17 ヴィンセント
リュートとミレシアがフェルスター侯爵家を出て行った。
丸一日も滞在しなかった。
「どうして行かせたのよ、ミレシアが好きなんでしょう? お兄様」
カタリナにとっては簡単な理屈なんだろうけど、それが難しい
ミレシアは俺との思い出が蘇るのを恐れて、リュートを選んだんだ。
ミレシアは、リュートが好きなんだ。
どれだけ、このフェルスター侯爵家にミレシアと俺の思い出が詰まっていても、
ミレシアはその後の三年を一緒に過ごしたリュートを選んだ。
それなのに、騎士団の寮の近くの道でリュートとミレシアに再会する。
そして、ジュリアン様によって、ミレシアとリュートは王宮に連れて来られる……。
ミレシアにそれだけ居場所がないと言うことだ……。
「ヴィンセント」
リュートに声を掛けられた。
「王宮に呼んでくれて助かったよ」
「それはジュリアン様だろう」
でも、俺が後押ししなければ、ジュリアン様の希望でもミレシアとリュートは王宮には来れなかっただろうけど、感謝されるのも面白くない。
ミレシアは困らせたくないけど……状況が悪すぎる。
「ミレシアを僕が勝手に連れ出したんだ……。また、フェルスター侯爵家において欲しい……」
「ああ……」
ネイサン様がミレシアが王宮にいると聞きつけてやって来る。
ミレシア、リュート、ジュリアン様、俺がいた。
「ミレシア! 君にいい知らせがある!」
「……なんですか……?」
ミレシアはネイサン様の自分へ向ける感情を知っているから、それがいい知らせとは思えなかったようだ。
案の定、ミレシアには悪い知らせになった。
騎士団の調査の結果、ミレシアの父のヴェルディア侯爵の不正は揺るがせないのだが、揺るがす証拠を持ってきた。
リュートのヴァルセイン子爵家が主体で不正をしていたという使用人の証言だった。
「ありえないわ……」
ミレシアが言うが、ネイサン様が公爵家の権力で後ろ盾になれば、無下に出来ない。
「ミレシアが僕と結婚してくれるなら、証言を騎士団長に知らせるのはやめるよ」
完全に脅しじゃないか……。
その証言の信憑性がどれだけあるかは分からないが、リュートには何も出来ないだろうな……。
だけど、すぐにジュリアン様が邪魔して、ミレシアとネイサン様の結婚を阻止しようとした。
「ミレシアが僕と結婚したら、ネイサン兄様と戦うよ」
ネイサン様の連れてきた証言も王太子に掛かればその証拠能力を見られることになる。
公爵の権力を潰せるのはそれ以上の権力だからだ。
ネイサン様が自身の権力で事実を曲げようとすれば、ミレシアの立場は不安定になる。
「いい加減にして下さい! 私は王太子にも公爵にも興味がありませんから!」
そこにミレシアの意思がはっきり映っているようだった。
ネイサン様は唇を噛んだ。
「……これでも俺を選ばないのか、ミレシア。本気でリュートのヴァルセイン子爵家を陥れる気はなかったんだ。三年間君を思い続けていたのは事実だから、どうしても、自分で納得できる決着をつけたかった……」
ミレシアはネイサン様を呆れて見ていた。
「ネイサン様は勝手ですね……。でも、私を想っていてくれた事とても嬉しいです」
「そう言われたら諦められなくなる……」
そう言ったが、ネイサン様の顔はスッキリしていた。
「え! 諦めるの? 僕がもう一度、ミレシアの気持ちを確かめらられるチャンスだったのに……」
ジュリアン様がどれくらい本気なのかは知らないが、二人の高位の男たちのミレシアへの恋は終わった——。
ミレシアは、リュートを選んだ——。
夜も更けて、ネイサン様も泊まって、それぞれに王宮の部屋にいると思ったのに、ミレシアが廊下にでていた。
俺は声を掛けようか一瞬迷った。
ミレシアはリュートに譲らなければいけないから。
けれど、ミレシアが俺に気づいた、
「ヴィンセント……」
踵を返して自分の部屋に帰ろうとしていた俺は、仕方なく振り返る。
「……」
何も伝える事はない。
ミレシアに言いたい事も無ければ、会いたかった訳でもない。
ミレシアが俺をじっと見つめている。
今は、その姿が俺には眩しすぎる。
ただ、ミレシアがいれば、俺はそこ引き寄せられる。
ただ、それだけなんだ——。
「……ヴィンセント……」
また、ミレシアが俺の名前を呼ぶ。
「……どうして、助けてくれなかったんですか……」
「え……?」
ミレシアはそのまま部屋入って行った。
助けなかった……俺が……。
……ネイサン様の事か……。
王太子のジュリアン様ほどではないけど……侯爵家の俺だってネイサン様に対抗しようと思えば出来たんだ……。
——。
リュートを見ていたから……。
何も出来ない無力なリュートを。
俺が口を出して、リュートが傷つく姿をミレシアが見たくないと思ったから……俺は何も言えなかった。
でも、ミレシアは——俺に、助けて欲しかったのか……。




