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第五章② 総司令部 続き

 会議室は緊張と不安に包まれ、静寂のなか一枚一枚めくられる音だけが響いていた。

 やがて、マクシムが言葉を切り出す。

「この報告書によれば、海賊たちはエドガー・ロジャースの総動員号令に応じ、次の戦闘は総力戦となるそうです。船の数はおよそ五十隻に上るとのことです」

 一瞬、場内が凍りついたように静まる。すぐにルソーが声を上げた。

「五十隻……!? 過去のどの海戦を振り返っても、そんな数は異例中の異例ですぞ!」

 周囲の司令官たちも色を変え、顔を見合わせている。エリオットは眉をひそめ、重い口調で問うた。

「我が軍勢は、いかほどの規模だ?」

 会議室の隅から一人の司令官が声を潜めて答えた。

「現状の兵力では、増援要請をしても五分五分での渡り合いがやっとと見ております。正直、防衛線を固めることすら厳しいと考えています」

 エリオットは苦渋の表情を浮かべた。

「では反撃はもとより、防衛すら厳しい状況か……」

 イザベルが鋭く切り込む。

「ちなみに第一回目と第二回目の海賊襲撃では、船の数はどの程度と推測しているのか?」

 司令官は言葉を選びながら答えた。

「霧や夜の闇に紛れていたため正確ではありませんが、二度とも三十隻程度は確認されていると予想されます。霧の中にいた船団も、二回目の襲撃に参加していたと見て間違いないかと」

 その言葉に会議室の空気はさらに重くなる。

 五十隻という数の桁違いの脅威、そして過去の襲撃の数に加え、海賊たちの勢いが一層増していることを改めて認識させられた。

 会議室の空気はすでに張り詰めていたが、その中でシャルルが手を挙げて声を発する。

「私めに一つ、提案がございます」

 ルソーが眉をひそめて小声でつぶやく。

「あのオレンジ髪のやつは誰だ?」

 マクシムが淡々と説明した。

「彼はシャルル・ド・ヴィトン。我々、マクシミリアン・ブーケ隊の頭脳担当です。この間の夜戦においても、火薬奇襲作戦と海賊撹乱作戦は彼が考案しました」

 シャルルはにこりと笑みを浮かべ、落ち着いた声で話し始めた。

「皆さま。ご理解いただけていると思いますが、今回の敵は単なる海賊団ではなく、もはや戦争状態です。我々、海軍だけで解決できる問題ではありません」

 突如、シャルルの顔が豹変した。彼の隼のような目つきと笑みを消し去った口元に司令官たちは思わず身構える。

「そこで、今すぐフランス陸軍に強力な支援を要請しましょう」

 エリオットは驚きを隠せず、動揺気味に声を上げた。

「陸軍にだと!? それは……うーん、まあ、特に反対はしないが、奴らが応じてくれるかどうかが問題だな」

 シャルルは一切動じず、キッパリと言い切る。

「一刻も早く行動を起こすべきです。手段を選んでいる場合ではありません」

 アルフォンスが疑問を口にした。

「しかし、今要請したところで間に合うのでしょうか?」

 シャルルは軽やかに答えた。

「ああ、要請はすでに出していますよ」

 アルフォンスが顔を顰める。

「え? 誰が誰宛にですって?」

「我らが国王陛下に向けて、です」

 シャルルの爆弾発言に一同は驚愕の声を漏らし、一瞬ざわめいた。

 シャルルは得意げに胸を張りながら続ける。

「先日、無理を承知でスザンヌ・ブルボン嬢に、ご実家を通じて国王陛下宛の手紙を認めていただきました」

 エリオットが困惑しつつも確認する。

「スザンヌ・ド・ブルボンか……?」

 エリオットの隣にいるアルフォンスが小声で耳打ちした。

「大元帥。ブルボン家といっても次男家、分家の方です。つまり、ブルボン家の正統な血筋というわけではなく」

 エリオットは思い出すようにうなずいた。

「ああ、そうだな。次男家は新王党派で、我々と同じ勢力だ」

 シャルルは誇らしげに胸を張った。

「我々はスザンヌ嬢の働きかけにより、国王陛下に陸軍動員の指令を呼びかけることができました」

 その瞬間、グウェナエルは冷たく鼻を鳴らした。

「……ふん」

 シャルルの顔が一瞬こわばったのをグウェナエルは見逃さなかった。シャルルはスザンヌが渋々手紙を書いていた姿を思い出していたのだ。

 会議室の空気がピリリと張り詰める中で、エリオットがゆっくりと口を開く。

「えーと、それで? まさか陸軍にブレスト城の防衛を任せると申すのか?」

 シャルルは自信満々に頷く。

「その通りでございます。まずは陸と海、入り乱れて砲撃を行います」

 その言葉にユルリッシュ・ルソーが堪えきれずに声を荒げた。

「だから、それでは防戦一方だと聞いている!」

 ルソーの声には怒気が滲む。彼の眼光が鋭く燃え上がった。

「イザベルの提案ではダメなのか?」

 シャルルは冷静に首を振る。

「私は副司令官の提案を否定しているわけではありません。むしろ陸軍が動員されれば、ブレスト城周辺で砲撃を担っていた海軍の人員が浮きます。ただ、問題はその順番なのです」

 イザベルが興味深げに眉を上げる。

「ほう、順番?」

 シャルルはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「副司令官の提案は、守りながら攻めるというものでした。しかしここは、辛抱強く待つべきなのです」

 ルソーは鼻で笑った。

「はっ、そんな悠長なこと待ってたまるか」

 だがイザベルが落ち着いた声で制した。

「ユルリッシュ、まずは彼の話をよく聞きましょう」

 シャルルはさらに言葉を重ねる。

「相手は総力戦。玉砕覚悟で攻めてきます。補給船すら用意していないとなれば、砲弾は必ず底を尽きる」

 この言葉に、エリオット、ルソー、イザベルら幾人かの司令官の顔に驚きが走る。その沈黙を破ったのはグウェナエルだった。

「叩き潰すのは、その時だ」

 彼の声は冷たくも鋭い決意を帯びていた。

「俺たち海軍は船の上で剣を振るう。陸のことは陸の者に任せ、俺たちも総動員で海賊船に乗り込むべきだ。今度こそ奴らの息の根を止めなければ、この戦争は終わらない。やらなければ、また仲間を失うだけだ」

 イザベルは厳しい表情のまま、だが声は少し和らげて言った。

「なるほど、最終的には白兵戦に持ち込むとな。それに守りながら攻めるのではなく、守ってから攻めるのか。口は悪いが、その熱意は伝わる」

 エリオットはグウェナエルをじっと見つめる。

「……大事なものを失った目だ。剣を持っていないのに、彼の視線には斬られそうになる」

 凍てつく冬の冷気が会議室に満ちている。ひんやりとした空気の中、幾人もの司令官たちが緊張を孕んだ視線を交わしていた。シャルルが微笑して手を挙げ、リボンで結ばれた艶やかな燈色の髪を肩に流し、今では髪飾りの装飾と化した片眼鏡のレンズを煌めかせて切り出す。

「まさか陸軍も国王陛下の御沙汰となれば、もはや退く道はありません。海賊の脅威により、民の安寧が脅かされているのです」

 一瞬の静寂、エリオットが深い息を吐きながら答えた。

「……ならば、貴殿の提案を遂行せざるを得ない」

 彼の顔に浮かぶ皺はまだ完全な安心を許さぬものだった。

「しかし、問題は二つある。陸と海の連携だ。指揮は誰に委ねる?」

 会議室の空気が一変する。静かな緊張が高まり誰もが息を呑む中、グウェナエルが重い口を開いた。

「俺に任せてほしい」

 彼の声は落ち着きと自信に満ちていたが、どこか影を帯びていた。全員の視線が彼へ集中する。

「君は?」

 エリオットが問うと、グウェナエルは肩を軽くすくめて声を潜めるように答えた。

「グウェナエル・ブランシェです」

 イザベルが問い返す。

「階級は?」

「ありません。身元不明の異邦人ゆえ、軍籍は与えられなかったのです」

 ざわつく会議室。何人かが小声で「ああ、あいつか」「噂の…」と囁き合った。しかし、グウェナエルはそんな囁きには構わず続ける。

「身元が証明できず、もどかしい思いもありますが……かつては祖国で陸軍に所属していました。陸と海の双方を理解しています」

 グウェナエルの言葉に、マクシムが彼を支えるように付け加えた。

「我が隊でも彼の洞察力は抜群で、指揮官兼戦術家として評価しています」

 シャルルは歯切れよく冗談めかして言った。

「いわば、軍神のような存在ですな」

 グウェナエルは苦笑を交えつつ、真剣に応えた。

「戦場で冷静に動くことが居場所を感じる理由であって、神などとは恐れ多いがな」

 ルソーが鋭く反応し、彼の目に火が灯る。

「ほう、それは面白い。お前の才覚、試してみたい」

 ルソーは指差した先のグウェナエルに堂々と続ける。

「防衛戦はお前らに任せよう。特にそこの大柄な男に」

 彼の指はなおグウェナエルに向けられていた。

 アルフォンスは苦笑しつつため息を漏らす。

「こんな時に余裕があるのか……」

 エリオットは鋭く視線を巡らせながら、もう一つの課題を切り出す。

「もう一つの問題として、海賊陣営に乗り込む際の船舶と出航準備の問題がある。そこはどう考えている?」

 会議室がざわつく中、ルソーが堂々と答えた。

「それなら、第一艦艇部隊の船に乗れば十分だ。特にオレたちの艦隊、ヴォルカニク号。あの船は大きく、何人でも乗せられる。ペンフェルド川沿いの造船所に全隻を搬入しておけばすぐに出航できるだろう」

 司令官たちは圧倒されながらも同意の頷きを返す。エリオットは重厚に言葉を結んだ。

「よし、決定だ。ブレスト城防衛の指揮はあくまでも我々、総司令部と参謀本部で一任する」

 エリオットがゆっくりとシャルルを見据え、問う。

「ええと、君の名前は?」

 シャルルは胸を張り、誇らしげに答える。

「シャルル・ヴィトンです」

 エリオットは短く頷き、静かに言った。

「そうか、シャルルと申すか……」

 静かな間の後、重々しい声で付け加えた。

 エリオットは深く息を吸い込み、室内を見渡した。緊迫した空気が張り詰める中、彼の声が重く響く。

「この戦いは単なる海賊との戦闘ではない。民の安全を守り、我々の誇りを賭けた大いなる決戦だ」

 彼の目が一人ひとりを鋭く捉える。

「ゆえに、この作戦を名付けよう」

 エリオットは胸を張り、凛とした声で宣言した。

「——ブレスト鉄壁の盾作戦だ」

 一瞬の沈黙の後、室内には固い決意の空気が満ちた。誰もがその名の重みを噛み締め、覚悟を新たにした。エリオットは最後に軽く頷き、会議の終了を告げる。

「以上だ。準備は急げ。我らの戦いは、もう始まっている」

 ざわめきが小さく起こり、やがて静かに収まっていく。


 こうして、「ブレスト鉄壁の盾作戦」は正式に始動した。

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