歪んだ呪い
………………
時間は少々巻き戻る。ヨシノリは吹き飛ばされた衝撃から数秒経ってようやく身を起こしていた。
他の面々はすでに牡牛に跨る阿修羅の神霊との交戦を開始しており、上空では龍と山口が近接戦に入ろうとしていた。
ヨシノリは身を守り、戦闘の足を引っ張らないように距離を取ろうと立ち上がって駆け出す。だが、その時彼の脳裏に嫌な予感がよぎり後ろを振り向いた。
そこでは折口レイが居合によって牡牛の右肩を切り取り、心念が金剛杵から火球を飛ばし、諜報員が阿修羅の下へ二体の霊を別々に攻撃に向かわせつつ自身もナイフを握り近接戦を仕掛けようとしていた。
――何か、何かヤバい。
その予感は的中する。
阿修羅の三つの顔は笑みに歪み、一対の手を合わせ、祈る。その瞬間、周囲にまたしても円状に立つ低級怨霊たちが現れる。しかし今度はその怨霊たちがヨシノリや折口、心念へ襲い掛かった。
折口は牡牛の機動力を封じつつ、そのまま刀身を低級怨霊らへ向ける。
「この程度!」
バターを斬るようにするりと怨霊たちを切り伏せ消滅させていく。心念も同様に表れた怨霊たちへ火球を向け、爆発させることで一気に消滅させる。
だが、ヨシノリへと向かう怨霊たちは数体残存し、彼の下へと向かい迫る。
――オレが足手まといに……!
ヨシノリは襲われる瞬間その思いがよぎり、怒りが湧く。そこから彼は迷うことなく低級怨霊へ殴りかかる、天出仁に教わった感覚を何とか再現しながら、魔力を集中させて。
『ボシュウウッ!』
奇妙なタイツを履く1メートル程度の背丈をした小人はヨシノリに飛び掛かる中、彼の拳に顔面を吹き飛ばされて消滅した。
彼は力加減が分からず、思わず全霊をかけて殴り抜けてしまう。彼に残る魔力はわずかである。
他の怨霊たちは彼の下へ同じく飛び掛かりのしかかる。彼は抵抗することも敵わず顔や胴を殴られる。
「あがっ! ぐっ!」
殴られるたび、ヨシノリは歯を食いしばり、悔しさから来る怒りに震える。
――痛ェえっ! 気色の悪ぃ、バケモンどもがッ……! 何でおれが……。おれが手前らみたいな生きてもない、実体もない奴らに……!
「がフッ!」
彼は顎を殴られる。朦朧とする意識の中、彼は怒りと共に天出仁の言ったことを思い出す。
――『ちょいと慣らしておくといいが、そんな時間はないか……。魔力集中をお守りに向けてするといいことがちょっとあるかもよ、そんじゃ頑張ろ~』――
彼に魔力操作の間隔を伝授した際、天出仁が言ったその言葉に、彼は最後の望みをかける。
――ダメで元々……。このままやられるより、アイツを信じる方がマシだ。
彼は自身の首にかかるペンダントへ意識を集中する。彼の身体に触れる物品は彼の身体の一部のように魔力を纏わせることができた。最後に残った2g程度の魔力をペンダントへ注ぎ込むとペンダントから魔術結合が沸き上がる。
『ヘイヘイヘイヘーイ! 天出の馬鹿以外のお呼び出したぁ、珍しいねぇ!』
呑気な口調の声が響く、そんな最中でもヨシノリは下級怨霊たちにボコボコと殴られているがダメージにはならない。
『オイラは『ラッキー38』。天出仁の馬鹿が使う魔術の一種だ、今は説明のためにお前に「防護」を付けてやっているがコイツは初回限定特典だ、説明が終わったらまたボコボコにされるぜ! ギャハハハハ!』
その言葉の後、ペンダントより出現した魔術結合はヨシノリの頭上に絵柄が変わるルーレットの像が現れる。
『これがオイラ『素晴らしきこの世界《ラッキー38》』の魔術効果。まず、天出仁が所有する呪物から抽出される「絵柄」がランダムでルーレットに示される。コイツの絵柄が揃えばその呪物の効果を完全再現して発動する。ちなみにアホの天出はスリルが足りねえっつって、術の発動条件すらカウンターか、直接動作か、相手の術を無効化・封印した際か、無詠唱か、ランダムな行動を儀式として必要とするか、発動しないか……。この六つからサイコロで最初に決めてからオイラを発動させる。おめえにはそんなアホな行動させねえから安心しろよ! ギャハハハハ! そんじゃルーレットスタァットッ! ドゥルルルルルルル!』
掛け声とともにヨシノリの頭上の絵柄が回転する。だが、ヨシノリは魔術の説明を聞き疑問点を殴られながら話す。
「おい、おれはもう魔力なんてないぞ。その呪物の効果を出すことはおれにはできない」
その言葉に反応して先程の声がやや呆れた口調で話し出す。
『だーっ察しが悪いやっちゃなァ! 『再現』だから別にオメエの魔力は必要ねーよ。あ、あと心配だからついでに説明しとくとオイラ『ラッキー38』は琥珀型ペンダントが本体だ。これからもオメエが魔力を2,3グラム入れてくれりゃ発動してやるぜ? 天出仁は何年もオイラのこの魔術を、このペンダントを触媒にやっていたからオメエでも簡単に扱えるんだぜ? 要するにオイラもまた天出のつくった呪物ってワケだ! これで聞きたいことは全部か? わかったらオイラのルーレット止めてくれぇい!』
おしゃべりなルーレット術者をせかす。ヨシノリはルーレットの止め方がよくわからなかったが彼の脳裏にはハッキリと絵柄が回転するルーレットとボタンが見えていた。彼は脳内のイメージでそのボタンを押していく。
『デン! デン! デン! おお~っと兄ちゃん筋が良い! リンチされている今丁度い~い呪物「彩り骸骨」だぁ!』
その声と共にヨシノリの手元には『二つの鮮やかな彩色と彫刻が為された頭蓋骨の像』が現れる。それと同時に彼を殴りつける低級怨霊たちは突如として背後から攻撃を受け消滅する。
「なっ……!?」
そこにはぶかぶかの白衣と制服を着たボブカットで眼鏡をかけた美少女と、ファンタジックな鎧を着た金髪の姫騎士美少女が居た。あまりの荒唐無稽な光景にヨシノリは口を開けたまま二人を見つめる。その二人はどうやら霊体であるようだった。
『ギャハハハハハ! 驚いたか? 驚いたなァッ! コイツは天出仁がめっけた呪物の中でもトップクラスに悪趣味な現代の呪物だ! 昭和初期頃に中途半端な民俗学かぶれが作った『装飾葬儀』の呪術が現代まで続いたようだが、末代の奴が違法魔術師だったみたいでよ、ご先祖そのものである守護霊を無理矢理『改造』して美少女の姿と性格にしちまったんだなァ! こんな罰当たりなコトはねえぜ! だからオイラも天出もこの呪物大好き! ギャハハハハハハ!』
ヨシノリの脳内に先程ルーレットから響いていた声が更に興奮気味に響いている。彼はこの業の深い呪物に内心ドン引きしながらも一命をとりとめた事にやや安堵していた。そんな彼に霊体の二人がずいと近づく。姫騎士が彼にお辞儀をしつつ語る。
「愛しき我が君、貴方を傷つける不届き者は誰であろうとこの私が鏖にします。何なりと私めにお申し付けください」
その騎士を肩で押しのけるように白衣の少女がヨシノリに近づく。
「先輩、わ、わたし頑張って、敵、倒しました! あ、あの、その、よ、よしよししてください……。ませんか?」
ヨシノリは更なる呪物改造者の業の深さを感じた。だが、彼が何かを言う前に騎士が白衣の少女にタックルをかます。
「ええい、我が主君より離れろ下賤の女ぁっ! 卑しい女など我が君には絶対に近づけさせん! 万死に値する! 目玉を抉り出して醜い姿にして辱め、殺してやるわ!」
そう激しく激昂する騎士はやたら露出の多い鎧の腰元から剣を抜く。突き飛ばされた白衣の少女も歯をギリギリ鳴らしつつ口角を上げて声を震わせる。
「せ、先輩にま、纏わりつく卑しい虫……! 排除対象……! フヒヒッ! こ、殺して、分解して、と、溶かして、下水道のねずみさんたちの餌にしてあげますよ……! ヒヒヒ……!」
ヨシノリはその様子を見て察する。
――術者は相当、厄介な性癖だったんだな。
『ああ? いや、疑似人格を植え込んだせいでなんか過剰な反応をするようになったらしいぜ。ちなみに術者はこいつ等にバラバラに引き裂かれて死んだそうだ! 早めに術を解除した方が身のためだぜェ?』
その説明を聞いた彼は、背中にじっとりとした冷や汗をかき始めた。即座に解除しようと思い至るがそんな彼の脚元へ心念が飛来してくる。
『ドガァアアアアン!』
心念は身体のあちこちを火傷している。彼は起き上がりつつ言葉を漏らす。
「ウグッ……! なんて……。なんて『物量』だ……!」
ヨシノリが心念の飛んで来た方を見ると。そこでは無数の低級怨霊が四方から集まり、諜報員、折口らに対して体当たりと共に自爆を行っていた。
そして、爆発によって生まれた隙に、荒れ狂う牡牛と共に突撃する阿修羅が攻撃を仕掛けてくる。折口も諜報員も双方、連携する気すらないため戦いは阿修羅の一方的な支配が為されていた。




