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第六章③ 戦時中ですがお荷物です。

 ブレスト城の屋上。

 エリオットたちは配置を無視して前方に出て砲撃する部隊の列を見下ろしていた。

 エリオットの眉がぴくりと動く。

「配置を無視してまで撃ちまくっている……あれではやられるぞ、何をしているのだ!」

 その瞬間、息を切らせた司令官が屋上を駆け上がり、報告の声を張り上げる。

「大元帥! 今しがた、第六艦艇部隊より品物が届きました!」

 エリオットの瞳が鋭く光る。

「は? こんな時に第六の奇抜兵器を試す余裕があるか!」

 司令官は息を整えながら答えた。

「いや、すでに試験段階を通過した品々だそうで、東洋の知見を応用した新兵器とのことです!」

 エリオットの肩がわずかに震えた。

「嫌な予感しかしない。で、なんなのだ、その兵器とは?」

 司令官は紙包みを広げ、そこから図面を示す。

連結剣スリングブレードと……震撃砲しんげきほうです!」

 屋上の空気が一瞬、張り詰める。

 砲撃の轟音と煙の間に、新たな戦力の到着が戦場をさらに狂わせる予感が漂った。

「震撃砲……か」

 エリオットは低く呟く。その声に混じるのは、不安と僅かな期待の入り混じった響きだった。


 海岸線近く。波間を裂くように砲弾が落ち、飛沫が部隊の顔や軍服を容赦なく叩きつける。

 水しぶきに包まれたジョルジュは、ずぶ濡れの姿で大声を上げた。

「濡れたー! これじゃ発火もできないし、砲弾も届かない! しかも、攻撃が直撃したら確実に死ぬじゃないですか!」

 彼の声に応えるように、マクシムが冷静にシャルルを見やった。

「シャルル、こういう時こそあなたの奇策の出番です」

 シャルルは少し笑みを浮かべ、肩をすくめた。

「こうなったら……逃げるが勝ちです! 皆さん、ひとまず後退しましょう!」

 ダヴィットが思わず声を荒げる。

「ええ!? この期に及んでそれですか!」

 だがシャルルは動じず、淡々と指示を出す。

「人命優先だ。無理に踏ん張る必要はない」

 マクシミリアン隊が小さく頷きながら声を上げると周囲の別部隊も次々に後方へ退避を始めた。

「安全な場所まで撤退だ!」

「ここで足止めなんてしてられない!」

 ダヴィットは苛立ちと困惑で歯を食いしばる。

「くそ……なんなんだあの人たち」

 リラが叫ぶ。

「ダヴィット! 奴らの砲撃が来るわ!」

 直後、海賊側の砲弾が海岸線に次々と着弾。砂煙と飛沫が周囲を覆い、仲間たちは咄嗟に体を伏せながら後退する。

 ダヴィットも慌てて身をかわし、荒い息をつきながら仲間に続いた。波と砲撃の衝撃が地面を揺るがし、海岸線は一瞬にして混沌の戦場となった。

 後方に集まったマクシミリアン隊は、一時的に安堵の空気に包まれた。

 スザンヌが胸を撫で下ろし、微かに笑みを浮かべる。

「はあ……みなさん、無事でよかったです」

 リゼーヌが周囲を見渡し、険しい表情を見せた。

「でも、砲台も置き去りにしてしまったし、どうやって反撃するんですか?」

 その瞬間、彼らの視界の端で全く見知らぬ部隊員たちが慌ただしく動き回っているのが目に入った。

「配置はこの辺にしましょう! 奴らを引きつけてから一斉に撃ちます!」

 ロザリーが眉をひそめる。

「……あの人たちは誰なんでしょう?」

 リラも首をかしげ、目を細める。

「さあ、初めて見る顔ね」

 部隊員たちは汗だくになりながら砲台を据え付け、最後の確認を終えると声を揃えた。

「準備完了です! いつでも撃てます!」

 マクシムは思わず砲台の前で立ち止まり、怪訝そうに顔をしかめた。

「すみません……それ、いったい何なんですか?」

 部隊員は胸を張り、誇らしげに答える。

「新型兵器です! 今日がこいつの初陣! 先ほど大元帥より実戦使用許可が下りました! ……あ、射撃に自信のある方はいませんか?」

 サミュエルが困惑した顔で腕を組む。

「色々突っ込みたいところはあるが……射撃と砲撃って同じ括りでいいのか?」

 周囲の視線が集まる中、ジョルジュが小さく深呼吸し、静かに手を上げた。

「……ボクがやります」

 その瞬間、海岸線の波しぶきと砲煙が混ざる混沌の中に震撃砲の存在感が際立った。金属の冷たさと鋭い形状が、まだ誰も体験したことのない破壊力を予感させる。

 マクシミリアン隊は一斉に目を見合わせ、ジョルジュに信頼を託す。

 彼の手に握られた点火装置が、これからの攻防の決定的瞬間を告げる合図となった。

 ジョルジュは震撃砲の側面にそっと手を置いた。

 指先に広がる金属の冷たさは、ただの温度ではなかった。

 潮風の匂いを運び、幼い頃に海で漂流した夜の記憶を微かに揺らした。

 揺れる小舟。冷えた銃身。誰の声かも分からない怒号と波の音。指先が覚えている。

 あの時も、死ぬか生きるかの境目に何かの引き金があった。

 目の前の震撃砲は見たこともないはずなのに、なぜか形が手の内に収まってくる。

 初めて触れているのに、ずっと前から待っていた道具のように。

「……馴染む」

 胸の奥でそう呟いた瞬間、震撃砲は単なる兵器ではなく自分の呼吸に合わせて静かに鼓動しているように思えた。

 過去の恐怖と今の自分が持つ技術と、向こう側の海で待つ敵。

 それらが一本の線になり、彼の中に張り詰めた。

 ジョルジュの背後から混じり合う視線。マクシミリアン隊の心配と信頼、そして見知らぬ部隊員たちの期待と好奇心。

 ジョルジュはゆっくりと息を吸い込み、手の中の震撃砲の重さを受け止めた。

「これは、ボクが撃つべきものだ」

 その確信は、波の騒ぎよりも静かで砲撃の轟きよりも力強かった。

「……撃ちます」

 乾いた音とともに導火線が閃き、瞬く間に砲腔の奥で赤い光が膨れ上がった。

 次の瞬間、耳をつんざく轟音と共に震撃砲は弾丸ではなく圧縮された衝撃波を放った。

 空気そのものがうねり、海面が縦一文字に裂けるような水飛沫を上げる。

 衝撃波は一直線に海賊船団の先頭船を貫き、船体をきしませながら大砲の列を吹き飛ばした。

 船上の海賊たちはまるで見えない巨人に叩きつけられたように甲板から転げ落ち、帆桁が軋みながら折れる。

「な、何だ今のは……!」

 サミュエルの声が半ば震えていた。

 リゼーヌは唖然としたまま、耳に残る鈍い響きを振り払うように頭を振った。だが、震撃砲の余波は船だけではなく、海面に立つ霧をも震わせ、海岸線近くにいた敵の小型艇も翻弄した。波が逆巻き、金属音があちこちで木霊する。

 ジョルジュは砲の横に立ったまま、まだ両腕に残る痺れを感じていた。彼の背後から部隊員の歓声が上がるが、その笑顔には驚きと恐怖が混ざっている。

「……これが、震撃砲か」

 彼の小さな呟きは轟音の余韻にかき消されていった。

 第六艦艇部隊の面々が声を上げる。

「やったぞ! 成功だ! 砲列が吹っ飛んだ!」

「東洋式衝撃圧縮法、本物だあ!」

 頬を紅潮させ、互いの肩を叩き合う。まるで戦場のど真ん中とは思えないほどの昂りようだった。しかし、その歓喜は長くは続かなかった。

 海面を割くように、別の方向から海賊船団の砲口が一斉にこちらへ向けられる。先頭の一隻が沈黙した分、周囲の船が怒りを爆ぜさせるかのように黒煙を噴き上げ始めたのだ。

「まずい……来るぞ!」

 シャルルが叫ぶよりも早く、轟音とともに無数の砲弾が空を裂いた。陣地の上に土砂と水飛沫が雨のように降り注ぎ、視界は一気に白濁する。近くに落ちた砲弾の衝撃で、地面は大きくえぐられ、飛び散った礫が兵士たちの頬や甲冑を叩いた。

「全員伏せろ!」

 シャルルの声に混じって、耳鳴りと木材の割れる音が重なる。一瞬前まで笑っていた第六艦艇部隊の兵たちも、慌てて震撃砲を押さえ込み、次弾装填の手を止めた。波間からは海賊たちの鬨の声が風を切って届く。戦場の空気は再び混沌へと呑み込まれていった。

「くそっ……!」

 マクシムは砲煙をかき分け、荷台の裏にしゃがみ込む第六艦艇部隊の兵へ駆け寄った。

「まだ撃てるか?」

「撃てます! ただし再装填に少し時間を……」

 兵士の手は砲身に残った余熱で赤くなり、汗が石床に落ちていく。

「ジョルジュ!」

 マクシムに呼ばれた青年は迷いなく駆け寄り、砲台の後部に手をかけた。

「次弾、渡してください!」

 マクシムが叫ぶと、第六艦艇部隊の一人が大事そうに抱えていた円筒状の弾を差し出す。中には衝撃波を圧縮する特殊構造の薬室が仕込まれていた。

「全員、敵の照準に入る前に終わらせます!」

 マクシムの声に、マクシミリアン隊も即座に動く。リゼーヌとロザリーが砲弾を支え、サミュエルとリラが周囲の海兵を下がらせて安全を確保する。砂と水飛沫がまだ降りかかる中で誰もが声を張り上げ、手を止めなかった。

「装填完了!」

 ジョルジュが叫ぶ。額の汗が震撃砲の黒光りする砲身に滴った。

 その瞬間、マクシムは視界の先で海賊船の舷側が再び火を吹くのを見た。

「撃てぇッ!」

 震撃砲の砲口が閃光を放ち、空気そのものが震えるような轟音が砂浜を貫いた。

 衝撃波は海面にぶつかり、巨大な水柱を立てながら、敵船の砲列をまとめて薙ぎ払った。倒れた帆柱と砕けた木片が海に散り、遠くで怒号が響き渡る。轟音と共に震撃砲が火を噴き、海面が盛り上がるように震えた。爆圧が波となって海賊船団を揺らし、舷側の砲列が一瞬にして崩れる。

 第六艦艇部隊の面々は歓声を上げ、成功の喜びを隠しきれない様子で互いに肩を叩き合った。だが、その先に停泊する巨大な黒船は微動だにせず、まるで様子を見ているかのように静かに海を支配していた。黒船の背後には、砲撃の機を窺う海賊艦隊の主力が控えている。

「……妙ですね」

 マクシムは眉を寄せ、望遠鏡を下ろした。

「あれだけ攻撃を受けても、一歩も動かないなんて」

「後方の連中も出てこない。……このままじゃ、こっちの方が先に持たないぞ」

 ダヴィットが低く呟く。

 実際、防衛線は限界に近づいていた。砲台はすでに幾つも沈黙し、前線で踏みとどまる部隊の列は薄くなっていく。黒煙と火薬の匂いが重く漂い、負傷兵が担架に乗せられ、慌ただしく後方へ運ばれていった。

「これ以上は……!」

 誰かが叫びかけたその時、ブレスト城の厚い城門が軋むような音を立てて開いた。

 外から現れたのは、光沢のある胸甲と赤い軍旗を翻す陸軍部隊だった。馬蹄が石畳を打ち鳴らし、隊列を組んだ兵たちが城内に雪崩れ込む。

「陸軍だ!」

 誰かが叫ぶ。マクシミリアン隊の面々も思わず視線を向けた。金属鎧が陽光を反射し、槍と銃を構えた兵たちが次々と前線へ進み出る。その動きは迷いなく、これまで押され続けていた防衛線が一気に息を吹き返すようだった。

 その時、素早い影が先頭を駆ける騎馬の目の前に立ち塞がり、陸軍の面々と周囲を一望した。

「遠路はるばる、よくぞ来てくれた!」

 鋭い眼光と威厳を纏ったその男——グウェナエルだった。

「第一砲台班、あの稜線に展開! 第二は城壁沿いに回り込め! 歩兵は左翼を固めつつ前進、負傷兵の搬送路は確保しておけ!」

 グウェナエルの短い指示が矢継ぎ早に飛び、陸軍兵たちは即座に動き出す。

 馬から降りる者、砲台を分解して運ぶ者、砂嚢を積み上げて防壁を作る者、すべてが流れるような動きだった。

 マクシミリアン隊の後方から見ても、その采配は見事としか言いようがない。

 まるで全てがあらかじめ決まっていたかのように砲台は予定位置に据えられ、照準の微調整まで一瞬で終わる。

「全砲門、敵前方三十度に集中! 撃て!」

 次の瞬間、轟音が大地を揺らし、白い砲煙が一斉に吐き出された。砲弾は海上に弧を描き、海賊船の舷側を正確に撃ち抜く。水柱が立ち上がり、甲板上で慌ただしく走り回る海賊たちの姿が見えた。

「……すごい」

 リゼーヌが呟く。リラもその光景を見ながら口元を引き締めた。

「あれが、陸軍の戦い方なのね」

 砲声が幾度も重なり、防衛戦は一気に息を吹き返す。

 だがその一方で、動かぬ黒船は依然として遠方で沈黙を保っていた。

 海上では依然として黒船が遠くの波間に身じろぎひとつせず佇んでいた。白い帆は風を孕むが、一切の攻撃も仕掛けてこない。その沈黙は、逆に戦場全体を薄暗く覆う影のように不安を膨らませていく。

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