ロレーヌ、院長先生を紹介する
クラン加入メンバー視点。
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面接の翌日、あたしはボスに新しい装備を買って貰った。鋼鉄製のダガーを二本で、その内の一つは炎の魔石が埋め込まれている。
魔石付きは炎の追加ダメージが発生するし、ゴースト系にもダメージを与えられて便利なのだ。
……その分、値段は魔石無しの五倍はするんだけど。
更に、ワイバーン製のレザージャケットも用意してくれていた。こちらはボスの手作りらしい。
柔らかい上に非常に丈夫で、そこいらの魔物の爪や牙では裂けないそうだ。
……素材が余ってたらしいけど、ボスって器用なんだね。
そして、今のあたしはボスの案内係を務めている。
全員の装備を買った後に、ボスが孤児院までの案内を頼んで来たからだ。あたしを預かる以上、院長先生に挨拶をしておきたいらしい。
……ボスって凄く几帳面だね!
「ボス、ここが孤児院だよ!」
「ここですか……」
あたしはクルリと振り返り、ボスにニッコリ微笑んだ。ボスは渋い顔で孤児院を見つめていた。
その様子に、あたしはクスクスと笑う。思った通りの反応だったからだ。ボスならきっと、そういう反応をするだろうと思った。
「……何というか、歴史を感じさせますね」
「ふふっ……。はっきりボロイって言って良いよ!」
あたしの言葉にボスは苦笑いする。そう、あたしの過ごした孤児院はボロイ。建てられて四十年を超える木造の建物である。
寄付で運営されている孤児院は、古くなったからって立て直すお金なんて無い。雨漏りなんて日常茶飯事だし、壊れた所は自分達で修理する。
こんなオンボロな建物は、ヴォルクス中を探しても、そう多くは見つけられないだろう。
「早くクランを大きくして、建て替え資金も貯めたい所ですね……」
「本当に……!? それが出来たら、孤児院の皆もすっごく喜ぶよ!」
ボスはこうやって、会話の節々であたしを喜ばせて来る。なので、あたしのボスへの好感度はうなぎ登りである。
狙ってやってるなら、すっごい人たらしだと思う……。
「お兄ちゃん、早く行こう……」
「ああ、そうだね」
ボスの横でアンナちゃんが袖を引いている。そんな彼女に、アレクはニコリと微笑みを返した。
なお、今のメンバーはこの三人だけである。
ギリーは転職の為に王都へ向かったらしい。ハスティールとルージュは装備を抱えて、クランハウスへと帰って行った。
……恐らくは、新品の装備を手入れしたり、眺めたりしたいのだろう。二人も男の子だもんね!
「……ん?」
視線に気付いてアンナちゃんを見る。彼女は慌てて視線を逸らした。あたしはその様子に苦笑いを浮かべる。
昨日のやり取りで印象が悪い為か、今日はずっとこんな調子だ。強く警戒していて、事ある毎にあたしの様子を伺っている。
ボスも気付いてるみたいだけど、今の所は放置するつもりらしい。
あたしは軽く息を吐く。そして、二人を連れ添って、院長先生の部屋へと向かった。
孤児院の応接室でボスと院長先生が向かい合う。
ここは孤児院の中で一番マシな部屋である、来客用に、院長先生が特に手入れを頑張っているからだ。
「初めまして。私はこの孤児院を管理しています、院長のラーナと申します。どうぞ、宜しくお願い致します」
「初めまして。クラン『白の叡智』のリーダーを務めるアレクです。こちらこそ、宜しくお願いします」
二人は穏やかな表情で互いに挨拶を交わす。
そして、ふっと院長先生の視線がアンナちゃんに向く。ボスはすかさず彼女を紹介する。
「彼女は妹のアンナです。まだ小さいですが、アンナは黒魔術師で、クランメンバーでもあります」
「まあ、小さいのに素晴らしいですわね! ……アンナちゃん、私はラーナです。宜しくね」
「うん、宜しく……」
院長先生はアンナちゃんの前でしゃがみ、彼女の目線で挨拶をする。
アンナちゃんは照れた様子だが、ボスの後ろに隠れずに挨拶を返した。
院長先生はどんな子供でも、すぐに仲良くなれる才能があるのだ!
ちなみに、院長先生は今年で70歳になるシスターである。白髪でシワシワだけど、足取りはまだまだしっかりしてる。
孤児院の設立から関わっており、三代目の院長先生らしい。
「さあ、立ち話もなんですので、お二人とも座って下さい」
「それでは、お言葉に甘えまして」
ボスとアンナちゃんは並んでソファーに座る。あたしは院長先生と並んで、向かい合う形でソファーに座った。
このソファーも院長先生が手入れしているので、古い割にはボロく見えない。ただ、ちょっと軋む音は気になるけどね。
向き合った二人で先に動いたのは院長先生だ。彼女はボスとアンナちゃんを交互に見つめて尋ねた。
「ロレーヌから聞きましたが、アレク様とアンナ様は……」
しかし、ボスはすっと手を上げて院長先生の言葉を遮る。そして、困った表情を作る。
「その様付けは止めて下さい。祖父は偉大な功績を残したかもしれませんが、私はただ身内というだけですので……」
「あらまあ……」
ボスの言葉に院長先生が驚く。そして、クスクスとおかしそうに笑う。
「ふふっ……。ゲイルさんと同じ様な事を仰るのですね。それでは、貴方の事はアレクさんと呼ばせて頂きます」
「え……? もしかして、祖父と面識があるのですか?」
「ええ、勿論ですとも。ゲイルさんも、この孤児院設立に関わっていますから」
「えぇ……!? 初めて聞いたよ……!」
あたしは思わず叫んでしまう。
二人の会話に割って入るのは失礼かもしれない。それでも、これは驚かずにはいられないだろう。
院長先生はクスリと笑う。そして、あたしとボスに向かって教えてくれた。
「ゲイルさんからのお願いですからね。彼が関わってると知ったら、余計な人間が集まって来る。だから、自分が関わる事は伏せて欲しいって……」
「ああ、なるほど……」
確かにそれはありそうだ。賢者様の知名度は、この街では凄く高い。
そして、それだけの影響力があれば、利用したい人達も多いだろう。
知名度を上げたい権力者。賢者様とコネを持ちたい冒険者。そういった人達を獲物にする商人。
どれも、純粋に孤児の救済を願う人達じゃ無い……。
そんな人達に周辺をウロウロされても迷惑だ。賢者様が名前を隠した理由は納得の行く物だった。
「それで、話を続けて良いかしら?」
「はい、構いませんよ」
ボスは笑みを浮かべて頷く。院長先生はニコリと微笑み、先程の続きを口にした。
「アレクさんとアンナちゃんは、ゲイルさんのお孫なのですよね? ゲイルさんはお元気にされていますか?」
「……いくつか説明が必要ですね。まず、祖父は四年前に他界しています」
「え……。そ、そうなの……?」
院長先生が動揺する。あたしも驚いたけど、院長先生は何で動揺したんだろう?
ボスもその反応に眉をしかめるが、そのまま話しを続けた。
「そして、アンナは実の妹ではありません。ボクの婚約者だった人の妹です」
「婚約者だった……?」
あたしは不思議に思い、呟きが漏れる。
婚約解消なら、アンナちゃんが一緒にいる理由がわからない。それ以外の理由も、咄嗟には思いつかない。
そして、ボスの笑みが消える。悔しさを滲ませ、小さく呟いた。
「……十五日程前に村が襲われ、その時に殺されました」
「私が弱かったせいで……」
アンナちゃんの纏う空気が変わる。
恨みと後悔が混ざった、激しい感情が溢れ出している。彼女は自分のローブをギュッと握った。
「う、うう……」
気が付くと、あたしの体が震えていた。昨日の出来事を体が覚えていたからだ。
あたしに向けられた殺意では無い。それでも、あたしのトラウマを呼び起こすには十分だった。
そして、ボスが動き出す。アンナちゃんの目を覗き、優しく語り掛けた。
「ミーナや皆を守れなかったのはボクも同じだよ。それに、後悔しても今更どうしようもない。悔しい思いをしたからこそ、ボク達は強くなるって決めたんだろ?」
「うん、私は強くなる……。自分の事も、お兄ちゃんの事も守れる位に……」
「うん、そうだね……」
ボスはアンナちゃんを抱き寄せる。そして、昨日と同じく頭を撫でてやる。
すると、彼女の表情が和らぎ、放たれる圧力も薄れて行った……。
あたしはホッと息を吐く。体の震えは気付くと止まっていた。
そして、あたしは今のやりとりで理解出来た。
「アンナちゃんの迫力は、家族を殺されたからか……」
あたしの呟きにボスの目が動く。静かだけど、激しい感情を感じさせる瞳があたしを捉えていた。
「ボクは目の前で、最愛の女性が殺された……。アンナも目の前で、実の両親を殺されている……。ボク達は、弱さが罪だと思い知らされたんだ……」
「…………!?」
ボスの言葉には迫力があった。それは、アンナちゃんみたいに激しい物では無い。恐怖を感じる物では無い。
だけど、魂にグッと来る何かがあった。あたしは何故か、感情を激しく揺さぶられていた。
「大切な人を守るには力がいる……。私はもう、大切な人と別れたく無い……」
アンナちゃんがポソリと呟く。そして、その言葉が胸に刺さった。
あたしは両親を早くに亡くした。父は魔物に殺された。母は病気で亡くなった。あたしはその事で、自分が不幸と考えていた。
しかし、あたし達に魔物に負けない強さがあったら? 病気を治療出来るお金があったら?
もしかしたら、両親は死なずに済んだのかもしれない。二人に、或いはあたしに魔物や病気に打ち勝つ力があれば……。
とはいえ、それは言っても仕方の無い事だ。今更、力を手に入れても、二人は戻って来ないのだから。
「ロレーヌ、どうかしたの……?」
あたしが考え込んだので、院長先生が心配していた。優しい院長先生の瞳に、あたしの姿が映っていた。
「……あ、ああ!!」
あたしの脳裏に衝撃が走る。院長先生の顔を見た瞬間に、最悪の光景が浮かんだからだ。
……もし、院長先生が魔物に襲われたら? もし、院長先生が病気に倒れたら?
あたしは力が無い事を嘆くだけなのか? そんなあたしを、あたし自身が許す事が出来るのか?
そう思うと、自然に涙が溢れて来た。荒れ狂う感情を、あたしは制御出来なくなっていた。
「う、うぐっ……。い、院長先生……。あ、あたし……あたしは……!」
「どうしたの、ロレーヌ……!?」
あたしはみっともない事に、院長先生の胸に顔を埋めた。そして、ボスやアンナちゃんの目も気にせず、激しく嗚咽を漏らした。
院長先生はそんなあたしを、優しく抱きしめてくれた。あたしの背中を撫でながら、困った様に声を掛けてくれた。
「あらあら、子供みたいに泣いちゃって……」
「う、うう……。ぐすっ……」
院長先生はあたまを撫でてくれる。あたしが子供の時からしてくれた様に、優しく撫でてくれた。
あたしはその手の暖かさに安らぎを覚える。それと同時に、その安らぎが奪われる事に、不安も感じていた。
「ロレーヌは昔から優しい子だったわね……。アレクさんの話を聞いて、共感してしまったのでしょう……。アレクさん達の辛い境遇に……」
「なるほど。……しかし、それだけでは無いのでは? ロレーヌさんは、ラーナ院長の事をとても慕っている様に見えます」
ボスの言葉に院長先生の手が止まる。そして、僅かな動揺が伝わって来る。
「そうかもしれません。とはいえ、私も先が長い訳ではありませんので……」
「う、あわぁぁぁ……!!」
院長先生の言葉に、あたしは大泣きした。院長先生にも寿命があるのはわかる。
だけど、それを受け入れられるかは別問題だ。院長先生がいずれ居なくなると考え、あたしは頭がぐちゃぐちゃになっていた。
「困ったものです……」
「その様ですね……」
院長先生とボスが、溜め息を吐く気配を感じた。しかし、あたしはそれに反応出来なかった。
それから、あたしが泣き止むまでには、しばらくの時間が必要だった。
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