濃密なる均一《ディープ・緩解》と、複合の真理
僕が放った一撃によって、上限解放されていたはずの神の執行者の一人が、衣服も鎧も無傷のまま、内部のシステム回路だけを木っ端微塵に破壊されて床へと崩れ落ちた。
その光景を目撃した、残る二人の執行者の無機質な瞳に、初めて明確な『警戒』の光が走る。
「想定以上のイレギュラー。個体名:ジン・ハルバートの物理打撃は、通常の因果律障壁を透過する。
──これより、肉体エネルギーの出力を最大固定。面による絶対的防壁を構築します」
二人の執行者は、即座に聖剣を構え、その場にガチガチに身を硬くして踏ん張った。
それは、神のシステムの上限強制解放による膨大なステータス数値を、すべて『防御の力み』へと一点集中させた、文字通り大数学院の空間そのものを固定するような壁だった。
「チッ、今度はガチガチの引きこもり作戦かよ! ジン、あいつら完全にその場で根を張りやがったぞ! 俺の不死の突撃でも、あの力みの壁は弾かれちまう!」
ウロボロスが黒い霧を噴き出しながら叫ぶ。
数値が倍化した大人の神の執行者が、本気でその場に力んで踏ん張っている。
こうなると、通常の骨格による『軸定』の突っ張りや、重心移動による『転位』のベクトル変更だけでは、その圧倒的な質量に弾き返されてしまうのだ。
だが──十三歳になった僕は、そのガチガチに力む二人の執行者の前に、スッと歩み寄った。
「ジン、気をつけて! 今のあいつらの力みの数値は、さっきの倍以上だよ!」
「大丈夫だよ、エル。……いろんな状態で繋げる稽古なら、この一年間、あの荒れ狂う船の上で、嫌ってほどやってきたからね」
僕は執行者の放つ不気味な圧力を、全身の気配を察知する『圏境』で捉えながら、無意識に最適の術理を選択していた。
僕たちの磨いてきた真理の技術には、四つの理が複合的に混ざり合っている。
骨格を最適化して物理的な負荷に耐える絶対の土台──『軸定』。
重心移動とベクトルの方向を操る──『転位』。
筋肉のブレーキを外し、相手の力みを無効化して内部へ浸透させる──『緩解』。
周囲の気配や世界の数式と完全に同期する領域──『圏境』。
土台である軸定が最も強固な強度を持ち、圏境へ向かうほどにあらゆる環境に適応する自由度を持つ。
今、相手はその圧倒的なステータス数値で強度を極限まで高め、ガチガチに固めて踏ん張っている。だったら、僕が選択すべきは自由度の高い領域──すなわち、筋肉のブレーキを完全解放する『緩解』の力だ。
「消去を実行──」
執行者の聖剣が振り下ろされる。
僕はその刃を避けることなく、あえて相手のガチガチに固まった右腕に向けて、自分の右手をそっと伸ばした。
ただ力を抜くだけの薄い均一じゃない。それではエネルギーが足りず、上限解放された神の使いの強固な防御コードに弾かれてしまう。
必要なのは、一年間の荒波の中で、不安定な船の揺れに耐えながら練り上げてきた、高密度な脱力エネルギー──相手の踏ん張りの隙間を強制的に結びつける『濃密なる均一』だ。
スウッ、と僕の手のひらが、執行者のガチガチの腕に触れた。
その瞬間、僕の放った濃密な緩解のエネルギーは、執行者が踏ん張っている筋肉のわずかな『アソビ』、服の『シワ』、そして防御コードの僅かな『隙間』のすべてを、一瞬にして一本の線で完全に繋ぎ止めた(リンクした)。
「……なっ!? なんだ、この感覚は……!? 腕を掴まれているはずなのに、何も触れられていないような……いや、私の『力み』が、すべて吸い取られていく……!?」
執行者の顔が恐怖に歪む。
彼はその場に踏ん張っているはずなのに、僕の技術によってその踏ん張りのアソビや隙間を完全に繋げられ、逆方向に動かすことすらできなくなったのだ。
自分の全力の力みが、そのまま自分を拘束する檻へと変わる、リアル武術の究極の崩し。
「これが、僕たちの理だよ」
僕は繋がったシワとアソビの線を、ほんの数ミリ、完全な緩解のままドロリと下方へと引き下げた。
それだけで、上限解放されていたはずの執行者の巨体が、まるで重力を失ったかのように、床へとドロドロに崩されていく。
「しまっ──再計算、防御コードの再構築を──」
「させないよ! 敵の演算回路の波形、完全に僕の圏境と同調した! ジン、今だよ!」
後ろからエルの凛とした声が響く。
エルの『神域演算』と、僕の『圏境』が完全に複合的に混ざり合い、崩れたもう一人の執行者の死角をも完璧に捉えていた。
軸定、転位、緩解、圏境。
その四つの要素が、僕とエルの間で完全に一つに混ざり合い、無意識の最適解として巨大なうねりとなる。
僕は崩れた二人の執行者の顎の下へと、滑り込むような転位で肉薄し、自らの骨格の軸定をカチリと固定して、完全にブレーキを外した緩解の掌底を優しく添えた。
──|ド、カァアアアアンッッッ!!!!《・・・・・・・・・・・・・・》
大数学院の最上階を、今日一番の、しかし全く無駄なノイズのない綺麗な浸透衝撃波が突き抜けた。
上限解放され、ガチガチに踏ん張っていたはずの二人の神の執行者は、その『濃密なる均一』からの複合術理によって、一太刀も浴びせることができないまま、完全に白目を剥いて床へと轟沈した。
完全なる完封。神のルール改変を、十三歳の子供二人の『真理の技術』が、完全にハッキングしてひっくり返した瞬間だった。
「はぁ……はぁ……。な、何なのよ、今の戦いは……。確率が、数式が、完全に崩壊して……」
部屋の隅でそれを見ていた『数理の魔女』アルテミシア・フォン・ノイマンは、白衣を震わせながら、呆然と僕とエルを見つめていた。
彼女の脳内確率演算器は、もはや数字を表示することをやめ、ただ【測定不能】という文字だけを点滅させている。
僕はエルの手を繋いだまま、アルテミシアの前へと歩み寄り、十三歳の少年の爽やかな笑みを浮かべて手を差し伸べた。
「はじめまして、アルテミシアさん。僕はジン、こっちはエル。僕たちの立ち上げた『真理の技術結社』に、君のその素晴らしい『数理の頭脳』を貸してくれないかな? 神のステータスシステムを、僕たちの技術で内側から全部ひっくり返すためにね」
アルテミシアは、僕の差し伸べた手と、エルの悪戯っぽく笑う瞳を交互に見つめた。
やがて、彼女は自らの眼鏡の位置を直すと、これまでの絶望が嘘のような、狂気の学者としての最高に楽しそうな笑みを浮かべた。
「……面白いわ。私の弾き出した100%の絶望を、そんな美しい真理の複合術式でぶっ壊されたら、認めないわけにいかないじゃない。いいわ、私の『数理』、あなたたちの結社にすべて捧げてあげる!」
一人目の怪物、アルテミシア・フォン・ノイマンの合流。
エルが即座にレムリアの本拠地へと繋がるポータルを開通させ、彼女を安全なエリアへと送り届ける手配を済ませる。
「よし、エル、ウロボロス、トア。最初のピースは手に入った。このまま東方大陸の『神の楔』の破壊へ向けて、僕たちの真理を進めよう!」
「うん! 神様がどれだけ世界の上限を解放しようが、僕たちの複合術式で、全部ハックしてみせるさ!」
十三歳になった二人の進撃は、この東方大陸の地で、さらに加速していくのだった。




