第二章② ロザリーとサミュエル feat.ペネロペ
メリッサが買い出しの袋を抱えて食堂に入ると、ロザリーとサミュエルが並んで指名手配書を前にして熱心に議論していた。
ロザリーは指名手配書の一枚をじっと見つめながら真剣な眼差しで呟く。
「……どうしてこうも美形が多いのかしら。この悔しさ、分かる?」
サミュエルも負けじと眉をひそめて応える。
「まったくだ。彼らは悪党どころか、美の権化だ。僕たちの美的価値観が完全に一致している証拠だな」
ロザリーは少し腕を組み、頷く。
「私たちは美の守護者よ。だって、彼らの顔に負けたくないもの」
サミュエルは胸を張りながら、まるで重要な戦略を語るかのように続ける。
「指名手配書の奴らは単なる敵ではない。僕たちの美的ライバルだ」
その真剣さたるや、まるで国家機密の会議かのよう。
厨房の隅で様子を見ていたメリッサが呆れた顔で呟く。
「……あの二人、何話してるんだろう。 真剣すぎて笑っちゃうよ」
ロザリーとサミュエルはお互いの目を見て満足げに笑う。
「美のために、戦いは続くのよ」
「我々は揺るぎない美の同志だ」
そんなふたりの背後で、食堂の空気は軽く和みながらも彼女たちの真面目な議論がまるでコントのように映っていた。
その時、食堂の扉が勢いよく開いてペネロペが明るい笑顔で飛び込んでくる。
「なになに? 何の話してるの?」
ペネロペはロザリーとサミュエルの顔を見るや否や、次に机の上の指名手配書に目をやる。
「これ、五鬼衆の指名手配書じゃない!?」
サミュエルが少し誇らしげに頷きながら答える。
「そうだ。こいつらが今、最も危険視されている海賊だ」
ロザリーはペネロペに微笑みかける。
「そして、見ての通り顔面偏差値も高いのよ」
ペネロペは目を輝かせ、身を乗り出す。
「うわあ、確かに! こんなにイケメン揃いだと、危険度の高さも納得だね!」
三人はまるで美術品を鑑賞するかのように指名手配書を見つめながら盛り上がりを見せていた。
ペネロペが嬉しそうに手を叩く。
「うーん、やっぱり好奇心が止まらない! この指名手配書、もっと詳しく見せてよ!」
ロザリーとサミュエルは顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「さあ、これからが本番よ」
「美の追求は、まだまだ終わらないからな」
三人の会話は食堂の中に軽やかな笑い声を響かせていた。
ペネロペは興味津々に指名手配書をめくっていく。
「ニールは爽やかで好青年、コリンは普通に見えて狡猾な目つきがたまに出るんだって。マテオは文句なしの美青年、ジャスパーは癖毛の赤髪が特徴の長身。で、ルキフェルは……一人だけ顔面傷だらけって、やっぱ怖すぎじゃない?」
「そうね、初めてあの顔を見たときは思わず背筋が凍ったわ」
ロザリーが苦い顔を浮かべ、サミュエルも深く頷く。
「間違いない。あいつは異常な強さを持っている。ただの傷じゃない、あの顔には理由があるんだ」
ペネロペは目を大きくした。
「え、どういうこと? それに緑色の瞳って珍しいよね?」
サミュエルは少し微笑みを含んだ表情で言葉を続けた。
「そうだ。ルキフェルの緑の瞳は、ただの色じゃない。見る者の心を惑わせ、圧倒する不思議な魅力があるんだ。深い森の中に潜む闇のように、美しくも冷たく、惹きつけられながらも逃れられない魔力のようなものだよ」
ロザリーも頷く。
「彼の目はただ強いだけじゃなく、何かを象徴している。恐怖と美の境界線を行き来するような、その存在感が厄介なのよ」
ペネロペはその言葉に感嘆の息を漏らし、ますます好奇心を掻き立てられていったが首をかしげた。
「え? でもそれって褒めてなくない? 二人とも……」
その鋭い指摘にロザリーとサミュエルは互いにチラリと目を合わせた。
「さあ、どうだろうね」
どこか含みのある笑みを浮かべた。ペネロペはさらに首をひねる。
「いやー、二人の美的感覚ってやっぱり一筋縄じゃいかないね!」
ロザリーは軽くため息をつきながら、
「そうよ、私たちには我々なりの美の基準があるの」
サミュエルもニヤリとしていう。
「単なる美しさじゃない。魅惑と危険が混ざり合った独特の存在感、それが彼らの美なんだ」
ペネロペは笑いながら呟く。
「もう……一緒にいるとやっぱり面白いわ、この二人」
サミュエルがふと笑みを浮かべて訊いた。
「そういえば。ペネロペ、昔は海賊と一緒にいたそうじゃないか。やっぱり海賊ってのはうつくし、じゃなくて厄介な奴らばかりだったんだろう?」
ペネロペはその言葉に軽く首をかしげ、しかし笑顔は崩さない。
「うーん、そう単純じゃないんだよね」
ふと視線を遠くに向け、彼女は静かに語りはじめた。
「物心ついた頃から海賊船に乗っていたの。あの頃の海はいつも荒れていて。嵐の日も晴れの日も、仲間たちと船を守るために必死だった。海賊たちは荒っぽくて、短気な奴も多かったけど……それだけじゃない。誰よりも仲間を思いやる気持ちが強くて、助け合って生きていた。喧嘩も絶えなかったけど、結局は誰よりも信頼し合っていたね」
ペネロペの声にはどこか懐かしさと失ったものへの淡い哀愁が混じる。
「正直なところ、あの生活は怖いことも多かった。いつ死ぬかわからないし、明日も生きている保証なんてなかった。だけど……時々、あの頃の自由を恋しく思うことがあるの」
ロザリーが興味深げに身を乗り出す。
「意外ね。今のペネロペからは想像できないわ」
ペネロペは少し笑い、肩をすくめた。
「海軍に来たのは、ある日大怪我をしてたまたま助けられたから。助けてくれた人たちに恩返ししたいと思ったんだ。でも、やっぱり海賊のことは忘れられなくて……昔は手グセが悪くてピッキングとか、そういうのは得意だった。だから、整備士になったのは手先の器用さを活かしたかったからだよ」
サミュエルが感心して言う。
「なるほど、器用なのも海賊上がりの特技か」
ペネロペは真剣な表情で言葉を結んだ。
「でも、今はここがあたしの居場所。マクシミリアン隊はみんなが仲間で、信頼できる人たちばかり。だから、もう昔の海賊生活には戻らない」
ロザリーが優しく微笑み、
「そうね。私たちもあなたがここにいてくれて嬉しいわ」
三人の間に静かであたたかな空気が流れた。
「そういえば、どうして二人はマクシミリアン隊に入ったの?」
ペネロペの問いに一瞬二人は言葉を詰まらせた。その沈黙を破ったのは背の高いサミュエルだった。
「どうして僕がマクシミリアン隊に入ったか、か」
彼はゆっくりと視線を遠くに泳がせながら語り始めた。
「もともとは何不自由ない中流貴族の家に生まれて、のんびりした生活を送っていたさ。決して悪くはなかった。ただ、どこかでそれに退屈していたのだと思う。広い海を見たい、それだけだった。視界を遮るもののない、果てしない青い世界に身を投じてみたかったんだ」
サミュエルの瞳に一瞬、少年のような輝きが宿る。
「船の舵を握り、その風景を操る。技術も腕も磨き、海と共に生きることが日常になった。僕は家族の誇りを捨てたわけじゃない。ただ、海に迎え入れられたんだ」
静かな語り口だが、その言葉には揺るぎない決意が込められていた。
「だから、たぶん僕は死ぬまで海の上にいるだろうな」
ペネロペが感嘆の声を漏らす。
「かっこいいなあ……やっぱり海の男って感じ」
ロザリーが微笑みながら呟く。
「サミュエルの話、すごくロマンチックね」
サミュエルは目を細め、遠くを見つめながら静かに語り始めた。
「第一艦艇部隊には長い間いた。最前線だったからな。戦闘は激しく、毎日が命の駆け引きだった。僕は戦闘員として扱われていたが、ある時から操舵手としての才能が認められて戦術を練りながら舵を握る役割に就いた。でも、第一艦艇部隊は、何かが違っていたんだ。戦いは命を削るものだが、そこには義務や使命以外にも重苦しい空気が満ちていた。隊の雰囲気、上層部の圧力……そうしたものが積もり積もって、次第に息が詰まるようになった。そんな折に、マクシミリアン隊からの増援要請があった。僕にとってそれは逃げ場でもあり、新たな挑戦でもあった。ここでの生活は自由で、まだ知らない世界を切り拓く旅のようだ。マクシム隊長の下でなら、自分の存在意義を見つけられる気がするんだ」
彼は微かに微笑む。
「だから今もここにいる。おそらく、これからもずっとな」
その言葉には不確かな未来への覚悟と期待が入り混じっていた。
ロザリーは指名手配書をそっとテーブルに置き、視線を遠くに泳がせながら静かに話し始めた。
「私の故郷は、華やかで美しい王宮の中だったわ。でも、その華やかさの裏に渦巻くしがらみや嘘に、いつも息苦しさを感じていた。王宮での暮らしは確かに恵まれていたけれど、私はそこでの自分を見失いそうだったの。だから、海軍に入ることを決めたってわけ。広くて、変わり続ける海のように自由な場所を求めて。本来なら情報統括部の海洋気象部、海図管理局に配属されるはずだったわ。でもマクシミリアン隊が新設された時、航海士が足りないということで私が声をかけられたの。そうして、私はこの隊の一員になった」
彼女は微かに笑みを浮かべて続けた。
「運命のいたずらかもしれないけれど、ここでの生活は意外と悪くないわ。それに、仲間たちは皆個性的で……屈しない」
ロザリーは指名手配書の方に視線を戻し、ちらりと呟く。
「それにしても……相変わらず顔の良い海賊が多すぎて、悔しいわね」
彼女の瞳は軽い苛立ちとどこか楽しげな輝きを宿していた。
ロザリーとサミュエルの話を静かに聞き終えたペネロペは、少し間をおいてからにっこりと笑った。
「ふたりとも、ずいぶん大きなものを背負ってるんだね。でも、そんな過去があるからこそ今ここにいるんだろうなって思うよ」
ペネロペは明るい声で続ける。
「あたしは海賊と一緒に育ったけど、みんなそれぞれ自分の事情や想いを抱えて生きてた。だから、きっとここにいるみんなも、色んなものを乗り越えてるんだろうなって」
彼女は少し真剣な表情を見せた。
「でもさ、だからこそ仲間って大事だよね。辛い時に支えあえる人がいるのは、すごく強いことだと思う」
そして、笑顔に戻りながら肩をすくめて言った。
「まあ、あたしはちょっとだけ軽いかもしれないけどね!」
中庭の方から突然、誰かの声が聞こえてきた。
ペネロペは興味をそそられ、ぱっと立ち上がると「ちょっと行ってくるね!」と軽やかに笑いながら食堂を飛び出していった。
残されたロザリーとサミュエルは、ふと互いの顔を見つめ合った。サミュエルは静かに呟く。
「美しさっていうのは、何も外見だけじゃないな」
ロザリーもゆっくりと頷きながら答えた。
「ええ、本当にね」
その言葉が二人の間に静かな余韻を残し、窓の外の明るい光が差し込む食堂を包み込んだ。




