を試みる。

 その時、露出した下水管の中へ真っ直ぐ飛び込む影があった。ミサキの矢である。そしてその数秒後、少々先の地面が爆発により吹き飛び、下水管と共に肉片が現れる。忍如はすかさずそこへ封印術の結合を飛ばし、怨霊を封印せしめた。

 封印を完了した老僧侶はほっと一息つき、動かなかった香室へ振り返る。


「さて……。喫緊の問題を解決したところで、『疑問』を解決させてもらおうか」


 その言葉に、遠くから同調する声が集まってくる。防護壁に乗って破壊された路上を移動してきたシュウメイとミサキであった。シュウメイが先ず話す。


「香室雅……。私達の違法魔術師データにはない名前だ」


 ミサキも頷いて香室に訊く。


「恐らくはここ一年以内に活動を始めた違法魔術師と見ている。そこに間違いはないか?」


 香室はどこからか扇を取り出して扇ぎながら答える。


「ええ、私、現在売り出し中の除霊師にして、豪華絢爛大令嬢ハイソサイエティ・セレブリティですわ」


 彼女の口上のあと、土御門シュウメイは踏み込んだ質問を投げる。


「では、君の中に存在するあの男についても教えてもらいたい。彼の名は?」


 周囲に緊張が走る。秘匿課の二人は目の前の彼女が突然逃げ出すのではないかという疑念が緊張感として高まっていた。二人の視線は香室に注がれる。香室は何かを思案するように不動を貫き、二人の緊張感と疑念を更に高めていた。

 だが、真っ先に口を開いたのは意外にも忍如であった。


周智衆(しゅう ちしゅう)……。かつて違法呪医として活動していた才能あふれる男の名前。ここ数年日本での活動が噂されないと思っていたが……。こんなところで会うとはな」


 香室に向けられるその忍如の眼光は彼女の中に居る男、周智衆を見据えているかの如く鋭かった。その鋭利な視線を彼女に長く向けまいとしたのか、いつの間にか香室の姿は智衆と入れ替わっていた。彼はその独特のぼそりとした喋り方で話始める。


「ああそうだ、私は周智衆。5年前まで違法呪医として日本で活動していた男だ……。まさか忍如の爺さんがまだ生きているとは思わなかった。違法魔術師の知り合いなどほとんど死んだとばかり……」


「フン……。入れ替わりの激しい業界だからな。5年も音沙汰がないお前の方が死んだものと思っていたわ」


 旧知の違法魔術師二人の会話を前に、西園寺ミサキはシュウメイの方を見る。シュウメイは少し何かを思い出すようなそぶりをしながら、彼女に覚えている周智衆の情報を伝える。


「ええと、確か5年前の情報だと第二級相当と評価されていた違法魔術師だ。予知型でありながら呪いの解呪・封印を得意としていて陰陽道系の知識を基礎として幅広い知識を用い現代魔術理論を操る。確か、世界各地で活動報告や目撃情報があったはず。だが最近は全く情報が無かったため私もうろ覚えだ」


「なるほど……。だいたい特徴は一致しているな。活動時期も発言と合致する」


 シュウメイはぼそりと呟く。


「君も覚えるべき内容だったはずなんだが……」


 ミサキは彼の肩をポンと叩き感謝の意を示して誤魔化す。そして彼女は周智衆へ向き直ると更に踏み込んだ質問を投げかける。


「周智衆、今後協力するためにも今あんたが使っているその肉体を切り替える奇妙な術について教えてもらいたいのだが」


 周は一瞬のためらいの後、答える。


「これは……。雅の治療による副作用だ。私は香室雅にかかる呪い……。【血族の呪い】の対象を私へと捻じ曲げ、その無理な術の代償として死を選んだ。だが、雅は私に残された時間を延命すべく、同じように命を代償に術を行った……。その結果がこれだ。一人の肉体に二人の姿……。物理現象の奇妙な歪み……」


 シュウメイはその詳細がぼかされた内容を聞きながらも、扱われた魔術について指摘する。


「命を代償とした魔術は例外なく禁術指定されている。ましてや、死の呪いを肉体を共有することで抗う術は二重三重の禁を……」


 ミサキがそれを止めるように言う。


「相手は根っからの違法魔術師だ。今更のことだろう」


 周はそれを受けて語る。


「禁術を操っている私への誹りや軽蔑は構わない。だがそれを雅に向ければ私は容赦しない。雅はただ、私の持っていた禁術関連の蔵書を利用し、私を全力で救おうとした。それだけだ」


 独特の緊張感に包まれた四人であったが忍如が封印された怨霊の方へと歩きだして言う。


「封印したとはいえ相手は強力な怨霊。魔力をさらに削っておいても良かろう。全員でやれば消滅させるまではいかずとも持ち運べるくらいには弱らせられよう」


 一同はそれに同意し数メートル先で地面に縛り付けられる肉塊の方へと向かう。

 怨霊の肉塊は封印魔術によって地面に縛り付けられ、同時に魂も封じられている。肉体に留まらない封印の術は百戦錬磨の忍如だからこそ行えた術であり、並の魔術師がとっさにできる芸当ではなかった。彼はこれまでも肉体を複数に分け一つの魂でそれを操作する怨霊と戦う経験があったのだ。

 そのおかげもあって、怨霊がまき散らした他の肉片や血も力を失い、ただのたんぱく質のカタマリとして様々な場所で腐敗を待つのみとなっていた。


 シュウメイは封印された肉塊や力を失った肉片を爆破しようと周辺の防壁の操作に集中する。感知能力により半径数十メートル近い周囲の状況を把握し散らばった肉片の位置を確認する。


 だが、彼は違和感を覚える。


「肉片が減っている?」


 その言葉に、封印された肉塊を囲んでいた一同は厭な予感を覚えた。

怨霊の攻撃に加わろうとしていた周も、その発言の直後、予知能力を発揮。そして彼は叫ぶ。


「肉塊から離れろ!」


『ドガガガガガ!』


 肉塊を縛り付けていた地面の下から人間の身体で構成された柱のようなものが現れ、封印された肉塊を呑み込む。魔術師たちは周の指示によってその凄まじい衝撃から身を守ったが、全員に少なからぬ動揺が走っていた。

 忍如は現れたその柱の姿を見て、その正体を察する。


夜叉母(ヤクシニー)か……! 現代型の怨霊でもある。気を付けろ、あの怨霊を食らった!」


 現れた無数の人間の身体による柱は、高さ十数メートルはあろうかという巨大な存在で、樹木のような形でもあり、同時に巨大な鬼子母神のような像を示しても居る。だがそれを構成する無数の人間の肉体はボトボトと地面に落下し、下級怨霊として魔術師たちに襲い掛かってきた。

 忍如はそれらを軽くいなしながら、本体へと近づいて行く。


――女性型の下級怨霊を使役する。見たところどの怨霊もインド系の言語が混ざった術式によって構成されている霊体。あの本体もほとんどは霊体で構成されている……。だが、先程食らった肉塊は実体を核としている。これは……。更にこの夜叉母が強化される可能性が高い!


 忍如は下級怨霊の波状攻撃を防御せずに受け止め、彼の背後に坐する千手観音像を忿怒の馬頭明王像へと変貌させて、叫ぶ。


「『退魔真言(ペーマ・グスン)』!」



 その叫びと共に彼の背後の像が掌を夜叉母に向けて差し伸べ、業火を放つ。たちまち巨大な樹木の如き夜叉母は灼熱の炎に包まれ、身体を構成している無数の人間の肉体が身をよじり蠢く。

 しかし、夜叉母はその中で口を開き対抗するように呪文を唱えた。その声は何十人もの女性が同時に別々の言葉を発したような、ひどく不明瞭で理解しがたい声だった。


『ズガァアアアアアアアン』


 その声に呼応して凄まじい衝撃波が夜叉母を中心に発生する。それは下級怨霊に波及し彼女らを波のように圧した。流石の忍如も他の魔術師たち同様その怨霊の津波に巻かれ数メートル後方へと流される。


「しまったッ!」


 夜叉母はその隙に地下へと潜る。忍如はすぐにそれを追おうとするが残された無数の下級怨霊が邪魔に入り逃してしまった。

 

――下級怨霊たちの魔力が徐々に上がっている。あの肉塊を食らった影響か……? だとすれば他の怨霊を奴が食らえば……。取り返しのつかないこととなるやもしれん。


 忍如は取りついて来る下級怨霊を振り払い、上空へ跳びあがると怨霊のひしめく中、ミサキと共に防護壁で怨霊を押しのけているシュウメイを見つけ、そちらへ飛行して向かう。


「シュウメイ! 他の強力な怨霊の位置を探れるか?」


 忍如の叫びに、シュウメイはハッとした様子を見せ、すぐに感知へ集中する。そして数秒の後、答える。


「一体……。レイやヨシノリたちの方にいるのが、弱りつつある……! ここから十数メートルほど離れているが、向かっている可能性はある!」


 彼がそう語る中、浮遊術で周智衆も現れ、全員に呼びかける。


「ここの怨霊は後に回して他の連中の場所へ行くぞ。あの怨霊が更に力を付けるのはマズい」


 全員その意見に頷くと、忍如、周の二人はシュウメイの防護壁に囲まれる中へ入り、丁度目標の方角を向く防護壁の面に触れる。それを見て意図を察したミサキも同様に触れ、気づいていない様子のシュウメイに言う。


「壁を押し出す。お前も置いて行かれないように全力で押せ」


 その言葉の後、周が香室と入れ替わり、彼女が叫ぶ。


「轢殺してやりますわよォッ!」


 忍如、ミサキ、香室、シュウメイ全員が一挙に防護壁を押しだし、走る。壁は下級怨霊を押し出し、数体をその壁の下へ踏みつぶし、どんどん加速していく。その暴力的な攻撃能力に反して運動会のような閉まらない絵面にシュウメイはやや苦笑いしつつも下級怨霊たちの集団を直ぐに抜け出すことに成功した。

 その後一行はまっすぐ全速力で分断された仲間たちのいる方へと向かって行く。丁度、炎を操る阿修羅の神霊を封印したところへと。


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