第28話、這いずる街裏
◆ ◆ ◆
学がショッピングモールから脱出を決意する一週間前。
私は——
身体の芯から冷える寒気で目が覚めると、冷たいコンクリートの床の上でうつ伏せ状態で倒れていた。
部屋のようだけど、ここはどこ?
そこで上体を起こして首を左右に振り、辺りを確認しようとしたのだけど——
まるで錆び付いた金属になってしまったかのように、身体と首がスムーズに動かない事に気がつく。そして視線を落として、胸の前にまで上げた自身の両手を広げて見てみれば、真っ白のはずの肌が濁った灰色に変色していた。あと手が時々、意味もなく震えている。
そうだ、私はゲイリーに背後から刺されて殺されたんだ。……そして、ゾンビになったんだ。
泣きたくなってくるけど涙腺は機能していないようで、ただ胸が締め付けられるだけ。
これから私はどうしたら良いの?
ここは掃除用具室のようだけど?
震える手でドアノブを捻り、鉄扉を開ける。するとここはショッピングモールのようで、広くて長い通路の両脇に多くの店舗が並んでいた。フラフラと辺りを歩いてみる。
可愛い洋服が並んでいる! このゲームをしていなかったら、今頃はこうしてウインドショッピングを楽しんだりしていたのに。
そしてガラスに映る自身の顔を見て絶句。
なにこれ?
顔に傷こそは無かったけど、目は窪み一気に老けたようにげっそりとなっていた。酷い、酷すぎる。こんなのってない。
そこでどこからか、呻き声が聞こえる。
これってゾンビの声だ!
私は逃げ帰るようにして掃除用具室へと戻ってくると、壁に寄りかかり隅で力なくちょこんと座りこむ。
そうだった、私もゾンビだった。
本当にこれからどうしよう? 確か人間の心臓を食べないと、元に戻れないんだったかな? でも疲れた、もうどうにでもなれ。
……誰か助けて。
それからどれくらいの時が流れたのかわからない。時折聞こえてくるゾンビの気配に怯えながら、ただただ縮こまっていた。
お腹空いたなー。
そしてその時は訪れる。
心臓に灯る熱。それは次第に熱量を増してなお、熱量を増してくる。
そう、ゲイリーに付けられた傷口が、身体の内側から焼かれる痛みを発する。
「ギギャアアア」
あまりの熱量に心臓の周りも焼かれていく。
悲鳴を上げながら、ジタバタとその場で悶える。
助けて、痛い、熱い、熱い、痛い、熱い、ああ"ああ"——
「はぁはぁはぁはぁ……」
どれくらいの間苦しんでいたんだろう?
時を忘れてずっとずっと苦しんでいた気がする。
そこでお腹が減る感触に陥る。蘇る恐怖。
確かお腹が空いたら痛みが来るって言っていたはず。
早く何か食べないと!
部屋から飛び出した。もしかしたらパンや動物の生肉なんかでもお腹が満たされるかも知れないから。
食料品を求め徘徊して見つける。各種パンやお菓子が陳列されている区画を。この調子ならすぐ近くに、ハムや肉も売っているはず!
やった、あった!
でも——
あれっ? 触れない? どうして?
何度試しても見えない壁があるようで、触れられなかった。
人の肉じゃないから。
……鳥籠の街に行かないと!
ダメ元でマップを開いてみたら、現在地と鳥籠の街へと続く北の大きな門が表示された。
それから走っては歩いて、走っては歩いてを繰り返してヨタヨタになりながらも大きな門を目指す。そしてやっと門の前まで来た時には、凄い数のゾンビで溢れかえっていた。
恐らくこの殆どがプレイヤーのゾンビ。こんなにも多くの人達が囚われていたんだと、改めて実感してゾッとなってしまう。そしてこの多くのゾンビの中から、勝ち取らなければいけない。生きたプレイヤーの心臓を。
私に出来るの? いや、出来ないとまたあの地獄の苦しみを味わう事になる。
そして午後の十時を過ぎたのか、大きな門が開かれる。門の外へ殺到するゾンビ達に押されてその場で転倒してしまう、けどそれでも諦めない。すぐに立ち上がり私も駆ける。揉みくちゃにされながらも門を抜けると、サビで部屋に戻れないプレイヤーを求めて徘徊。
その時、周りのゾンビ達が駆け出した。
ほのかに食欲をそそる香りもする!
いた! プレイヤーだ!
プレイヤーは逃げるのを諦めたようで、バールを構えている。
先頭のゾンビがバールで攻撃されている隙に二番目三番目のゾンビがタックルを喰らわせて転倒させる。そこに群がるゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。
これじゃとてもじゃないけど近づけない。でも諦めたら駄目!
しかしゾンビの隙間から見たプレイヤーのあまりにも悲惨な状態に食欲を失う。駄目、やっぱり生きた人を食べるなんて出来ない。
まだ夜明けまでは時間があったけど、私はトボトボと来た道を帰っていた。
あぁ、またあの地獄の苦しみを味わないといけないのか。
誰か助けて、私にはこのゲームはハードルが高すぎた。門を潜り夜明けの制裁——陽光に焼かれる——を受けない場所にまで来ると、精神が折れてその場でへたり込む。
神様、お願いです。もう有名になりたいと願いませんので、どうかこの地獄からお救い下さい。神様、お願いです!
そこで誰かがこちらへ歩み寄ってきている気配に気がつく。
見上げればボロボロのマントに身を包む、フードの隙間から覗く顔が死神のような、骨と皮な骸骨そのものが佇んでいた。そしてその悪魔悪魔しい姿に言葉を失う。
このエリアにもボスが存在するんだ。
でもなんで私なんかの前にいるの?
私はこれから、どうなるんだろう?




