13 リュート
僕、リュートのヴァルセイン子爵の領地を巡る問題。
ミレシアと契約結婚に至った理由。
ヴェルディア侯爵の不正を、他国で共謀していたのは、隣国の、王妃——っ!
あまりの事の大きさに、空いた口が塞がらない……。
「こうなると内密に国で動くしかなくなってくるから、リュートとヴァルセイン子爵家に疑惑が行く事はなくなるだろう。国同士で話し合って解決される」
それだけ聞いて僕はホッと胸を撫で下ろす。
これで、僕とミレシアの問題は無くなる。
「——だが、ヴェルディア侯爵との関係は厳しく見られる事になる。ミレシアとの契約結婚も最初からなかった事にするのが良いだろう」
——ビクッ!
ミレシアの身体が揺れた衝撃が握った手から伝わってくる。
僕も同じように衝撃を受けたのかもしれない。
お互いに結んだ手の温かさを感じ合っていた。
そこはまだ、約束が有効な場所……。
横を向いてミレシアの顔を見る勇気が僕には無い……。
ミレシアを、手放さなければいけない——。
「リュート様……」
ミレシアが最初に動いた。
もう覚悟が決まった顔で涙を溜めている。
僕と離れるつもりだ……。
違う——。
何があっても離れないって、この間、この場所——騎士団長の部屋で決めたんだ。
『ヴェルディア侯爵との関係は厳しく見られる』とは、不正に加担した側と見られてしまう可能性を言っているんだ。
本当に不正をしていたヴェルディア侯爵なら、権力も財力も人脈もあるから、厳しい状況でも処分がされないなら大丈夫なんだろう。
僕の家のような弱小子爵家は違う。
噂だけで、厳しい状況になる。
ミレシアに大変な思いをさせてしまうだろう……でも。
「僕はミレシアと契約結婚だと思ってません。最初に会った時からずっと僕はミレシアの事を愛しているから、最初からこの結婚は本物でした——本物の結婚を無かった事には出来ない!」
「リュート様……」
「ミレシアだって、そう思ってくれていたはずだよ」
ミレシアはうなずく。
「はい……」
ミレシアが泣きながら笑顔で答えてくれた。
僕は騎士団長の前なのにミレシアを思い切り抱きしめていた。
ミレシアも僕の背中に手を回している。
「お前たちが良いなら、良いが……」
騎士団長は少し残念そうだが、僕たちのことを認めてくれた。
「だが、そういう事情だ。騎士団の寮でメイドを続けさせるわけにはいかなくなった」
「……はい」
ミレシアは不正を働いていたヴェルディア侯爵の娘だから、直接侯爵が処分される事はなくなった以上、ミレシアがいる事で騎士団とヴェルディア侯爵の関係を疑われてもまずいのか……。
「だが、俺の家のフェルスター侯爵家ならミレシア個人と小さな頃から交流があるのは知られている。今夜からはそこで過ごしてくれ、ヴィンセントに送らせる。リュートの方のヴァルセイン子爵家にも準備はあるだろうから、戻れるようになるまでの間だ」
ヴァルセイン子爵家に戻る……。
僕とミレシアは顔を見合わせた。
二人でお茶を飲んだあのテーブルと椅子が懐かしい。
ミレシアも同じ気持ちで微笑んでいる。
困難はあるだろうけど、また、僕とミレシアの夫婦の時間が戻ってくるんだ——なんでも出来る。
僕はミレシアについてメイドの部屋まで来ていた。
メイドの部屋は一般騎士の部屋からつながった、騎士団長の部屋がある棟とはまた違う別棟にあった。
ミレシアの荷物はあまりなくて、すぐに支度が出来た。
「リュート様、私、待っていますから、ヴィンセントの家で」
「ヴィンセントの家……?」
騎士団長のフェルスター侯爵の屋敷のはずだけど……。
「子供の頃はお母様とフェルスター侯爵家に行くとヴィンセントに遊んで貰えるから、ヴィンセントの家と呼んでいたんです」
「……ヴィンセントが、妹もいると言っていたけど……」
「あ、そう言えば、二歳下のカタリナの方が一緒にいて遊ぶ事は多かったのに……どうしてヴィンセントの家と呼んでいたんでしょう?」
ミレシアはただ素朴にそう思っただけなんだと思う。
ただ僕には何かが引っかかった。
「ミレシア……」
結局は、これからの別れを惜しんで、ミレシアと抱き合ったりキスしているうちに、何を気にしていたのかも忘れてしまった。
メイドの別棟の裏口にヴィンセントが待っていて、ミレシアを引き渡した。
「ミレシアをよろしく、ヴィンセント」
「ああ、俺の家に行く道だ。慣れてるし、そんなに遠くないから、心配するな、リュート」
ミレシアと僕をちゃんと話し合わせて、夫婦にしてくれたのはヴィンセントだ。
ミレシアと二人きりになったからって心配する事は何もない。
「屋敷ではミレシアの部屋を整えたり母や妹に事情を説明するから、帰るのは明日の朝になる。今度行く時はリュートも連れていくから、騎士団での仕事を済ませておけよ」
「分かった」
僕はヴィンセントの馬に一人で乗せられているミレシアを見る。
最後にまたキスした。
グッとミレシアの身体が上に引っ張られる。
ヴィンセントが馬の跳び乗って、ミレシアの後ろに座って、ミレシアの身体を引き上げた。
「ミレシアが馬から落ちる!」
「あ、ごめん……」
ヴィンセントの手がミレシアを必要以上に握りしめている気がする。
でも、僕のせいか……。
「リュート様! 待っていますから!」
ミレシアとヴィンセントが見えなくなる。
もう僕は置いて行かれたような寂しさがあった。
契約結婚の終わりに、ミレシアがいないと気付いた時のような——。




