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白のネクロマンサー ~死霊王への道~  作者: 秀文
第三章 クラン結成編

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ルージュ、兄を訪ねる

お盆期間(11日~15日)は毎日更新します!

楽しんで貰えれば幸いです♪

 五日間の特訓が終了し、今日は休息日となった。


 私は久々に、二番目の兄であるニコル兄様を訪ねる事にした。父上と長兄は騎士団に所属する為、基本的には王都で暮らしている。


 しかし、二番目の兄はヴォルクス領主の私兵団に所属する為、この街で暮らしているのだ。


 ちなみに、今日の私は実家から持ってきた私服を着用している。ニコル兄様の家に訪ねるのに武装は必要無い。


 しかし、あまり失礼な服装も良くないだろう。この服なら、兄も見慣れているし、素材も良いので程よい装いと言えるだろう。


「ここへ来るのは二度目か……」


 初めて訪れたのは、ニコル兄様がこの家を購入した時だ。領主の私兵団に入り、二年が過ぎた時の事である。今から一年程前になるだろう。


 ニコル兄様は嬉しそうにしていたが、当時の私は複雑な心境だった。


 一人立ちした兄を羨む気持ちもあった。平民とはいえ、自分の生き方を決めた兄を凄いとも思った。


 しかし、ニコル兄様がハワード家の生き方を選ばなかった事に、寂しさも感じていた。


 ニコル兄様は剣の才能が有り、盾の騎士を目標としなかった。お爺様を誇りとして優先せず、自らの道を選んだのだ。


 ……そして、自然とニコル兄様はハワード家から距離を取る様になってしまった。


 私はニコル兄様の家の前に立つ。そして、その外装を改めて確認する。一言で言えば、一般的な平民の家である。


 以前はもっと大きく見えたはずだが、私の勘違いだったろうか……?


「ニコル兄様! ルージュが参りました!」


 ドアを叩きながら名を名乗る。ニコル兄様が不在で無ければ、これで私の訪問が伝わるだろう。


 少し待つと、ドアな奥から足音が聞こえて来る。


 そして、ドアがゆっくりと開かれた。ドアを開けたのは二十歳程の女性であった。


 想定外の事態に私は硬直する。


「あらあら、貴方がニコルの弟なのね? 聞いてはいたけど、本当にニコルそっくり。さあ、貴方のお兄さんが待っていますよ」


「あ、えっと、貴方は……?」


 女性にとって、私の反応は想定外だったらしい。目を丸くした後、首をコテンと傾ける。


「あらあら、私の事は聞いてなかったのね……。私の名前はシンシアです。いずれ、貴方のお義姉さんになる者ですよ」


「何ですって……!? 貴女はニコル兄様の婚約者ですか……!」


 全く聞いていなかった。ニコル兄様に婚約者がいるとは、実家からも知らされてはいない。


 義理の姉との初対面がこれとは、正直どうなのだろうか?


 ……しかし、少し考えてみると、それも仕方無いかと思う。


 ニコル兄様は実家を避けていた。婚約の話も、ギリギリまで伏せておきたかったのだろう。


「うふふ……。ここで立ち話も何ですので、中に入って下さい。私の事は、お兄さんから詳しく聞いて下さいね?」


「は、はい。わかりました。それでは、お邪魔します……」


 シンシア義姉様に案内されて、家の中へと入って行く。


 とはいえ、平民の家で屋敷程の広さは無い。すぐに兄の待つリビングに到着した。


 ニコル兄様は私の3つ年上である。金髪にブラウンの目を持ち、気が強そうな顔立ちをしている。


 祖父は平民の出身だったらしいが、祖母が貴族の出自なので、我が家は貴族の証である金髪が多い。


 ニコル兄様はリビングでソファーに腰掛け寛いでいた。こちらの到着を見ると、ニヤリと笑って見せた。


「先程の声は聞こえていたぞ。シンシアが出て驚いたみたいだな?」


「ニコル兄様、イタズラが過ぎます。せめて、シンシア義姉様には説明すべきだったのではないですか?」


 私が嗜めるが、兄は聞き流してしまう。それどころが、こちらを非難する様に睨み付けて来る。


「ふんっ! 先に驚かせたのはどっちだ? 職場にメイドがやって来た時の、私の気持ちがルージュにわかるか?」


「職場にですか……!?」


 ニコル兄様の発言に驚かされる。一昨日にメアリー殿に頼んで、兄の都合を確認して貰いはした。


 しかし、職場まで訪ねたとは聞いていない。職場とは当然ながら、領主様の私兵団という事だろう……。


 私が愕然としていると、その反応で溜飲が下がったらしい。ニコル兄様はニヤリと笑って肩を竦める。


 そして、言いたい事を一気にまくし立てる。


「わざわざ職場に訪ねて来たのだ。どこの貴族からの使いかと思ったぞ? それが蓋を開ければ、クランの専属メイドと言うでは無いか。それも、使いの内容が弟からの訪問予約だ。周りの同僚には思いっきり笑われたな。まあ、そのお陰で、小隊長からは休みを貰えた訳ではあるが……」


 私が目を白黒していると、後ろからクスクス笑う声が聞こえて来た。シンシア義姉様が、楽しそうに話し掛けて来る。


「ふふっ。休みをやるから、賢者様の孫について聞いて来いですって。ニコルは父から宿題も貰ってるのよ?」


「え……? まさか、シンシア義姉様の父とは……」


「ああ、オレの上司である小隊長が、シンシアの父でもある。贔屓される訳でも無いのに、職場ではこき使われている……」


「あら? ニコルは父に気に入られてるのよ。ニコルは器用だし、何でも頼みやすいって言ってたわよ」


「使われる側からしたら、素直に喜べないな……」


 ニコル兄様は憮然とした表情を作るが、口許が僅かに緩んでいる。口で言うよりは、悪く思っていないのだろう。


 ……ニコル兄様が上手くやれている様で安心した。実家と距離を取ったが、完全に孤立無援という訳では無いらしい。


 私がホッと胸を撫で下ろしていると、シンシア義姉様に肩をつつかれる。何かと思って振り向くと、空いたソファーを指差していた。


「さあ、いつまで立ってるのかしら? お茶を入れるから、座って待っててね」


「ありがとうございます」


 私は素直に進めに従う。貴族では無いニコル兄様に、貴族流の挨拶は不要だろう。


 私はソファーに腰掛けて、ニコル兄様に向かい合う。


「それで、今日の用件は……?」


「ええ、生活の目処が立ちましたので、挨拶をしておこうかと……」


 私が微笑んで話すと、兄は不機嫌そうに顔を歪めた。


 そして、鬱陶しそうに手を振って見せた。


「オレが貴族のやり方を嫌いだと知っているな? 腹の探り合いは無しだ。本題から話してくれ」


「ははっ。ニコル兄様は相変わらずですね……」


 私は苦笑を浮かべる。ニコル兄様は、子供の頃から変わらないな……。


 私はチラリと視線を逸らす。シンシア義姉様がいるであろう、キッチンに意識を向けたからだ。


 幸いにして、すぐに戻る気配は無い。まだ湯を沸かしているのだろう。


「……アレク殿から聞いたのですが、お爺様は騎士ではなかったそうです」


「騎士では無い……?」


 ニコル兄様は眉間に皺を寄せる。私の言葉を否定するでも無く、ただその意味を吟味していた。


 そして、目で続きを話す様に促して来る。


「お爺様はガーディアンという職を極めていたそうです。Lv50の剣士から転職可能な、守りに特化した職業との事です」


「ガーディアン……」


 ニコル兄様は、言葉を舌で転がす。じっくりと、その意味を吟味していた。


 そして、その表情は非常に難しい物へと変わって行く。


「ルージュは、そのガーディアンを目指すのか?」


「勿論です。私にはハワード家の悲願を叶える義務があります」


 意気込む私に対し、ニコル兄様の反応は鈍い。


 その表情を見れば、ハワード家の悲願達成を望んでいる風には見えなかった。


「……ルージュの人生はルージュの物だ。ハワード家の為に捧げる物では無い」


「ニコル兄様……?」


 どうやら、私の使命感を良く思っていないらしい。いや、正確に言うなら、私の事を心配しているのだろう。


 ニコル兄様には、私が自分の意思を殺し、ハワード家を優先して見えるのだろう。


 私は安心させようと笑みを浮かべる。そして、そっと自らの胸に手を当てる。


「ハワード家の悲願は勿論大きいです。しかし、それだけでは無いのです。私はお爺様を誇りに思っています。そして、お爺様の様に輝かしい人生を送りたいのです。アレク殿という、素晴らしい主人の元で……」


 ニコル兄様の口許が綻ぶ。どうやら、私の意思は伝わったらしい。


 しかし、すぐに難しい表情へ戻る。そして、ニコル兄様は厳しい口調で告げる。


「ルージュの考えはわかった。しかし、その選択が何を意味するか、本当にわかっているのか? ルージュがそのガーディアンになれば、必ず後継者問題が発生するのだぞ?」


「こ、後継者問題……?」


 ハワード家の跡取りは、長兄であるスタンリー兄様に決まっている。それは私が生まれた時から変わっていない。


 それなのに何故だろう? 私がガーディアンになる事で、どうして後継者問題が発生すると言うのだ?


 私が混乱していると、ニコル兄様が苦笑する。そして、ゆっくりと説明してくれる。


「ルージュはガーディアンになる事が、ハワード家の悲願を叶えると言った。そして、ハワード家の悲願については、父上とスタンリー兄様の方が思いが強い。ここまでは問題無いな?」


「ええ、勿論です」


 父上も、スタンリー兄様も、その事で多くの苦労を背負っている。周囲の期待に答えようと、並々ならぬ努力を重ねて来た。


 私などよりも、お爺様の力を欲しているはずだ。


 ニコル兄様は私の反応を確かめる。そして、小さく頷くと、話を続ける。


「しかし、ルージュが悲願を叶える事を、父上とスタンリー兄様はどう思うかな?」


「長年の苦労から解放されるのです。当然ながら喜んでいただけるのでは?」


 当然の事として答える。それ以外に何があるというのだろう?


 ニコル兄様は静かに首を振る。そして、苦々しく吐き捨てる。


「表面上はそうかもしれん。しかし、内心は別だろうな? 何故、このタイミングなのかと……。今までの苦労は何だったのかと……」


「そ、それは……」


 ニコル兄様の説明に動揺する。


 その言葉を否定したい。しかし、父上とスタンリー兄様の苦労を知るだけに、その気持ちも理解出来てしまう。


 二人が内心でどう思うか、私にはわからなかった……。


 私は気落ちして顔を伏せる。そして、両手を強く握りしめる。


 私はどうするべきなのか? ガーディアンには成るべきでは無いのだろうか?


 私が悩んでいると、ニコル兄様から優しげな声が掛けられる。


「それ程に悩む事は無い。ガーディアンの存在を、当面は隠す必要があるだけだ」


「当面ですか……?」


 ニコル兄様の言葉に顔を上げる。ニコル兄様は優しい眼差しで、私の事を見つめていた。


 そして、ふっと軽く笑う。


「実際の所、問題になるのはハワード家自体では無いのだ。ルージュを取り込もうとする勢力の方だろう。スタンリー兄様を廃してでも、ルージュをハワード家の当主に据えようとする者達……。彼等さえ黙らせられるなら、後継者問題は発生しない」


「そ、それはどうすれば……!?」


 私は勢い込んで立ち上がる。ニコル兄様は私の反応に苦笑し、ジェスチャーで座る様に指示を出す。


 私は逸る気持ちを抑えて座り直す。そして、私が座るのを確かめて、ニコル兄様は続きを話す。


「我々に口出し出来るのは、我々より上位の貴族達だ。その上級貴族達を抑えられる存在は限られている。一つは王家の方々だ。しかし、あの方々が我々に肩入れする理由が無い」


「そうですね……」


 噂によれば、王家とその関係者は派閥争いで忙しいらしい。仮に私を取り込むにしても、ハワード家であるかどうかは関係無いだろう。


「だから、もう一つの存在を利用する。上位貴族が恐れる存在は賢者ゲイル様だ。賢者様の力を知る上位貴族達は、賢者様の意見に逆らえない」


「なるほど! アレク殿に頼んで……」


 希望が見えて喜ぶ私に、ニコル兄様は首を振る。


 そして、厳しい視線を私に向ける。


「賢者ゲイル様は既に亡くなられている。箝口令が出されているが、ヴォルクス領主の関係者には周知された事実だ」


「賢者様が……亡くなられている……?」


 唐突な知らせに唖然とする。


 賢者様の死は、この国に大きな波紋を呼ぶ。この国の民は、賢者様の存在に強く依存している。例え大きな問題が起きても、賢者様が出て行けば何とかなると考えている。


 その庇護者がいなくなったと知った際に、国民はどう思うだろうか?


 何かあった際に、誰が助けてくれる? 王家にその役目が代われるだろうか?


 ……いや、それよりも帝国との停戦はどうなる?


 賢者様に怯え、帝国は休戦協定を結んだ。賢者様がいなくなった以上、再び侵攻して来るのでは無いか?


 様々な不安が押し寄せ、顔から血の気が引いて行く。ニコル兄様も同じ考えなのだろう。深刻な表情で頷いていた。


「ヴォルクス領主とその関係者は、今やこの問題の対策に追われている。この街の民だけでは無い。全ての国民に納得行く説明をせねばならないのだ。それなのに、王家の人間は権力争いばかり……」


 ニコル兄様は苦々しく顔を歪める。王家の間で派閥争いが起きているのは有名な話だ。


 次期ペンドラゴン国王に、第一王子と第二王子で、どちらが相応しいかという争いである。


 しかし、この緊急時に争っている場合だろうか?


 今は一つに纏まらなければ、最悪は帝国に飲み込まれるかもしれないのに……。


 だが、私は諦めて息を吐く。派閥が纏まる事は無い。


 目の前に危機が迫らねば、大半の貴族は目先の利益を優先するだろうから……。


 私が頭を振ると、ニコル兄様はニヤリと笑った。その笑みに、背中がゾクリとした。


「だからこそ、纏まるには旗印が必要だろう? 賢者様に匹敵し、国民が熱望し、帝国が恐れ、貴族が頭を下げるだけの英雄がな……」


「まさか、それは……」


 私は瞬時に理解した。話の流れから答えは一つしかない。


「アレク殿が名実共に、賢者様の後継者となるべきだ。そして、その事を広く世に広めなければならない。それがこの国に安定をもたらす。ペンドラゴン王国の国民なら、誰もが諸手を上げて歓迎する未来だ。……その為なら、ハワード家の悲願など、些細な事だろう?」


 前国王や貴族が望むのは、この国を守る強大な力だ。お爺様が貴族となったのは、賢者様の力の一部を国に取り込む為である。


 ならば、新たな力が育つのを、誰も止めはしない。私がアレク殿の力となる限り、それを邪魔出来るペンドラゴン国民は存在し得ない。


「素晴らしい……」


 私の漠然とした夢が目標へと変わる。私が成すべき事は、主であるアレク殿を助けること。そして、アレク殿に真の英雄へなって頂く事である。


 やるべき事は変わらない。ただ、具体的になっただけだ。私に否など有るはずも無かった。


「私も裏では、場を整える為の協力を行おう。ルージュはただ強くなり、アレク殿の活躍を陰から様支えれば良い。それはこの計画の大前提だからな?」


「わかりました。その大役を必ず務めてみせます」


 胸を張って答える私に、ニコル兄様は満足気に頷く。そして、あっと言う間に何やら思案を始める。


「……やはり、小隊長にも協力頂くか……?……あと必要そうなのは……?」


 早速、舞台調整の計画を練り始めたらしい。既に私の存在を忘れた様に、思考へ没頭している。そして、その顔は、どこか興奮して見えた。


 ……まあ、仕方の無い事である。


 この国の民は、小さな頃から賢者様の伝説を聞いて育っている。その伝説に自分も関われるとしたら、それに興奮しない国民はいるはずが無い。


 ニコル兄様の様子に苦笑していると、不意に扉からノックの音が響いた。


 目を向けると、そこには微笑むシンシア義姉様が立っていた。紅茶セットの乗ったトレイを手にして。


「そろそろ、私が入っても大丈夫かしら?」


「……ん? ああ、待たせたか。済まなかったな」


 ニコル兄様は爽やかに微笑む。その笑みにシンシア義姉様はクスクスと笑う。


 そして、テーブルに紅茶の準備を進めながら、上目遣いにニコル兄様を見る。


「……さっきまで随分盛り上がってたけど、私が聞いても良い話しかしら?」


「ああ、聞いてくれ。私の弟は強運の持ち主らしい!」


 そして、それからはニコル兄様の自慢話が始まる。シンシア義姉様もその話を、興奮した様子で聞いていた。


 ……話の半分はアレク殿だが、残りの半分は私である。


 あまりに誇張された自慢話に、私は居たたまれない気分で過ごす事になった。

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2022/05/14 15:06 退会済み
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