それぞれの思惑
二十一話
数時間前にいた広場。そこにたどり着いたとき、シズネは拍子抜けするほど簡単に、ウィルの姿を見つけられた。
「おーい」
「…む」
シズネの心配とは裏腹に手を振るウィルに、シズネは少し機嫌を悪くしていた。
「よく無事でいられたね」
「運がよかっただけだ。あの鬼、ひとしきりあばれたら、勝手に帰って行きやがった。そういうシズネは、随分遅い到着じゃないか? まさか道に迷ってたとか?」
「…」
「…おいおい」
冗談で言ったつもりが当てられ、シズネはさらに機嫌を悪くする。
「とりあえず、まずはここを出よう。シダに戻って作戦を立て直すのが、いまの最善手」
「いや、その前に聞いてほしいことがある」
シズネはきた道を引き返そうとしたが、ウィルが止める。
「シズネが来る前に何人かがここに来たんだ。だれだったと思う?」
「こんな場所に人が?」
シズネは集落に人影がまるでなかったことを思い出す。
「…集落の生き残り」
「ああ。そいつらの会話を盗み聞きしていたんだが、面白いことがわかった。…なんと、俺らの標的、グラン=バッカーニはすでに戦死している」
「!!」
シズネは驚きを隠せなかった。グラン=バッカーニはキーアのウィザードでも名の知れたウィザードだ。とりわけ防御については、一二を争う。
(連合国のウィザードでは攻略不可能とされた、あの男が負ける相手…)
「まさか、影鬼!」
「だろうな。相手はウィザード一騎を、無駄死にさせたことになる」
ウィルは頷きながら、地図をとりだす。
「さて、問題はここからだ。今向こうにはウィザードがいない。攻めこまれれば、落ちるのは目に見えている。そうとう焦っているはずだ。だが、そんな奴らにも唯一、失態を帳消しにする一手がある。それがこれだ」
地図をシズネに見せる。そこには、キーア領の一点と敵の本陣、そしてこの集落を直線で結んだ矢印が描いてある。
「これは?」
「わからないか? 影鬼の進路だ」
「!」
ウィルは矢印をなぞるように指を動かす。
「この一点は、キーアで最後に影鬼が目撃された地点だ。帝国領内でないことから見間違だとされたが、このときもウィザードが一人やられている。それに今回のことを合わせれば、やはりこれも影鬼の仕業と考えるべきだろう。そこからここまで、影鬼はほぼ直線で移動している」
なぞる先には、砂漠に敷かれたキーアの本陣、そしてこの集落があった。そして、さらにそのさきには
「待って、このまま行くと」
「ああ、シダに直撃だ」
三点を結んださきには、シダの町があった。
二十二話
「まて、ということは、数時間後にはシダの町も、影鬼に襲われるのか!?」
話は戻って数分前。ウィルは銀髪の少女、エマから話を聞いていた。
「加えて言うと、それに乗じたキーア国の強襲も予測されるわ」
「影鬼の騒動に乗じての奇襲。…なるほどな。やられる前にやる。それがキーア側に残された、逆転の一手というわけか」
ウィザードが戦死したという情報が連合国に伝われば、三日の内にでも連合国からの攻撃が始まる。しかし、影鬼によってダメージを受けた後なら、逆にウィザードなしでもシダの奪取は可能だ。
「守りを捨てた特攻。キーアがこの戦線を維持するにはもうそれしかない。実際、すでにキーア国の軍隊は行軍を終えてるしね」
「まさか!」
「ええ。ちょうど私たちの頭上、集落跡地では、キーアの軍隊が、突撃を今か今かと待ってるってことよ」
それを聞き、ウィルは頭を抱える。
地上はすでに敵陣のど真中。シダに戻ることすら出来ない。それどころか、シダももはや安全ではない。すぐに激しい戦場となるだろう。
目的のグラン=バッカーニの暗殺こそ無くなったが、状況は悪くなる一方だ。
「落ち込んでるとこ悪いんだけど、ここからが仕事の内容なの。しっかり聞いてよね」
エマがウィルの頭をバンバン叩きながら話す。まるで、小馬鹿にでもしているような態度だ。
「…なんだ? それをすればこの状況が、どうにかなりでもするのか?」
「まあね。それもウィル次第だけど」
エマは懐から紙を取りだし、ウィルに渡すとこう続けた。
「『シダを防衛せよ』これがあなたの初仕事よ」
「シダを守りきる。これしかない」
現状を話し終えたウィルは、最後にそう結論づけた。
ただし、エマに関しては何も話さなかった。そういう契約だったからだ。
「どうだ? シズネ」
「…確かに、それが出来れば良いこと尽くしだとおもう。でもどうやって? 影鬼を止める方法があるの?」
仮にシダを守りきれれば、ウィル達は帰る手段を得、連合国にとっても、戦線を押し上げるチャンスになる。
だがそれは、影鬼を止めることが大前提の話だ。それが出来ない限り、机上の空論にすぎない。
「方法ならある」
ウィルは迷いなく答えた。
「何も、俺達が相手をする必要はない。俺達は暗殺者だからな。怪物の相手は化物に任せればいいのさ」




