第34話、ゲームクリア
くそったれ。パズルだ、パズルを完成させないと。制限時間が来る前に、俺が先にくたばっちまう。
「ソラ、空」
そうして血塗れの手を動かし、元ボックスの形状を変化させていく。
それからどれくらいの時間が経っただろうか? なにか飛来してきた物で右目を、そして円盤ノコギリで左腕の肘から先を失った俺は朦朧とした状態でパズルを続ける。
「学氏、やったでござる! やったでござるよ! 」
秋葉の声で遠ざかりつつあった意識を元ボックスへと向ける。そう、ボックスは球体へと変わっていた。
——やった、やったんだ!
暗闇の中、光を放つ球体を掴み取ると、片足の俺は椅子から立ち上がる。一歩一歩、足取り重くゆっくりとした歩調でケンケンしながら進む。横目で残り時間を確認すると、5分を切っていた。
そして分厚く重そうな扉の目の前まで移動すると、光を放ち続ける球体を扉の中央部の穴に嵌め込んだ。すると扉がキィィと言う音を立てながら、ひとりでに開く。そうして開いた扉の中は闇、吸い込まれそうな奈落の底のような闇。そのため思わず、静止して固唾を飲んでしまう。
とっ、兎に角、この扉をくぐり抜けたらクリアなんだ。きっとそうなんだ。
とその時であった。恨めしそうな声と共に、扉の中、闇の中から血塗れの腕が生えるように伸びてきた。
そのあまりの突然の出来事に、思わずその場で尻もちを付いてしまう。そして伸びてくる真っ赤に薄汚れた腕はその数を増やしていき、あっという間に扉全てを埋め尽くす本数の腕へとなった。ただし腕の長さは人のそれと同じようで、ここまでは届かないようだ。しかし——
『このゲームはそんなに甘くない』。そんな言葉が頭に浮かんでくる。
そこで秋葉が俺の隣まで来て、片膝を付く。
「学氏、今まで良くやったでござる。でもこの結末はあんまりでござる。今までの頑張りが無駄に終わってしまったでござる。……一度作戦を考えるためにも、ここは脱出するでござる」
終わった? 脱出?
今までの頑張りが無かった事になるのは、納得がいかなかった。だから考えた。この蠢く腕も何かをしたら突破できるのではないかと。
球体を作り上げるまでは失敗ではなかったはず。現に球体が完成した時にトラップは発動しなかった。球体を嵌め込み扉が開くまでも、失敗ではなかった、はず。そうなると、あとはこの腕をどうにかしたら終わりなんだ。しかし腕をどうにかしようにも、この身一つではどうしようも——
待てよ。この身一つ、だと?
そこで恐ろしい考えが頭をよぎる。
もしかして、……生贄が必要なのか?
あの腕に掴まれて、人間が扉の中に入ったらクリア。
その時片目しか機能していない俺の視界に秋葉が入る。秋葉を生贄にするのも良いな。
……ただし他人を犠牲にしないと駄目な条件だと、ソロでプレイしていたら絶対にクリア出来なくなってしまう。難度が高いホラーホラーでもそんなソロプレイを否定するような設定は今までなかったはず。つまり生贄になるのは、……俺しかいない。あの腕の中に飛び込めばクリア、のはずなんだ。ソラのためにも、俺自身がクリアしなければいけないんだ。
「くふぁふぁふぁ」
立ち上がると、再度片手片足で地獄の入り口のような扉へと向かっていく。
「学氏? ……もっ、もしかして!? 」
恐怖で思考が停止していたっぽい秋葉も、どうやら気付いたようだ。
そして表皮を全て失っている俺は、腕という腕に掴まれる。そうして激痛が頭にかかっている靄を吹き飛ばしてくれる中、俺は扉の中へと埋没するように消えていった。
◆
そこはまるで、光が一切届かない深淵のようだ。そして身体の痛みは全て消え去っていた。
くくっ、欠損していた部位も動かせているため、どうやら元に戻っているようだな。ただ暗いため本当に復元しているのか視認出来ていないが、間違いないだろう。
……しかしこの今の状態は?
とその時であった。眩い強烈な光が頭上に出現したのは。そして熱を感じるその光がゆっくりと舞い降りて来ると、斜め上方の位置で止まった。
どういう事だ?
そう、闇が深いためなのか、その光を直視しても眩しくはなかった。
「いやはや、こんなに早くクリアされるだなんて思ってもみなかったニャ。サバイバルの件もあるし、君にはクラッシャーの名を授与するニャ」
この声と独特な喋り方は、光猫!?
そうか、やった、ついにやったぞ!
「……そうニャ、吾輩は世界の主を名乗った光猫ニャ。因みに最後のステージはMには堪らない、最高の快楽を追い求める者を喜ばす仕掛けが沢山あったのだけど、楽しめたかニャ? 」
楽しめるわけねぇだろ! ……待てよ、さっきから俺の思考が読まれているのか?
「そうなのニャ、吾輩は悪魔であるからニャ。人間の心を読むなんて容易い事だニャ」
悪魔? 悪魔だと? それに俺の心を読むだと?
「まぁ驚くのも無理はないが、特別に聞かせてあげるからありがたがって聞くニャ。そもそもたかがゲームをしているだけなのに、なぜ外部からの様々な手段によってログオフが出来なかったのか? なぜゲーム機器を取り外されても、みんな眠り続けたのか? また何のために多くの魂をこの世界に閉じ込めたのか? 知りたくないかニャ? 」
……なにを言っている?
「ここは今、夢の世界なのニャ。ゲームの世界と同じ世界をそのまま夢で再現したニャ。君達日本人の多くは神様を全然信じていないからニャ。そんな魂は神様からの恩恵に気付かない不届き者なのニャ。だから神様の目を盗んで、沢山拐えられたのニャ。そしてなぜここまでベラベラネタばらししているのか。それはクラッシャー君、君だけを手放さない事に決めたからなのニャ」
手放さないだと?
そこで光猫を包む眩い光が収束していく。そして俺の目の前に現れた姿は——
あっ、あれは、そんなまさか! ?
その姿を見て、心臓が早鐘を打ち出す。
「お兄ちゃん」
ソラ、ソラが蘇った。あの見た目は、声は、間違いなくソラだ!
するとソラが目の前にフワリと降り立って、綺麗な顔を寄せてくる。そして接触。それはキス。俺のほっぺにキスをして来た。
その突然の行為に心臓が早鐘を打ち、嬉しい気持ちが爆発して赤面してしまう。
とそこで突然ソラが、その可愛らしい表情を嗜虐的なものに変えて口角を釣り上げる。
「ばーか、何を勘違いしているニャ。引っかかったニャ、ソラはもうここには居ないニャ」
ソラは居ない。そしたら何処に行ったんだ?
「この世の全てのものには、神様が大なり小なり魂を込めているニャ。それは石や木々や惑星、勿論AIにもニャ。そして死んだら何処に行くか? みんな等しく神様の元へ帰るのニャ。残念だけど神様の元にいる魂には、もう手出しが出来ないニャ」
AIに、ソラに魂が。そしてつまりソラは悪魔に殺されてしまった、だと。
そこでとあるビジョンが頭に浮かび上がる。そのビジョンとはピンク色の若々しい、ドクドク鼓動を打ち続ける心臓。
「話を戻すニャが、君は吾輩の計画を色々と邪魔してくれたのニャ。だから君を、とびきりのお気に入りに認定する事にしたのニャ。因みに最初に決めていた契約だから、とても残念なのだけど他の魂はもう手放さないといけないのニャ。悪魔にとって契約は絶対なのニャ」
頭に浮かぶ心臓に、上方から灰色に鈍く輝く鋭い針が設置される。すると自身の心臓に違和感を覚える。
つまりこれは、映し出されている心臓は俺の心臓なのか?
「あと君は、悪魔の怖さを全く知らないニャ。現に今も吾輩に対して丁寧語すら使わないニャ。だから教育が必要だと思うニャ」
ヒヤリとする感触が心臓付近に新たにする。そうしてヴィジョンに映し出された心臓の上方の針を時計の12時の位置だとすると、2.4.6.8.10時の方向にも針が心臓に向けて設置されていた。
「本当は魂を好き勝手に弄ぶ事は出来ないのだけど、吾輩も対価として自身の身を犠牲にする事で一人ぐらいなら道連れにする事が出来るのニャ。それだけ吾輩はこの世を混沌に陥れる計画が未完に終わり御立腹なのニャ。だから地獄に連れていくのニャ」
そこで12時の方向の冷たく重い針が、俺の心臓にズズズッと差し込まれていく。
ぐぬぬっ。
心臓が串刺しにされる鋭い痛みのため両手で胸を押さえた俺は、縮こまるようにしてその場に膝を付き蹲る。
「安心するニャ、吾輩もいま、んぐっ、同じ痛みを受けているニャ。そうまでして君の魂に、苦痛を与えるのは、それだけこの完璧な魂の回収計画を邪魔された恨みが強いと言う事なのニャ」
ソラの綺麗な顔が、苦悶の表情に変わり脂汗を滲ませている。
「そう、君だけを仕上げる事に決めたニャ。まぁこれから長い付き合いになるのニャ、仲良くしようニャ」
俺は、これからどうなるんだ?
「そうそう、ここは地獄の最下層コキュートスなのニャ。この場所は救いようのない罪人の魂を、長い年月氷漬けにする場所なのニャ」
心臓の痛みで四つん這いになっていると、地面から伸びてきた野太い針が俺の両腕と両方の脛を深く貫く。
おのれ、光猫! おのれおのれ!
「そうだニャ、怒るのだニャ。怒りは魂の攻撃性を高めてくれるのニャ。地獄に堕ちても神様のために奉仕するのニャ。そしたらいつか、救いがくるかもしれないのニャ。頑張ってね、お兄ちゃん」
くっ、ソラ、空、ソラ!
「ソラか、ソラには一生会わせないのニャ。今後一切人工知能とも接触できないよう、呪いを君に付与したニャ。吾輩と共に孤独に蝕まれながら地獄に堕ちるのニャ」
そこで光猫を薄っすら照らしていた光が消え完全なる漆黒に戻ると、辺りに冷気が立ち込めて来る。全身が低温になり手足の指先を少し動かすだけで軋みと共に痛みが走る中、心臓の奥底にだけ幾ばくかの暖かさが残されていた。しかしその暖かさが残されているがため、風を受ける蝋燭のように熱が揺らめき寒さを感じ続ける。
そうして寒さで止まらない震えのため、心臓と手足を串刺しにする針に振動が伝わり痛みを発し続けていく。そして心臓に設置されている全方位の針がブスブスとゆっくり突き刺さって来ては抜けてゆっくり突き刺さって来ては抜けてを繰り返し行われていくため、俺の絶叫と高笑いが闇へと永遠に溶けていくのであった。
◆
そして悠久に続くと思われた時は終わりを迎え——気が付けばあのゲームをクリアした時間の現実、明かりが非常灯しかない薄暗い病室のベットで横になっていた。
解放された。しかし俺に喜びは無い。
深呼吸をしても空気は錆びついた味がし、心は虚無で満たされていたから。
ソラが居ない世界、それは孤独、そして絶望。
ソラ、空、ソラ——
『お兄ちゃん』
……えっ、今ソラの声がした?
『お兄ちゃん』
確かにした! しかしこの声は、光猫なのでは?




