第二の母
トールとして生まれた第二の人生。この世界での俺の母さんはメリッサと言う名だ。
母さんは転生神アレクの二番目の妻。そして、冒険者ギルドの統括をしながら、城下町も実質的に取り仕切っている女傑である。
母さん曰く、自分は目的の為ならば何でもする人間。必要とあらば汚れ仕事も喜んで引き受けるとの事だった。
ただ、最近はそんな危険を冒す必要も無くなって来た。今の立場なら正規の手順で、大抵の問題は解決可能になったと笑いながら続けていた。
「――トール。始めますよ?」
「はい。宜しくお願いします」
俺と母さんは共に王宮に暮らしている。転生神である父さんが、王宮側の塔に住んでいるからだ。
アンリエッタ伯母――女王の計らいで、親族は全員王宮内で生活していると言う訳である。
そして、そんな俺と母さんの昔からの日課。今日も夜明けと共に、誰も居ない騎士団訓練場での手合わせを開始する。
「構えなさい、トール」
母さんは木剣を真っ直ぐに構える。いつも通り綺麗な立ち姿だ。凛とした母さんには、剣を構える姿が似合う。
そして、かつての騎士団が腐っていなければ、母さんは女騎士になっていたそうだ。今でもLv50の剣士なので、成ろうと思えばいつでも騎士になる事は出来る。
ただ、今更そこに未練は無いらしい。自分は自分にしか出来ない事をする。騎士の夢は俺に託すと話していた事がある。
「ふぅ……」
俺は母さんと同じ型で剣を構える。流派がある訳ではない。母さんが若い頃に編み出した、我流の剣術である。
ただし、この剣術は恐ろしく合理的だ。レベルが上がって騎士になった今だからこそ、その剣術を編み出した母さんの凄さがわかる。
「今更、私から剣術を語る必要は無いでしょう……」
母さんはゆっくりと木剣を振り上げる。俺もそれに倣って、まったく同じ動きで木剣を振り上げた。
そして、振り下ろしもゆっくりだ。俺もそれに合わせて振り下ろし、母さんの木剣と軽くぶつける。
「ですので、心の在り方を語りましょう。恐らくはこれが最後でしょうから……」
「えっ……?」
俺は驚きで目を見開く。ずっと続けていた日課。そこに終わりが有るとは思っていなかった。
ただ、母さんは気にせずに剣を引き寄せる。俺も動揺を押し殺して、母さんの動きに合わせる。
「幼い私は賢者ゲイル様に憧れました。強き力を持ち、それを人々の為に振るう英雄の在り方に……」
母さんがゲイルじいちゃんを大好きなのは知っている。周囲の色々な人からも、母さんも過去を聞かされているしね。
「けれど、成人後に騎士になる目前で、私は現実に絶望しました。騎士の国と謳われたペンドラゴン王国。されどその騎士団が、完全に腐敗していたからです」
俺は母さんの動きを模倣し、ゆっくりと剣を振るい続ける。そして、母さんが何を伝えようとしているのか、そこに意識を集中し続けた。
「ここでは夢が叶わない。そう思った私は、冒険者ギルドへと入りました。本物の英雄は騎士団から生まれない。外から見つける必要があると考えたからです」
その辺りの経緯も聞いた事がある。母さんはそのお陰で父さんと出会え、結婚まで出来たと笑って話していた。
「けれど、そこでも私は絶望しました。夢を見て冒険者となる若者達。されど、その多くは命を落とし、残りの者達も夢が叶わず去って行く。現実はかくも厳しいのかと、私は自分の無力さに嘆きました」
俺は母さんと剣を重ねる。それと同時に、微かな動揺を感じていた。俺は母さんの弱さを知らない。俺にとっての母さんは、いつだって強い存在だったからだ。
「私は手を尽くしました。彼等の命を、夢を守る為、汚い手段も使いました。それでも私の努力は焼け石に水……。――そんな状況の中で、アレクが現れたのです」
母さんの口元が綻ぶ。いつも凛とした母さんだけど、父さんの話になると嬉しそうに微笑む。そこには父さんへの愛が溢れていた。
「賢者ゲイル様の孫。その肩書に期待したのは確かです。けれど、アレクはそんな期待を易々と超えて見せました。彼の活躍により、多くの冒険者は救われ、望みを叶えられる様になったのです」
俺の元居た世界の知識を活用したらしい。転生物に良くある知識チートち言う奴である。転生神である父さんは、人の姿で人々をそうやって導いたそうだ。
「そして、アレクは人々を救い、国を救い、最後は英雄を超えて神になりました。その後、私は妻の一人に認められ、彼に代わって人々を導く役目を引き継いだのです」
神である父さんは、簡単に動けない立場にある。父さんの発言は女王よりも重い。たった一つの呟きで、世界の行く末を決めかねないからである。
だからこそ、人前には滅多に姿を見せない。白亜の塔に一人で暮らし、父さんの身近な存在がその代わりに動いているのだ。
「崩壊した王都を復興させました。多くの人々の助けになったと自負しています。ですが、いつまでも私がそれを為すべきではない。次の若い芽を育てて行かねばならないのです」
確か今の母さんは四十五歳だったはず。見た目は若々しくて、まだまだ三十代にしか見えないけどね。
ただ、母さんの言う事もわかる。母さんがこれから何十年も、国を支え続ける事なんて出来ないだろうし。
「だから、次はトール、貴方の番です。貴方がその力で、人々と国を守るのです」
「えっ……?」
気付けば母さんは木剣を収めていた。俺もそれに倣い、稽古はこれで終わりとなる。
母さんは今まで、俺に自由に生きろと言っていた。英雄なんて目指す必要は無いと……。
「貴方は私とアレクの子です。口にしなくてもわかりますよ。貴方は当たり前の様に、その力を人々を守る為に使うのでしょう」
「母さん……」
確かに俺は神の子として特別な存在だった。そして、チート能力を与えられ、英雄になれるだけの力も持っている。
その力を欲望のままに振るおうと思った事は無い。俺は俺を大切にしてくれる、周囲の大切な人達の為に、この力を使い続けて行くつもりだった。
「――貴方は私の誇りです。私の元に、生まれてくれてありがとう」
「あっ……」
母さんの言葉に、俺は強い衝撃を受けた。感情が溢れて言葉にならず、力が抜けてその場で膝を付く。
前世の記憶が蘇って来た。一人目の母さんから言われ続けた、あの言葉が脳裏に浮かんできた。
――ごめんね、徹。弱い体に産んでしまって……。
母さんはいつも俺に謝っていた。俺はいつも笑顔を返したが、心の中では傷ついていたんだ。
俺は生まれて来てはいけなかったのだろうか? 両親を不幸にするだけの存在なのだろうか?
そう、俺は謝って欲しくなんて無かった。ただ、俺の存在を認めて欲しかっただけなんだ。
生まれて来て良かったんだと。俺はずっと、それを両親に認めて欲しかったんだ……。
「かあ、さん……。ありがとう……。俺のことを、産んでくれて……」
俺は嗚咽を漏らし、涙ながらに感謝を伝える。すると母さんは、そっと俺を抱きしめてくれた。
言葉なんて必要ない。その温かさだけで、俺は母さんに愛されているんだって理解出来た。
――ああ、生まれて来て良かった……。
俺はこの第二の人生で、初めて自分が生れた事に感謝する事が出来た。




