ハスティール、海底洞窟(B1F)へ潜る
クラン加入メンバー視点。
海底洞窟に潜り、三日目で金剛の構えがLv5に上がった。四日目である今日は、地下一階へと向かうとの事だ。
「地下からは魔物が強くなるけど、基本はこれまでと同じで良いよ。ただし、ヤドカリが出たら、ハスティールさんに爆裂波動拳を使って貰います」
ようやくオレにも出番が来たらしい。リーダーの口振りから、既にオレは爆裂波動拳を覚えられる様だ。
耐えた日数は十日程度のはずだが、とても長い日々に感じる……。
「……ヤドカリとは、どんな魔物ですか?」
「ああ、ヤドカリは通称ですね。正式名称はメタル・ハーミットクラブ。魔法に反応して、貝殻に籠る習性を持つ魔物です。その習性から、魔法で倒すのが困難な相手なんですよ……」
「なるほど……」
これまでの狩りは、アンナちゃんの魔法頼りだった。それが通じないと、オレ達のパーティーでは苦戦が予想される。
そこでオレが役立てるという事か……。
「あ、ちなみに、ヤドカリ以外はこれまで通り、投石をお願いしますね?」
「はい。わかりました……」
出番はヤドカリだけらしい。そして、それ以外はこれまで通り、変わらずお荷物のままらしい……。
肩を落とすオレを気にせず、皆は海底洞窟に向かい出す。オレは慌てて、その後を追って行く。
そして、ロレーヌとルージュは慣れた様子で洞窟を進んで行く。この辺りの魔物は特性も把握し、二人は危うげ無く捌いて行く。
「今日はこちらですね」
洞窟も半ばで、リーダーは脇道に逸れる。この道は、初めて進むルートである。しばらく進むと、地下へと続く下り坂が現れる。
「ここからは魔物の質が別物です。始めの内は、慎重に進みましょう」
リーダーの言葉に一同が頷く。ロレーヌは緊張を滲ませ、ゆっくりと先へ進む。
そして、オレ達は慎重に進み、魔物を一体ずつ相手して行く。
現れる魔物はベノムアネモネ、アクアスネーク、ソードフィッシュ等。いずれも、一階とはまったく別物の強さだった。
それというのも、地下一階の全魔物が、スキルや魔法を使うのだ。初級冒険者であれば、下手すると近付く前に殺される。
この階層は完全に、中級冒険者以上しか踏み込めないエリアであった。
「一対一なら問題無さそうですね。複数対も試したいですが……今日は様子見だけにしときますか?」
ルージュとロレーヌが、慌てて首を縦に振る。流石の二人も、まだ複数相手は自信が無いみたいだ。
「おや? 待望の魔物が現れましたね……」
リーダーが楽しそうに指差す。一同は指先に視線を向く、ギョッと目を開く。
その魔物は、確かに見た目がヤドカリだった。
……しかし、やたらとデカイ。貝殻まで含めば、三メートルは軽く越えている。しかも、貝殻は鉄を含むのか、銀色に輝いている。
「ボーッとしてると、アッサリやられますよ? ルージュさんはしばらく足止めを。ハスティールさんは、爆裂波動拳の準備をお願いします」
ルージュはヤドカリを見上げ、その頬を引き釣らせる。振り返ってリーダーを見るが、リーダーはニコリと微笑むだけだ。
ルージュは諦めた様に、ヤドカリへ足を向ける。
ロレーヌとアンナちゃんは、哀れむ様にルージュを見送る。オレは他人事では無いので、慌ててリーダーに質問する。
「リーダー。爆裂波動拳は、どうやって使えば良いんですか?」
「え……?」
リーダーは不思議そうにオレを見る。オレは何かおかしな事を言っただろうか?
リーダーはしばらく考えていたが、程なくして説明を行ってくれる。
「……まずは、練気で力を溜めます。その次は、金剛の構えで全身に気を纏います。そして、最後は全ての気を相手へ解き放つと良いです」
「わかりました。やってみます」
リーダーは力強く頷いて見せる。そして、オレはリーダーの指示通り、まずは体内で気を練って行く。
力を溜める間に、ヤドカリに目を向ける。ルージュはしっかりと足止めをしていた。
しかし、重量差はどうしようもない。受け流しが綺麗に決まらず、何度も体勢を崩されかけている。あまり長くは持たないかもしれない……。
続いてオレは、金剛の構えを取る。こちらはすぐに効果を発揮し、体全体が気に覆われるのを感じた。
「リーダー。準備が出来ました」
「ルージュさん! ハスティールさんの元へ!」
リーダーの叫びにルージュが反応する。彼は一目散にこちらへ駆けて来る。当然ながら、ヤドカリも彼を追いかける。
……迫る巨体を見ると、その圧倒的な迫力に恐怖を覚える。
自分の倍程のサイズを持つ化け物なのだ。生物として、命の危機を感じるのは当然の事だと思う。
ルージュがオレの隣を駆け抜けて行く。その顔は、普段見ない様な必死さである。
しかし、オレはルージュに尊敬の念を抱く。こんな化け物に対して前へ出て、短い時間とはいえ一人で耐えたのだから。
そして、化け物ヤドカリがオレの射的圏内へ入る。奴は邪魔だと言わんばかりにハサミを振り上げる。
しかし、オレは構わずに拳を振り抜く。リーダーの言葉を信じ、全ての力を奴へと解き放った。
――ズガン!!
「………………」
場に沈黙が訪れる。誰もがその結果を、瞬時には理解出来なかったはずだ。オレは拳をゆっくりと下ろした。
オレの足元には、金属っぽい欠片が散らばっていた。かなり離れた場所には、ヒビだらけの巨大貝殻が転がっている。
……そして、衝撃が放射線に広がったのだろう。ヤドカリの肉片が、オレを中心に扇状に飛び散っていた。
「うーん。実際に使うとこうなるのか……」
リーダーの呆れた声が響く。振り返って見ると、リーダーは何故かホッとした表情をしていた。
ルージュとロレーヌは目を丸くして固まっている。オレ以上に、理解が追い付いてなさそうだ。
そして、アンナちゃんは眉を寄せて、嫌そうな顔をしていた。肉片飛び散るこの光景が、彼女には衝撃的過ぎたかもしれない。
「リーダー、やりまし……おえぇぇ……!」
唐突に訪れる気持ち悪さ。そして、オレはその場で激しく嘔吐する……。
すると、リーダーがゆっくり進み出る。
「エナジー・インジェクション」
オレの体が青い光に包まれる。すると、先程の気持ち悪さが、嘘の様に引いて行く。
オレは顔を上げてリーダーを見る。何故かリーダーは、気まずそうに視線を逸らしていた。
「すっかり忘れてました……。爆裂波動拳は、使うと精神力が尽きてしまいます。レベルが上がると消費量が減りますので、それまでは耐えて下さい……」
「そ、そんな……」
リーダーの説明にサッと血の気が引く。爆裂波動拳を使う度に、毎回嘔吐する事になるのか?
レベルが上がるまでに、何回の爆裂波動拳が必要になるんだ……?
オレがその場に崩れ落ちる。オレが落ち込んでいると、何故かアンナちゃんがやって来た。
「これをあげる……」
顔を上げると、青い瓶を差し出していた。
差し出されたアイテムは、精神力回復ポーションだろう。彼女が持つアイテムを分けてくれるらしい。
「あ、ありがとう……」
オレは感謝を告げて、精神回復ポーションを受けとる。頷くアンナちゃんの目には、初めて見る優しさが浮かんでいた。
……彼女のこの目は何だろう。今のオレの状況に共感している?
まさか、アンナちゃんはいつも、こんな修行を重ねて来たのだろうか?
ふと気付くと、ルージュとロレーヌがいつもの目をしていた。オレに対する哀れみの目である。
爆裂波動拳を覚えても、オレの立ち位置は変わらないらしい……。
「安心して下さい。次もまた、精神力はボクが回復しますので」
リーダーはニコリと優しく微笑む。その笑みに、オレは表情が強張るのを感じた。
オレは今までリーダーの笑みを、優しそうとしか感じていなかった。
しかし、今はその笑みが、とても恐ろしい物にしか感じなかった……。




