BLUE
そのカードは、本棚から抜き取った古い辞書に挟んであった。
◇◇◇
幼い頃の僕にとって、レッド・アンダーソンは恐怖の対象だった。
大きな身体に、幼児らしからぬ鋭い眼光。
僕だけではなく、ほとんどの園児は彼を恐れていたと思う。
目をつけられたのは、たぶん目立っていたから。
田舎の小さなまちの幼稚園には、僕のような外見の子どもは、
他にひとりもいなかったんだ。
小学校にあがる頃になると、レッドは僕に興味がなくなった様子だった。
でも、あの鋭い目で時々睨まれているような気もした。
あの頃の僕は自意識過剰で、彼と目が合うとすぐに逃げ出していた。
中学校ではクラスが分かれ、高校ではコースも分かれて、
レッドとの接点はほとんどなくなった。
身体が大きくておとなっぽいレッドは目立っていたから、
一方的に見ることはあったけれど。
しだいに、学校行事で活躍する彼を、幼なじみとして誇らしく思うようになっていった。
もう怖いとは思わなかったが、卒業するまで話をする機会はなかった。
高校を卒業した僕は、美術を学べる大学へ進んだ。
子供の頃から創作も鑑賞も好きだったので、将来はアート関係の職につきたいと思っていたんだ。
幸いなことに、大学で知り合った先輩に、どちらかというと創作の才能より
アシスタントの才能を見込まれ、スカウトされた。
際立った才能も野心もなく、すでに活躍していた先輩のもとで働くことに、迷いはなかった。
そして社会に出て二年目。
秋の初めに有名ギャラリーで開催された個展で、小学校のクラスメイトと再会した。
すごい美少年だったケビンは、すごい美青年に成長していて
彼を目にした先輩やスタッフやお客さんは、ソワソワしていた。
僕の方は、全然変わってないからすぐにわかったよ、と言われた。
先輩の作品を気に入ってくれたのか、数日後に再びケビンが来てくれた。
それも、強面のボディガードを従えて。
そう、初めはそう見えたんだ。
大きな身体に鋭い眼光。
無表情であたりを見回していたビジネススーツの男は、僕の姿を認め、目を丸くした。
唇が、名前を呟いたように思えた。
そして、その日をきっかけに、レッド・アンダーソンから度々連絡が入るようになった。
◇◇◇
レッドと再会したのは五ヶ月前。
交際を申し込まれたのが三ヶ月前。
バレンタインデーに会いたいと言われたのは一ヶ月前。
忘れてないよな?と念を押されたのが一週間前。
仕事で遅くなりそうだから部屋で待っていてくれ、とメールが来たのは二時間前。
鍵は預かっていたけれど使うのは初めてで、少し緊張しながら彼の部屋に入った。
誰もいない部屋をしばらく意味もなくウロウロして、帰って来るまで本でも読もうと本棚を眺めた。
難しそうなビジネス書にミステリー、それから……。
見覚えのある背表紙を見つけて、棚から抜き取る。
『Scholastic Children's Dictionary』
小学校で使っていた英英辞典。自分も同じ物を使っていた。
レッド、物持ちいいんだね……。
呆れ半分、感心半分で、パラッと辞典を捲る。一枚のカードがしおりのように挟まっていた。
「………………なんで?」
カードをつまんで首を捻る。
それは、小学生の時に作ったバレンタインカード。
バラの花とスミレの花のイラスト。短いメッセージ。
サインと、その横に書かれている漢字名『青』は自分のものだ。
覚えている。
あれはちょっとした事件だった。
授業でバレンタインカードを作った翌日、教室の壁に貼りだされていたカードが
僕のも含め、十数枚なくなっていた。
オリヴィア先生とケビンがカンカンに怒っていたな。
僕を好きな子が盗ったんだろう、と友達にからかわれ、とても恥ずかしかった。
ケビン以外の被害者全員の要望で、犯人探しはしないことに決まったんだ。
オリヴィア先生。
犯人のひとりが判明しました。
もとどおりにカードを挟み、英英辞典を本棚に戻した。
なんだか、頬が熱いような気がする。
またおかしな物を発見しても困る、おとなしく座っておこう。
脱いでいたジャケットの胸ポケットから、小さいカードを取り出した。
レッドに贈ろうと思って作ってきた、バレンタインカード。
Roses are red. バラは赤
Violets are blue. スミレは青
If you'll be mine, 私のものになってくれるなら
I'll always be true. 私はいつもあなただけのもの
イラストは得意だが、メッセージにはとても悩んでしまった。
有名な詩の有名な韻詩。
付き合って間もないのに、大胆すぎるかな?
赤いバラの花束を抱えて帰宅したレッドは、
僕の贈った手作りカードを見ると、今までで一番嬉しそうな顔をした。
いつか
バレンタインカード盗難事件の話をレッドに振ってみよう。
ちょっとぐらいは、幼稚園時代の仕返しをしても許されるよね?
end
ばらは赤 すみれは青
ありがとうございました。




