第26話、喪失
生存者は刀を装備する伊藤たち三人と西園寺、そして俺の計五名であった。そう、多くの犠牲者を出してやっと食料品エリアを制圧したのだ。かく言う俺もかなり危なかった。
また犠牲者がゾンビ化しないよう、全ての死亡プレイヤーは首が斬り落とされた。すると数分後にはプレイヤーの亡骸が消えたので、もうゾンビ化の心配はしなくて良さそうだ。
そして各々が一息つこうとした時——
あの不気味な鼻歌が聞こえた。今回は女性の鼻歌。ここには男性しか来ていない。つまり女性という時点でゾンビの可能性がぐっと高まる。しかも二人分の鼻歌が聞こえる。
音を辿ればまだ調査していないバックヤードの方からであった。
そこで生存者みんなでバックヤードを確認することになり、覗いてみると——
その姿にフラッシュバックして、西園寺以外の四人はギョッとしてしまう。
二人の血の涙を流す女性がこちらへゆっくりふらふらと、横に揺れながら歩いて来ていたのだ。
「ははぁん、鼻歌とは噂の不死のゾンビか? 」
西園寺が音もなくゾンビの背後に回り込む。そして腕を薙ぎ払うかのようにして振ると——
女性ゾンビの首があらぬ方向に曲がり——きらなかった。首を可動域限界ギリギリまで横に振ったのみのため、依然立ったままだ。
「なんだと? 」
再度サイコキネシスを行ったようだが、ゾンビは首を横に振り髪を乱すのみだ。
「みんなやるぞ! 」
伊藤の掛け声で刀組が動く。三人の攻撃により転倒するが、鼻歌はすぐに再開される。
やはり鼻歌を歌う奴は倒せない!?
「作業を分担するぞ! 俺と大介がゾンビの相手をしている間に、残りの三人で食料品を確保してくれ」
「わかった」
静寂の中、遠くからゾンビを斬りつける音と鼻歌、そして手元の食料品を買い物カゴに詰め込む乾いた音が辺りに響く。そうして目一杯カートに食べ物を詰め込んだ俺たちは、一目散に女性達が待つフロアへ戻るのであった。
「お兄ちゃん、大丈夫? 凄く疲れてるよ」
言われてショーウィンドウに映る自身の顔を確認する。すると目の下にクマが出来ていた。
「あぁ、少し疲れたかも」
そこでソラが、俺の手の平のマメに気付く。
「大変、手当てしなくっちゃ! 」
手が包帯でぐるぐる巻きになる。
そしてソラは思い詰めた表情を浮かべ——
「お兄ちゃん、ソラはもう迷わない事を決めたよ」
「……えっ? それはどう言う事? 」
「今度はソラがお兄ちゃんを助ける番。……このゲームをハッキングするの」
「出来るのか!? 」
「わからない、でも頑張れば出来る気がするの」
そうしてソラの瞳が七色に移りゆく。そして透明なキーボードに向かって文字を打ち込むように手先を動かすと、指で押した空間が青白い波紋となり一瞬だけ小さく波立ち広がりを見せていく。
「パスワードは——あれ? パスワードはどこ? そんな、ありえない。なぜ? いや、今は探すのよ」
それから暫くの間、カタカタ指を動かしていたのだが——
「検索出来ない。どう言う事? 存在自体がないの? 」
ソラの額から汗が流れ落ちる。
「あっ、見つかった」
「やったのか!? 」
「違うの、ハッキングしているのが見つかっ——」
そこでソラの動きがピタリと止まる。そして身体が透明になっていき——姿が完全に消えてしまった。
あまりの突然の出来事に言葉が出ない。頭が追いつかない。
「えっ……ソラ? 」
どういう事なんだ!? ソラが目の前から消えてしまった。明らかにこれは異常事態。ソラが消えたのは、ソラが……ハッキングしていたのがバレて、テロリストに消されてしまった? そんな事が出来るのか?
いや、テロリストだ。あいつは、あの光る猫はログオフボタンを消す事が出来る存在。だからソラを消す事も——
いや、逆に言うならあの猫なら何か知っているはず! あいつと話をしないと! でもどうやって? 今まで多くのプレイヤーが死ぬ思いをしても何もせず淡々とイベントをさせて来た猫。どうしたら猫と話せる?
……クリアするしかないのか? 俺がクリアしたならば、俺の元に猫が現れるはず。
「おい、大丈夫か? 」
肩に手を置かれ話しかけられていた、伊藤から。俺は——どうやら凄い形相で雄叫びを上げているようだ、意味不明な言葉を。その叫びは今も続いている。
やめないと、叫ぶのを。
落ち着け、落ち着け落ち着け!
どうにかして叫ぶのをやめる事が出来た。
しかしソラは無事なのか?
ソラは元々が人工知能である。不正がバレてしまったから、消されてしまったのではないのか? わからない。わからないわからない。
どうしてこうなった? ソラは迷っていた。そうだ、こうなる事を、予見していたのではないのか? 失敗しても成功してもかなりの確率で危険が付き纏う事を。
でも決断した。俺を助けるために。なぜ気づかなかった? あの時ソラともっと話をしていれば、止めさせる事が出来た?
ソラに会いたい、ついものの数分前まで一緒にいたのに。喪失感が俺の身体を震わす。
……いや、俺はソラを助け出す。そうだ、諦めたらそこでおしまいだ。
俺はこのゲームをクリアする! そしてソラを助け出すんだ。
冷静に、冷静になれ! 冷静じゃないとクリアなんて夢のまた夢となってしまう。
その時連続してカーブを曲がったのか、けたたましい車のブレーキ音が二回聞こえた。その後車のエンジンをふかす音が、こちらへ向かって来ている!?
誰かがこのショッピングモールへ、来ようとしているようだ。




