最後の別れ
私は赤髪の少女ミーアに連れられ闇の中を進む。かつて私が過ごした場所に、懐かしい思いが込み上げて来る。
死者にとって、この闇は安らぎなのだ。全ての苦しみから解き放たれ、安心して眠れる場所なのである。
この場所に戻れた事が私は嬉しかった。最早叶わぬ望みと思っていたが、まさか叶う日が来ようとは……。
「ガウルさん、到着したよ?」
「ここに……。我が師が……?」
ミーアの示す先に視線を向ける。そして、かつての様に目を凝らし、闇の中から輪郭を見つける。
それは私が望み続けた存在。何度も再開したいと、心の底から望んだ相手。
返すべき杖はアンナと言う少女に渡し、かつての師との約束は果たせない。それでも私は、この再開に涙が止まらなかった。
『我が弟子よ。良く戻りました』
「おぉ……。師よ……。我が師よ!」
私はその場で跪いて、手を組んで感謝の祈りを捧げる。この再開に、私の体が自然に動いたのだ。
だが、そこで私は気付く。組んだ手の感触が柔らかい。見れば私の手は骨では無く、あの頃の若い肉体へと戻っていたのだ。
『良くぞ役目を全うしました。最後に望みはありますか?』
「役目を、全うした……?」
師の言う役目とは何だろうか? 私はあの国を救えたのだろうか?
そう戸惑う私に、師の口元が微かに綻ぶ。かつての様に、全てを察して師が説明を行ってくれる。
『貴方の望みは、国を救ってほしい。誰か一人でも助かって欲しい。そういうものでしたね? 私が聞き届けた祈りは、とうの昔に叶っています』
「あっ……」
……そうだ。そうであった。
当初の願いはそうだった。幼い私はそう願って死んだのだ。
しかし、師より授かった力が強大で、私はより多くを望む様になった。その望みには際限無く、どこまでも膨らみ続けて行ったのだ。
けれど、それと同時にと思う。私の願いは叶ったとして、師は私に何を望んでいたのだろうか?
『私は多くを望んだ訳ではありません。あの国が成長する為に、貴方がその切っ掛けとなる事を望んだだけです。その望みとて、とうの昔に叶っていました』
「国が成長する切っ掛け……」
ならば、私が地上に降りて、初めの十年で師の目的も果たされていた。国が安定し出して、私が弟子を取り始めた頃には既に……。
しかし、私は大きな過ちも犯した。ヴァレンタイン領と言う一つの都市が滅んだのだ。師から与えられた知識を、正しく使う事が出来なかったのである。
『誰しも失敗はあります。失敗から人は学び、成長するのです。国全体として見れば、あれは失敗とも呼べないものです』
「国全体として見れば……」
確かにヴァレンタイン領は国土全体で見れば、一割にも満たない土地。あの地が滅んでも、それで国が傾いたりはしない。
むしろ、あそこから何かを学べば、後の者達は教訓を得る。ならば、私の視野が狭かっただけなのだろうか……。
『いいえ、貴方は人として正しい行動を取ったのです。貴方の出奔もまた、貴方の弟子達に影響を与えました。その全てに無駄など無く、全てが後へと繋がったのです』
「全てが後へと……」
伏魔殿はあの決戦を除けば、その後の歴史で使われていない。使用されれば、私が気付けぬはずもないからな。
だとすると、多くの者には戒めとなった。私の行動によって、残された者達は何かを感じ、繋いでいったと言う事だろう……。
『それに、貴方はそれを切っ掛けに、ゲイルを育てました。彼の成長は想定外でした。しかし、かの地に影響力を持つ、私の使徒が誕生した意味は大きかった』
「ゲイルが、使徒ですって……?」
使徒とは神の教えを授かり、その手足となって生きる者。私は使徒と認められているが、ゲイルがそれに該当するのだろうか?
ただ、私の弟子なので孫弟子とは言える。その上で師がお認めになったなら、それは使徒となるのかもしれない。
『かの国は騎士の国。けれど、ゲイルの功績で魔術師の地位が高まった。更にゲイルと言う駒が、大きな影響力を持つ事が大きい。彼が隠居したケトル村も絶妙な位置でした。あの位置だからこそ、私の分霊を配置する一手が打てたのです』
「分霊とはアレクの事ですか……?」
アレクがゲイルの元へと届けられたのは、我が師の導きで間違いないのだろう。
ただ、その物言いが気になった。まるで我が師は、チェスの様な遊戯について語っているかの様で……。
『ええ、その通りです。これは私と彼によるウォーゲーム。人類が成長する為に、程よい刺激を与える為の遊びなのです。神のみぞ知る秘密の遊戯となります』
「――っ……?!」
私は思わず喉を鳴らす。私はここに至って、この世界の真実に気付いてしまったのだ。
かつてアレクも示唆していた。神々が人同士の争いを望んでいると。それは真実だったのだ。
そして、魔術やスキルはその舞台設定。ゲームを楽しむためのルールなのだろう……。
だが、私が戦慄していると、不意にミーアが手を上げた。そして、我が師は彼女に告げた。
『発言を認めます』
「ありがとう御座います。それでは、ガウルさんに忠告を……」
師の許可を得て、ミーアが私に視線を向ける。そこには同情的な視線が感じられた。
彼女は悲しそうに微笑むと、私に対してこう忠告して来た。
「人の尺度で神を計るべきではありません。神々は我々人類を愛しています。成長する事を望んでいるのです。その手段が人類にとって、残酷に感じる物だとしてもです」
「そう、か……。そういう、ことなのか……」
私はこれまで感じた、違和感の正体を理解した。私達人間の視点と、神々の視点はまったく異なるのだ。
だからこそ、師は穏やかで慈愛に満ちた存在。それにも関わらず、人を残酷に殺す事が信じられなかった。
けれど、それは悪意でも憎しみでも無い。我が師なりの愛なのだ。人類と言う我が子へ振るう、教育の為の鞭なのである。
痛みで子どもが泣こうとも、それは確かに愛故の行為。母親である我が師から見れば、教育の一環でしかないのだ。
『やはり貴方は賢い子ですね。貴方を選んで正解でした』
「感謝致します。最後に真意に触れられ嬉しく思います」
恐らくは私の人生はここで終わる。師が私に全てを教える理由など無いのだ。
けれど、それを敢えて行って下さった。それはやはり、我が師なりの慈悲なのだろう。
私は全てを理解し心が満たされる。そして、最後にミーアへと声を掛けた。
「君はこの先も、アレクの助けになるつもりかな?」
「はい、ガウルさん。私はその為にここに居ます!」
アレクの幼馴染の少女が、ここに居る意味なら理解出来る。彼の助けになりたいと、死に際にそう願ったのだろう。
そして、その声が師に届いた。それを成す為の力を、師により授かったのだろう。
「ならば、私からの餞別だ。これを持って行って欲しい」
私は指から指輪を外す。それは膨大なアイテムが納められた、アイテムボックスである。
私が集めた伝説級の装備にアイテム。それらが詰まった指輪を、私はミーアへ手渡した。
「ありがとう御座います。これでアレク君を助けてみせます」
ミーアは私へと深々とお辞儀する。妹弟子である彼女から、深い感謝の気持ちが伝わって来た。
「後の事は頼む。それではさらばだ」
私はミーアへと別れの言葉を告げる。その声と共に、我が師は私にこう告げた。
『おかえりなさい、ガウル。さあ、我が胸の中で安らかに眠りなさい』
私は最後に師より抱擁される。私はその安らぎに包まれながら、その人生の幕を下ろしたのだった。




