ルージュ、兄を訪ねる
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五日間の特訓が終了し、今日は休息日となった。
私は久々に、二番目の兄であるニコル兄様を訪ねる事にした。父上と長兄は騎士団に所属する為、基本的には王都で暮らしている。
しかし、二番目の兄はヴォルクス領主の私兵団に所属する為、この街で暮らしているのだ。
ちなみに、今日の私は実家から持ってきた私服を着用している。ニコル兄様の家に訪ねるのに武装は必要無い。
しかし、あまり失礼な服装も良くないだろう。この服なら、兄も見慣れているし、素材も良いので程よい装いと言えるだろう。
「ここへ来るのは二度目か……」
初めて訪れたのは、ニコル兄様がこの家を購入した時だ。領主の私兵団に入り、二年が過ぎた時の事である。今から一年程前になるだろう。
ニコル兄様は嬉しそうにしていたが、当時の私は複雑な心境だった。
一人立ちした兄を羨む気持ちもあった。平民とはいえ、自分の生き方を決めた兄を凄いとも思った。
しかし、ニコル兄様がハワード家の生き方を選ばなかった事に、寂しさも感じていた。
ニコル兄様は剣の才能が有り、盾の騎士を目標としなかった。お爺様を誇りとして優先せず、自らの道を選んだのだ。
……そして、自然とニコル兄様はハワード家から距離を取る様になってしまった。
私はニコル兄様の家の前に立つ。そして、その外装を改めて確認する。一言で言えば、一般的な平民の家である。
以前はもっと大きく見えたはずだが、私の勘違いだったろうか……?
「ニコル兄様! ルージュが参りました!」
ドアを叩きながら名を名乗る。ニコル兄様が不在で無ければ、これで私の訪問が伝わるだろう。
少し待つと、ドアな奥から足音が聞こえて来る。
そして、ドアがゆっくりと開かれた。ドアを開けたのは二十歳程の女性であった。
想定外の事態に私は硬直する。
「あらあら、貴方がニコルの弟なのね? 聞いてはいたけど、本当にニコルそっくり。さあ、貴方のお兄さんが待っていますよ」
「あ、えっと、貴方は……?」
女性にとって、私の反応は想定外だったらしい。目を丸くした後、首をコテンと傾ける。
「あらあら、私の事は聞いてなかったのね……。私の名前はシンシアです。いずれ、貴方のお義姉さんになる者ですよ」
「何ですって……!? 貴女はニコル兄様の婚約者ですか……!」
全く聞いていなかった。ニコル兄様に婚約者がいるとは、実家からも知らされてはいない。
義理の姉との初対面がこれとは、正直どうなのだろうか?
……しかし、少し考えてみると、それも仕方無いかと思う。
ニコル兄様は実家を避けていた。婚約の話も、ギリギリまで伏せておきたかったのだろう。
「うふふ……。ここで立ち話も何ですので、中に入って下さい。私の事は、お兄さんから詳しく聞いて下さいね?」
「は、はい。わかりました。それでは、お邪魔します……」
シンシア義姉様に案内されて、家の中へと入って行く。
とはいえ、平民の家で屋敷程の広さは無い。すぐに兄の待つリビングに到着した。
ニコル兄様は私の3つ年上である。金髪にブラウンの目を持ち、気が強そうな顔立ちをしている。
祖父は平民の出身だったらしいが、祖母が貴族の出自なので、我が家は貴族の証である金髪が多い。
ニコル兄様はリビングでソファーに腰掛け寛いでいた。こちらの到着を見ると、ニヤリと笑って見せた。
「先程の声は聞こえていたぞ。シンシアが出て驚いたみたいだな?」
「ニコル兄様、イタズラが過ぎます。せめて、シンシア義姉様には説明すべきだったのではないですか?」
私が嗜めるが、兄は聞き流してしまう。それどころが、こちらを非難する様に睨み付けて来る。
「ふんっ! 先に驚かせたのはどっちだ? 職場にメイドがやって来た時の、私の気持ちがルージュにわかるか?」
「職場にですか……!?」
ニコル兄様の発言に驚かされる。一昨日にメアリー殿に頼んで、兄の都合を確認して貰いはした。
しかし、職場まで訪ねたとは聞いていない。職場とは当然ながら、領主様の私兵団という事だろう……。
私が愕然としていると、その反応で溜飲が下がったらしい。ニコル兄様はニヤリと笑って肩を竦める。
そして、言いたい事を一気にまくし立てる。
「わざわざ職場に訪ねて来たのだ。どこの貴族からの使いかと思ったぞ? それが蓋を開ければ、クランの専属メイドと言うでは無いか。それも、使いの内容が弟からの訪問予約だ。周りの同僚には思いっきり笑われたな。まあ、そのお陰で、小隊長からは休みを貰えた訳ではあるが……」
私が目を白黒していると、後ろからクスクス笑う声が聞こえて来た。シンシア義姉様が、楽しそうに話し掛けて来る。
「ふふっ。休みをやるから、賢者様の孫について聞いて来いですって。ニコルは父から宿題も貰ってるのよ?」
「え……? まさか、シンシア義姉様の父とは……」
「ああ、オレの上司である小隊長が、シンシアの父でもある。贔屓される訳でも無いのに、職場ではこき使われている……」
「あら? ニコルは父に気に入られてるのよ。ニコルは器用だし、何でも頼みやすいって言ってたわよ」
「使われる側からしたら、素直に喜べないな……」
ニコル兄様は憮然とした表情を作るが、口許が僅かに緩んでいる。口で言うよりは、悪く思っていないのだろう。
……ニコル兄様が上手くやれている様で安心した。実家と距離を取ったが、完全に孤立無援という訳では無いらしい。
私がホッと胸を撫で下ろしていると、シンシア義姉様に肩をつつかれる。何かと思って振り向くと、空いたソファーを指差していた。
「さあ、いつまで立ってるのかしら? お茶を入れるから、座って待っててね」
「ありがとうございます」
私は素直に進めに従う。貴族では無いニコル兄様に、貴族流の挨拶は不要だろう。
私はソファーに腰掛けて、ニコル兄様に向かい合う。
「それで、今日の用件は……?」
「ええ、生活の目処が立ちましたので、挨拶をしておこうかと……」
私が微笑んで話すと、兄は不機嫌そうに顔を歪めた。
そして、鬱陶しそうに手を振って見せた。
「オレが貴族のやり方を嫌いだと知っているな? 腹の探り合いは無しだ。本題から話してくれ」
「ははっ。ニコル兄様は相変わらずですね……」
私は苦笑を浮かべる。ニコル兄様は、子供の頃から変わらないな……。
私はチラリと視線を逸らす。シンシア義姉様がいるであろう、キッチンに意識を向けたからだ。
幸いにして、すぐに戻る気配は無い。まだ湯を沸かしているのだろう。
「……アレク殿から聞いたのですが、お爺様は騎士ではなかったそうです」
「騎士では無い……?」
ニコル兄様は眉間に皺を寄せる。私の言葉を否定するでも無く、ただその意味を吟味していた。
そして、目で続きを話す様に促して来る。
「お爺様はガーディアンという職を極めていたそうです。Lv50の剣士から転職可能な、守りに特化した職業との事です」
「ガーディアン……」
ニコル兄様は、言葉を舌で転がす。じっくりと、その意味を吟味していた。
そして、その表情は非常に難しい物へと変わって行く。
「ルージュは、そのガーディアンを目指すのか?」
「勿論です。私にはハワード家の悲願を叶える義務があります」
意気込む私に対し、ニコル兄様の反応は鈍い。
その表情を見れば、ハワード家の悲願達成を望んでいる風には見えなかった。
「……ルージュの人生はルージュの物だ。ハワード家の為に捧げる物では無い」
「ニコル兄様……?」
どうやら、私の使命感を良く思っていないらしい。いや、正確に言うなら、私の事を心配しているのだろう。
ニコル兄様には、私が自分の意思を殺し、ハワード家を優先して見えるのだろう。
私は安心させようと笑みを浮かべる。そして、そっと自らの胸に手を当てる。
「ハワード家の悲願は勿論大きいです。しかし、それだけでは無いのです。私はお爺様を誇りに思っています。そして、お爺様の様に輝かしい人生を送りたいのです。アレク殿という、素晴らしい主人の元で……」
ニコル兄様の口許が綻ぶ。どうやら、私の意思は伝わったらしい。
しかし、すぐに難しい表情へ戻る。そして、ニコル兄様は厳しい口調で告げる。
「ルージュの考えはわかった。しかし、その選択が何を意味するか、本当にわかっているのか? ルージュがそのガーディアンになれば、必ず後継者問題が発生するのだぞ?」
「こ、後継者問題……?」
ハワード家の跡取りは、長兄であるスタンリー兄様に決まっている。それは私が生まれた時から変わっていない。
それなのに何故だろう? 私がガーディアンになる事で、どうして後継者問題が発生すると言うのだ?
私が混乱していると、ニコル兄様が苦笑する。そして、ゆっくりと説明してくれる。
「ルージュはガーディアンになる事が、ハワード家の悲願を叶えると言った。そして、ハワード家の悲願については、父上とスタンリー兄様の方が思いが強い。ここまでは問題無いな?」
「ええ、勿論です」
父上も、スタンリー兄様も、その事で多くの苦労を背負っている。周囲の期待に答えようと、並々ならぬ努力を重ねて来た。
私などよりも、お爺様の力を欲しているはずだ。
ニコル兄様は私の反応を確かめる。そして、小さく頷くと、話を続ける。
「しかし、ルージュが悲願を叶える事を、父上とスタンリー兄様はどう思うかな?」
「長年の苦労から解放されるのです。当然ながら喜んでいただけるのでは?」
当然の事として答える。それ以外に何があるというのだろう?
ニコル兄様は静かに首を振る。そして、苦々しく吐き捨てる。
「表面上はそうかもしれん。しかし、内心は別だろうな? 何故、このタイミングなのかと……。今までの苦労は何だったのかと……」
「そ、それは……」
ニコル兄様の説明に動揺する。
その言葉を否定したい。しかし、父上とスタンリー兄様の苦労を知るだけに、その気持ちも理解出来てしまう。
二人が内心でどう思うか、私にはわからなかった……。
私は気落ちして顔を伏せる。そして、両手を強く握りしめる。
私はどうするべきなのか? ガーディアンには成るべきでは無いのだろうか?
私が悩んでいると、ニコル兄様から優しげな声が掛けられる。
「それ程に悩む事は無い。ガーディアンの存在を、当面は隠す必要があるだけだ」
「当面ですか……?」
ニコル兄様の言葉に顔を上げる。ニコル兄様は優しい眼差しで、私の事を見つめていた。
そして、ふっと軽く笑う。
「実際の所、問題になるのはハワード家自体では無いのだ。ルージュを取り込もうとする勢力の方だろう。スタンリー兄様を廃してでも、ルージュをハワード家の当主に据えようとする者達……。彼等さえ黙らせられるなら、後継者問題は発生しない」
「そ、それはどうすれば……!?」
私は勢い込んで立ち上がる。ニコル兄様は私の反応に苦笑し、ジェスチャーで座る様に指示を出す。
私は逸る気持ちを抑えて座り直す。そして、私が座るのを確かめて、ニコル兄様は続きを話す。
「我々に口出し出来るのは、我々より上位の貴族達だ。その上級貴族達を抑えられる存在は限られている。一つは王家の方々だ。しかし、あの方々が我々に肩入れする理由が無い」
「そうですね……」
噂によれば、王家とその関係者は派閥争いで忙しいらしい。仮に私を取り込むにしても、ハワード家であるかどうかは関係無いだろう。
「だから、もう一つの存在を利用する。上位貴族が恐れる存在は賢者ゲイル様だ。賢者様の力を知る上位貴族達は、賢者様の意見に逆らえない」
「なるほど! アレク殿に頼んで……」
希望が見えて喜ぶ私に、ニコル兄様は首を振る。
そして、厳しい視線を私に向ける。
「賢者ゲイル様は既に亡くなられている。箝口令が出されているが、ヴォルクス領主の関係者には周知された事実だ」
「賢者様が……亡くなられている……?」
唐突な知らせに唖然とする。
賢者様の死は、この国に大きな波紋を呼ぶ。この国の民は、賢者様の存在に強く依存している。例え大きな問題が起きても、賢者様が出て行けば何とかなると考えている。
その庇護者がいなくなったと知った際に、国民はどう思うだろうか?
何かあった際に、誰が助けてくれる? 王家にその役目が代われるだろうか?
……いや、それよりも帝国との停戦はどうなる?
賢者様に怯え、帝国は休戦協定を結んだ。賢者様がいなくなった以上、再び侵攻して来るのでは無いか?
様々な不安が押し寄せ、顔から血の気が引いて行く。ニコル兄様も同じ考えなのだろう。深刻な表情で頷いていた。
「ヴォルクス領主とその関係者は、今やこの問題の対策に追われている。この街の民だけでは無い。全ての国民に納得行く説明をせねばならないのだ。それなのに、王家の人間は権力争いばかり……」
ニコル兄様は苦々しく顔を歪める。王家の間で派閥争いが起きているのは有名な話だ。
次期ペンドラゴン国王に、第一王子と第二王子で、どちらが相応しいかという争いである。
しかし、この緊急時に争っている場合だろうか?
今は一つに纏まらなければ、最悪は帝国に飲み込まれるかもしれないのに……。
だが、私は諦めて息を吐く。派閥が纏まる事は無い。
目の前に危機が迫らねば、大半の貴族は目先の利益を優先するだろうから……。
私が頭を振ると、ニコル兄様はニヤリと笑った。その笑みに、背中がゾクリとした。
「だからこそ、纏まるには旗印が必要だろう? 賢者様に匹敵し、国民が熱望し、帝国が恐れ、貴族が頭を下げるだけの英雄がな……」
「まさか、それは……」
私は瞬時に理解した。話の流れから答えは一つしかない。
「アレク殿が名実共に、賢者様の後継者となるべきだ。そして、その事を広く世に広めなければならない。それがこの国に安定をもたらす。ペンドラゴン王国の国民なら、誰もが諸手を上げて歓迎する未来だ。……その為なら、ハワード家の悲願など、些細な事だろう?」
前国王や貴族が望むのは、この国を守る強大な力だ。お爺様が貴族となったのは、賢者様の力の一部を国に取り込む為である。
ならば、新たな力が育つのを、誰も止めはしない。私がアレク殿の力となる限り、それを邪魔出来るペンドラゴン国民は存在し得ない。
「素晴らしい……」
私の漠然とした夢が目標へと変わる。私が成すべき事は、主であるアレク殿を助けること。そして、アレク殿に真の英雄へなって頂く事である。
やるべき事は変わらない。ただ、具体的になっただけだ。私に否など有るはずも無かった。
「私も裏では、場を整える為の協力を行おう。ルージュはただ強くなり、アレク殿の活躍を陰から様支えれば良い。それはこの計画の大前提だからな?」
「わかりました。その大役を必ず務めてみせます」
胸を張って答える私に、ニコル兄様は満足気に頷く。そして、あっと言う間に何やら思案を始める。
「……やはり、小隊長にも協力頂くか……?……あと必要そうなのは……?」
早速、舞台調整の計画を練り始めたらしい。既に私の存在を忘れた様に、思考へ没頭している。そして、その顔は、どこか興奮して見えた。
……まあ、仕方の無い事である。
この国の民は、小さな頃から賢者様の伝説を聞いて育っている。その伝説に自分も関われるとしたら、それに興奮しない国民はいるはずが無い。
ニコル兄様の様子に苦笑していると、不意に扉からノックの音が響いた。
目を向けると、そこには微笑むシンシア義姉様が立っていた。紅茶セットの乗ったトレイを手にして。
「そろそろ、私が入っても大丈夫かしら?」
「……ん? ああ、待たせたか。済まなかったな」
ニコル兄様は爽やかに微笑む。その笑みにシンシア義姉様はクスクスと笑う。
そして、テーブルに紅茶の準備を進めながら、上目遣いにニコル兄様を見る。
「……さっきまで随分盛り上がってたけど、私が聞いても良い話しかしら?」
「ああ、聞いてくれ。私の弟は強運の持ち主らしい!」
そして、それからはニコル兄様の自慢話が始まる。シンシア義姉様もその話を、興奮した様子で聞いていた。
……話の半分はアレク殿だが、残りの半分は私である。
あまりに誇張された自慢話に、私は居たたまれない気分で過ごす事になった。
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