第四十八話 波紋が広がるように
それから俺たちはマーネの田舎町を訪れては、町から貴族たちを排除して回った。
もう50は越えた頃だ。アーシャから魔法手紙が届いた。
アーシャからの魔法手紙によると、アーシャが予想よりもよく働いてくれているとわかった。
クリスタル団の長となったアーシャは貴族がいなくなった町の実質的な支配者だ。
そんなアーシャは俺の発言内容を実行するだけじゃなく、俺が命令していない町を貴族から救ったりしていた。
そんなかいもあってか、まだ2週間にも満たないというのにマーネはもうすでに6割ほどが貴族不在な状況で、さらにクリスタル団の影響力は北部のマーネ以外にも及んでいた。
蛮族と戦闘状態の南部、東部は西部と違い食料危機だったから、反乱が勃発していたがそれを鎮圧しようとクルザ魔法騎士部隊が動いていたはずだが、戦況はいいみたいだ。
何者かの導きにより、南部、東部の反乱軍は蛮族を迎え入れてクルザ魔法騎士部隊を翻弄していると手紙には書かれていた。
そしておそらくその指導者はナナだろう。そう思いたい。
ナナは何らかの方法で北部での出来事を俺たちだと感ずいて、行動を起こしてくれたのだろう。
その結果、南部と東部のクルザ魔法騎士部隊は壊滅寸前で王都まで撤退したらしい。
素晴らしい成果だ。さすがは俺の後継者だ。暗殺力なら俺を凌駕しているからな。
助かったぜ、ナナ。
俺は心の中でそう呟いて、アーシャからの魔法手紙を丸めてポケットの中にしまう。
ついにこの時が来たんだ。俺たちは勝ったも同然だった。
クルザ王朝が気づくより前に、俺たちはやってのけた。それも予想を遥かに超える速さと成果。
全身がぶるっと震える。
それを見たのかティアの声が聞こえてきた。
「ジーク大丈夫? なにが書いてあったの?」
「ついに倒す時が来たんだ。悪しきあいつらを!」
俺は興奮が収まらずに大きな声で言っていた。
「すまん。ちょっと興奮していた」
するとティアは笑い出した。
「いいことだわ! ジークが感情を出す何てこと滅多にないんだもん。私は嬉しいな」
「ティアには出しているつもりなんだが?」
「へー」
ティアはジトっとした目で俺を見てくる。
そんな瞳が恐ろしく何か言いたげで、俺は目をそらした。
「出してるつもり?」
「気のせいだったのかもな......」
「わかればよろしい」
ティアは満足そうに金髪を揺らしながらモココをワシャワシャと触っていた。
本当は分かっている。俺だって超鈍感やろうじゃない。
俺はティアのことが確かに好きだ。
それはこの旅を通じてより理解できた。そしてティアだって.....多分......
だからそろそろケジメをつけるべきだ。この戦いが終わるように、いつかは関係すらも終わってしまう。その前に、伸ばし続けていた関係に決着をつけなければいけない。
この戦いが終わったら、告白する。
俺とクルザ貴族との闘いから、民衆とクルザ貴族との闘いに変化して、全てが終わって平和になったときに。
俺はモココに抱き着いているティアを見ながらそう思った。
黒いフードを深く被っているティアの顔はよく見えないが、口元は優しく微笑んでいて、線が細い指は今にも俺そうだ。
俺は守らなけばならない。
だが、その前にやることはまだ残っている。
これが最後の戦いだ。
クルザ中央にある王都クリスタに侵攻して、ラースを捕える。
俺は杖を取り出して、残り少ない魔力を消費する。
杖の先からは閃光が空高くまで舞い上がり、先端はさらに昇。
雲と青の境界まで近づいたとき、閃光は光の花となった。
その瞬間、すさまじい爆音が聞こえてくる。
ヨセフたちへの合図だ。
この音と光の花を見たヨセフたちはグレートウォールからマーネに侵攻し、やがて俺たちと合流するだろう。
頼んだぞ。
さて...... そろそろ頃合いだろう。
この閃光を打ち上げた今、敵は俺たちの存在を確信しているはずだ。
もう俺たちは仮面生活をする必要はなくなった。
俺たちもアーシャに合流するときが来たんだ。
俺はティアに合図すると、モココをクリスタル団の本拠地であるライアまで走らせた。
ライアに着くと、ライアは2週間前の暗い街とはおさらばしていた。
明るく輝く魔法照明や、活気のある通り。
なにより、2週間前より人の量と新築の色鮮やかな建物が目立つ。
もうここはクルザじゃなく、新しい国なんだ。そんな感想が沸く。
俺たちはそんな活気のあるメインストリートをモココに乗って歩いていると、俺たちの存在に気づいたか町人たちは俺たちを囲んでいた。
「聖女様だ! この白い服は間違いなく聖女様だ!」
「ということは、隣にいるのは......」
「ジーク様!」
道が町人たちで埋め尽くされ俺たちは苦笑いをしながら、町人たちのこたえる。
「ああ、俺はジークで、隣にいるのはリスティア。聖女だ」
「皆さん、クリスタルの加護があらんことを」
ティアは外向けの顔でお辞儀をしている。俺はそれに吹き出しそうになりつつも、
「もう察してくれているとは思うが、クリスタル団を助けるために来た」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
まるで闘技場か劇場か。そんな感じの歓声に俺は身震いした。
重厚感のある声が響く中、俺は手を挙げる。
すると、声は止む。
「みんなも知っている通り、クルザ貴族は俺たちの敵だ。最初は小さかったクリスタル団も、皆の力で反乱できるほどの規模になった。残すところは地方都市とその残党。さらには王都クリスタ。俺たち北部、南部、東部クリスタル団は王都を包囲するように侵攻し、最後はラース王を倒す。
だが、聞いてほしい。そのためには俺たちだけでは未だに非力だ。そこで帝国と協力関係を得た。帝国の皇帝リリーザは皆のことを心配して、軍を出してくれた」
さて、このことだけが気がかりだった。印象操作されている民衆は帝国のことをよく思っていない。拒否される可能性は高い。
そうなったらヨセフ達を待つほかないのだが......
俺は祈るように町人たちを見た。町人たちはやはり不安そうな表情をしている。
やはりだめか。そう思った時だ。
「私は賛成ですよー。国を救ったジーク様に、国の魂だった聖女様。そんなえらーい人たちが言うんだから、間違いなしですよー」
「アーシャさん!」
あくまで外向けの表情は崩していないティアはそういうが、体は正直なようで背伸びした感じだ。
だけど俺もそうなのかもしれない。
アーシャは長かった髪を切ったのか、ショートヘア―になっていて、2週間前にあったときのようなあどけなさももうない。
立派な団長だった。
「アーシャ。よくやった」
俺は近づいてくるアーシャにそう言うと、アーシャは嬉しそうに笑う。
性格は変わっていないようだ。
「えへへー。私、頑張ったんですから! もっと褒めてくれても...... げふんげふん。そうだった立場が......」
咳払いしたアーシャは団員を見渡すと、
「とにかく、私は賛成です。だって私たちを陰で支えてくれていたのはジーク様たちですから!」
「ちょ、おまえ!!」
俺はアーシャを引き寄せるが遅かった。
そんな声が聞こえてくるが、どうでもいい。
団員はアーシャに歩み寄っていた。
クリスタル団の長はアーシャだ。ただの修道女であるアーシャが先頭に立って指揮していたから、この団は成り立っていた。
俺たちが好意的に受け止められていたとしても、自分たちでやり遂げたという意義を失わせるような発言はしてはいけない。
そう説明したというのにアーシャのやつは......
俺はゆっくりと近づいてくる町人たちから庇うようにアーシャをティアとの間に挟む。
「ちょっ!」
「今のは誤解だ! 俺たちは助力しただけだ。その結果がクリスタル団」
「何を言ってるんですか、ジーク様」
「そうです。私たちはとっくに気づいてましたよ。アーシャ一人じゃできることじゃなかったことくらい。ジーク様、貴方は本当に私たちの英雄です」
予想外の言葉に俺はつい思考停止してしまっていた。
その間にも町人たちは俺たちに近づいてきていて、
「さあ、ジーク様。最後の戦いを勝利へと導いてくれませんか?」
先頭に立っていたリーダーらしき町人は俺に深く礼をしていた。
横ではティアが微笑んでいて、アーシャも何かわかっているように自慢げに笑っている。
俺だけがわからないこの状況を、ティアは俺にわかるように説明し始めた。
「ジークが民衆のことを気にかけているように、民衆もジークのことを尊敬しているのよ。だからそんなことでは、団は崩壊しない」
「そうですよー。だから、最後くらいはかっこつけてもいいですよ!! さあ、ジーク様! 戦いの鼓舞を!」
ティアは優しく微笑み、アーシャは晴れ晴れしく笑う。町人たちも何かを期待しているかのような視線を俺に向けてくる。
「だから、俺は陰で暗躍している方がすきだっていうのに」
ぼそっと呟くと、ティアとアーシャはニコッとする。
俺はそれを見て大きく口に空気を入れると、
「おそらくこれが最後の戦いになる。分け目の戦いになるだろう。だが、安心してほしい。俺が、俺たちがきっと貴族達の圧政から解放する。だからみんなも力を貸してくれ」
すると、この通りだけでなくライアの町全体から「おおおお!!」という重厚感のある声が聞こえてきた。
さあ、解放の時だ。