道化は笑って消える
三十七話
外にいたメイドと執事は、駐屯所から大きな震動を感じた。同時に、兵士達が糸が切れた様に倒れていく。
「どうやら終わったようですな」
執事は倒れた兵士達を見ながら言う。
「ええ、私達も向かいましょう」
執事とメイドは主のもとへと、駐屯所に入って行った。
駐屯所の指揮官の部屋だったそこには、今は瓦礫が散乱し、中心が大きくへこんでいて、かつての面影は無い。
「手加減でもしたのか? こんなもんじゃないだろ」
ウィルは、リビアの魔術の跡を見て言う。ウィルの魔術とは比べ物にならないが、ウィザードにしては威力が低い。
「本気出したら、ジャックまで巻き込んでしまうでしょ。それに、捕まえるんだから殺しちゃダメだし」
リビアは自分を過小評価されて不満なようだ。だが確かに、これだけのダメージでも、再生するのにかなりの時間がかかるだろう。捕まえるのは十分だ。
ウィルは今のうちに、散らばったリークを回収していく。爆を使ったリークは破損して使えそうにない。
「やはり爆は力加減が難しいな。ところでリビア、ダイヤはどこだ。見当たらないが?」
見回すが、それらしき影がない。
「おかしいわね。あの再生力ならそろそろ治ってくるはずだけど」
いくら探しても、肉片のひと欠片さえ見つからない。
「お嬢様、ご無事ですか?」
老執事が現れる。後からメイドも到着した。
「私は大丈夫。その辺にピエロの格好をした男がいるはずなの。探してちょうだい」
「オレは念のため、外を見てくる。中は任せた」
ウィルは駐屯所の外へと向かう。リビア達はそのまま室内を捜索したが、ダイヤはついに見つからなかった。
リビアの城の牢獄に、動く影がある。鉄格子を壊して出てきたその影は、ピエロの格好をしていた
「ふぅ、危ない危ない。さすがウィザード、時間稼ぎもままならない」
ピエロ姿の男は、勿論ダイヤだ。体の所々はまだ治りきっていないようで、ゾンビのような出で立ちだ。
「仕事の方は一段ですが、やられっぱなしは性にあいませんし、もう少し遊ばせていただきましょうか。駒はいくらでもありますし」
ダイヤはトランプを取りだすと、檻の中の男達に向け魔術を発動させる。
「その前に補給をして…。おや、これは何でしょうか?」
ダイヤは頭上に、青白い光が浮いていることに気付いた。
「電の柱」
光から雷撃が落ち、暗い牢獄を明るく照らした。
三十八話
ウィル達が駐屯所に着いた頃、シズネは城の牢獄に来ていた。
「入口から十二個目の右手、青い服に黒のバンダナ」
奥へと歩きながら、シズネは目当ての牢屋を探す。
報告ではそこに、不自然な魔力を帯びた何かを、身につけた人間が捕まっているらしい。
ウィルは、ピエロは必ず空間転位による、脱出方法を用意してると考えていた。しかし空間転位は、転位先にも大量の魔力が必要となる。
『脱出するなら、敵が一番思い付かない、かつ手駒が多い場所。あいつならそうするはずだ。例えば牢獄とか。そのために、捕まった売人達に、仕掛けをしているかもしれない』
先日、ウィルが自信ありげに言っていた。
当初は、そう上手くいくと思ってなかったシズネだったが、転位場所まで見つけてくると、作戦を決行するしかなかった。
「…ここ」
ウィルの指定した場所に着いたシズネは、檻の近くの天井に銃を向け、引き金を引く。すると、銃口の先に光の玉が作り出される。
電の柱は設置型の魔術で、魔力の大半は設置時に消費し、維持と発動にはそれほど必要としない。つまり、先に設置しておけば、引き金を引くだけで魔術を連発できるのだ。
「このくらいかな」
シズネは、ばれない程度に設置すると、入口の方へ姿を隠した。
「ウィル、上手くやってるかな」
仮にリビアに正体がばれれば、真っ先に捕まるのはウィルだ。できれば、危険なことはして欲しくなかったが、ピエロを確実に仕留める役は、ウィルには出来ないことだ。
シズネは上手くいくことを信じ、息を殺して待つ。ピエロが現れるのは、それから三十分ほど後のことだった。
「グッは!」
ダイヤは全身に再生を使い、無理矢理電撃から逃れる。出口の方を見ると、大口の銃を持った黒服の少女が立っている。
「あなたは、ウィル=リーガスといた」
「あなたがここに来たということは、ウィルの方は上手くいったということ。なら…!」
ダイヤは魔術を使おうとするが、痺れて体が上手く動かない。
(ウィル=リーガス、脱出先まで読まれているとは。ストックは残りわずか、加えて電撃とは相性の悪い)
「これはいよいよ、不味いですね」
シズネが銃の引き金を引く。
正真正銘追い詰められた状況で、しかしダイヤは笑い続けていた。
シズネは立て続けに引き金を引く。電撃が次々に打ち出され、ピエロの体を焼いていく。再生こそしているが、電撃と麻痺でピエロはまともに動けない
「反撃はさせない。このままここで、殺し尽くす!」
「ヒヒッフハッハハハ!!」
再生を繰り返すピエロの体から、トランプが一枚、また一枚と燃え落ちていく。雷撃は途切れることなく降り注ぎ、ピエロの笑いは絶えず牢獄に響き渡るった。
「ヒヒヒッ、ハーハッハハハ!!」
いつまでも続くかのように見えたこの地獄絵図は、トランプのダイヤのエースが燃え落ち、終わりを迎えた。ピエロは断末魔とも思える笑い声を残して倒れる。再生する様子はない。
「やっと、終わった…」
肩で息をしながらシズネは座り込む。仕掛けた電の柱は残りわずかだった。
「これでリビアと戦った後…。普通に戦っていれば、危なかった」
シズネは死体を確認しに、ピエロに近付く。焦げ臭い臭いを放つピエロは再生していない。すぐ横では、ダイヤのエースも燃え尽きていた。
「死体を隠さないと、確か貯水池が…」
「油断しましたね」
一息着こうとした所で、黒焦げのピエロが起き上がり、シズネの喉を締め付けた。
「うっ!」
突然の動きにシズネはヴァジュラを落とす。ピエロは馬乗りになるようにして、首を締め付けてきた。
「ヒヒッ残念、トランプはエースで終わりではありません。ジョーカーを、お忘れでしたね!」
ピエロは舌を出して見せる。そこにはジョーカーのトランプがあった。
(…息がっ)
シズネは必死に抵抗するが、ピエロの手はほどけない。それどころか締め付けが強くなり、意識が遠退いていく。
「それではさよならです。安心して下さい、ウィル=リーガスは殺しません。ここで死ぬのは…」
「お前だ、ダイヤ」
薄れる意識の中、声が聞こえた。直後、高速で飛んできたナイフを食らい、ピエロの体が腕を残して吹き飛ぶ。
「ケッホ、ケッホ!」
シズネは咳き込みながら、声のした方を見る。
「大丈夫かシズネ? 間に合ってよかった」
近づいてくるのは、作戦では来ないはずのウィルだった。
「これで終わりだ。火葬してやるよ、ダイヤ」
ウィルはシズネとピエロの間に立つと、立て続けにリークを三つ投げつける。
「術式付加・火」
刺さったリークから炎が燃え広がり、ピエロの体を焼く。
ピエロは燃えたまま、立ち上がる様子はない。残ったジョーカーのトランプも消えていく。
「ヒヒヒ…。私はここまでのようですね。ですが安心しました、これでこそ我らが供物」
「供物? どういうことだ?」
「いずれ、わかる時がきますよ。それではまた、我らの理想郷で。ヒヒヒヒ…」
ピエロは最期まで笑いながら、跡形もなく消えていった。
「…笑いながら死ぬとは、道化の鑑だな。最期まで好き勝手してくれる」
骨すら残らず消え、そこには最初からピエロなどいないかのようだった。
踵を返したウィルは、シズネを抱えると入口に向かう。
「ちょっ、歩ける」
「無理するな病み上がり。少しは後輩を頼れ」
ウィルは半ば強引に抱えながら、階段を上っていく。
「…ウィル」
「なんだ?」
「…ありがとう」
「…おう」
シズネはふとウィルの顔を見た。その瞳は一瞬、赤く光っているように見えた。




