炎の支配者
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住宅街の道路はあちこち爆発によって破壊しつくされ家屋も幾つか瓦礫になっている。家屋やコンクリートのブロック塀、アスファルトの地面までもが吹き飛ぶ熾烈な戦いは阿修羅のような神霊が主導権を握っている。隣り合うヨシノリと心念は無数の火の玉に囲まれ、阿修羅の近辺に立つ諜報員や折口、そしてヨシノリの支配下にある二体の霊と諜報員の操る女の霊たちも皆同じように効能のわからぬ火球に囲まれ身動きの難しい状況に置かれているのだ。
一番に動いたのは諜報員の操る霊。一体が突出して動き出し火の玉に対して殴りかかる。恐らくは遠隔指令が行えるのだろう。
その髪や古めかしい衣服を纏う西洋的顔立ちの女性霊が火の玉に殴りかかった瞬間、その火球は輝きを増した。
『ドガァアアアアアンン!』
霊は間一髪、腕で身体を守りつつ後方に下がり致命傷を避けるも火球の自爆によるダメージをやや受けている様子であった。
その様子を確認した心念は状況を分析する。
――やはりこの火球は自爆する! それにこの距離でも感じられる熱気……! 実際に熱を発し本物の炎とほぼ変わりない。厄介な術。だが、あの諜報員の魔術も高度だ。あれだけ子細な指令を遠隔で、しかも中々の強度の霊を複数同時に操れるとは……。師匠の話では式神使いや霊媒師の多くは低級怨霊を多数従えるか、高度な改造を施した霊を1~2体従えるかのどちらかがほとんどと聞く。西洋では違うのか、それともあの術師がよほどの手練れか……!
心念は一時的同盟を組んだ『隠者の薔薇』の諜報員が持つ実力に味方ながら脅威を感じていた。それは彼の感知能力もまた、彼女を感知圏内にとらえた際に告げ続けていた。
世界中において秘密裏に活動し数々の魔界府、違法魔術団体のあらゆる情報を探る隠者の薔薇の『諜報員』は同盟組織の古僧會に対しても情報を探る可能性があるのだ。事実、隠者の薔薇はその組織の巨大さと権力の盤石さ、そして議会システムなど国家の如き組織構造から数多くの『友好的な同盟相手』の違法魔術団体を『平和裏に』吸収合併し、そしてしばしば現れる『敵対的な違法魔術団体』を政治的、国際的、物理的に叩き潰し、その残骸を食らいつくしてきた。
忍如もまたそのことを知っており、諜報員との同盟を組む際に心念に一言、『隠者の薔薇の『諜報員』は常に疑っておけ』と忠告していたのだ。
心念の分析が諜報員の能力に及んでいる中、当の諜報員本人と折口レイは先程の爆発を見て、ほぼ二人同時に動き出していた。彼女たちはそれぞれ身体を魔力操作によって的確に強化・変容させ異次元の速度、テンポでの疾走を可能にしている。それは先程見た幽霊が退く速度の比にはならず、火球の合間を爆発する前に軽々と抜けていけた。
折口は火球の合間を抜けつつ、その性質を思考する。
――火球の自爆はおそらく、接近感知式。魔力を持つ存在が一定の距離で感知された場合に作動する仕組み。その証拠に私達が通った後、時間差でほぼ確実に爆発が起きている、私たちが通ったところの火の玉が丁度、道になるようにひとつ残らず。長時間これを続けることは難しいけど、奴に近づけないわけではない。
そして折口と諜報員は全く異なる道を通りつつ、最終的に火球を減らせるだけ減らして心念とヨシノリの下へ合流する。
折口はやや息を切らしながら周囲を警戒し、目の端に阿修羅の姿を捉えつつ言う。
「ハァ……。ハァ……。奴に近づくことはできる。でも、さっきのような有効打を何発も入れる余裕はない。私はあのビーム以外の高火力攻撃は刀で斬る以外にない……。フー……。何か持ってる人いる?」
心念が言う。
「僕が近づければ先程の光線以上に強力な一撃を食らわせることは可能です。しかし……。移動速度は二人のようにはいきません」
諜報員が言う。
「私は霊魂操作がメインだ。一応身体強化はあるが瞬間的高火力は期待できない」
ヨシノリは自身の魔力量がもうほとんどないことから更なる『呪物』の獲得はできないことを覚っていた。
「オレも今は霊魂の操作? とやらしかできない。そうなると……。ここでチクチクあの阿修羅を攻撃し続けるか、僧侶の兄さんを奴にぶつける方法を模索するか」
ヨシノリはそう口走りつつ、迫りくる火の玉を見る。既に焼けるような暑さを感じる彼はそれを見て自分自身の窮地を確認する。
「……。どうやらチクチクやるには時間がないようだ。とりあえずオレは霊魂をこっちまで呼び寄せる。足手まといにはなりたくない」
心念が言う。
「どちらも呼ぶのか? 片方の速度は十分だがもう片方は……」
ヨシノリはすぐに返答する。
「腐らすよりはマシでしょう。問題は間に合うかだ。もう作戦会議の時間も無くなってきてる。アンタをどうやって阿修羅まで送るかさっさと話そう」
諜報員が口を開く。
「私の霊魂を使い、道を開く。そして心念を私が抱えて連れて行く。後は奴と近接戦だ。多少の爆発には耐える必要があるが、あのビームよりは勝機がある」
ヨシノリは呟くように言う。
「阿修羅の足止めは……。ああ、折口さんは『勝手に』やっていればいいか」
彼は諜報員が秘匿課である折口と協力することを極端に嫌っていることを思い出してそう言う。
折口は頷きつつも神妙な面持ちで語る。
「相手は第一級神霊、どれだけ削れば倒せるかは見当がつかない。とにかく近づいたらありったけをぶつけないと倒せないから、最悪何発か爆発を受ける覚悟を」
ヨシノリは短い付き合いで受けた印象から折口のその言葉が自分に向けられていないことを察していた。だが、彼は折口の語った『爆発を受ける覚悟』を既に決め込んでいた。
――足手まといはご免だが……。やられっぱなしはやはり無理だ。目の前で他の奴が死ぬ姿なんざまっぴら……。まっぴらだ……!
彼の脳裏には目の前で肉に代わっていった家族の姿がフラッシュバックしていた。だが彼はそんな幻影に思いをはせる間などなく、両の手にある邪魔な頭蓋に心を通わせなくてはならなかった。
既にヨシノリ一行の周囲には火球が肉薄しつつある。ヨシノリが霊魂に指令を送るとほぼ同じ時、諜報員の霊たちが指示を受けて動き出す。




