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第五十話 最終決戦1

 ジークたちがマーネ地方を完全制圧した一日後、そのことはアルベールとラース王の耳にも入ってきていた。


「宰相アルベール。マーネが制圧されたと聞く。どうするか」


 不在の宰相の枠にはアルベールが就任した。アルベールは戦闘のプロではあるが、その他のことはからっきしだ。だが、ラース王は何も考えずに一番近くにいたアルベールを指名する。

 アルベールも断れるはずがなく、名ばかりの宰相の位についている。


「そのことに関して、いい作戦があります。民衆を徴兵しましょう。そして、最前線に投入し、相手が疲弊したところを我々が叩く。そうすれば確実に勝てる」


 アルベールは当然のように徴兵という言葉を使ったが、他の新規担当官たちはため息をつきすぐさま否定した。


「宰相殿。徴兵なんて無理でしょう。出来ればよかったのですが、あいにく敵の総大将はジークです。さらには聖女様もいる。他の地域より少しいい暮らしをしている、クリスタの民衆とは言え味方はしないと思われます」


 新たな内政担当官がそういうと、


「絶対に、か?」


 ラース王は威厳のある声でそういう。


「絶対、でしょう。多少は金欲しさに戦地に赴く馬鹿はいるでしょうが」


 その言葉にラース王はわかっていたと言いたげな表情で、


「うむ、余もそう考えていた」


 ラース王がそういうと、軍事担当官は口をひらく。


「無理やり行かせればいい。捨て駒。都会暮らしのやつらがどうせ逃げ出しても暮らしていけやせん」

「いや、ダメだ。士気の落ちた兵はクリスタル団に降伏する」

「では、宰相殿。どうするというのだね」


 軍事担当官の老人は否定されたことに腹を立てたようだ。鋭い目つきでアルベールを睨んでいる。


 アルベールは自分に向けられている敵意を無視しなかった。

 アルベールは嘆息すると、


「名門貴族の出だというのにそんなこともわからないのか?」

「黙れ小童が!! 何の能力者もない家の出のお前に宰相など務まらん」


 アルベールは若くはない。だが、軍事担当官と比べれば十分に若い。

 能力がないことと、実際の年齢の意味で2重に否定している。


 そんな口喧嘩が始まっているというのにラース王は呑気だ。

 何も言わずに黙って見守っている。


 ヒートアップする中、ついに老兵は杖を抜く。


「ここでどちらが上かわからせてやるわ!」

「それより、策を両者だせ」


 老兵の怒鳴り声でようやく重い腰を上げた。


「すみません、王よ。では、わしから。わしの案は防衛戦に徹するべきじゃ。そうすれば、兵糧もすくないクリスタル団は壊滅する」


 老兵の作戦は極めて普通だった。誰もが一度は考えた作戦に、「ふむ」というような声が会議場に響く。


「では、次はアルベール。おまえのばんだ」


 ラース王の言葉にアルベールは立ち上がる。


「徴兵が無理な現状、考えられる防衛手段はクルザ騎士の家族を徴兵することと各地方の生き残り貴族のみ」


 抑揚がない声は会議場にいるすべての高級貴族たちを震撼させた。


「正気か! 家族が消えれば家は未来永劫なくなるのだぞ! この意味がわかっているのか!」

「だが、その他にいい方法でも? 防衛に徹するのは賛成だが、兵糧がないというのは間違いだ」

「どういうことだ? リース国は西部に軍を派遣しているだろう。あるいは、その予定のはずだ。そういう理由で、リースを通して食料は提供されるだろう」

「そんな馬鹿なっ! 弱小国リースが奇襲だと!あり得ぬわ!」


 そんな老兵の声にアルベールは首を横に振る。


「リースと帝国は今や蜜月関係。攻め込んできてもおかしくはない。この間にも、皇帝リリーザがリース王アリアが会談していないと誰が言い切れよう」


 アルベールの言葉にラース王を除くすべての高級貴族たちは沈黙した。

 その沈黙は数秒続き、ある高級貴族はアルベールに尋ねる。


「つまりは、西部からの援軍は絶望的だと?」

「その通り。四方八方囲まれてる今、家を犠牲にする覚悟が必要だ。それにこの案は別な意味でも魅力的だ。女、子供まで戦地に赴かせる貴族を民衆はどう思うだろうか、助けになってくれる」


 アルベールの言葉に再び沈黙が訪れる。だが、1回目と違うのはこの沈黙が同意の沈黙であることだ。


 みな、仕方がないというような表情をしている。

 それを見てアルベールは続ける。


「斥候によれば帝国兵は2万。北部、南部、東部のクリスタル団は15万。そして南部の蛮族が10万。対して我がクリスタに駐留している騎士は3000。女、子供も合わせれば15000はいくだろう」

「一人18人か!」

「余裕で勝てるぞ! それに、女、子供がたくさん死ぬことはないだろう」


 喜びの声にアルベールも頷く。


「これで我々の体制が崩れることはない」


 みな喜ぶ中、ラース王ただ一人が意味が分からず腕組をしていた。



 ★★★



 王都クリスタ。

 中央に巨大なクリスタルが生え、王都の至る所に他の地方では見られない大きなクリスタルがいくつも生えている、選ばれし土地。



 王都クリスタで戦がなかったというのに、巨大な街を囲むのは石の壁。城壁の上や城壁を囲むように魔法照明があり、その使用量は他の地方を全て合わせても足りないだろう。


 昼でも色鮮やかな照明が光、夜には数百キロ先からでも一目でクリスタだとわかる外観はまさに選ばれし街。


 そんなこの街も今日は様子が違う。


 城壁の上には魔法騎士団が待機していて、その中には女や十代の学生の姿も多数見られる。


 そんな城壁の数キロ先にはクリスタル団と帝国兵、蛮族が仲良く町を包囲していた。


 27万の大軍。その中にジークたちの姿もあった。


「師よ、ご無事で」

「よく気づいてくれた。ナナがいなかったら、クルザ奪還は厳しくなっていただろう」


 ジークとナナは再会を嬉しく思いつつも、距離感は遠い。これが二人の関係性なのだ。


「ナナちゃん。ありがとうね」


 そういうのはリスティア。リスティアは逆にナナに抱き着いて、頭を撫でている。

 ナナは戸惑いつつも、受け入れている。

 抵抗せずになすが儘になっていると、ヨセフは口をひらいた。


「城壁の上の数...... ざっと見ても1万はいます。そろそろ作戦を教えてください」


 クリスタに到着してから3日が経とうとしてるのに、ジークは大きな音を出すように小競り合いするだけでいい。

 それだけを言うジークにしびれを切らしたヨセフはイライラした表情でそういうと、ジークは口をひらく。


「もうそろそろだ。もうそろそろ起こってもいいはずだ」

「どういうことですかー?」


 というのはアーシャ。


 アーシャだけではないリスティアもアロイスもナナも、全員が怪訝な表情でジークを見えている。


 だからジークはようやく作戦をいう事を決めたようだ。


(本当は成功したときに言いたかったのだが)


「『マーネはクリスタル団によって解放された。次なる目標は王都クリスタ。同志よ、立ち上がれ』」


 ぼそっと呟くジークの言葉の意味が分かったのか、ヨセフとリスティアはハッとした表情で、


「「同志は王都クリスタの民衆!」」

「そういう事だ」

「さすがですね、ジーク大元帥は」


 ヨセフがそういうと、アーシャは駄々っ子のように、


「わかりませんってー! 頭のいいひとならわかるんでしょうけど! 私にもわかるように説明してください!」


 アーシャはジークの袖を引っ張るので、ジークはため息をつきながら答える。


「さっきの言葉はナナに伝えるためというのもあったが、もう一つ狙いがある。クリスタの住人がそれを聞いて反乱を起こすことだ。見て聞いてきた伝播者がクルザ中にそれらを伝える。そうすれば、クリスタの民衆の耳にも必ず届く」

「な、なるほど!!!」


 アーシャやアロイスはもやもやが晴れたようで、すっきりとした表情をしている。

 だがアーシャは疑問を抱いたようで、


「でもー確証はなくないですか?」

「いいや、ある。ライアの時と同じだよ、アーシャ。最初は弱っているクルザ騎士に対して立ち向かう者などいないだろう。だが、俺たちがいることが伝わればどうだ? 人数が人数だ。リーダーシップがある人間なんて腐るほどいるだろう。事態はライアの時より簡単なはずだった」

「だった?」

「ああ、相手にも策士がいる様だ。まさか自分たちの子まで、徴兵するとは」


 ジークは自らの策がうまくいかない現状に焦っていた。

 敵兵は10000以上。対してこちらは27万。普通に戦えば勝ち目がない。


 それを見たリスティアは慰めるようにジークに声をかける。


「でも、それは最初だけだと思うわ。最初は感情が優先されて魔法騎士部隊に感化されると思うけど、ほら、人間だもの。数日もすれば冷静になると思う。だから、もう少しだけ待ちましょ?」


 微笑むリスティアにジークは癒された。


「ああ、そうだな」そう言おうとした時だ。


 ジークたちが待ち望んでいたことが起こった。


 突然、爆発音が聞こえてきたかと思うとクリスタの内部からは複数の煙が出ていた。


 大勢の民衆は一致団結して反旗を翻したのだ。




 ★★★


 城壁の上に陣取っていたアルベールはその激しい爆発音を聞き、思わず耳を塞いだ。

 後ろを見れば煙で町の様子が見えない。


 アルベールは自らの計画に支障が出たことをすぐに悟った。


(なぜだ! なぜなのだ!! 私の作戦は完璧だったはずだ!)


 クリスタで噂になっていたことなど貴族は知る由がない。それがアルベールの誤算だった。貴族であるアルベールは民衆のことなど、生まれてから考えたことがなかったのだ。

 アルベールは額から汗を流しながら立ち上がると、大声を上げる。


「状況報告をせよ!!」


 その声に反応した魔法騎士は一人もいない。クリスタの民衆を見張る騎士などいなかったからだ。


「くそが!!」


 アルベールは唾を吐く。


「お前たち、私についてこい」


 アルベールは立ち尽くしていた魔法騎士を引き連れ城壁を降りる。


「私の作戦は完璧だったはずだ! そうだろう?」

「は、はい! アルベール様は完璧です」


 アルベールの額は血管が浮き出ていて、目は鋭く、歯を噛みしめている。あまりの恐ろしさに護衛の騎士はそういうしかなかった。


 だというのに、アルベールの表情は変わらない。


 アルベールは杖を持ち、鬱憤を晴らすように魔法を民家や店に当てている。

 壊れた家や店の中に住人がいたこともあった。だが、アルベールは止まらない。


 煙で見えない中、魔法ですべてを破壊しつくしている。


 石畳の道だけが残る中、ようやく煙が晴れ、アルベールは事態が深刻だということを察した。


 アルベールが向かったのは王都にある広場。

 そこにはクリスタの住民全員が集まっていると錯覚するほどに溢れかえっていて、アルベール一同は息をのむ。


 殺意が明確に感じられる瞳にアルベールも後ずさりしたいほどだった。


 だが、アルベールはそうしなかった。

 アルベールは杖を取り出す。


「私は! 戦では負けたことがない! なぜだ! なぜ、貴様らは私の邪魔をする!」


 杖を振ったときにはもう遅かった。アルベールの放った巨大な火の玉は民衆を飲み込もうと上から飛来する。

 だが、ここはマーネではなくクリスタ。


 数十万の民衆はアルベールの魔法を打ち消すべく、魔法を詠唱していた。

 その光景は光り輝く恒星に小さな隕石が引き寄せられている様だ。


「俺たちをなめるんじゃねえぞ!」


 そんな声が重なり、城壁の外にも聞こえるほど大きい。


 アルベールは危険を察して、次なる魔法を繰り出すが、多勢に無勢。


 打ち消され、さらにマーネの見習い騎士ほどの魔法がアルベールめがけて飛んでくる。


 色鮮やかな花火。

 そんな表現が似つかわしいだろう。


 それらを避ける術がない魔法騎士部隊はつぎつぎとやられていく。


 アルベールはそんな騎士たちを盾にして、信号魔法を放った。

 ジークが以前出したものだ。


 閃光は空高く上り、花の形をしている。


 アルベールは内部を鎮圧するために、援軍を要請したのだ。


 アルベールは焦っていた。


「なぜこうなった! なぜやつらは従わない! なぜ奴らは行動に移した!」


 アルベールは味方の騎士を盾にして、城壁の方へと走る。


 今となっては戦力は五分。いや、分が悪い。


 長引けばクリスタを制圧される。全てが終わる。名誉も金も、地位も。


 アルベールはまるで雷にうたれたようだった。


(絶望的だ......)


 アルベールはよろよろと城壁の上まで上る。


 アルベールの帰還に高級騎士たちは颯爽とアルベールに駆け寄ると、アルベールの様子などお構いなく口をひらいた。


「宰相殿。敵が動きました。全方位から進軍を開始。我々は城内と城外とで挟み撃ち状態。戦闘の継続は困難。降伏しましょう」


 その言葉はアルベールの一番触れてはいけないところに突き刺さる。

 アルベールは、高級騎士の胸倉を掴む。


「ふざけるなっ! 降伏などしない! できるわけがない! なぜこうなった! 我々が民衆に何をしたというのだ! 我々は神のような存在のはず」

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