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第三章④ 陸地と海上で

 ブレスト城の屋上。

 夜風が肌を撫で、灯りが遠くの海上を照らし出している。海面には赤く燃え上がる火の光が幾重にも広がり、黒煙がゆっくりと夜空を覆っていた。

 エリオットは眉間にしわを寄せながら静かに口を開く。

「ユルリッシュ。次々と海賊船が燃えていくが、あれは君の指示か?」

 ルソーは軽く肩をすくめ、首を振る。

「いや、オレは何も指令していない。海上の部隊には待機してろとだけ伝えていた」

 エリオットは一歩近づき、冷たい目で問い詰める。

「前線に来いとの通達はあったのか?」

 ルソーは周囲の司令官の一人に目を向ける。その司令官は鷹揚に鳩を撫でながら、ゆっくりとうなずいた。

「さっき、通達は出した。だが、いくらアンドリューでもこんなに迅速に動けるはずがない。」

 一瞬の沈黙の後、屋上の誰もがその謎めいた現象に戸惑いを隠せず静かなざわめきが小さく広がった。


 炎が海面を赤く染め、火薬瓶の爆発音が響き渡る夜の海峡。

 ジョルジュは仲間たちが火薬瓶を投げる光景を見つめながら、胸の内に熱い決意を燃やしていた。

「ただ投げてるだけじゃ、敵の中枢は揺るがせられない……ボクにはもっとやれることがあるはずだ」

 銃床を握る手に自然と力が入り、マスケット銃を肩に構える。

 指揮官たちが敵船上で指示を飛ばすその姿が目に映る。

 彼らが統率している限り、この戦いは終わらない。

「奴らを撃ち抜かなきゃ、仲間も死に続ける。無駄死にはさせねぇ」

 冷たい夜風が頬を撫でるが、ジョルジュの心は逆に熱くたぎっていた。緊張で鼓動が早まり、呼吸は浅くなるが、それを制御して集中力を極限まで高めていく。

「一発一発、命を込めて」

 引き金を引く指先は震えるかと思いきや、むしろ確かな感触を得ていた。

 銃声が闇夜を切り裂き、狙った指揮官が倒れる。

 敵の指揮系統に亀裂が入ったのを見て、彼の胸に誇りと解放感がこみ上げた。

「これがボクのやり方だ。仲間のために、絶対に負けられない。」

 次々と敵を狙い撃つたび炎の赤と銃火の閃光がジョルジュの決意と共鳴し、まるで彼の心の火が外にまで燃え広がるようだった。銃声が響き渡る中、ふと背後から呼ぶ声が聞こえた。

「ジョルジュ!」

 振り返ると、そこには鋭い眼差しのリラが立っていた。

「うげっ、見つかったか……」

 ジョルジュの胸が一瞬ひやりとした。

 ほんとは指揮系統から外れて勝手な行動をするのは禁じられている。

 反省の色も浮かぶが、体はまだ熱く、指は銃に馴染んでいる。

 しかし、リラはじっと彼を見つめ、何も言わずに首を軽く傾げた。

「……そのまま続けなさい」

 その一言がジョルジュの胸に重く響いた。叱責でもない、止めることもない。ただ信頼が込められている気がした。

「へ?」

 リラは再び火薬瓶を投げている仲間の元へと戻っていく。

 ジョルジュはその背を見送り、拳をぎゅっと握りしめた。

「まだ、やれる。まだ、戦いは終わらせない。」

 再び銃を構え、心の炎が漲り始めた。


 医務室の薄暗い灯りの中、ソフィーは包帯を巻く手を止めてそっと息を吐いた。

 戦いの音は遠くなったように思えたが、胸のざわめきは収まらない。

 彼女の隣でアニータが手際よく傷の手当てを続けている。

「ソフィー、どうしたの? 顔色が悪いわよ」

 ソフィーは小さく首を振りながら言った。

「ちょっと、マクシミリアン隊のところに様子を見に行きたいの」

 アニータは一瞬ためらい、心配そうに目を伏せる。

「こんな時に? でも……わかったわ、一緒に行きましょう。」

 二人は慎重に医務室を抜け出し、暗い廊下を静かに歩く。

 戦火の匂いが微かに漂う中、砲撃陣地へと続く道を辿った。だが、そこに辿り着いても彼らの姿はどこにもなかった。

 砲撃陣地は他の部隊で溢れているが、肝心のマクシミリアン・ブーケ隊の気配がない。

 ソフィーは眉を寄せ、小さな声でつぶやいた。

「みんな、どこに……?」

 アニータも辺りを見回し、緊張が走る。

「何か……あったのかもしれないわね。」

 二人の胸に不安が静かに忍び寄っていた。


 ブレスト城の屋上は夜風が緊張を冷やす間もなく吹き抜けていた。

 燃え盛る海賊船の炎が遠く赤く揺れ、司令官たちの顔に映る火の光がざわめきと熱を伝える。

 ルソーは額に汗をにじませ、険しい表情で仲間たちを見渡した。

「燃やしまくってる奴らが誰かは知らねぇが、オレたちもただ黙って見てるわけにはいかねぇ!」

 彼の声に反応するように司令官たちがざわつき始める。

 ルソーは続けた。

「海賊船は燃えて次々と沈んでる。だが、逃げる気配はまったくねぇ。奴ら、まだまだいるんだ。あの海上の部隊に背後から一撃くらわしてやろうぜ!」

 司令官の一人が目を輝かせながら問いかける。

「待ち伏せや伏兵の配置を提案するわけですか?」

 ルソーは力強く頷いた。

「そうだ、今こそ叩きのめすチャンスだ! アンドリュー達には敵の背後から挟み撃ちにかける。海賊船を挟み込めば、完全な包囲網になる!」

 エリオットも鋭い眼差しで頷き、作戦の決行を即座に支持した。

 夜空に轟く砲声と共に、緊迫の戦局は次の段階へと動き出した。


 闇に包まれた海の上。

 マクシミリアン隊の小型ガレオンは静かに波間を漂い、次々と燃え上がる敵船の炎が遠くで赤く揺れている。だが、静かな緊迫の中に焦燥が確実に積み重なっていた。

 ダヴィットが険しい顔でメリッサの元へ駆け寄る。

「くそっ、メリッサ! これじゃ火薬が底を尽きる。何か案はないのか!」

 彼の言葉に、メリッサは思わず目を見開き、手に握った火薬瓶を強く抱き締めたまま、涙目で困惑を隠せない。

「ええええええええ!? そんな今言われましても困りますよ!」

 彼女の声は震え、焦りと不安が交錯していた。

 長い戦いの緊張が心の芯を蝕んでいたのだ。

 そのとき、シャルルが静かに口を開いた。

「……私に考えがあります」

 冷静な声に周囲の視線が集まる。シャルルの瞳は鋭く、しかしどこか静謐な決意をたたえていた。


 ラド・ド・ブレストの夜は炎と黒煙に包まれていた。

 爆ぜる音が波間を震わせ、燃え上がる船体の影が水面に揺れる。

 その炎の外縁、やや離れた海域にまだ無傷の海賊船がひっそりと戦況を伺っていた。

「くそっ、また一隻やられた!」

 髭面の船長が拳を欄干に叩きつける。焦げた匂いが潮風に混じり、喉の奥をざらつかせた。

「一体何が起きてやがる? 見張りは何をしてた!」

「わかりません、船長!」

 その時、甲板の端で望遠鏡を構えていた部下が声を張り上げた。

「船長! あれを!」

 彼の指が向く先、闇の中をゆらゆらと漂う小さな船影があった。

 赤い布を掲げてはいるが、その色も形もどこか不自然だ。

 船長の目が細くなる。

「……偽物だな」

 船長は片唇を吊り上げ、命令を飛ばす。

「すぐに砲撃しろ! 多分、あれが爆破の元凶だ!」

「へい!」

 轟音とともに砲弾が飛び、闇を裂いた。

 不審船の側板に火花が走り、次の瞬間には甲板ごと吹き飛ぶ。破片が海面に散り、炎が夜を照らした。

「よし、これで謎の爆破も終わりだ!」

 船長は勝ち誇ったように高笑いした──その背後に、気配もなく影が迫っていた。冷たい金属の感触が首筋に触れる。刃だ。

「な──」

「あなたの船、お借りします」

 耳元で囁く低い声。船長が振り返るより早く、力が抜けてその場に崩れた。

 その瞬間、闇から次々と人影が飛び込む。

 マクシミリアン率いる部隊だ。

 短剣の一閃、銃床の一撃、海賊たちは一人、また一人と甲板に倒れ込む。呻き声が潮騒に溶けていった。倒れた海賊から上着や腰帯を剥ぎ取り、素早く身につける隊員たち。

「まさか、また海賊船に乗るとはねー」

 ペネロペがにやりと笑う。

「自分が海賊の服に袖を通すとは思いませんでした」

 リゼーヌは袖口を引き締めながら苦笑した。

「……もう、先ほどから言葉を失う出来事の連続でついていけない」

 スザンヌは肩を竦めたが、その目はどこか楽しげだった。

 制圧はあっという間だった。

 マクシム隊は乗ってきた小舟を引き上げ、船を完全に掌握する。

 甲板でダヴィットが積荷を確認し、声を上げた。

「火薬も砲弾も、山ほどあるぞ」

「では──」

 マクシムは海風を受け、薄く笑った。

「存分に暴れましょうか。みなさん」

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