燃える集落
五話
◆キーア暦144 4月17日◆
「さ、寒い。凍え死ぬ」
シズネはウィルの後ろを、ぶるぶる震えながら歩いていた。
砂漠の夜は、昼では考えられないほど寒くなる。マフラーがあることを、これほどありがたく感じたことは無いかもしれない。
ウィルはというと、いつものことだが、こんな状況でも平然としている。まるで、自分のほうが後輩みたいだ。
あと一時間ほどで目的の集落。集落につけば、いつ戦闘になってもおかしくない。その前に、シズネはウィルに聞いておかなければならない事があった。
「ウィル、聞き忘れてたけど、あの魔術を無効化する技はなんなの?」
そう、リビア戦でのあの技である。ウィザードの魔術を無効化するなんて、今まで聞いたことすらなかった。上手く使えば、これからのウィザード戦でもかなり有効なはずだ。
「無効化? ああ、術式破壊のことか。何てことはない。あれは呪術解除の応用だよ」
「呪術解除…」
シズネも呪術解除については知っていた。主に呪いや拘束等の魔術を解除する物だ。魔術の基盤である術式そのものを破壊することで、魔術の発動を阻害し無効化する。
しかしこれは、魔術の注意深い観察と繊細な干渉を経てやっと成功する。分類的にも回復魔術に属する。シズネの知る限り、とても戦闘に使えるものではなかった。
「もちろん、ただの呪術解除じゃあない。魔力探知で大まかな術式を知覚し、そのなかでもっとも脆い部分、綻びを破損させる。こうすることで、あとは魔術が勝手に暴発して無効になるって訳だ」
なるほど理屈は通っているが、口で言っているほど簡単なことではない。術式の綻びを一瞬で見つけるなど普通はできないし、ましてや戦闘中にそれを行い破損させるなど、ウィザードにも不可能だ。
並外れた魔力探知と観察眼を持っているウィルだからこそ、成せる技なのだろう。
(問題は…)
「それはウィルが思い付いた技なの?」
しかし、シズネには引っ掛かることがあった。それは、どうやって修得したかということだ。
「いや、学生時代にとある教官に教わったんが、それがどうかしたか?」
「…何でもない」
もちろん、何でもない訳ではなかった。
本人は気づいていないようだが、ウィルの技術はいわゆる神業の域の物だ。とても学生時代に習って修得できる物ではない。しかし実際、ウィルはたったの数年で修得している。これは明らかに異常だった。
(やっぱりウィルは普通じゃない。それに、教官の方も怪しい)
確かめる必要がある。シズネがそう決心した時だった。
ズン…
「!」
「っ、何だ!!」
前方が突如光り、低い轟音が駆け抜けた。遅れて爆風吹き付ける。
(爆発!?)
シズネは懐から望遠鏡を取り出すと、光りの方向を覗く。
「うそ…」
そこには信じられない光景があった。
「集落が、燃えてる…」
六話
◆キーア暦144 4月16日◆
ウィル達を見送ったマックスは一人シダに残り、先遣隊の情報をあらっていた。
「隊員五十二人に加え、シークレットの諜報員が五人。九人がA級以上の魔術士、内一人はウィザードと比べて遜色ないときたか。まさしく少数精鋭。だからこそ分からない」
(何があった?)
これだけの部隊が、簡単に全滅するとは思えない。例えウィザードに遭遇したとしても、半数は帰還できるはずだ。それが未だに一人も帰ってこない。
「どっかでサボってたりして…。なーんてな! こんな砂漠のど真ん中で何を」
「っ、報告します!」
「!」
突然、ドアを開けてボロボロの男が駆け込んできた。よく見ると、シークレットの諜報員の一人だ。
「敵本陣の情報収集中、本陣にて『影鬼』と遭遇! 目標のウィザード、グラン=バッカーニの死亡を確認しました!」
「なっ!!」
「先遣隊は即座に撤退しましたが、大多数が犠牲に。生き残った数名の内、軽傷の者はシダまで撤退しましたが、重傷の者は途中の集落に逃げた込んだ模様です。恐らく『影鬼』はそちらに」
目標のウィザードの死亡については詳しく聞きたかったが、今はそれよりも重要なことがあった。
(本陣とシダの間にある集落は一つ。そこにはウィル達が…)
マックスはすぐさま砂漠用のコートを羽織り、準備を整える。
「町に避難勧告をだせ! 警備兵には敵襲に備えるように伝えろ!」
「! まさか部長!」
「仕方ないだろ。僕がいかなきゃ、誰があの二人を連れ戻すのさ!」
吐き捨てるように言い、マックスは夜の町に飛び出す。
日付の変わる、数分前のことだった。
◆キーア暦144 4月17日◆
「…行ってみよう」
「なっ、ふざけるな!!」
ウィルはシズネに食いかかる。
「あそこに行くなんて馬鹿げてる! 今すぐ引き返すべきだ!」
ウィルは集落を指差して言う。
望遠鏡など使わずとも、ここから炎の明かりが見える。集落は今もめらめらと燃え続けていた。
「行ったところで何が」
「冷静になってウィル!」
珍しく大声を出したシズネに、ウィルは思わず声を詰まらす。
「本陣との間にある集落はあれ一つ。でも、このままじゃ集落は無くなる。そうなれば計画は破綻。本陣に潜り込む術も無くなる」
「確かに、そうだが…」
シズネの言っていることは正しい。
集落の焼失は一般人に紛れる機会を失うことに直結する。そうなれば、潜入からの暗殺という作戦は使えず任務失敗。正確にいえば、より危険な作戦を実行する他無くなるのだ。もちろん、それは成功率の極めて低い物になるだろう。
生き残ることを考えれば、危険を冒してでも集合に行くべきだ。
(わかってる。ここで引くのは悪手、手詰まりになるだけ。それでも…)
生き残るためにも進まなければならないのに、何故かあの集落へは、絶対に行きたくなかった。
(嫌な予感がする。ウィザードの魔力を何百倍も濃くしたような)
「くそっ!」
この状況と自分に向けて吐き捨てる。納得はしてないが、決心はついた。
「わかった行こう。ただし、あくまで避難民に紛れるのが目的だ。不用意な戦闘は避ける。いいな」
「うん、わかった」
「目の前で人が死ぬとしても、だぞ」
「…わかってる」
ウィルは念を押して話す。
きっと、あの集落は悲惨な事になっている。人助ができる程悠長ではない。むしろ生き残ることさえも危うい。
確証はないが、そうおもうのだった。




