2・エドの場合
後半です。
これで終わりになります。
息が苦しい。熱い。
とても熱くて目を開けると、そこには見知らぬ少女の顔があった。
「あら、起きたのね。ねえ、あなたの名前は?」
「何を言って…」
「異国の言葉だわ、成功したのね」
言葉がわからない。
外国人か?
その途端、激しい頭痛が襲ってきた。
痛みとともに脳内を巡るのは、記憶だ。
確か、僕は死んだはずだ。21歳大学生。バイト帰りに車に轢かれた。なのに今どうしてこんなところに。
そう考えた途端に他の記憶も流れてくる。
おじいさまの借金のせいで、うちは貧乏。
貴族なのに、平民のような生活。
両親は僕らを大切にしてくれない。
毎日姉様にいじめられる。
つらい、つらい。
今日は、池に落とされた。
寒い、体が痛くてたまらない。
もう、嫌だ、こんな生活は嫌だ。
脳裏に少年の姿が浮かぶ。
痩せこけた、傷だらけの姿が。
彼は僕に頭を下げると、
「あなたは、姉の実験で、異世界から招かれた死者です。
僕の体をあげます。生活に慣れたら、どうか逃げてください。僕はもう生きていたくない」
「どういうこと?君の体って」
「姉は、異世界人の魂を召喚して、憑依させると言ってました。そして、異世界人から情報を得て、お金儲けするのだと」
「僕はそんな知識持ってないよ」
少年は驚いて、それからクスクスと笑った。
「そうですか、姉が悔しがりそうですね。
あなたは何も役に立たない情報を与えてやってください。殺されることはないと思いますが」
「おいおい、大丈夫なんだろうな」
「僕よりは生きていけると思いますよ」
少年の体がぼんやりと消えていく。
「待ってくれ!」
「僕の記憶をあげます。こちらの知識や、言葉はそれで理解できると思います」
少年は、ふうと息を吐いた。
「僕はエドといいます。どうか、お幸せに」
エドの魂が消えていくのを感じた。
それと同時に彼の記憶がインストールされていく。
僕はエドになった。
ゆっくり目を開け、
「姉様…」
「エドなの?失敗したのかしら」
「いえ、僕は異世界からきました」
まさか自分が、宇宙人のような紹介をすることになるとは思わなかったよ。
あれからなんとか助かった。
あのままだと熱が下がらず体も死ぬ危機があったから、とりあえず混乱している異世界人です、助けて具合悪いと訴えたら、ようやく薬を飲ませてもらえた。
その後、姉にいろいろ聞かれたが、金になるような知識はないと知らないふりをした。
というか、普通の人は、石鹸の作り方とか知らないって。実家暮らしで料理もやったことないし。
ほ、本当に役に立たない異世界人を召喚したってことだよな。
は、はは。エド、なんかごめん。
もちろん、姉は激おこ。
また実験に使われるかと思ったけど、弟を殺してしまうと流石にやばいと思ったみたいで、大人しくしていれば助けてやるとか上から目線で言われて、とりあえず生きている。
僕の中の、彼女の弟は死んだのだと言ってはいない。
彼女も察しているとは思うが。
多分確かめたくないのだろう。
あれから姉は、何度か実験を繰り返したようだ。
もちろん自分以外の人間で。
メイド見習いとして孤児院から連れて来た子供を使っていた。
だが、なかなかうまくいかないようだ。
異世界人の召喚自体はうまくいくのだが、憑依させても元の人間と喧嘩したり。どうやら互いの主張が強すぎるようだ。
一度大声を上げ暴れ出したときは、流石に彼女と侍女の2人では止めることができず、僕が助けたことがあった。
それからは、僕も実験を手伝うようになった。
本当は僕にいろいろ知られたくはないのだと思う。
だが、姉達だけでは限界があった。
「わかっているとは思うけど、私はあんたの魂を消すことだってできるのよ。大人しく従っていればいいのよ」
「はい、姉様」
「あんたはっ!」
いつになく、苛立つ姉がそこにいた。
何か怒らせたのだろうか。
「別にいいわ。でもね、私の前では、私のことを姉と呼ばないでちょうだい」
「はい…」
やはりこの人は、弟がもういないことを理解している。
ただ、彼にしていた仕打ちを思い出すと、同情はしない。
それからも実験に立ち会い、助手をする。
その隙に少しづつ秘術を理解していった。
だが、僕はまだ魔法を学んでいないので、発動は無理だな。
貴族が通う学園で学ぶことができるようだが、入学はまだ先だし。
その後姉は、記憶の操作や、情報の遮断などもできるようになった。
憑依を終えた人間の記憶も操作して、実験の記憶を消してメイドとして再利用もしていた。
失敗した召喚した魂は、人形に移していた。
人形に入れてしまえば、声も出ない。動けない。
そしてそのまま処分するだけだ。
「異世界ヒャッハー!」
とか言うやつは、速攻で抹消していた。
そもそも姉がこんなことをはじめたのは、自分が親からどこかの貴族の後妻として売り飛ばされそうだったからだが、そのタイムリミットが近づいてきたようだ。
「もう、間に合わない。仕方ないわ、自分でやるしかない」
流石にそう何人も孤児院から連れてこれないし。
まわりも不審に思うよね。実験はそんなに出来ないって。
翌日姉は高熱を出して寝込んだ。
数日後、回復した姉は、別人になっていた。
「エド〜、心配かけてごめんね。もう大丈夫よ」
いや、姉はこんなにかわいい声で、弟に声をかけませんって。
親も使用人も引いてる引いてる。
僕も引いてる。
姉に召喚された人は、異世界に憧れていたのかな。
まるで水を得た魚のように、異世界ライフを楽しんでいた。
生産チートでお金を稼ぐ日々。
商会を作ったり、領地改革もやってのけた。
学園でも楽しそうにすごしていた。
おかげで、金持ちの後妻として売り飛ばす話も消えた。
多分かなり忙しかったとは思う。
それでも僕を可愛がってくれた。
一緒にごはんを食べたり、遊びに出かけたり。
元々は虐めまくっていたのを家族も使用人もみんな知ってるから、誰やねん、こいつって顔してたな。
でも、そうだな。
異世界に来て、はじめて楽しいと思えたな。
楽しいことだけじゃなく、僕は学園に入ってしっかり学んだ。
あと、勉強も大事だけど、この秘術もマスターしておきたい。
姉が異世界人に憑依されている今がチャンスなんだ。
そもそも、なぜ今回の召喚が成功したのかというと、憑依される人間がおとなしくしているのが大事だったんだ。
いつもはお互いが主導権を握ろうとするから、ダメになるわけだし。
だから姉は、一切表に出ないことにした。
それに、たとえ記憶や知識を奪ったとしても、経験値はないから、即商品化出来るかというと、微妙だ。
それなら、異世界人の好きにさせて、作らせたほうがいいんじゃないかって話になったんだ。
結果として、大成功だったわけだ。
おかげで、あの人、忙しくてほとんど家にいないし。
だから、今のうちにね。
まあ、姉も異世界人に、こんなに振り回されるとは思っていなかったんだろうな。性格も、もう別人だし。
記憶に制限をかけることはできても、性格までは無理だったのか。ぷぷぷ。
おそらく異世界人を利用するだけ利用したら、元の姉に戻るはずだ。
その前に弱みとかも調べておきたい。
怖いし。
それに、いつまでこのまま生きていけるのか、わからないからね。
そんな風に僕が必死に学んでいる間に、姉は婚約者をゲットして、あっという間に嫁にいった。
ただし、異世界人姉ではなく、元のレネーが。
異世界人の彼女は今、姉のビスクドールの中にいる。
結婚式当日、教会の控え室で、
「お幸せに」
一応祝福の声をかけておいたんだが、それを聞いた姉は少し考えて、
「ねえ、弟は死んだのよね?」
今更なのか、やっとなのか。それでも聞いてくれたんだね。
「確かにエドは死んだよ。でもね、僕と混ざったのさ」
「混ざる?」
「うん、彼を僕の中に感じるからね。僕は彼になったんだよ」
「そう」
「だからこれは、彼の言葉。
姉様、幸せになってね」
当たり前よ。そのために…
それ以上は何も言わずに、姉だった人は去っていった。
あなたの幸せのために死んだ弟は、優しいね。
僕は思ったよりも優しくないけどね。
そうそう、侍女だけどね。あいつ、姉が出てこれない隙に、自分の給料をこっそり上げていたり、金目のものを盗んでいたんだよね。
もちろん本人に相談するよね。
「ダメだよ、あなたは姉の忠実な僕ではないのかな」
「逆らえるわけないじゃありませんか。それなら危険手当は必要でしょう?」
「まあ、そうですね。僕からもお支払いしましょう。ただし条件があります。異世界人の魂が入った人形が欲しいんです。持ってきてくれませんか」
「そんなの無理に決まってるじゃない」
「すぐにとは言いません。それに考えてみたらわかるでしょう?あれだけ発明やら異世界人の知識を持っている人ですよ。まだまだ儲かる手段を持っているはずです。
姉だけじゃなく、あなたも僕も儲かるんですよ」
侍女ははっとして、やがて小さくうなずいた。
これで人形は大丈夫だね。
いつか指示をだすよ。
それまでは自由にしていてね。
姉が嫁いだ後、僕は両親から家督を相続した。まだ若いけどね。
両親はまったく役に立たない。
元々じいさまの借金のせいで貧乏暮らし。なのに、少しはお金を稼ぐ努力でもすればいいのに、何にもできない。しようとも思わない。
贅沢はしなかった、慎ましく生きてはいたけれど、結局は娘を売ることしか、できない親。
本人たちも我々姉弟が、何か違うとわかっていたんだろうな。
文句も言わず、領地に去っていった。
**********
そして2年ほどたって、姉は窮地に追い込まれていた。
どうやら夫に、商会の資金を横領されたり、愛人もいたり。
義兄さんは、楽しそうな人だなあ。
侍女にこの情報を流してやる。
そして、頃合いだ、人形を持って帰ってこいと伝える。
しかし、届いた知らせは、2人の死だった。
まさかこんなことになるとは。
葬儀後、遺品が欲しいと言ってみたが、断られてしまった。
仕方ないから泣き落としを試みようと思ったが、相手のほうが上手かった。
あいつ、嘘泣き上手いな。
あ、水魔法か。
そんなこともあろうかと、ポケットに小さな人形を忍ばせていた。
人形に手を当てて、魂を移す。
もう1人の姉が僕のもとに帰ってきた。
おかえり、ねえさん。
これからは2人でまったり暮らそうね。
「ところで、どうして私を戻してくれたの?」
「僕は元の世界のものを作ることなんて出来ないからね。頼りにしているよ」
「仕方ないわね」
メイドになった姉が、ため息をつく。
「でもね、それだけじゃなくって」
「うん?」
「元の世界の人と、話はしたいよね」
「そうね。向こうのギャグとか言っても誰もわかってくれないし」
「それかよ」
若返ったし、可愛くなったし、まあいいかって、前向きなこと言ってる。
この人は大人だな。
僕からしたら、この人のほうが、姉に思える。
レネーは、姉じゃなく。
「これからどうするの」
「そうだね、とりあえず貴族としてそれなりに生きていくよ」
でも、僕にはやりたいことがある。
「手伝うよ」
姉は大人びた顔で僕に微笑む。
バレているのかな。
頼むよ、ねえさん。
**********
「ここは....」
「目が覚めた?」
ひどく息が苦しかった。体中が熱くて、でも冷え切っている。
何か大切なことを忘れている。
覚えているのは、そう、苦しかったことだ。
お金がなくて、まともな生活ができない。
貴族としての見せかけばかり重要視して、本当に大切なものは、何も持てなかった。
毎日飢えていた。心も体も。
「そうだわ、秘術....」
思い出した、秘術でお金儲けをしようと。
そのせいで、弟は死んだ。
そうか、私も死んだんだわ。
あんな馬鹿な男に騙されて。
「なんのためにあんなに苦労したのか」
「もう、苦労しなくてもいいんだよ、姉様」
声のほうを向けば、そこには父親くらいの年齢の男がいた。
その面影に弟を思い出す。
「エドなの?」
でもあの子は確か。
「弟は君が殺したじゃないか」
そうだわ、弟の体に残した異世界人。
「どういうこと....」
「あれから秘術を改良したんだよ」
異世界人以外を召喚する。しかも特定の人物をね。
「死後1日以内の遺体にも召喚可能にしたのさ。おかげで死体フェチ男爵って通り名がついたけどね」
どうして私を召喚したの?
弟の姿をした男は、微笑んでいた。
だけど、そんな顔を私は知らない。
恍惚として、それでいて狂気をにじませた笑顔の弟なんか。
「僕と君の弟はね、本当に心から融合したんだよ。彼は貴女を憎んでいた。それと同時に愛していたんだよ。大切な姉だったんだ。だから、もう一度会いたかったんだ」
体が震える。
彼の手が私の首に触れる。
咄嗟に体を引くが、勢いよく抱きしめられた。
「ようやく、抱きしめられた。愛しているよ、レネー」
先ほどの熱さが嘘のように、寒い。
私はもう一度殺されるの?
「何やってんのよ」
ハリセンが宙を舞って、弟の頭に炸裂する。
彼よりずいぶん若い女性がハリセン片手にため息をついていた。
「私のこと、わかんないよね?ほら、あんたの中にいたやつよ」
「え、人形に入れたはずよね?」
「おあいにく〜、別の体を貰って、幸せに暮らしてますう〜」
「ねえさん、痛いよ」
「まったくもう」
何がなんだかわからない。目眩と同時に意識を失ってしまった。
後で聞いた話しだ。
私の中にいた異世界人は、新しい体を得て、その後結婚したらしい。
「え、商会の会頭と?」
「あいつ、私が10歳のメイドに生まれ変わっていたのに、気がついてくれたのよね」
会頭は、もともと私の魂が入れ替わった時点でなにかがおかしいって気がついていたらしいが。
ある日、所用でうちに来たときに、性格そっくりなメイドがいるのを見つけた途端、ぴんときたらしい。
こいつは、あいつだ!知らんけどって。
犯罪にならない年齢になると、即嫁にしたそうで。
幸せそうでなによりである。
私はというと、とりあえず、生きている。
新しい肉体は、死んだときと同じくらいか。
「どうして私を召喚したの?」
「姉弟じゃ、結婚できないだろ?」
「ま、まさか」
「僕はエドと融合しているから、この体から抜けるわけにはいかなかったし。なんとかして君に死んでもらって新しい肉体に召喚しなおせばいいかなっと思ってさ」
すごく爽やかに死んでくれてよかったって言われたんですけど。
「異世界人って変な人ばっかりなの?」
「そんなことないって」
説得力ないわー。
「異世界ヒャッハーって叫んでた奴にしておけばよかったのかしら」
「やめれ」
私は罪を犯した。
でも、もう少し、生きてもいいのだろうか。
「とりあえず、まったりしようよ。お金はあるし」
そう言いながら、彼は私に白い花を手渡した。
高価な花束じゃなく、野花数本。
「新しい体の誕生祝いだよ」
幼い頃のことがよみがえる。
誕生日にあの子がくれたのは、道に咲いている白い花だった。
それが情けなくて悔しくて、花を捨てて踏みにじった。
あの子は悲しそうに笑っていた。
「バラじゃなきゃいや?」
「ううん、そうじゃない」
花を抱きしめる。
本当はあの時、ありがとうって言いたかった。
でも矜持が許さなかった。
そうか、もう苦しまなくてもいいんだ。
嫌っていたわけじゃない。
ただ、イライラしていた。
それが私の罪だ。
今、その罪の象徴が私に微笑みかけている。
私は彼と生きていく。
いや、彼らと。
ずっと。
恋愛のカテゴリーか迷ったのですが、エドが頑張ったので恋愛にさせてください。
レネーは異世界人の知識があるので、ハリセンも知っています。
商会で販売もしていました。
読んでいただき、ありがとうございました。
これで終了です。
(当方打たれ弱いため、感想欄は閉じております)




