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約束  作者: 沢村茜
第七章
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三者面談

 太陽の光から放たれた光が直線状に白い光を届けていく。それは部屋の中にもしっかりと届く。


 梅雨の時期は去り、期末テストの結果が出揃っていた。結果は高校に入ってから今まで見たことのない点数が並んでいる。手応えはあったが、結果として表示されると一際違う。


 一番驚いていたのは両親だった。両親は学校の優等生が一人住むだけで、普段勉強をしなかった私がここまで勉強するようになるとは思わなかったのだろう。私の気持ちを知らないなら尚更だ。


 木原君は何も知らない両親から私をどうやって勉強させたのかを執拗に聞かれていた。意味の分からない彼は肩をすくめるしかないようだった。とにかく、私の成績を底上げしてしまった木原君への両親の高感度は以前よりアップしたようだった。


 何を考えているのか分かりやすい両親なので、生活の節々でその一面がのぞく。


 私は母親の買ってきたケーキを食べ終わると、紅茶を飲む。


「ごちそうさま」


 さっきまで食べていたチョコレートケーキは木原君へ買ってきたものだった。私の分のケーキはあるが、おまけのようなものだ。


「最近、なんで毎日ケーキがあるんだろうね」


 彼はケーキを食べながら、首を傾げていた。


「あまり気にしなくていいよ」


 私は木原君の素朴な疑問に適当な理由を見繕い笑って返すことしかできない。


 何か新しい話題をと思い、部屋の中を見渡すと、机の上におきっぱなしになっているプリントが目に入る。それは三者面談に使うとされる進路希望の調査表だった。


「三者面談の志望校は決めた?」


「決めたよ」


 彼は立ち上がると、自分の机にある進路希望調査の紙を見せる。ほんの少しだけ同じ学科だったらという希望はあったが、あっさりと打ち砕かれる。


 彼が志望しているのは工学部の機械科だった。機械に興味のない私が志望するには少しハードかもしれない。


「機械がすきなの?」

「エンジンとかそれ系の開発をしたいなって思ってる」

「昔からそうなの?」


 木原君のお父さんもそうした技術系の仕事なので、お父さんの影響なのだろうか。

 彼は困ったように微笑む。


「子供のときからかな。君は?」

「私はまだ決めていなくて。一応、物理にしているんだけど」


 今までは近くの国立の物理学科を書いていた。姉もその学科に通っている。


「天文が好きなら、それもいいかもね」

「でも、物理は苦手なんだよね」


 私が得意なのは化学と英語。苦手なのが数学と物理。得意といっても木原君の苦手レベルの得意なので、得意と胸を張って言えるレベルではない。


「後は化学とかも面白そうかなとは思うけど」

「試験科目は一緒だから、その辺りに絞ればいいんじゃない。物理だと敦と一緒か」

「そうなの?」

「確かそのはず。北田もそうだったかな」


 百合がその辺りで迷っていることは知っていたが、まさか野木君と一緒だとは思わなかった。彼と話をしても木原君の話がほとんどで、大学の話や個人的な話はしたことはない。


 晴実とは志望校が違うため、大学に行くと見知らぬ人ばっかりだと思っていたが、知った人がいると心強い。そのメンバーの中では私が一番成績が悪く、合格しない可能性は私が一番高いだろうけど。


「お皿を片付けてくるね」


 私は二人分のお皿が空になったことを確認し、それを重ね席を立つ。だが、コーヒーのカップも空になっていることに遅れて気づく。二枚の皿とコーヒーカップを持とうとすると、木原君のカップは彼が持ち上げていた。


「俺も行くよ」

「ありがとう」


 彼と一緒に部屋を出た。彼と一緒に過ごす残り時間のカウントダウンは始まっている。だから、それまで以上に彼と何かをできることが嬉しかったのだ。


 リビングの扉を木原君が開けてくれた。私はそれに導かれるようにして、中に入る。遅れて木原君が入る。


 リビングでテレビを見ていた母親と目が合う。彼女は私と木原君を交互に見ると、笑みを浮かべていた。


 とてつもなく嫌な予感。最近、木原君をめっぽう気に入った私の両親が変なことを口走っていたのだ。


 だが、私は気付かない振りをして、流し台に行く。木原君はコーヒーメーカの置いてあるダイニングテーブルまで歩いていく。


「由佳はぼーっとしているから、木原君みたいな子と結婚してくれたらいいのにね」


 食器を流し台に置いたときそんな言葉が聞こえ、置いた直後で良かったと心から思う。



 私と木原君はつきあっているわけでもないのに。


「お母さん」


 私は強い口調で彼女を諌める。


「いいじゃない。本当のことだから」


 笑顔で彼女はそう告げた。本心でそう思っているのだろう。


 私だってそうなればいいけど、木原君にも選ぶ権利というものがある。


 横目で木原君を見ると、彼はコーヒーメーカーを注ごうとしたまま固まっていた。嫌そうな顔はしていなかったが、戸惑いの色が滲む。


「木原君、部屋に戻ろうか」


 私の言葉で我に返ったように、彼は二人分のコーヒーを注ぐ。そして、私は自分のコップを彼から受け取る。


 階段まで行ったとき、私は頭を下げる。


「ごめんね。お母さんが変なことを言って」

「いいよ。気にしていないから」

「私、あんまり成績良くなかったから、期末のテスト結果を見て木原君を今まで以上に気に行ったんだよ。だから、毎日ケーキが出てきたりするの」


 彼は事の成り行きを理解したのか、苦笑いを浮かべる。


「明日、木原君のお母さんに余計なことを言わないといいけど」


 私と彼の三者面談は明日だ。木原君はお母さんがやってきて、日帰りで帰るらしいが、その前にこの家に寄ることになっている。普通の親なら言わないが、何せそう断言できないのが私の親だった。


「大丈夫だと思うよ」


 木原君は困ったような笑顔を浮かべていた。



 セミの鳴き声が締め切った教室内にかすかに届いている。それは背後に聳える公園の木々のせいだろうか。


 その教室内には冷房が行き渡り、火照った体を冷やしてくれる。


 口元にうっすらとひげを生やした男性は青いファイルの中身を見ながら、あごに手を当てる。


「お前は期末頑張ったな。先生驚いたよ」


 そう砕けた口調で話すのは、彼の人柄と、一年から引き続き担任だという環境のせいかもしれない。


「勉強しましたから」


 母親もにこにこして私と先生のやり取りを見ていた。


「今の成績だとまだ厳しいですが、このまま頑張ればお姉さんと同じ大学もいけるかもしれませんね」


 二年ということもあってか、先生から厳しい意見を言われる事なく、激励の言葉を貰い三者面談が終了した。私達はその足で家に帰る。


 木原君とは同じ日といっても、昼一番の私とは違い、木原君は一時間くらいあとに三者面談が行われる。その後、お母さんと二人で一馬さんに会うらしく、それから私の家に来るそうだ。


 二人が来たのは夕方の四時過ぎだった。木原君のお母さんは薄いベージュのスーツに身を包み、いつもより落ち着いては見える。だが、相変わらず綺麗で、彼の母親というよりは年の離れたお姉さんのようだ。


「本当、お世話になってしまって申し訳ありません」

「もうずっと暮らして欲しいくらいです」


 母親からの本心の言葉に木原君のお母さんは驚きながらも会釈をする。


 理由を知っている木原君と私は顔を見合わせて笑っていた。その時、木原君のお母さんと目が合う。彼女は優しく笑ってくれた。


 私は彼女が帰る少し前に二人で話をする機会があった。


「雅哉と友人になってくれてありがとう。あの子が楽しそうに笑うのを久々に見た気がします」


 両親と離れて暮らしているからなのだろう。そして、木原君のお母さんから言われた言葉に照れていた。


 木原君のお母さんは、それから少しして帰っていった。


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