道化の夜
三十一話
ウィルはメイドの案内で、地下への階段を下りていた。
「思ったより深いな」
「ええ、地下はほとんど改築されてませんので、わたくしも全容を把握しきれていません。現段階では、牢獄や貯水、墓地などが確認されてます」
ウィルは話しながら、メイドの魔力を探る。属性は炎、Bランクはないが、Cランクくらいはあるかもしれない。冷静沈着な性格と、重心のぶれない歩き方から、戦い慣れているようにも思える。
「着きました。ここです」
階段を下りきると、まっすぐに続く通路とそれを挟むように並ぶ檻が続いている。
「どうぞ。檻の外からなら、尋問は自由です」
ウィルは檻の中の人間を見て回る。かなりの人数だ。
「ここの人達は全員、リビアが捕まえたのか?」
「はい、リビア様が無力化した者を、わたしくし達が捕らえています」
ウィルは少し歩いた所で、教会にいた男をみつけた。
「久しぶりだな。さっそくだが、薬の売人について聞きたい。ピエロの男について何か知らないか?」
男はウィルの問いに答えない。それどころか、言葉に反応さえしない。まるで、魂でも抜けているようだった。
「捕まえた者は、皆このようになるのです。おそらく、精神に干渉する魔術かと」
「この人数だ。相当な使い手だな」
ウィルは牢獄の様子を確認すると、すぐに階段へと引き返した。
「もうよろしいのですか?」
「ああ、ひょっとしたらと思ったが、やはり情報は得られそうにない。付き合わせて悪かったな」
ウィルとメイドは階段を上っていく。
「あんたも明日の作戦に参加するのか?」
「はい、わたしくしの他にも、ラーンと言う執事が。心配なさらずとも、戦闘の心得はある程度あります」
ラーンと言うのは白髪の老執事だろう。城から魔術士の二人がいなくなるのは、ウィルにとって好都合だった。
「それでは、また何かご用がお有りでしたら、お呼びください」
メイドはリビアの部屋へと帰っていく。
「これで準備は整った」
ウィルも城の出口へと向かった。
日が落ちた頃、ウィルは隠れ家に帰っていた。
「大人しくしてたか?」
「うん。もう大丈夫」
ウィルはまずシズネの様子を見に行った。シズネは一日休んで、完全に回復したようだ。
「リビアは上手く動いてくれそうだ。仕掛けも確認できた」
「なら、明日は作戦通りだね」
「ああ。病み上がりで悪いが、便りにしてるよ、シズネ」
作戦は順調に進んでいた。予定通りに行けば、明日にはピエロを排除できる。
期日まであと4日、猶予はない。
三十二話
◆キーア暦144 2月8日◆
空はすでに暗く、雲がかかっていて月さえ見えない。イスカの町の北東部には、一際大きな駐屯所がある。その中に、この駐屯の指揮官がいた。
「もう少しで、人数分の薬が集まる。だが、出発は三日後。間に合うか?」
ビーンズというこの指揮官は、十二日にリビアを戦場まで、護衛する任務をおびていた。その出陣に備えてドーピング剤を集めていたのだが、皮肉にもリビアの妨害で、予定より集まりが悪かった。
「くそ、そもそもなぜこの私まで、戦場に行かねばならない。それも最前線のカンミア砂漠に」
カンミア砂漠はキーア国と連合国の激戦区として有名だった。複数のウィザードが入り乱れる戦場で、生還率は二割を下回ると言われている。出撃命令は死刑宣告と同じだった。
「顔色が悪そうですね、お客様」
突如、背後から不気味な声が聞こえる。
驚いて振り返ると、ピエロ姿の男が立っていた。
「お、お前、何者だ!?」
ピエロは笑いながら近寄ってきた。
「初めまして、薬の売人のダイヤともうします。今晩は、代金をお受け取りに参りました」
ビーンズは外に逃げようとするが、影から伸びた腕に足を捕まれる。
「お、お願いだ。殺さな…」
ビーンズは影へと引きずりこまれていき、代わりにトランプのダイヤのエースが残っていた。
「さて、補充も間に合いましたし、お仕事を始めましょうか」
部屋にはピエロの笑い声が響いていた。




