黒峯徹の人生
今日の俺は一人で白亜の塔を訪れていた。昼は神々を含めた来客が偶にあり、夜はミーアさんとヴィジョンが共に過ごす時間。
けれど、日が沈みかけた逢魔が時。この時間の父さんは常に一人だ。誰の邪魔も無く、一対一で会話する事が出来る。
俺が塔を登りきると、父さんは俺を優しく迎え入れてくれた。俺と父さんはソファーで向かい合い、赤く染まる部屋で話し始めた。
「今日は父さんに確かめたい事があるんだ」
「何かな? 答えられる範囲なら答えるよ」
父さんも神と言う立場から、全てを俺達に伝える事は出来ない。俺達が知るべきでは無い事を、選択しながら話している。
今回の質問はかなりグレーだ。答えて貰えれば御の字と言うつもりで、俺は父さんへと問い掛けた。
「俺は黒峯徹なの? それとも父さんのコピーなの?」
「――っ……」
微かに息を飲む気配があった。一見するといつもの笑顔。けれど、そこにはいつもとは違う緊張感が漂っている。
父さんは薄っすらと瞼を閉じ、小さく息を吐く。そして、優しい笑みで俺に語り掛けた。
「いつかは聞かれると思っていた。トールなら気付くだろうとね」
俺は小さく頷く。俺もわかっていたからだ。父さんならば、俺が問い掛けるのを待っていると。
何せ俺達の思考は似過ぎている。双子以上に趣味嗜好がまったく同じなのだ。互いの考える事が、誰よりもわかってしまう。
俺が答えを静かに待っていると、父さんは真剣な眼差しでこう答えた。
「先に答えを言おう。黒峯徹はトールの方だ。ボクの方こそが偽物なんだ」
「――っ……?!」
正直に言えば驚いた。それは可能性として考えたが、有り得ないと思っていたからだ。時系列から考えて、父さんは黒峯徹の第一の転生先だと思っていたから。
だからこそ、俺はそのコピーだろうと予測していた。けれど父さんは、驚きに固まる俺へと説明を続けた。
「この世界には『知恵』を司る神が居る。彼は異世界の知恵も盗み見る事が出来る。『ディスガルド戦記』をこの世界に齎したのも、彼の持つその能力によるものだった」
父さんから神々の成り立ちを聞いた事がある。第一世代の『世界』、第二世代の『生命』、第三世代の『文明』。『知恵』を司る神は、第三世代の始まりの神だ。
「彼は異世界へと小さな覗き穴を開け、その世界の『知恵』を吸収する。日常的にそんな事をしている彼の元に、ある事件が起きたんだ。それが小さな穴から、死者の魂が迷い込むと言う事件だ」
「死者の……魂……?」
話の流れとしてわかる。その魂こそが『黒峯徹』だったのだろう。父さんも俺が気付くとわかり、そのまま話を続けて行く。
「死者の魂は『死を司る』神の管轄。『知恵』の神はその魂をスレイン神へと捧げた。そして、スレイン神はその魂を浄化するのを勿体ないと考えた。何か有用な使い道があるのではと……」
魂の浄化は良くわからない。以前に父さんに聞いたが答えは濁されている。
俺が知るべきでは無い知識なのだろう。ただ何となくだが、リセットを意味するとはその時に感じた。
「スレイン神は自らの『死を司る力』から、爪先程の欠片を切り取った。もっと大きければ、使徒や神器が生み出せる力。それをとても薄く引き伸ばし、黒峯徹の魂に張り付けたんだ」
俺はゴクリと喉を鳴らす。スレイン神の使徒とは魔王の事だ。いや、あれは『闇を司る力』だったかな?
ただ、父さんはそれに近い存在。『死』の使徒として生み出されたと言う事なのだろう。
「それは実験好きな母さんの思い付き。『死を司る力』が人としての経験値を吸収すれば、どう成長するのかを見てみたいだけだった。――それがアレク誕生の始まりなんだ」
「父さんは、実験体として生まれた……?」
俺は思わず漏らした言葉にハッとなる。慌てて口を押えるがもう遅い。その言葉は父さんに聞かれてしまった。
ただ、父さんは気にした様子が無かった。苦笑交じりに俺へと説明を続ける。
「初めは実験体として生まれたのは確かだ。ただ、母さんは俺を見守る中で、情と言うものを覚えてね。それを切っ掛けとして、今ではすっかり人間臭くなってしまったよ」
父さんの口調から、そこにネガティブな感情は混じっていない。困る部分もあるけど、それを肯定的に感じていると言う証だろう。
そんな感情が伝わったと思ったのか、父さんは苦笑を引っ込めて、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「ボクはそれを知らずに育った。自分が黒峯徹の転生者だと信じていた。けれど実態は違ったんだ。本来は人生の経験を得て魂は成長する。けれど、黒峯徹の魂は一切の成長をせず、『死を司る力』がその経験を全て吸い取って育っていたんだ」
今度は口調にハッキリとネガティブな感情が込められていた。父さんにしては珍しく、強めの嫌悪感が滲み出ていた。
「転生神等と崇められていても、その実態は寄生虫に等しい。ボク自身は黒峯徹の魂とは別物で、その魂から経験を奪い取って育った存在なんだ」
「――俺以外には、そんな風に言わないでね? きっと周りを悲しませるから……」
俺の言葉に父さんが息を飲む。そして、ふっと小さく笑みを浮かべた。
「うん、わかっているよ。ミーアは知ってるけど、それ以外に語るつもりは無い。ただ、トールにだけは話しておくべきだと思ったんだ」
父さんはきっと俺に罪悪感を持っている。本物の黒峯徹の魂を俺が持ち、父さんはそれを利用していたと思っているから。
誰にでも優しく、誰よりも献身的な父さん。俺に対しての愛情を感じる事もあるけれど、ずっと申し訳ない気持ちで接していたのだろうか?
俺のそんな気持ちを察したのだろう。父さんは再び苦笑を浮かべて、俺へと優しく語り掛けて来た。
「確かに罪悪感はある。けれど、それだけでトールを転生させた訳じゃないよ? ボクは黒峯徹に感謝している。だから、トールには幸せな人生を歩んで欲しいと願っているんだ」
「えっ……?」
黒峯徹に感謝している? それはどういう意味だろうか?
俺が不思議に思っていると、父さんは窓へと視線を向ける。半分以上沈んだ夕日を見つめ、父さんは懐かしそうにこう語った。
「辛い事も沢山あった。悲しい事も沢山あった。けれど、楽しい事も沢山あった。黒峯徹の魂が根源だったお陰で、ボクはこの世界に生まれて良かったと思えたんだ」
「――っ……?!」
そう、俺と父さんは良く似ている。それはお互いが黒峯徹の前世を根源としているからだ。
スタート地点は違っていても、この世界への憧憬は同じ。そして、辿り着く答えも同じなのかもしれない。
「トールーーいや、黒峯徹。今度こそ幸せな人生を歩んでくれ。ボクはそれを心の底から望んでいる」
「……もう既に十分幸せだよ。俺はこの世界に生まれて来て、本当に良かったと思っているんだからさ」
俺はこの日初めて知った。父さんの複雑な生い立ちと、俺に対する複雑な感情を。
ただ、向けられる眼差しには愛情が籠っていた。俺に対する慈しみが、体全体から溢れ出していた。
俺は父さんに望まれて生まれて来た。やはりこの世界は、俺が生まれて良いと認めてくれていた。
ボクは父さんと微笑み合いながら、第二の人生に心の底から感謝するのであった。




