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アサシン クロニクル  作者: キツネ
前水の陣
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唯一の武器

十七話


まず感じたのは背中の痛みだった

(…気絶していたのか?)

目を開けるが、まだ視界がボンヤリしている。

「気がついた?」

上からシズネの声が聞こえる。

「お前、来てたのか?」

「お前じゃない、シズネ」

どうも、名前以外で呼ばれるのはいやならしい。

視界がはっきりしてくる。

「?」

何か枕にしてるような感覚がする。それにシズネの顔がやけに近い。

(まるで膝枕でもされてるみたいな…)

「って、何してるんだ、お前!」

ウィルは飛び起きる。まるでではなく、実際に膝枕をされていたのだ。

「シズネ」

一方の本人は、呼ばれ方のほうが気になるらしい。相変わらず無表情のままだ。

「そんなことはどうでもいい。なんでこんな状況になってる?」

「指導係だから」

「それは関係ないだろ! オレが言いたいのは、そういうのではなくてだな…」

「?」

シズネは首を傾げるだけだ。

「パンツを見られたら怒るのに、膝枕は大丈夫なのか? 判断基準のよくわからん奴だ。とりあえず、お前も女なんだからもう少し…」

言いかけたところで、ウィルは腕の湿布に気付いた。腕だけじゃない、背中や足にもはってある。

「これ、お前がしてくれたのか?」

お陰で、背中以外は動かすのに支障はない

「うん。あと、お前じゃなくてシズネ」

シズネはゆっくり立ち上がる。横には救急箱が置いてあった。

「どこも骨折はしてない。動いても大丈夫」

「…悪いな。色々してもらったのに、怒鳴ったりして」

「別にいい」

今思えば、強盗の事といい事務室での事といい、シズネには助けてもらってばかりな気がする。

「リーさんは居ないのか?」

「マックスと昼食を食べに行った」

時計を見る。時刻は13時を過ぎたところだ。気絶してる間に昼になっていたらしい。

「ウィルも食べておいた方がいい」

シズネは言いながら、ポケットからサンドイッチを渡してきた。

「あ、ああ。もらうよ。ありがとう」

小さめのサンドイッチだ。

ウィルは床に座って食べながら聞いてみる。

「なんで、こんなに良くしてくれるんだ?」

好かれるようなことも、貸しを作ったこともないはずだ。ここまでしてもらう理由が、ウィルには思い当たらなかった。

「ウィルの指導係だから。それに、実行班は一人じゃ大変」

シズネは、サンドイッチをもう一つ取りだして、同じように食べる

「前みたいに、仲間が死ぬのも嫌だから」

ウィルのサンドイッチを食べる手がとまる

「死んだのか? オレの前任は」

シズネは頷く。その表情は少し暗く見える。

シズネの暗い顔は、何とな見ていたくなかった。

「オレは死なないさ。シズネがそう言ったんだろ」

サンドイッチを食べきり、立ち上がる。

「今のオレが、ウィザード相手に大立ち回りできるとは思えない。だからせめて、シズネの勘には答えてみせるよ」

少し笑って言う。

「…」

シズネは少し驚いた様子をみせる。

「その為にも、まずは訓練を何とかしないとな」

ウィルは頭を切り替えて、カウンターを打った時のことを思い出す。

とっさにあの動きは出来ない。

明らかにカウンターを読まれていた。

動きの大きい右振りは囮だったのか。

とすると、動きを読み、カウンターを仕掛けてくるまで、全て計算していたことになる。

「…ウィルは直感に頼りすぎてる」

シズネが言う。サンドイッチは食べ終わったようだ。

「止めまでの必勝パターンがない。だから、簡単に相手のペースにのってしまう」

「雑な戦い方、というわけか」

「まずは、どの攻撃が効果的かを見極める。次に決め手、最後に手順。これが戦闘の基本」

シズネの言った通りに考えてみる。

(リーさんに有効な手は…)

殴り合いでは明らかに分が悪い。

決定打をうつには、懐に入らなければならない。

リーさんも、何かしら仕掛けてくる。ならどうするか。

「…いける。いや、これしかない」

確実ではないが、唯一可能性のある手を考えついた。


十八話


リーは訓練棟に向かっていた。マックスはローラの様子を見に行くと言って、途中で分かれていた。

リーは歩きながら考える。

ウィルはまるで素人だ。戦闘経験がまるでないのだろう。防御と回避はなんとかなっているが、攻撃については下の下だ。にもかかわらず、リーの動きを短時間で読みきり、反撃までしてきた。結果はあの様だったが、観察眼には目を見張るものがある。

(ひょっとしたら、化けるかもな)

訓練棟に着く。そこには、準備を終えたウィルが立っていた。


「よう。シズネにアドバイスでももらったか?」

「まあな。次は必ず決める」

「そうか、それは楽しみだな」

リーが構える。

シズネは離れた所で見ている。

ウィルは頭の中で手順を整理する。

(大丈夫だ。必ず上手くいく)

ダッ

リーの突撃で勝負が再開する。

繰り出される、猛攻をウィルは最小限の動きで処理する。間合いは前回よりも近い。だが、初めてみる動きではない。回避は充分に可能だ。

リーの攻撃は拳法ということもあり、いくつかの型にパターン化されている。連続での攻撃は五回が限界。それ以上は、一旦仕切り直す必要がある。

反撃するなら、五撃目 正拳突きの後が無難に思える。だが、その事はリー自身が一番わかってるはずだ。対策をしてないわけがない。もしくは、カウンターを誘う囮、その物なのだろう。

(なら!!)

ウィルは五撃目の正拳突きをかわすのではなく、横から腕を殴りつけた。


「っ!!」

痛みに顔を歪めたリーが、距離をとる。右腕は上手く当てられたようで、力が入らない。

「…なるほどな。確かにこれなら、囮も何も関係ない。だがなめてもらっては困る」

リーは右腕を庇うようにして構える。

「お前程度なら、オレは片手だけでもやれる。おしかったな、合格には一歩届いてないぞ」

格闘技ならリーの方が遥かに上だ。片腕を封じただけでは、まだ対等にも打ち合えないだろう。

そうは言っても、リーにとって手傷を負わせられたのはの予想外だった。

(口ではああ言ったが、体の動きもかなりよくなってる。充分に合格だ。最後に、どれだけ粘るか試させてもらおう)

リーは今までの倍の速度で、一気に接近する。


(速い…!)

ウィルはギリギリで攻撃を凌いでいく。さっきまで五割程度しか出してなかったのだろう。右腕を使っていないにもかかわらず、手数と速度、威力まで上がっている。このままいけば、押しきられるのは時間の問題だろう。

しかし、ウィルの本当の狙いはここからだった。

(よく見ろ。オレにできることは限られてる。それに全力を尽くせ)

ウィルはある一撃を待っていた。それは左足による中段蹴りだ。決して隙があるわけではない。むしろコンパクトにまとまっていて、繋ぎによく入れてくる。とても反撃できるものではない。だが逆に言えば、それはウィルが最も見てきた技でもあるということだ。

(来た!)

リーの左足に重心がのる。

次の瞬間、左足が振るわれるだろう。

ウィルは、記憶の中のイメージと重ね合わせる。

右腕が使えない分、そこには必ず差異がでてくる。その差異は右腕の分、不完全になったものだ。

ウィルはその綻びをつく。


武官学校で四年間、ウィルが徹底して鍛え上げたのは観察力だった。感知能力を生かして、情報部に入るためだ。魔術では勝てない、剣術でも、体術でも、学力でも。だが、観察力ならウィルは他の誰にも負けなかった。

ウィルにリーを上回る武器があるとすれば、それは『見ること』だけだ。


ウィルは僅かな重心のずれを見つける。

ここで下斜めから殴れば、足を使えなくさせられるだろう。足が動かなければ、拳法は使えないはずだ。

これ以上は体力が持たない。正真正銘、最後のチャンス。左腕に力をこめる。

「うおぉぉぉ!!」

全力で振り上げる。左腕は足に命中した。確かな手応えを感じる。

(勝った…!)

そう思った瞬間だった。

ゴンッ

左からの衝撃で、ウィルは吹き飛ばされた。


ウィルは、何が起こったのか理解出来なかった。床に転がったまま呆然とする。

「合格だ、ウィル」

声のする方を見ると、リーが片足で立っていた。足への一撃は決まっているようだ。だが

「…何で腕が」

動かないはずの右腕が動いている。少なくともあと数分は、力が入らなかったはずだ。

「単に治りがはやいんだよ。オレは魔術適性はないが、傷の治りが異常にはやいんだ。ほら」

リーは左足を動かしてみせる。もう治っているようだ。

「反則だろ、そんなの。これじゃあ、最初から勝算なんてなかったんじゃないか」

ウィルは大の字になってころがる。もう動けなかった。

「そう言うな。右腕をやられた時はかなり驚いたぜ。お前はよくやった。あとは明日に備えて休め」

言い終わると、リーは出口の方に歩いていった。


リーにはまだ余裕があった。おそらく本気には程遠い。

(こんなことで、ウィザード相手に生き残れるのか)

ウィルは溜め息をつく。

「お疲れ」

頭上にシズネの顔があった。

「みっともなかったな、オレ」

「うん。でも喫茶店の時よりは良かった。きっと次は勝てる」

シズネが手を差し出す

「ああ、そうなるように頑張るよ」

ウィルは手をとって立ち上がった

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