009 立ち合いの前に
AMI12年4月17日 放課後 宮代流道場 砂金奏
今日は宮代流の総師範である伊織くんのお爺様に少しお伺いしたい事もあって、伊織くんや玲さん達の稽古を見学させて貰っている。
伊織くんと玲さんの錬気という気を高める訓練や、だんだんスピードを増して目で追うのが一苦労な組手を眺めていた。
私は以前からずっと考えている、ムーンインパクトとは何なのかを。
ムーンインパクト以前の世界では、太陽暦と太陰暦が分かたれていたと言う、信じられない事ね。
以前の世界では太陽と月の運行がそれぞれバラバラに行われていたと言う事で。
それは即ち正しく天界の法則が地上世界に反映されていないと言う事だ。
太陽暦のみで動く社会は、月が象徴する女性原理や感情、自然などを蔑ろにするものとなってしまったって訳ね。結果として社会全体で大規模な自然破壊が促進され、女性の社会的地位も男性と比べて低いものとされてしまっている。
太陽と月は対をなす天体なのです。
地球を子とした時に父なる太陽と母なる太陰が釣り合って初めて子たる地球の世界は安定する。
太陽暦と太陰暦が分かたれていた社会で、人々の営みは太陽暦を中心として動いていた、これでは人類社会は男性的価値観偏向となり、女性的な価値観や自然環境等を蔑ろにする歪な形での発展を遂げてしまうでしょう。
でもムーンインパクト以降暦は改められ太陰太陽歴として新たに編纂された。
月齢周期は太陽と同期し、こちらの世界も異世界側と同じ律動で動き出したという事ね。
ついでに潮汐力の増加を始めとした月の影響力による諸々の変化も、自然環境への社会意識のあり様を劇的に変えたみたい。
恐らくこれらによって、二つの世界を魔法的に同期させるという意図があったと思う。
私は幼い頃から前世の夢を繰り返し見ていて、次第に前世同様に周りの人間の幽体の判別が出来るようになって行った。
それは即ち他人の『ゼンモン』が見えると言う事です。
そして見えてしまったのだ、仲の良い幼馴染の犬上亮人くんが黒狼王の転生者だと言う事が。
私は激しく動揺し、混乱し、何をどうするのが正しいのかも分からなくなり、ありのままの感情をそのまま亮人くんにぶつけそうになり、そこでふと我に返り気付いてしまったのだ。
前世の記憶を持ったまま転生するなんて、通常ではあり得ない異常事態であると言う事に。
目の前の幼馴染は確かに黒狼王と同じ幽体を持っているが、そもそも前世の幽体が転生先の肉体に宿るなんておかしいのよね。
転生とは四重階層構造の最上位、神界に属する身体である『魂』が生まれ変わって新しい生を得る事で。
前世での人生経験による研磨がなされ一生を終えた魂は、一定の間神界で休養を取り現世で受けた様々な影響が抜け落ちた後に新たな生へと生まれ変わり前世と全く別の生を送る事で別の角度からの魂の研磨を重ねる、これが転生の根幹的なシステムね。
星霊界において転生時に星図の配置から様々な元型の影響を受けて新たな星霊体が形成され、星霊体から流出する幽子に様々な地域霊や祖霊、民族霊、直近の家系や両親の幽子の影響を受けて新たな幽体が形成され、幽体から現界へ流れ出た幽子が両親の鋳型たる情報体であるDNAと結びついて新しく形作られるのが肉体となる。
魂を失った死後一定の期間を経て肉体が腐敗、分解してやがて塵に帰すように。記憶や感情を司る幽体も又魂の分離後に時間と共に幽子へと分解され幽界を構成する要素へと還元されていくのが四重階層構造を統べる世界基盤魔法という名の法則による定めね。
よって魂の新たな転生先に、前世の記憶、幽体が宿るなんて事は通常あり得ないわけで。
永久不滅たる神界に属する魂以外の三階層に属する身体、星霊体・幽体・肉体は、転生時にまっさらな状態から新しく作り上げられるというのがこの世界を統べる法則、世界の基盤魔法だ。
そうである以上、この原則に逆らう形で転生を成した私達は、何者かが世界基盤魔法を覆す大魔法を成した結果として、この地球上に転生したのだとしか考えられないのね。
恐らくムーンインパクトはその大魔法の一部なのでしょう。
幽体が死後も残り、記憶の一部が保持される事もあるにはあるけれども。
それは記憶や感情を司る幽体が、一定以上の妄執や想いに捕らわれた状態で死を迎えた場合、その強い感情を核として、魂の分離後に分解する事なく現界にとどまり続ける事により、幽霊化するような場合の話ね。
私たちは幽霊では無い、この世界に産まれ出でた時に新たに幽体も得ていて、その上に重なるように前世の幽体が存在している状態で。両者は徐々に同一化を果たし、前世の記憶が今生での幽体に刻まれているのだ。
私たちの前世の幽体は、大魔法によってアンゴルモアと共に月に植え付けられたのだと思う。
魂が揃って地球へと生まれ落ちた事も同様に大魔法によるものでしょう。
大勢の魂の転生先の世界を限定し、そこへアンゴルモアに乗せた幽体を運ぶ。
いや、飛ばした先に転生するようにしていたのか?下手をしたら魂は神界を経由せずに転生しているのかも知れない。
一体誰が何のためにこのような大規模な魔法を成したというのだろうか?
大魔法を成したであろう正体不明の存在に、私達はどんな役割を期待されているというのでしょう?
「奏ちゃんが僕たちの稽古を見学をしたがるなんて久しぶりだねぇ」
「ええちょっと思う所がありまして」
伊織くんと玲さんを見て考える。
二人の持つ魔力濃度はこの地球において突出して高いものになっている。
地球に満ちている魔力濃度は、異世界のそれと比べると極端に薄い。
ここで言う魔力とは幽界から現世に流出した幽子の内、特に魔術的変換に適した振動密度をもった調波帯のものを指して言うのね。
魔力は他の幽子と同様に主に現界と幽界の接点たる竜脈源から物質界へ流出し、竜脈に沿って世界中を循環している。
竜脈源は所謂聖地と呼ばれる土地や、霊峰や樹齢千年以上を重ねた大樹などがなる場合が多い。自然発生的に出来る場合も、人の想いが寄せられ続けた結果として幽界に通じる場合もある。実家である砂金神社にも竜脈源は存在するし、ここ宮代流道場の裏ににある社も又小規模ながらも立派な竜脈源です。
尤も異世界の竜脈源の数と比較して、地球に点在する竜脈源は質量共に圧倒的に規模が小さい。
個人の幽体からも魔力はあふれ出ているが、個人から流出する魔力量など竜脈源から流出する魔力量と比べたらたかが知れているわ。最もそれも幽体の格次第で大分話は変わってくるが。
魔力には浸透性があり、常に密度が濃い場所から薄い場所へ流出する性質があり、世界全体の魔力量が少ない地球では、個人が保つ魔力も常に外へと流出を続ける為、一定以上の濃度を保つことが出来なくなっている。その為地球で異世界側の能力を使用しようとしても、一定以上魔力が必要となる上級の魔術やスキルは一切使用出来なくなっています。
せいぜい自分の体内や個人結界内で、身体能力を向上させるスキルやごく初歩的な魔術が使用可能な位です。
そして、宮代流で操る『気』は私達が言う所の魔力を多く含んでいるように思えます。
私の『精霊眼』は他人の幽体が見える、また付随する魔力量もおおよそ判別出来るのだけれど。
地球上の一般的な土地の魔力量は、異世界の一般的な土地の魔力量と比べるとせいぜい5%といった感じだと思う。判別出来ると言ってももちろん当て推量なので、正確な数字かと問われても困りますが。
そして、地球上で人間が体内で保持出来る魔力濃度は頑張って魔力を賦活化している状態で8%程度、10%行けば相当魔力の扱いに長けているといった感じで。
地球上では魔力濃度が濃い竜脈源のある土地でも15%がせいぜいな状態で、竜脈源の近くで魔力の扱いに長けている人が魔力を取り込められれば何とか12%程度行けるかどうかなのよね。
それだけ地球上では魔力を保持し続けるという事が困難なわけなんだけど。
この二人は通常の状態の魔力濃度で15%程度あり、二人で気を交換しながら練り上げると30%を超えた魔力を保持出来ているように見えるのだ。
はっきり言って地球側でこの数値は異常だよね。
その原因は二つあると思う。
まず恐らく高位モンスターの『ゼンモン』持ちの玲さんは幽体が私達と比べて規格外の強大さで、幽体から流出する幽子及び魔力量が桁違いに多い事。
そして伊織くんは幽体のコントロールが恐ろしく緻密で、そのうえ宮代流で言う所の『柔の気』の扱いに長けており、この『柔の気』が浸透性の高い魔力を自身に繋ぎ留める能力が高いみたい。
そんな二人の気を交換しながら練り上げる事によって何が起こるかと言うと、豊富な玲さんの幽子を網目状に伊織くんの幽子が編み上げたような状態になり、高密度の魔力が流出し難い状態で保たれているという結果になっているのだ。
玲さんは自身の身体能力を持て余している節がある。感情や身体能力のコントロールが自身の幽体だけでは困難な状態になっているのだと思う、要するに溢れる魔力がコントロール出来ずに暴走気味なのだ。無自覚に行ってしまう周辺への感情伝播もその一端でしょう。
そこを伊織くんの幽体と練り合せた状態にする事で、幽体のコントロール性及び魔力のコントロール性が格段に向上しているのだと思う。伊織くんの傍に要ると、玲さんは自分をコントロール出来るようになるという事だ。
玲さんが伊織くんの傍を離れたがらない理由の一つとして、今の仮設があるんじゃないかなーと私は思っている。
まぁカワイイが一番の理由だろうけど。
しかし、普通他人の幽体をここまで混ざり合わせる事が出来ると言うのも異常なのだ。
相性の問題?にしたって、玲さんは恐らく高位のモンスターなのだ、人である伊織くんの幽体と高位モンスターである玲さんの幽体が問題無く混ざり合ってるという事態は不可解以外の何物でもない。
人間同士や、種族が同じ、又は近しい種族同士と言うならまだ理解出来る。
なんで普通にしか見えない人間の幽体と、高位モンスターの幽体が問題無く重ね合わせられるの??
この二人の組み合わせは本当に色々な謎に満ちている。
見てる分には長身美女と可愛い系少年のオネショタ風で尊いだけなのに・・・
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AMI歴12年4月17日 登校途中 宮代伊織
なんか時々奏ちゃんが僕と玲ちゃんを見る目が妖しい感じに恍惚としてる事があるんだよね。
それはさておき。
先日祖父に阿波根さんとの立ち合いの話をすると、何の反対もされずにあっさり承諾された。
正直色々言われたり注文が付けられたりするのかと身構えていたので、拍子抜けする程だった。
驚愕の勇者発言のインパクトが強すぎた一くんからの助言(?)は、気持ちは有難かったけどそれが役立てるかどうかは何とも言えない所だったねぇ、雷の精霊を感じろとか言われても正直困る。
亮人くんから聞いたのは。
「先日の力比べ俺はほぼ全力に近かったが、業腹な事だが奴からはまだまだ余裕が感じられた。15日の加護で俺の身体能力の強化はピークだったにも関わらず、純粋な力勝負ではやっぱり奴に分があったからな、さすが名にし負う牛頭簒奪王と言った所だぜ。いや勿論実戦となれば力以外じゃ奴には負けねえけどな!・・・・まぁそれでもどっちみち秋月姉とは比較にならねーんだがな」
との事で、まぁ大柄な体躯もあって全身の筋量も凄そうだったし、元々力比べをする気なんて無いけど。
満月の亮人くんより力が上とか、まともに攻撃を受けたらそれだけで吹き飛ばされる事請け合いだろうなぁ。
まぁ毎日自分より遥かに力が上の相手と組手をしてる身としては今更殊更に身構えるような事も無いんだけどね。
ただいかんせんリーチの違いは玲ちゃんを相手する時より大きくなる訳で、いかに懐に入り込めるかどうかって問題があるのと。
普通空手の組手と言えば寸止めで、今度の立ち合いも寸止めルールで行うという前提で申し込まれ、相手方の承諾を得た分けだけど。
あの相手が大人しく寸止めルールで終わらせる気が無い事は火を見るよりも明らかだという問題がある。
「全身筋肉ダルマな感じだったからなぁ、寸止めルールでなら一本取る事は出来るだろうけど、有効打だと認めなさそうかなー」
まぁ客観的に見て、チビで非力そうに見える僕があの巨体相手に打撃を加えても蚊の食う程になんとやらだよねぇ。
正直僕としても寸止めルールに拘る気は無いので、ガチンコがしたいと言うなら付き合う所存である。
とは言え生半可な打撃を入れても果たしてダメージとして通るのかと言うと、殴ったこっちの方が手を痛めてしまいそうですらある。
だからと言って手が無い訳では無い、正面から殴り掛かるばかりが能では無いのである。要はいかに隙を作ってそこを突けるかどうかという問題なんですよ。
近くで感じた阿波根さんの気は『剛の気』の鍛錬具合はそれなりに出来てるように感じた半面『柔の気』の扱いは不得意そうに見えた。
宮代流では『柔』『剛』二種類の気は両輪としてお互いを補い合う関係で、平等に鍛錬する事をよしとします。
『柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ』を兵法の基調としているのです。
『剛の気』の特徴としては、自らの身体に作用する内功に使うと単純な筋力強化や、筋力を鋼の如く強化する事での防御力強化が出来て。自らの身体の外側へ作用させる外功として攻撃に乗せると、物理的な打撃力、破壊力を増強する事が出来。練り上げた『剛の気』を扱えるようになれば、木の板や瓦を紙屑の如く打ち破る事も可能になります。
一方の『柔の気』の特徴としては、内功として使うと回復力や持久力の増強、防御面では柔の気を全身に纏う事により、相手の攻撃に対する探知能力と真綿で打撃を受け止めるような防御力が向上し、相手の殺気や攻撃の意志を皮膚レベルで察知出来るようになります。また外功としては『剛の気』と違うアプローチで攻撃に使う事も可能で・・・ん?
気付いたら奏ちゃんが祖父に何やら話しかけているぞ、なんの話してるのかな?。
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AMI12年4月17日 宮代流道場 砂金奏
「以前にもお伺いしたのですが、ムーンインパクト以降『気』の力が増しているのでは無いかという話なんですが」
「あぁそんな話をしたね、そうだね実感としてはムーンインパクト以降年々『気』の力は増していると思うよ」
「未だに増加し続けているという事ですか?」
「うん、一年一年で実感出来る程増えてる訳では無いけど、十年前と今を比較したら確実に増しているのは実感出来るよ」
それが事実ならムーンインパクト以降、現界における幽子の濃度は増し続けている・・・
幽界とは地水風火の水の世界であり、月に属する階層である。
ムーンインパクトと月に対する全人類的な信仰心の増加は色々な本でも言及されている。
それもあって月の影響力が増大しているのは確かだけど、この変化はそれだけに留まらないかな?
これも大魔法の一環で、地球を魔力で満たして何かを起こそうとしているのかしら。
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AMI12年4月17日 宮代流道場 宮代伊織
「ねぇねぇ玲ちゃん」
「なに?」
「奏ちゃん来たけどさ、例の追跡者の気配はどう?」ひそひそ
「道場の外にいる」ひそひそ
「さすがにうちの道場には入って来れないか」
奏ちゃんに聞かれないよう、声を潜めて玲ちゃんと話す。
「やっぱり奏ちゃんが目当てっぽいのかな?」
「確証は無いけど、そうだと思う」
ここしばらく何者かが僕たちの事を、特に奏ちゃんの事を見張っているようなんだよねぇ・・
何処の誰なんだか・・・どうにかした方がいいのかな、立ち合いだけで忙しいのに余計なちょっかいは止めて欲しいんだけどねぇ。
「奏ちゃんの事なら亮人くんに知らせておいた方がいいよね?」
「犬神くんならもう気付いてる、彼は鼻がいいから」
「あっそうなんだ、ならまぁひとまずは安心かな?」
亮人くんが警戒しているなら、余程の相手でなければ奏ちゃんに害をなす事は出来ないだろう。
うーん、一くんは腹芸が出来ない子だから悪いけど黙っておこうかな。
転生とはなんぞや、といった辺りの世界観の話です。
やってしまいました本格的設定説明会、長い、長すぎる、どうしてこうなった。
もっと短く纏めろ?すいません、すいません、俺の力量ではこれが限界でした。
世界観の説明を長々しないでシンプルにサクサク進める話が書けたら良かったんですが、
拳児やらキマイラ・吼やら雷の娘シェクティやらソルジャークイーンやら聖刻ワースブレイドTRPGやら諸々の諸先生方の偉大な過去作品から多大な影響を受けております。
犬神亮人なんて名前は思いっきりウルフガイオマージュですしね。
ここまで当作品をお読みいただきありがとうございます!
この作品を読んで少しでも
『楽しい』『続きが気になる』『この伏線ちゃんと回収されるの?』
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