アレク、ヴォルクスに舞い戻る
商業都市ヴォルクス。その中心地に、ヴォルクス城が聳え立つ。
そして、そのヴォルクス城には、複数の施設が併設されている。
その一つとして、城の裏手側には、兵士訓練用の広場も用意されていた。
――その広場に、一匹のワイバーンが舞い降りた。
当然の如く、その背に乗るのはボクだ。ヴォルクスへの移動に、職権乱用させて貰った。
そして、ボクはワイバーンの背から下り、騎手へと謝礼の言葉を送る。
「助かりました。これで、第一目標はクリアです」
「お役に立てたなら何よりです。ここで、健闘を祈っています」
ワイバーンの上で、返事を返す騎手。敬礼の姿勢は取るが、その口元は笑っていた。
金髪の髪に、青い瞳の青年。彼の名はスタンリー=ハワード。ルージュの兄である。
事情を説明したら、作戦に全面協力してくれた人物である。
ボクはヴォルクス城の正門へと視線を送る。次に向かうべきは、あちらの方角だ。
しかし、ヴォルクス城の裏口より、複数の兵士がこちらに向かうのも見えた。
「ワイバーンだと……! これは一体……!?」
事前の連絡無しに、城の敷地内にワイバーンが降り立った。兵士が出て来るのは当然だろう。
とはいえ、今は彼等に構っている時では無い。優先事項は別にあるのだから。
「ア、アレク様……! それに、スタンリー兄様まで……!?」
「スタンリーさん、後はお願いしますね」
「お任せ下さい。私の方で話しを付けておきます」
どうやら、兵士の一人はスタンリーの弟で、ルージュの兄に当たる人物の様だ。
確かに、ルージュから聞いた記憶がある。兄が領主の私兵団で働いていると。
ならば、スタンリーが上手くやってくれる事だろう。
ボクは兵士の対処をスタンリーに任せ、正門に向かって歩き出す。
「ち、ちょっと……! アレク様、どちらへ……!?」
「ニコル、今から面白くなる所だぞ! 黙って見ているんだ!」
その説明もどうかと思う。スタンリーもやはり、ヴォルクスの出身者と言う事か……。
ボクは内心で溜息をつく。もはや今更なので、彼等を無視して正門へと向かう。
そして、正門に辿り着くと、そこにはボクを待ち構える人物が立っていた。複数の護衛を従えて……。
「どうして、アレクさんがここに……!?」
待ち構える人物はポルクだった。今は冒険者用では無い、領主としての服装を纏っている。
対してボクは、久々に着る白のローブ姿。最近は貴族用の服装が多く、着る機会が無かった服装である。
「アンリエッタを迎えに来たんだ。悪いけど、城門を開けて貰えないかな?」
今は朝早い時間という事もあり、城門は閉ざされていた。もう少し遅い時間なら、城門も開いていたんだけどね。
そして、ポルクはボクの顔を見て、何かを察したらしい。彼は背後の護衛に指示を出した。
「アンリエッタ姉さんが戻るそうです。門を開く様に伝えて来て下さい」
「ハッ! 承知致しました!」
護衛の一人が駆けて行く。程なくして、ヴォルクス城の城門が開かれた。
ボクはゆっくりと前に出る。開かれた城門をくぐり抜けて行く。
ここからは、ヴォルクスの街並みが良く見えた。周辺に広がる貴族街。その先に続く、市民街まで。
――そして、こちらに向かう一台の馬車も。
ロードランナーに引かれた馬車。領主家の人間が乗るだけあり、当然の様に豪華な外装をしていた。
その姿を眺め、ボクは静かに待つ。遠く離れたその姿が、ボクの元へと辿り着くまで。
そして、ポルクも無言で待つ。ボクのやる事を、信じて見守り続けていた。
「――アンリエッタ!」
ボクは声を張り上げる。馬車が貴族街に入り、声の届く距離に入った為だ。
そして、その声により、ボクに気付く街の人達。何人かの人は、建物から顔を出していた。
「ボクが悪かった! ボクが間違っていた!」
ボクの声は届いている。アンリエッタは必ず、この声を聞いているはずだ。
そう信じて、ボクは声を張り上げ続ける。
「自分の心を、蔑ろにしていた! 何が大切なのか、見失っていたんだ!」
そして、馬車がボクの元へと到着する。ボクの元で、ロードランナーは足を止めた。
ボクは続けて、アンリエッタへと訴えかける。
「もう一度、やり直したい! 皆が笑顔になれる、そんな答えを見つけたいんだ!」
ボクの声が届いたのだろう。馬車の扉がゆっくり開く。
そして降り立つ一人の人物。その人物はアンリエッタ――ではなく、セスだった。
「アンリエッタ……?」
馬車からアンリエッタが下りて来ない。その事に、ボクは無性に焦りを感じる。
セスは何故か、困った表情でこちらを見るだけだった。
「ギリーが叱ってくれたんだ……。それで、気が付いたんだ。ボクは一人じゃダメなんだって! 一緒にいる人が必要なんだって!」
ボクの言葉が、アンリエッタに届いていないのか……?
だから、ボクに姿を見せてくれないのだろうか……?
そう思うと、焼け付く様な痛みが胸に広がった……。
「ボクはこれまでも、何度も間違って来た! その度に、仲間達が叱ってくれた! ボクの間違いを正してくれたんだ!」
人々から英雄と呼ばれても、所詮はボクも只の人だ。全ての答えを知っている訳じゃない。
正しいと思って進んでも、間違う事はいくらでもある。一人で悩んでも、良い結果になるはずが無いのだ。
「だから……。だから、ボクの隣にいて欲しい! これから先も、ずっとボクの隣には、アンリエッタが居て欲しいんだ!」
アンリエッタだって、完璧な人間では無い。間違う事も、空回りする事もあった。
だけど、アンリエッタは誰かを見守る時。誰かのサポートをする時に、その本領を発揮した。
その広い視野が、何度もボクを助けてくれた。ボクは彼女の事を信頼していた。
それは、ギリーやアンナに匹敵する程であった。
「お願いだ……。もう一度、ボクにやり直す機会を与えてくれ……!」
ボクは心から願う。アンリエッタの許しを。
失いそうになり、初めて気が付いた。どれ程、ボクがアンリエッタを想っていたのか。
ギリーの言葉が無ければ、この機会すら無かったかもしれない。
そう考えると、今になって恐怖を感じる程であった……。
「アンリエッタ……?」
見ると、セスが手を伸ばしていた。自らの主が乗る、馬車に向かって。
そして、そっと手を取り、優しく手を引く。ボクの想い人は、ようやくその姿を見せてくれた。
「う……。ひっく……」
泣いていた……。
子供の様に、ボロボロと涙を流し……。顔を伏せ、肩を震わせ……。
ただ、泣き続けていた……。
「お嬢様……?」
セスが優しく語り掛ける。温かな眼差しで、アンリエッタを見つめながら。
そして、そっとアンリエッタの背中を押す。彼女が一歩を踏み出せる様に。
「そうだった……」
セスはずっと、アンリエッタを見守り続けて来た。彼女が生まれてからずっとだ。
そして、今はユリウスさんが亡くなっている。アンリエッタにとって、セスは親にも等しい人物だろう。
ボクはセスへと視線を向ける。その視線に気付き、セスはボクへと微笑み、頷いて見せた。
そして、ボクはその思いを受け取る。セスはボクに、後の事を託してくれるらしい。
「アンリエッタ……。ボクには、君が必要なんだ」
「うん……」
アンリエッタは小さく頷く。涙を流し、言葉にならず。
そんなアンリエッタに、ボクは言葉を重ねる。
「また、ボクは間違えるかもしれない。その時は、君がボクを叱って欲しい」
「うん……。うん……!」
何度も頷いて見せる。言葉にならなくても、その姿がボクへと伝えていた。
アンリエッタは、ボクの事を怒ってすらいなかったのだと……。
「もう一度、やり直そう。二人なら、きっと上手くやれるはずだからさ?」
「アレ、ク……!」
アンリエッタが走り出す。まともに前も見ずに……。
そして、転びそうになる。ボクは慌てて、アンリエッタの事を抱きとめた。
「ちょっと……。危ないよ……?」
「だって……。だって……!」
腕にしがみ付き、顔を上げるアンリエッタ。その顔は、涙と鼻水でグチャグチャだった。
アンリエッタは、そのままボクを抱きしめる。ボクの胸に顔を埋め。
「おうふ……」
まあ、良いんだけどね……。洗濯すれば良いだけだし……。
胸に広がる冷たい感触。ボクは苦笑を浮かべ、アンリエッタを優しく抱き返した。
――と、そこでボクは、周囲の状況に気付く。
「「「うおぉぉぉ……! 流石、オレ達のアレク様だ……!!!」」」
「「「アンリエッタ様……! おめでとう御座います……!!!」」」
周囲には、かなりの数のギャラリーが集まっていた。その全てが、ボク達に拍手を送っている。
振り向くと、城の兵士達も拍手を送っていた。その数も、かなり膨れ上がっている。
「ま、まあ……。良いんだけど、ね……」
ボクは苦笑を浮かべる。若干、顔が引きつるのを感じながら……。
そして、ポルクとも視線が合う。彼も同じく苦笑を浮かべていた。
ただ、その瞳は赤く、涙が溜まっていたが……。
「はあ……。これでこそ、ヴォルクスって感じだね……」
こうしてまた、ボクは一つの伝説を残した。
この先、ヴォルクスで長く語られる恋愛物語を……。




