プレゼント
レンガ造りの町並みの中に足を踏み入れる。そこには大きな木が並んでいた。秋になると真っ赤に染まる木々が、この時期は青々とした緑を茂らせる。ここには比較的可愛いお店が並んでいるのだ。
私の足はある一点で止まる。ショーウインドウには多くの宝石が並んでいる。
「こういうのがほしいの?」
彼は難しい顔をしていた。
「何でないの。私の個人的な好みの問題だから。これがすごく綺麗だなって思ってさ。別の商品を探そうか」
私はさっきまで見ていたチェーンのネックレスを指すと、歩き出すことにした。だが、すぐにその足は止まる。
三件隣のお店に大きなクマのぬいぐるみを発見したからだ。三歳か、四歳ほどの子供の大きさくらいはゆうにあるものだった。さっきの女の子のことも思い出し、顔をほころばせていた。昔、こういうのをほしいと親にねだって怒られた記憶がある。
「可愛いね」
私は振り返ると、彼を見た。
だが、木原君は悲し気な目でその人形を見つめていた。
「木原君?」
彼は目を見張り、私を見て笑顔を浮かべる。
「なんでもないよ。こういうのが好きなの?」
「好きといえば好きかな。私はおねえちゃんがいるし、ぬいぐるみとか買ってもらったことがなかったの。お姉ちゃんのぬいぐるみを使いなさいってさ。姉妹の宿命っていうか、仕方ないことなんだけどね」
姉は自分のものだと主張をし、私に貸してくれる事はなかったがそれは仕方ないんだろう。それを見かねたおばあちゃんがわざわざ買ってくれたのだ。それもそれで嬉しかったが、昔はあれこれ買ってもらっている姉が羨ましかった。姉はそういう意味で世渡りがうまいんだと思う。
「でも、誰にあげるのか分からないけど、こういうのもうれしいかも」
そのとき、私は五歳か、六歳くらいの女の子にあげるイメージでそう言っていたような気がする。
「ほしいなら買ってあげるよ」
「いいよ。こんなに大きいのものは部屋におけないし」
それにさっきは言わなかったのはお金の問題もあった。ちらっと見た限りでは、高校生が簡単に出せる金額でないことは分かっていた。
「でも、このお店可愛いから、中に入ってプレゼントを探してみようか」
笑顔でそう彼に伝える。
ここなら好みの品があるかもしれないと思ったのだ。
お店はオレンジ色のライトが照らされた場所で、辺りの商品もその色に浮かび上がっていた。木製の外国のお店を思わせる程度に棚が加工してあり、その脇には籠が並べてある。そこにはさっきのクマほどはつくりが豪華でないが、可愛いぬいぐるみがあった。
「可愛い。これくらいならいいかもね」
そう口にして我に返る。
私がほしいものだけど、私が買ってもらうわけじゃない。
だから、できるだけ無難なものを探そうとする。砂時計や、木製の概観に金色の針をあしらった時計なども置いてあった。その中で、目についたのがランチョマットとマグカップのセットだった。
白と青のチェックのクロスの上に並べられたマグカップだ。筆のようなタッチで描かれたクマが印刷されていた。
「これかな」
「そっか。クマが好きなんだね」
彼と顔を合わせると笑っていた。
「みたいだね」
「もう少し考えてみるよ」
「それがいいよ。またつきあうから」
彼はさっき、私が選んだマスコットを私に見せる。
「買わないんじゃないの?」
「これは君に。引越し前に買い物につきあってくれたときのお礼もしてなかったし」
「ありがとう」
悪いという気持ちがあったけど、素直に好意を受け取ることにした。
レジで会計をすませるとリボンをあしらってあるつつみを渡してくれた。ラッピングも頼んでくれたんだろう。
「ありがとう」
そのとき、彼が笑ってくれたのがすごく嬉しくてくすぐったい。
彼から初のプレゼントをもらい、天気も快晴で、姉からもらった可愛い服を着て、イメージとしては彼と楽しいデートを楽しむつもりだった。
だが、映画館に近づくに連れて、その足の痛みが疼くようなものに変わってきた。同じ経験を高校に入った頃にした事がある。要は慣れない靴を履いて靴擦れをしてしまったのだ。
「大丈夫? 歩きにくそうだけど」
「大丈夫だよ」
痛みをごまかし、映画館に行くことにした。
できるだけ後ろのほうの席に座る。木原君は飲み物を買いに行くといってすぐに席を離れてしまった。
今流行の恋愛映画ということで、私達と同じか、少し年上の恋人同士に見える人たちが多かった。私達もそう思われているんだろうなと思うとくすぐったい。
目の前に半透明なプラスティックでふたをされた飲み物が差し出される。私はそれを受け取ると、木原君にお礼を言った。彼は私の隣に腰を下ろす。
彼の買ってきてくれた飲み物を口に含ませると、辺りを照らしていた明かりが一気に落ちる。そして、映画の本編の上映が始まったのだ。映画の途中に時折木原君を見ると、彼は真剣な顔をして映画を見ていた。あまり恋愛物は好きではないと言っていたが、物語に触れること自体が好きなのかもしれない。
私は痛みがましになってきた足にそっと手を伸ばす。
映画が終わり、館内の複数のライトが点る。周りの人も立ち上がり徐々に人の姿が少なくなる。
「帰ろうか」
私は深呼吸をして立ち上がる。だが、椅子に座っていたのが逆に負担を感じやすくなっていたのか、歩き出してすぐに足に痛みがある。
彼が私の荷物を取り上げた。
「今日は帰ろうか」
「大丈夫。まだ、ごはんを食べてない」
「また今度来よう。そのときはもっと歩きやすい靴を履いてさ」
「ごめんね」
「いいよ。俺も連れまわしてごめん」
木原君に謝らせるくらいなら、スニーカーを履いてきたら良かった。
映画館を出たところで彼はすぐにタクシーを止めてくれ、それに乗り込むことにした。
家に帰ると、私は洋服を着たまま、ベッドに横になる。彼から買ってもらったくまのぬいぐるみをそっと抱き寄せた。嬉しいのに、どこか寂しい。自業自得なだけになおさらだ。何でこんなことになってしまったんだろう。
夕食後、シャワーを浴びると、傷口が痛む。その痛みに自分のばかさ加減を伝えられた気がして、ため息だけが出てくる。
引きずり、部屋に戻る。そして、またベッドに横になろうとしたときだった。部屋の扉がノックされる。
姉がからかいに来たのかと想い、「開けていい」というと扉が開く。だが、部屋の中に入ってきた影の正体を見て、思わずその場に起き上がる。
「ごめん」
「何でもないの。どうかした?」
私は髪の毛をてぐしで整え、せめてもの悪あがきをする。
お風呂上りに髪の毛を濡らしたままベッドに横になっている姿を見られるなんて、今日の失態に追い打ちをかけるようなものだ。
「靴擦れ、消毒したほうがいいかなと思ってさ」
彼が持っていたのは救急箱だ。
「大丈夫だよ」
いつもそういえば木原君は引き下がるのに、今日だけはそうでもない。
心配されているのかもと思うと、少し嬉しい。
自分で消毒はしたけど、木原君は終わるまで傍にいてくれた。
少しだけだけど、彼は以前に比べる変わったような気がする。どこがどう変わったのかは分からないけど。今までよりほんの少しその距離が狭くなったような気がしていた。
私は翌日、晴実にデートの話をした。晴実は靴擦れの話を聞いて笑っていた。
「言ってくれればヒールの低いサンダルか、痛くならないものを貸してあげたのに」
「相談したらよかったね」
でも、悪い事ばかりではない。木原君が心配してくれたということは、昨日の失態の悲しさを帳消しにしてくれるものだった。




