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約束  作者: 沢村茜
第十章
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期待を胸に

 月曜日の朝、教室に入ろうとした私を髪の長い少女が呼び止める。私が週末の出来事を彼女に伝える前に、彼女は笑顔を浮かべる。


「よかったね。一馬さんから聞いたよ。なんか電車の中でもすごく仲がよかったんだってね」


 微妙に誤解を招きそうな表現をされているような気がした。私は百合と一緒に外に出ると、一馬さんから送ってもらった写真を見せた。


「これのことだよね。多分」


「あ、なるほどね」


 そのとき、百合の体に影がかかる。少しおくれてやってきた晴実がそれを覗き込んでいたのだ。それを見ると、口元を綻ばせていた。


「やっと仲直りしたんだね。でも、遠距離になるけど大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 今は不思議と不安はなかった。


「私もそう思う。あの人が他の子を好きになるって、想像できないから」


 百合はそう言うと、穏やかに笑っていた。


「でも、これで計画が台無しだね。まあ、よかったといえばよかったのかな」


 晴実は首をかしげながら、百合と目を合わせる。


「計画?」

「卒業旅行に彼を内緒で連れて行って仲直りをさせようと思っていたの。だから一馬さんを連れて行くという案があがっていたんだ」


 と晴実が教えてくれた。


 別れたといっていたのに仲直りという言葉が出てくることがなんだか不思議だった。二人の中で私は喧嘩をしたことになっていたんだろうか。


 わたしは野木君が旅行について触れた時に言っていた事を思い出す。


「それって野木君も知っているの?」

「由佳と木原君以外は知っているよ」


 晴実の視線が私の鞄に向く。


「これも復活したんだね」


 鞄につけている木原君にかってもらったマスコットだ。


 私は晴実の言葉に笑顔を浮かべていた。



 二人とは別に野木君にもそのことを伝えておいた。教室内で話す話題ではなかったので、廊下に呼び出して、そこで話をした。彼は嫌な顔一つせずによかったな、と言ってくれた。驚いた様子はなく、一馬さんから既に聞いていたらしい。


「いろいろ迷惑かけてごめんなさい」

「全くだよ。二度とそんなことがないように気をつけろよ」

「ありがとう」


 彼は私を見ると、笑顔を浮かべていた。


 そのとき、チャイムが鳴る。私達は一緒に教室に入ることになる。こういうことももうこれから数えるほどになるんだろうか。志望校に受かれば同じ大学には通えるが、大学ってどんなところなんだろう。


 席に座ったとき、いつもより多くの人の視線を感じていた。木原君と一緒に学校に来ていたことが知れ渡っていたのかもしれない。次の休み時間に何か聞かれたら嫌だなと頬杖をつく。


 その時、私の机に影がかかる。立っていたのは希実だ。


 希実は私を見て、笑顔を浮かべる。彼女のこんなに明るい笑顔を見るのは今年の春以降のような気がした。


「木原君と仲直りしたんだね。よかった」


 その言葉にまだチャイムの音が残る教室がざわつくのが分かった。


「篠崎」


 そう呆れたように言ったのは私の隣の席に座っていた野木君だった。


「私のせいかなと少し気にしていたんだよね」


 彼女は野木君が言おうとした意味を察した様子もなく、自分のペースで言葉を続ける。一緒に来ていたことなどから既に手遅れなのは、教室のいたるところから届く刺さるような視線から想像できた。


 野木君の言葉の意味に気付かない彼女には、その教室内から浴びせられる視線も無関係だったようだ。


「すごくお似合いだと思うから、仲直りしてくれてよかった。由佳の話をしているときの木原君はすごく幸せそうだったから」


 そう彼女は笑顔で返す。


 私はもう何も反応を示せなくなっていた。


「教えるんじゃなかった」


 野木君はそんな彼女に呆れたのか、眉間にしわをよせ、頬杖をついていた。


「え? まだ秘密だったの?」


 私は苦笑いを浮かべていた。一馬さんは野木君にもチョコレートのことを伏せておいてくれたんだろう。そのことに少しほっとした。


 そのとき、先生が教室に入ってくる。ざわつきは消え、視線だけが残る。来週には冬休みに突入するので、大丈夫といえば大丈夫な気はする。



 学校が終わると、木原君が教室まで迎えに来てくれていた。その日のうちに私と木原君のことの噂が広がってしまっていた。もう隠しても無駄だと野木君に言われたため、私は彼と付き合っていることを認めていた。


 彼と一緒に靴箱を出ると、冷たい風が頬を掠める。


 木原君はほんのりと頬を赤くして、言葉を漏らす。


「俺さ、君を彼女だと言えて嬉しかったんだ。君が隠したがっていたのは知っていたけどね。友達には散々文句を言われたけど」

「女の子の友達?」

「いや、男」

「そっか。何か大変そうだね」


 彼の言おうとしている意味がよく分からずに首を傾げる。でも、嬉しいと思ってくれていたんだと思うと、心の中があたたかい。


「今、どこに住んでいるの?」

「一馬の部屋」

「家に行っていい?」

「いいよ。何もないけど。一馬も喜ぶよ」


 私は彼に連れられて、一馬さんと木原君の暮らすアパートに行った。二人で暮らせるように大学から少し離れてはいるが、広めの場所を借りたらしい。


 彼の部屋は私の家にあったものをそのまま運んだだけの、とてもシンプルな状態だ。


 木原君を起こしに家に立ち寄ったり、一緒にご飯をつくったりといった生活に未練はあった。でも、未来にその楽しみはとっておこうと思った。


 好きだから不安になるのかもしれない。でも、彼のことが好きだから安心できる。少しずつ私の気持ちがそう変化していった。

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