影は四つ、町を踊る
四十三話
◆キーア暦 2月10日◆
時刻は午後九時。この時間帯にリビアは入浴する。外から明かりが見えた時点で、ウィルは城内に忍び込み、シズネは外の銅線の所で待機する。灯りが見えてから十分後に、タイミングをみて電流をながし、動きを封じたところでウィルが止めをさす。作戦後は即時撤退し、町を離れて身を隠す。最後に、11日の夜に通る過ぎるリーファの船に乗り込み、トリスタに帰還、任務完了だ。
「…よし、人が少ない」
ウィルはあらかじめ細工しておいた窓から侵入する。いつもと違い、手にはリークのアタッシュケースを持っている。
もともと、大きさのわりに使用人が少ないため、気付かれずに浴室に行くのは簡単だった。
「まるで覗きみたいだな」
自分の行動にあきれながらも、三階への階段を上り、浴室へと向かう。ここまで順調だったウィルは、浴室の前で異変に気付いた。
「灯りが消えてる」
まだ、灯りが見えてから五分と経ってないはずだ。この間にすでに入浴をすませたとは考えにくい。
(まさか…)
「お話があります、ウィル様」
振り返ると、そこにはメイド姿のエルがいた。
シズネは城の裏から庭に侵入していた。
「確か井戸の近く」
目印の井戸をみつけポイントに到着するが、どこにも肝心の銅線がない。
「…」
シズネは不穏な気配を感じ、ヴァジュラを取り出す。周りに注意しながらもう一度探すが、やはり銅線はない。
「っ、誰?」
シズネは壁沿いにヴァジュラを向ける。
「いやはや、もう見つかるとは。さすがでございます」
喋りながら近寄ってきたのは、白髪のかみの老執事だった。
「お久しぶりでございます。覚えておられるでしょうか、わたくしウーラ=ウォンでございます。さっそくですが…」
執事はグローブを着けると、魔力を纏わせて構える。
「今一度、お相手いただきたい」
四十四話
コートからリークを取り出し、目の前にはエルに向ける。エルは相変わらずの、冷静な態度だ。
(こいつ、いつの間に。それに名前を)
ウィルは周囲に気を配っていたが、声をかけられるまで、まったく気付かなかった。
「浴室の細工はすでに回収しました。あなた方の作戦は失敗です」
「…で、捕まえようと。オレが大人しく捕まるとでも?」
リビアに見つかればそれまでだ。まずは、どうにかしてこの城から脱出しなければならない。
(強引だが、爆で目眩ましをする。外にいるシズネにも、作戦の失敗は伝わるだろう)
ウィルはリークに魔力を通す。
「いいえ、そのつもりはありません。加えて言いますと、リビア様にもお伝えしていません。リビア様には、早めにお休みになっていただきました。」
「…どういうことだ?」
何故かエルに敵対の意思はないようだ。
「お話があります。場所を移させていただいても、よろしいでしょうか?」
ウィルはリークを構えたまま考える。
ウィルを捕まえるなら、今すぐにでもできたはずだ。場所を移すしてまで、罠にかける必要はない。ウィルにとってリビアの合流は、今最も避けなければならない事態だ。この城から離れてくれるのは、願ったり叶ったりだ。
(シズネのことが気がかりだが、ここは従うしかないか)
ウィルはリークをコートにしまうと、答えた。
「わかった。場所を変えてくれ」
「わかりました。では、ついてきて下さい」
エルは後ろを向いて歩いていく。ウィルも後に続いて歩いていった。
シズネは城を出て、町の中を走っていた。後ろからは老執事のウーラが追いかけてくる。
(速い!)
シズネは距離をとろうと、振り返りざまに電撃を打ち出す。しかし、ウーラは最低限の動きで回避し、逆に間合いを詰めてくる。
「ぬん!」
「っ!」
拳を繰り出すウーラに対し、あえて立ち止まり電撃を近距離で放つ。拳と電撃がぶつかり衝撃波が広がり、シズネの体は遠くに飛ばされる。だが、十分に有利な間合いをとることができた。
「銃は似合わないと思っておりましたが、なるほど確かに様になっている。並みの魔術士では相手になりませんな」
ウーラは立ち止まり喋る。衝撃を浴びたにも関わらず、ウーラにダメージらしきものはない。
「私を知ってるの?」
シズネはヴァジュラをウーラに構える。
「ええ。あなた様は覚えておられないでしょうが、以前、ガリアの丘で敵としてお会いしました」
「ガリアの丘…」
それはシズネにとって、忌むべき戦場の名前だった。
「しかし驚きました。あなたはあの場所で、戦死したと聞いておりましたので」
シズネはウーラの動きに警戒しながら、ウィルのことを考える。作戦が失敗したことは明らかだ。城内にいたウィルはすでに捕まっているかもしらない。
「ウィル様のことならご心配なさらず。今頃エルが相手をしているでしょう。それにこれは、わたくし達使用人の独断。リビア様はご存知ないことです」
「…意味がわからない。暗殺者の存在を、リビア=カーナディアに知らせない理由がない」
「リビア様はたいへんお優しい方です。死については、特に心をお痛めになられます。きっとウィル様が暗殺者と知っても、お許しになるでしょう。ですから、この件については内密に処理することにしたのです」
ウーラの言ったことは真実だろう。シズネはすぐに方針を決めた。
「それなら好都合。あなた達をここで殺せば、私達の正体を知る者はいなくなる」
ウーラとエルという使用人を殺し、作戦を仕切り直す。期限はまだ一日の猶予がある。対象に正体がばれなければ、作戦の続行は可能なはずだ。
「それはいい、こちらも存分に殺し合える。それに…この歳になって、積年の怨みををはらせるとは。長生きはするものですな」
ウーラは魔力と、凄まじい殺気を放ち構える。
シズネは電撃を放ち、ウーラは真っ向から拳を降り下ろした。
ウィルとエルは、少し広めの広場に来ていた。昼は人の多いここも、夜はひとけが全くない。
エルは広場の真ん中で立ち止まると、ウィルに向き直った。
「それでは、単刀直入に言います。母国を裏切り、リビア様に仕えて下さい」
「断る」
ウィルは即答する。
「何故ですか? 私の見た所、ウィル様は国への忠誠心で動く方ではないはずです。正体がばれ、作戦が失敗に終わった今、私の提案を断る理由はないでしょう」
確かに、エルの言うことは正しい。事実、裏切りも考えなかったと言えば嘘になる。しかし、ウィルに提案に乗る気はなかった。
「リビアに仕えた所で、先がしれてるからだ。断言してもいい。あいつは、戦場から帰って来れない」
「…どういうことでしょうか」
「あんたもわかってるんだろ。あいつに人は殺せない」
数日リビアと行動して、ウィルは気づいていた。リビアに人は殺せない。教会でも駐屯所でも、リビアは一度でも致命傷になる攻撃はしなかった。あのダイヤにさえも手加減をする始末だ。殺し合いの戦場で生きていけるとはおもえない。
「リビアが死ねば、使用人も行き場はなくなる。オレはこの国の人間ですらないんだ。野垂れ死ぬのは目にみえてる。だが、ここであんたを殺せば、作戦を仕切り直せる。先の知れた未来より、こっちのほうがオレはいい」
ウィルはリークを構え、戦闘体勢にはいる。相手は顔見知りのエルだが、迷いはなかった。
「…そうですか。おそらく、ウィル様の言っていることは正しいのでしょう。私達使用人は遠からず路頭に迷うことになる。それでも私は、最期までお嬢様の使用人であり続けるつもりです」
エルは背中に隠していたチャクラムを取り出した。
「残念ですが、ウィル様にはここで死んでいただきます。主を守るのが、使用人でいる私の役目ですから」




