008 勇者
夢
これは夢だ
何時も見る前世の夢
穢土を覆せし迷宮、最深部 最奥の間。
夢の中の俺は、生涯最後の戦いを前に幾久しく感じて無かった血の滾りを覚えていた。
要塞迷宮を踏破してきた雷神の勇者一行を迎え撃つ。
背後には宝物庫の入り口があり、その奥には守るべき『大地の秘宝』が眠っている。
穢土を覆せし迷宮と言う名が示すように、かつてこの地は神々の争いにより禁呪の影響で汚染され穢れたいたが、『大地の秘宝』によって長い年月をかけてここまで浄化された。
母なる享楽の殺戮神の復活の儀に必要となるその時まで、敵対勢力からこの秘宝を守り通す事がこの要塞迷宮の役割であり、この迷宮を統べる王たる俺の使命だ。
本来大地の精霊の勢力が強いこの迷宮は、雷神の加護を受けし雷神の勇者にとって、その実力を発揮するのが困難な地勢となっている。
にも拘らず迷宮の最奥まで辿り着いたその実力は疑いようも無い。
その身に着ける武具には数多の傷が残り、ここへ至るまでの激闘の凄まじさを物語っていた。
人間の勇者、岩矮人の戦士、妖精族の祈祷師、草原小人の斥候、人間の神官、5人の勇者パーティーの内誰一人として無傷の者はおらず、既に肉体も精神も装備も蓄積したダメージと疲労で限界である事は見て取れた。
だがその瞳に宿る炎は誰一人として衰えを見せずにこちらを睥睨している。
迷宮の王という地位は生来のモノでは無い、牛頭簒奪王の二つ名が示す通り力によって奪い取った地位だ。自分には欲したモノがあった、欲した者が居た。その全てを手に入れんとしてあらゆる争いを戦い抜いた、地獄のような戦場を駆け抜け続けた。様々のモノを失い、代償として手に入れた地位は、しかし自ら望んだ結果とは程遠い奴隷のような地位だった。
使徒という神の祝福は永遠に我が身を縛る鎖となり果てた。厭世に囚われたがんじがらめの日々にあって、一介の戦士としての立ち居振る舞いに立ち返る事が許されるこの瞬間は長らく俺が求め続けていた愉悦の時間だ。
結局俺は奪い取ったモノより、奪い取る行為そのものに価値を見出す生まれついての簒奪者だった。そんな自分にただ敵を待ち受けるのみの守護者なんて役割は全く持って気無しな在り様だった訳だ。
しかし事ここに至っては目の前の敵以外のあらゆるモノは些事と化した。
恐らく俺はこの戦いで命を落とすだろう、戦力差からその結末を予測する程度の眼力はある。
だがそれがどうしたと言うのだ、俺は俺らしく最後まで簒奪者としての自分の生を全うするとしよう。
「ここまで良く辿り着いた雷神の勇者一行よ!!だが貴様らの命運もここまでだ、この先の秘宝を貴様らに渡すわけにはいかん、この先へ進みたいと言うなら見事この俺、享楽の殺戮神が使徒『供物をささげし者』にして『穢土を覆せし迷宮の王』牛頭族の戦士アルブヘン・エゴザを倒してみせよ!!」
ああ愉しみだ、間違いなくこの勇者一行は俺の生涯で最強で最後の敵であろう。
===============
AMI歴12年4月16日 阿波根家 阿波根達己
そうか・・・最後に俺を倒したのは人間だったのか。
前世の自分の生涯最後の戦いを夢に見たのは初めてだった。
まさか散々罵った人間風情に敗れていたとはお笑い草だ。
とは言え勇者一行は5人共相当の手練れであった、戦いにおいては相手の弱点から突き崩すのが常道だ。勇者と戦士の守りを搔い潜り、何度となく祈祷師と神官に肉薄したが巧みな連携と配置の妙、斥候の足止めや目くらましで時間を稼がれ結局逃して体制を整えられた。
果てしない駆け引きと消耗戦の後、ついに俺の使う自慢の戦斧が勇者の持つ神剣によって断たれ、最後は切り札の角を使った突進スキルに対して勇者の剣技でカウンターを受け恐らくそれが致命傷だったのだ。
首を振って目を覚ます。かの勇者は神の加護によって通常の人間を遥かに超える能力を持っていた。そんな人間を唯の人間風情と評するのは間違いだろう。
「でも、そうか・・・勇者が地球の人間に転生してる事だってあり得るか」
ふっ、だからって宮代伊織が勇者の生まれ変わりだなんて事がある訳は無いだろう。
と言うか近くに立っている秋月玲の気配が濃厚すぎて、やつ自身の気配、力は碌に感じる事が出来なかった。むしろ秋月玲の気配に同化してるようにすら感じた。
そんな存在感が希薄な奴が神の加護を受けた勇者である筈がない。
あんな奴が俺より強いなど、あり得るはずが無い。
だったらどうしてわざわざそんな奴を俺と戦わせようと云うのか。
「俺の実力が見たいだけなら、あのまま黒狼王と俺を戦わせた方が得策だしな」
黒狼王は噂に違わない力の持ち主であった、俺も本気では無かったが純然たる力比べで俺にあそこまで抗する事が出来たのは、15日の加護込みで考えても恐るべき身体能力だ。
もとより人狼族の能力の本分は力より敏捷性や技、武器への耐性と無尽蔵な生命力の方であろう。
幾ら考えてもわからん、俺は考える事を放棄した。
「どうせやる事は変わらん、宮代伊織を叩きのめし、次いで秋月玲を屈服させてやる」
あの美し銀髪碧眼の娘は、かつて守っていた秘宝を始めとした数々の財宝より余程俺の心を満たしてくれよう。
今はそれだけを楽しみにしておこう。
===============
夢
これは夢だ
何時も見る前世の夢
自分以外の勇者と対面したのはその時が初めてであった。
なり立て勇者の自分としは、既に実績を上げている先達勇者のご鞭撻を賜る機会を得た事は純粋に有難かった、例えそれが戦の合間の僅かな時間であったとしても。
『雷神の勇者』フィグニブ・イーザー・ガルラ―ン様は、穢土を覆せし迷宮の主を打ち倒し、長らく混沌側の陣営に奪われたままの『大地の秘宝』を、法側の陣営に取り戻す事に成功した功労者だ。
「そうだね、やはり牛頭簒奪王は強かったよ。俺一人の力ではとても敵わなかったと思う」
轡を並べて敵陣を睨みながら、当時の戦いを思い出して雷神の勇者が語ってくれた。
「結局俺が勝てたのは仲間の援護と、この『雷の神剣』の力があったからこそだよ」
「神器の力ですか」
話を聞きながら僕は腰に吊るした『風の神剣』の感触を確かめる。
「『雷の神剣』で奴の戦斧を叩き斬った所で俺は勝負は付いたと完全に油断してしまったんだ。」
「武器を失って尚、奴には攻撃手段が?」
「うん、俺だけではその瞬間に奴が発動した雷纏角突撃に不意を突かれていたハズの所を、直前に『雷の神剣』が雷精の動きを捉えてくれたお蔭で、なんとかギリギリ剣技の発動が間に合いカウンターが取れたんだ」
「なるほど、簒奪王のスキル発動の予兆を『雷の神剣』が教えて下さったんですね。」
「武器を失った簒奪王の切り札が雷の力を角に纏わせて突撃するという技だった事が俺に幸いし、九死に一生を得たんだよ。」
「もし勇者として奴と対峙したのが私でしたら、そのままその技をまともに受けてしまっていた事でしょうね」
===============
AMI歴12年4月16日 十家 十一
ふむん、牛頭簒奪王の名前に何処かで聞き覚えがあった気はしてたんだけど、そうか雷神の勇者と初めて会った時に武勇伝を聞かせて貰ってたんだ。
「うーむ牛頭簒奪王の名前を聞いた事がきっかけでこんな夢を見たのかなぁ?」
今見てたばかりの前世の夢の内容を反芻する。妙な縁もあるものだなぁ。
しかしこの情報は週末に決闘もとい立ち合いを控えた師匠に是非とも教えてあげなくては!!
「しかし神器かぁ・・・さすがに記憶と違って神器は地球には存在しないよなぁ」
『風の神剣』さえこの手にあれば、黒狼王如きに好き勝手はさせないものを!!奴は奏姉さんに近づき過ぎなのだ!!
砂金奏姉さんの前世の名はフィルレーン・イル・フィーラレルと言う、狩猟を司る月の女神を奉ずる月の森の妖精族で、氏族を束ねる祭司長の長女であり。ついでに言うと前世の俺の兄の婚約者でもあった。凄腕の精霊使いで、何度も敵対する人狼族の『黒き狂牙』氏族との戦いで活躍していた。
なんの因果か長年の宿敵である『黒き狂牙』氏族の長たる『黒狼王』と幼馴染として転生してしまうなんて・・・何という運命の皮肉、それにしたって奴はかつての敵である奏姉さんに対して慣れ慣れし過ぎだっ!!
俺と兄は風神を奉ずる風の森の妖精族であったが、邪竜に襲われた故郷の風の森は瘴気に汚染され我々の安住の地では無くなってしまった。
風神の祠を中心とした聖地の一角は妖精郷と同化する事で幽界に退避させたが、汚染された土地に再び現界化させる事も出来ず、風の森の浄化を待つしかない状態であった。
故郷を追われた我等風の森の妖精族は、朋友たる月の森の妖精族を頼る事となったのだ。
そして両一族の仲をより一層確たるものにするべく、風の森の妖精族の長の第一子であった兄は、フィーン様と婚約を結ぶ運びとなったのだ。俺は兄の婚約者になった新しい義姉に夢中になっていた・・・報われない想いである事は承知の上で尚、フィーン様に引かれる気持ちを抑える事は出来なかった。
だが、その兄は人狼族との争いの中、黒狼王の手にかかり・・・・
結果としてフィーン様と兄の婚約は解消される事になってしまったのだ。
前世での俺の名前はテュホイエステル・エル・ユルグーンと言う、風神の勇者だった。
===============
AMI歴12年4月17日 登校途中 宮代伊織
「と言う訳で師匠!阿波根との立ち合いでは奴の角を使った突進スキルに警戒して下さい!!雷の精霊が動く予兆があったら注意ですよ!!」
「いや、そんな事を言われても一くん・・・」
「人間の阿波根に角は無いわよ」
「あっ!!?そう言えば!!!!どうしましょう?角が無いです!!」
「あはははは、十っちは残念な子だねぇ」
何だろう本当に子のこの残念さは・・・
「それに雷の精霊とか日本にもいるものなの?いたとしても僕には見えないし分からないよ?」
「ああああ!?何という事だ!せっかく師匠の役に立てると思ったのに!!」
「あはははは・・・ありがとう、て言うか一君勇者だったんだね?妖精族とは聞いてたけど何よりその事にビックリなんだけど」
こんな子が勇者で大丈夫だったんだろうか・・・他人事ならぬ異世界事ながらさすがに心配になるよ。
そもそも勇者って何なんだろう?魔王と戦って世界を救うのかな??
お前が勇者なんかーい!
最後に取って付けたような主役の出番。二人のキャラクターが前世の夢を見る構成は前にもやってますね。そして唐突に出て来た『勇者』設定、そして果たして一くんの他にも勇者はいるのか?
短めなのもあって、夜にももう1話UPする予定です。
ここまで当作品をお読みいただきありがとうございます!
この作品を読んで少しでも
『楽しい』『続きが気になる』『この伏線ちゃんと回収されるの?』
などと思って頂けたのでしたら、感想やブックマークをお何卒よろしくお願い致します。
ページ下の評価システム【☆☆☆☆☆】をご活用いただければと思います。
ご評価頂けますと作者の励みになり、モチベーションの持続にも繋がりますので、
どうかよろしくお願いいたします!