幕間
三十九話
◆キーア暦 2月9日◆
翌朝、イスカの町の駐屯所は、リビアとその使用人によって、一斉捜索が行われ、駐屯所からは約五百グラム、およそ三百人分のレッドアイが発見された。薬は指揮官、ビーンズ=マルカスの独断だったようで、発見された薬のほとんどが、ビーンズの個室と作戦室にあった。北東の駐屯所で操られていた兵士達は、全員が救護施設に運ばれたが、幸い命を落とした者はいない。よって、リビアの護衛は予定通り行われるようだ。指揮官のビーンズ=マルカスはいまだ行方不明だが、リビアの供述から殺害された可能性が高いと考えられる。
事の一部始終が、夜間の間に行われたため、町にそれほどの騒ぎは無く、夕方には完全に落ち着きを取り戻していた。
「お疲れだな、リビア」
場所はリビアの自室、部屋の主は仕事に追われてるようだ。
「まったくよ。首謀者のピエロには逃げられて、誰かさんと違って昨日から徹夜。はあ、業務内容に事務も入れておけばよかった」
リビアは机に倒れ込む。そうとう疲れてるようだ。
「仕方ない。キッチンを使わせてくれ。何か作ってこよう」
「料理? ジャックが? …プッ、似合わない」
リビアは笑いが堪えられないといったふうだ。手で口を押さえている。
「失礼だな。これでも料理には自信がある」
「わかった、わかった。期待せずに待ってるわ」
「…いいだろう、とっておきを作ってやる。せいぜい笑っておくといい」
ウィルはリビアの笑い声を背に部屋を出ていった。
「さてと」
ウィルはキッチンに立つと、さっそく料理を開始する。
「何をされているのですか?」
振り返ると、いつのまにか赤髪のメイドが立っている。
「あんたは…」
呼ぼうとして、そう言えば、名前を聞いていないことに気が付く。
「失礼、つい名乗り忘れてました、エルと申します。お嬢様に間食をと思い、キッチンにきたのですが」
「あんたもか、オレも気まぐれで作りに来たんだが、それなら任せてもいいか?」
「ジャック様は料理が出来るのですか?」
「なんだ? あんたも似合わないと思うか?」
「いえ、そういうことではないのですが…」
エルはしばらく考えると、決心したように言った。
「良ければ、料理を教えていただけないでしょうか?」
四十話
「…これは何かしら?」
「…フレンチトーストだ」
机の上に出されたのは、黒焦げになったパンらしき物体だ。
「料理はお得意なんじゃなかったかしら?」
「まあ、騙されたと思って食べてみろ。見た目で判断するのは良くない」
リビアはしぶしぶトーストを口に運ぶ。ウィルの後ろでは、いつもは無表情なエルが、そわそわしながら立っている。
「…確かに、見た目のわりには、意外と美味しいわね」
「ふぅ、そうか」
リビアの評価は、可もなく不可もなくといったふうだったが、後ろのエルは満足なようだ。小さくガッツポーズまでしている。
もちろん、このトーストはウィルの作ったものではない。エルがウィルの手解きで作ったものだ。しかし、なぜかエルの作るトーストは毎回黒焦げになり、何回ものやり直しの末に出来たのがこれだった。
「私は後片付けをしてきます。ごゆっくり」
エルはどこか上機嫌で部屋を出ていく。ウィルはリビアの正面に座った。
「これ、あの子が作ったんでしょ」
「気づいてたのか」
「前に似たようなことがあったから」
リビアはトーストを食べている。せっかくなので、ウィルは話を振ってみることにした。
「前から気になってたんだが、何で町の見回りなんかしてるんだ? それにその書類の山も、本来はリビアの仕事じゃないだろ」
いくら町を仕切るウィザードだからといって、ここまでする者はいない。普通は、兵士や部下に任せるものだ。
「とくに理由はないわ。強いて言うなら、私の理想のためかしら」
「理想?」
「ええ、特別に教えてあげる」
リビアはトーストを食べる手を止め、話を始めた。
「昔ね、親友と約束したの。私達魔術士は、他人のために力を使おうって。それが、力を持つ者の義務だと」
リビアは裕福な家庭に生まれた。生まれつき、魔術の素養が高かったことで更に優遇され、何一つ不自由のない暮らしをしてきた。
そんなある日、とある町に出掛けた帰り、リビアは家族とはぐれてしまった。町をさまよったリビアは、貧困層が集まっているスラムに迷いこんみ、そこで彼女は初めて、自分がいかに恵まれていたのか、いかに幸福だったのかを思い知った。
帰る方法も分からないリビアに手を差し出したのは、例の親友の彼女だ。他人のために力を使うというのは、その時彼女が言っていたことの、受け売りなんだそうだ。
その後、なんとか町に戻ったリビアは、裕福な自分がすべきことは何かを考え、ウィザードになって多くの貧しい人々を救うという目標に、たどり着いたらしい。
「親友の彼女とは魔術学校で再会して、私が正式にウィザードになった時、この力は他人のためにって約束したの。私がこうしているのは、次に彼女と会った時、胸を張っていたいから」
リビアは話し終えると再びトーストを食べ始めた。
「私の話は以上よ。今度はジャックが話して」
「オレか? 悪いが、リビアみたいに大した目標も理想もないぞ」
「いいわよ。ただの昔話でいいから」
ウィルは少し考えて、結局、武官学校でのことを話すことにした。




