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アサシン クロニクル  作者: キツネ
火に飛び入る砂漠の虫
34/46

新たな戦場にて

一話


◆キーア暦144 4月15日◆


見渡す限り一面の砂漠。ここは中央大陸の南部を東西に分ける大砂漠、カンミア砂漠である。かつては連合国とキーア国の国境であり、そして今は両国が熾烈をきわめる戦場である。

その砂漠を歩く影が、大小二つある。

「…暑い」

一つはやや鋭い目と手に持つアタッシュケースが特徴の男、ウィル=リーガスだ。いつもの黒いコートではなく、砂漠用の茶色のコートを着ている。

「…水」

二つは小柄な体に白いマフラーの少女、シズネ=クロード。こちらも茶色のコートだが、愛用のマフラーだけは譲れないようだ。

「水ならさっきので最後だ。基地につくまで我慢しろ」

「…ウィルがちゃんと配分しないから」

「がばがば飲んでたのは誰だ! もう見えてるだろ、あと少し頑張れ」

小言を言い合いながら、二人は砂の海を歩いて行く。その先には背の低い建物が並ぶ町、『シダ』があった。



「やぁやぁご両人、二泊三日砂漠の旅はどうだった? 二人っきりの夜、ドキドキなイベントも…」

「あるか!」

ウィルは陽気に話すマックスを蹴り飛ばす。

場所はシダのとある酒場。ウィルとシズネは、先に潜入していたマックスと落ち合っていた。

「お前はいいよなマックス。野宿する必要もなく、くそ暑いなか徒歩で歩く必要もなく、悠々アウトドアを楽しみやがって! おい、シズネもなんか言ってやれ」

「水と焼肉、おかわり」

「お前はそれでいいのか!?」

シズネはここぞとばかりに食べ物を食い漁っている。いつものことだが、小さな体躯に釣り合わない量だ。

「まあ落ち着けよ。久し振りの再開に話たいことはあるだろうが、まずは仕事の件を終わらせようぜ、ウィル」

「ちっ、ここの飯は全部おごってもらうからな」

マックスの言葉に、ウィルは渋々了解する。


そう、ウィル達がここに来たのは決してバカンスなどではない。シークレットの任務、つまりウィザード殺しである。



二話


「正直に言って、状況は芳しくない」

「やっぱりか」

ウィル達は、それぞれ料理を食べながら話を始める。シズネは食べることに夢中で、会話に入ってくる様子はない。

「目標のグラン=バッカーニは、相変わらす後方の防衛ラインに居座ったままだ。加えてこっちは、急な戦力の増加に情報管理が追い付いてない。今じゃ味方のウィザードの情報も回ってこない始末だ。候補生まで投入してるって噂もある。まったく、やぶれかぶれもいいとこだよ」

ウィル達の目標はグラン=バッカーニの暗殺だ。彼は防御に特化したウィザードで、キーア国の防衛ラインを任されている。だが逆に言えば、彼が暗殺されればキーア国の戦線に大きな動揺を与えられるということ。この緊迫した戦場で、それは致命的な物になる。

「敵側の情報はどうなんだ?」

「はっきりとは断定できないけど、どうやら守りに入ったみたいだね。たぶん部隊の建て直しをしたいんだろう。ここのところ、連合国にされたい放題だから、一端流れを切るのも狙いかな」

「味方のウィザードにいぶりだしてもらうのは難しそうだな。となると…」

「民間人を装っての潜入、だろうね」

ウィルは苦い顔をする。

潜入となると、味方のウィザードの支援はない。前回と同じく単独での殺害となる。加えて今回は戦場の真っ只中。たどり着けるかさえも危うい。

「でも、それしかないんだよな」

決断と同時に、ウィルは残りの水を一気に飲み干した。

「マックス、潜入先の候補はあるのか?」

「もちろんさ。僕をなめてもらっては困る。すでに手筈も整えてあるよ。だが焦ることはない。砂漠越えで疲れただろ。詳しい話はあとで資料と一緒に話すから、今は満足いくまで食べようぜ」

「そうさせてもらうよ。腹が減ってはなんとやら、と言うしな」

ウィルは追加で料理を追加する。

悪い状況にも関わらず、前回と比べてウィルは落ち着いていた。二回目ということもあるだろうが、やはりマックスがいるということが大きいだろう。情報が多ければ安心感が増す。何より、気軽に話せる相手が近くにいるのは、経験の少ないウィルにとってありがたいことだった。


しかしウィルは、戦場を甘く見ていたことを、身をもって知ることになる。

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