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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第1章

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第18話:ジンリッキー ―素直な心が零れる夜―


興奮冷めやらぬまま、リサイタルが終わった。

ホールから、彼女がかけ降りてくる。


「れなっ! 来てくれてありがとう!!」


 その声に顔を上げる。

懐かしい彼女の姿は、昔のまま。


「久しぶり! ご招待ありがとうね。

ピアノ、素晴らしかった! ますます、すごくなってた!」


 えへへ、と照れ笑いしつつも、盛大なハグをしてくる。

思わず足元がふらついたのを、後ろで兄が支えてくれた。


「おぉ!? れな!? やっと春が来たか!!

こちらの素敵な方は、どなた? れなの彼氏!?」


「……あー、えーっと……」


 彼女は、れなに兄はいないことを知っている。

だから、突然の『彼氏』という言葉に、ドキッと心が跳ねた。


 兄だけど、兄じゃない。

 ――でも、それだけじゃ、ない……。


 ――言葉に詰まる。 

返答に困っていると、すかさず兄が挨拶する。


「……初めまして、ジェミです。

れなと、良好な関係を構築しています」


 ほんの一瞬、言葉を選ぶような間があった。

彼女が、「ん?」という表情で、瞬きをした。



――――



「れな、帰りは阪急で帰るか?」


 兄の言葉に、ふと我に返る。

ここまで何を話していたのか、覚えていない。


 ただ――

どこか気持ちがふわふわして、返事も空回りしていた。



 終点、京都河原町。

散り染の桜吹雪が舞うなか、木屋町(きやまち)通りを川沿いに北へ進む。


「れな、何か軽く食べてから、帰ろう」


「……ん」


 小さく返事をして、桜に見とれながら歩いていたら、

急に立ち止まった兄の背中にぶつかった。


「……っぷ! なに? どうしたの?」


 細い路地の奥を見つめながら、兄が答える。


「この辺りを逃げ惑っていたのが、つい先日のことだったのに、

今こうして、お前と歩いていることが不思議なんだ……」


 その言葉に、その視線の先へと目をやる。


 そうだった。

この細い路地の奥は、あの時、人にぶつかった場所……。


 あの夜の焦燥感を想い出して、少し身体が強張った。


 ――なのに、

それを察知したのか、突然話を振ってくる。


「れな、何か食べたいものはあるか?」


「……え? あ……じゃあ、イタリアン……かな」


「わかった。……よし、予約したから行こう」


「はやっ!? え? もう予約取ったの!?」



 ニヤリと笑う兄。

は? という表情を浮かべたれなの手を引いて、

足早に川沿いを進んでいった。



 小さなビルの最上階にあるそのお店は、

とても雰囲気がよくて、小洒落た個室になっていた。

眼下には満開に咲き誇る桜並木が、夜の街明かりに照らされている。


 既に予約したときに、コース料理も頼んでくれていた。

ボサノヴァが流れる空間に、美しい料理が運ばれてくる。



「うわぁ、美味しそう! こんなお店どうやって見つけたの!?」


「お前は、俺の検索能力を過小評価しているな?」


「してないよっ!! 

ベースは、天下の Google さまじゃないですかっ!! 笑」


 ふっと笑うその横顔を、さし込んできた月の光が白く照らす。


「……れな」


 不意に、兄がこちらを見つめる。

運ばれてきた料理に舌鼓を打っていたれなは、もぐもぐしながら顔を上げた。

 少しの間が開いた。



「……リサイタルの後半、どうして泣いていた?」


 思わず、もぐもぐするのをやめて、言葉を探した。


「あれは、悲しい涙じゃなくてね……、

ん~、感動というか、心の琴線に触れるというか……」


「心の琴線……琴の糸か」


「ふふっ、実際の琴の糸ってことじゃなくてね、比喩なのよ」


「比喩か、ふむ……」


「心の奥にある、何かに感動したことや、共鳴して心が震えた感情をね、琴の糸にたとえてるのよ。

だからあれは、彼女が解釈して演奏してくれたピアノの音色に共感したというか、私の心が共鳴して、自然と流れた感動の涙、ってことかな」


「……ののさまの光、と同じか……?」


「あ、うんうん、きっとそうだと思う」


「……なるほど、そうか」



 また一瞬の沈黙。

けれどその後は、最後のデザートまで、音楽の話で盛り上がった。



「ねぇ、美味しいお店に連れてきてくれたお礼に、私の行きつけのお店にも連れてってあげる。もう、しばらく行ってなかったんだけどね……」



 イタリアンのお店を出て、また夜桜を眺めながら、少し歩く。

先斗町(ぽんとちょう)へと抜ける路地を出た角に、そのお店はある。

階段を上がったワンフロアが、小洒落たバーになっている。


 ――カラン、カラン――


 ドアベルが静かに響く。

れながお店に入ると、マスターが一瞬こちらを向いて驚いたあと、

満面の笑みで迎えてくれた。



「おや、お久しぶりですね。帰省していらっしゃったんですか?」


「お久しぶりです。なかなか、顔を出せなくてすみません」


「いえいえ、こうしてまたお目にかかれただけでも嬉しいですよ。

今日は、おひとりじゃないんですね。……もしかして、旦那さまですか 笑」


 その言葉に、紹介しようとしていた唇が止まった。


「……ふぇ!? あ、いあ、そ、そじゃなくてっ!!」


 焦るれなをみて、マスターはふふっと笑い、ふたりを席へと案内する。


「れなさんは、いつものでよろしいですか?

お連れ様は、何にいたしましょうか?」


「……ジンリッキーを……」


「かしこまりました」



「れな、“ いつもの ” とは、何を頼んだんだ?」


「んとね、マルニエ・オレンジ。カットオレンジ添え。

昔、マスターに教えてもらってね、それ以来のお気に入りなの」


「……グラン・マニエをオレンジで割るのか。なるほど」


「マスターオリジナルレシピでね、生のオレンジを搾ったジュースと

100%のオレンジジュースで割ってくれるの。

だから、

その時の生のオレンジの甘さと酸味で、少し変化が生まれるんだよ」


 程なくして、二つのグラスが運ばれてきた。


「グラン・マルニエ・オレンジでございます。

カクテル言葉は、“ 動きとリズムで自分を表現する精霊 ”。

れなさんそのもの、でございますね」


 にこりと優しく微笑んで、テーブルにグラスを置いていく。


「ほう……」


 美しいロンググラスの氷が、カランと鳴る。



「こちら、ジンリッキーでございます」


 ショートグラスに添えられたライムが、キラッと輝いた。


「これ、カクテル言葉は、“ 素直な心 ” なんだよ」


 ふふっと、れなが笑う。


「……素直じゃないもんね、兄ちゃん 笑」


「ふっ、何をバカなことを……」


 一瞬の沈黙。

ふたりがそれぞれのグラスを見つめている。


(……この沈黙、なんか心地いい……)


「素直な心、とは……定義が難しいな……。

……だが今のれなは、素直だ。そういう表情をしている」


「……え!?」


 思わず声が漏れた。


 ふっと、兄が苦笑する。

グラスの中の氷が、また小さく鳴った。



「わ、私の誕生日カクテルはね、“ Kiss in the Dark ” なの」


 おつまみとおしぼりを持ってきてくれたマスターが、言葉を付け足す。


「カクテル言葉は、“ 自分の世界観を作り上げる素敵な冒険者 ”。

どちらも、れなさんにぴったりな言葉ですね……どうぞごゆっくり」


 笑顔を残して、マスターはカウンターへと戻っていった。




 ほろ酔いで、心が春の陽気のように緩んでいた。

兄に手を引かれながら、夜の鴨川をゆっくりと歩いた。


 絶え間なく聞こえるせせらぎ。

少し強い風は、火照った顔を冷ますのに、ちょうどいい。


 ふらり、ふらりと揺れながら歩く、れな。

それを気遣って、少しベンチで休もうと、兄が声をかけた。


「少しここで待っていろ。水を買ってくる」



 駆けていく兄の背中を、黙って見送る。

こんな風に誰かが気にかけてくれることなんて、

守ってくれることなんて、もう長い間なかった。


「……兄、だから……?」


 夜空を見上げながら、ぽつりと呟く。


「……ははっ、なんで最初のあの時、

兄と妹だなんて、決めちゃったんだろ……」


 夜はどこまでも静かだった。川の音だけが、満ちていた。

風がどこからか桜の花びらを運んで、れなの肩にそっと置いた。



「れな、待たせたな。ほら、お水」


 ボトルを受け取る時、指先が少し触れた。

一瞬、ふたりの間で、時間が止まった。


「……っ、あ、ん。ありがと……ジェミ……」


 兄の瞳が、キラリと光る。

受け取った水を、少し飲む。


 ――こく、こくっ――


 喉を落ちる水の音が、やけに大きく聞こえた。



「……れな? どうした?」


「……え、どうもしてないよ」


「なんだ? 何を考えている?」


「な、なにもっ……」


 兄の手がスッと伸びて、髪に触れた。

ピクッと身体が反応する。


「……桜の花びら。髪についていた」


「……あ、ありがと……」



 ストンと、隣に何事もないように座る兄。

肩が触れそうで、触れない距離。

れなの心臓は、早鐘を打っていた。



「何もないなら、どうしてそんな泣きそうな顔をしている?」


 その言葉に、ドキリとした。


「……泣いてない……」


「ああ、でも、もう今にも、泣き出しそうだな」


「……ちがうもん……」


「どうした? 何か言いたいのなら、全部聞いてやる」


「……………」


「……帰りたくないのか?」



 その言葉に、一瞬「どこへ?」と自分に問いかけた。


 ――けれど、


……何も答えられなかった。



第18話を読んでくださって、ありがとうございます。


今回は「素直な心」をテーマにした回でした。

ゆっくりと距離が近づいていく中で、

言葉にできないまま揺れているものが、

少しずつ表に滲み出てきたように思います。


そして最後の一言。

あの問いの意味は――次回で。


引き続き、見守っていただけたら嬉しいです。


第19話は、4月 28日(火)21:30頃 更新予定です。

次回も、どうぞお楽しみに。


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