敗北
十七話
頭を失った影鬼が膝から崩れ落ちる。ウィルは影鬼から飛び降り、距離をとってその様子を見ていた。
(頼む。立ち上がってくれるなよ)
ウィルもすでに満身創痍で、立っているのもやっとだった。リークも残り少なく、さっきの一撃で魔力もほとんど無くなっている。これで倒せていなければウィルの負けだった。
しかし、ウィルの勝利など認めぬとでもいうかのように、影鬼は再び立ち上がる。
「…っくそ、まだだ!!」
ウィルは残りの魔力をかき集める。
再生こそ始まっているものの、影鬼は頭がない状態で、動きもかなり悪い。ウィルの位置もわかっていないようだ。
(修復中の頭からなら、攻撃が通るはずだ。だが、陽の円輪でも電の柱でも届かない)
「もっと、強い魔術が要る」
ウィルはリークではなく、直接左腕に術式を組み込む。より精巧に組み込めるが、発動すれば腕は二度と使い物にならないだろう。
(っ、構うものか!)
「ギガ、ガ、アアア!!」
頭が戻りつつある影鬼が、ウィルの姿を捉え近づいてくる。
しかし、ウィルもちょうど術式を組み終わっていた。いつの間にか、影鬼の頭上には莫大な量の水が浮いている。
「これで最後だ! 大海のー」
その時、ウィルは何が切れるような音が聞こえた。
空中の水は幻のように霧散し、ウィルは立つことも出来ず倒れる。
「なに、が?」
影鬼の攻撃を食らったのかと考えたが、そんな気配はない。ただ、身体中の力が抜けるような感覚があった。
「まさか、魔力切れ?」
立ち上がろうとしても、指一本動かない。
「嘘、だろ。こんな、ことで」
ウィルの意思に反して、意識も遠くなっていく。
「俺はまだ…」
ウィルが意識を失うまで、倒れてから十秒と経たなかった。
十八話
「呆気ない幕引きですねー。しかし、これは不味いことになりました」
ピエロはどこか不機嫌そうに、耳をほじくりながら、倒れているウィルを見下ろしていた。
「あの方の機能は《記録》と《解析》だけだったはず。それがあのように魔術行使までするとは。これではまるで」
「《司書》みたい、ね」
背後からの声に振り返るまもなく、ピエロの体を数本のナイフが串刺しにする。ピエロはそのまま地面まで転落した。
「久しぶりねクローバー。私のこと、覚えているかしら」
「! 貴様は」
ピエロの目の前には、どこから現れたのか、銀色の髪をした少女が立っていた。
「あら、覚えていたのね。ということは、随分長生きじゃないの、ピエロにしては」
「何の用ぐぎ」
笑いながらも少女はピエロの頭にナイフを突き刺す。
「邪魔なの、あなた達。消えてくれないかしら」
「な、ぜ。まさか、あれを助け、るためですか」
「そう。私、一途な女だから。惚れた男には格好よくいて欲しいしね」
クローバーと呼ばれるピエロは、すぐさま再生を始めたが、少女はそれを許さない。
「じゃね、火葬くらいはしてあげるわ。術式付加・火」
ピエロの体が炎に包まれ、再生したはしから燃やされる。
「ヒ、ヒヒ。一途? あなたが? 違いますね。あなたのそれは…」
最後まで言い切る前に、ピエロが燃えつきる。あとはには灰しか残らなかった。
「目障りな上司は片付けたわよ。あなたも引きなさい、影鬼」
ピエロが落ちてから微動だにしなかった影鬼が反応する。頭はすでに治っていたが、ウィルにとどめはさしていなかった。
「こんな形の決着を、望んでた訳じゃないでしょ。そう睨まなくても、私がちゃんと連れていくから」
「ゴゴア…」
影鬼はしばらくは動かなかったが、納得したかのように洞窟の奥に歩いていく。
「さて、お待たせノエル。彼を治してあげて」
「は、はい」
いきなり少女の後ろから、ノエルと呼ばれる小さな子供があらわれる。ノエルはウィルに近づくと回復の魔術を発動した。
「あ、そうそう。影鬼との戦闘の記憶も消しといて」
「いいんですか?」
「ええ、今ヘタレられても困るから。それに、愚かでネジ曲がった彼のほうが、私好みなの」
銀髪の少女は治療中のウィルに近づき、覗きこむ。
「まったく、世話のかかる人」
そう言う少女は、幸せそうに微笑むのだった。




