魔術師と魔術士
五十五話
ガラガラと音を立てて、瓦礫が持ち上げられる。
「ふう。これだから、ウィザードは嫌いなんだ」
出てきたのはウィルだ。すぐそばにはシズネもいて、ウィルは左手と頭を負傷している。
所々に火がチラホラしているだけで視界は悪く、周りは見える限り瓦礫の山と化している。
「屋敷の中にいて幸いだったな」
「うん。でも、もう次はない」
水が屋敷を押し潰しす瞬間、ウィルとシズネはとっさに自分の真上に魔術を撃っていた。お陰で、比較的小さな瓦礫だけの下敷きで済んだ。しかし屋敷が崩された今、あの大量の水を妨げるものはない。
(避けきれる範囲でもないし、撃たせずにおくべきか。さっきのは最初から使わなかった所を見ると、おそらく隙の大きい大技。なら、撃たせないためにも攻め続けるしかないが…)
渾身のリークを片手で止められたことを思い出す。どう考えても、あの戦力差ではすぐに押し返される。
「シズネ、怪我は無いか?」
「…ごめん。足が折れてる」
「そうか。オレも左腕が使えそうにない」
出血はしていないが、シズネは片足を引きずっている。立つ、歩くは問題無さそうだが、走るのは難しいだろう。
一方のウィルは左腕に力が入らず、リークを持つことは到底出来ない。
「状況は悪くなる一方だが、打つ手なしってわけではない。要はどうにかしてリビアをポイントまで誘導すればいいんだ」
「でもどうやって? 廊下を使っての誘導はもう不可能。この開けた場所では、リビアの魔術は躱しきれない」
瓦礫が散乱してるとはいえ、室内に比べれば格段と見通しが良くなっている。特に壁や天井が無いのは大きい。リビアの魔術は展開を起点としているため、空間が広ければ広いほど多くの魔術を展開でき、それだけ魔術も強力となる。次は屋敷内の時の様にいかないだろう。
「…一つ手がある。聞いてくれるか」
博打とも思える作戦を、ウィルはシズネに話し始めた。
少し時間が経ち、ウィルはリビアの姿を瓦礫の影から見ていた。
(覚悟を決めろ。ここを踏み出さば、もう後戻りは出来ない)
気分はわりと悪くはなかった。調子はこれまでにないほど絶好調で、痛みも麻痺してるのか感じない。
「…よし!」
リークを強く握り直すと、リビアに聞こえない声で気合いを入れ、一息に瓦礫の影から出た。
「こっちだよ、リビア!」
背を向けるリビアに向かって叫ぶ。もう後戻りは出来ない。
「小細工はやめだ」
見え透いた嘘を、それでも口にする。
「何? 命乞いしても無駄よ」
リビア殺気が、真っ直ぐウィルに向く。
「決着をつける」
それだけは真実。どう転んでも、ウィル達にとってこれは最後のチャンス。
「君の魔術、正面から打ち破って見せよう」
リークをリビアに向け、ウィルは高らかに宣言する。
こうして、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
五十六話
「正面から? 馬鹿を言わないで。さっきので充分理解したでしょ。魔術士では魔術師には勝てない」
リビアは背後に槍を展開させながら話す。しかし、ウィルは一歩も引かずに答えた。
「どうかな。試してみるか?」
「…いいわ。出来るものなら、見せてみなさい!」
槍が放たれる。数は一本。普通なら避けるべきその攻撃を、ウィルはあえて受け止めた。
「ぐっ」
「!!」
当然受けきれず、ウィルの体は吹き飛ばされる。しかし、リビアは驚きを隠せないでいた。
「…私の槍を、防いだ?」
ウィルの握ったリークは折れていなかったのだ。
(痛っ、さすがの威力だな。だが…)
ウィルは手に握ったリークを見る。本来なら、折れるどころか粉々に砕かれているはずのリークには、傷一つない。
(よし、いける。いけるぞ!)
ウィルは立ち上がり、リビアに向かって構える。
リビアは驚きを抑えながら、なんとか冷静な表情を作っている。
「どうやって防いだか知らないけど、槍一本も受けきれない様では、何度やっても私に勝てない!」
続けて槍が撃ち出される。ウィルはやはり避けず、槍を正面から捉えている。
(よく見ろ! オレにはリビアの様な魔力も、シズネの様な経験も、リーさんやエルの様な技術もない。だからせめて、自分に出来ることは全力で!)
ウィルは、これまでにないほど神経が研ぎ澄まされるのを感じていた。
水の槍を構成する魔力の流れに、全神経を集中させ注視する。リビアの魔力は、張り巡らされた血管の様に槍を覆っている。ウィルはその中に一つ、糸が絡まったように綻ぶ一点を見つけた。
(正面から受けきれないのは百も承知。魔術士が魔術師に勝てない事なんて、誰でもないオレ達魔術士が一番わかってる。それでも…)
カチリと、何かのスイッチが切り替わる感覚がした。
飛んでくる槍が当たる瞬間、槍の横に位置する綻び、その一点をめがけてリークを突き立てる。
「おおっ!!」
リークが綻びを捉え、魔力の流れを断ち切る。瞬間、水の槍はバラバラの水滴に霧散した。
「…嘘」
もはやリビアの表情は、驚きと言うより驚愕その物だった。
「どうだ、お望み通り見せてやったぞ」
ウィルはリークの刃先をリビアに向ける。その表情はリビアとは真逆に、ウィル本人すら驚くほど冷静だった。
「さあ、構えろ魔術師。オレの魔術は、お前に届く!」
リークを片手にリビアへと駆け出す。
この時、ウィルは自身の瞳が赤く光っていることに、気付いていなかった。




